○<王威儿>
キリスト教徒と争って外国に怨恨を抱き義和団に参加し薛蛮を誘う。連合国軍に鎮圧され ると前歴を隠すため宝玉の殺害を謀る。
○<劉学笙>(留学生を暗示?)
字は茂明(貿名?)薛蛮を‘野蛮自由村’へ招く。‘文明境’の入境検査の結果が‘性質 汚濁、野蛮気象’と出て入境拒否された。
○<老少年>
「文明境」と外部との境界を守る番人。宝玉を境内に案内する。発表当時から、作者の意 見を代弁する役柄*7とみなされていた。呉趼人自身も“老少年”の署名を使っている*8。
○<東方文明>
名は強、文明と号する科学者。実は宝玉の姻戚甄宝玉。‘真文明国を創造して偽文明国と 対抗し、彼らが反省して真文明に学び戦わずして文明世界に導く(38回)’ことを生涯の悲 願としている。
これらの人物形象には‘偽文明’‘真文明’という作者の価値観が表れている。ストーリー は前半、後半に大きく分かれている。概要は以下の如くである。
[第
1
回―21回]大荒山で修養を積む賈宝玉は幾劫を経てふと女媧石補天の願を果たそうと思い立つ。俗界 に舞い戻ると
1901
年の上海*9だった。従者の焙茗や薜蟠と再会し、外国語に堪能な呉柏恵 や外国を崇拝し中国を蔑視する柏耀廉と知り合う。『知新報』、『時務報』、『清議報』等の新 聞雑誌や翻訳書を読み感銘を受けた宝玉は、江南製造局を見学して翻訳書を買い、外国語を 習い新知識を得る。宝玉は薜蟠の来信に応じて北京に赴き、薜蟠が友人王威儿に誘われ義和 団に加わったことを知る。連合軍が入京すると、王威儿は宝玉を殺して口封じしようとする。宝玉は上海に帰り呉伯恵と張園の拒俄議事に出席し、救国を訴える少女を目撃する。
宝玉は漢口、武昌に行き、学堂監督を批判して恨まれ、拳匪の残党という冤罪を被せられ 投獄される。看守に暗殺される寸前を呉柏恵に救われるが、幾度も死地に遭って社会の暗黒 を痛感し、薜蟠のいるという「自由村」を尋ねて旅立つ。強盗兼業の宿屋や盗賊に遭いなが ら泰山を目指し東へ向かう途次、祥光を受け牌坊が現れる。
〔22回-40回〕
‘文明境界’と書かれた牌坊内は、‘文明’と号する大科学者‘東方強’の指導する‘文
196
明境’で中に‘文明自由村’があった。‘自由村’には ‘文明自由村’と‘野蛮自由村’の 二種類あるという。様々の科学技術に驚嘆した賈宝玉は案内人の‘老少年’とともに各地を 遊歴し、たまたま、鵬を捕らえたのを機に、鯤魚の捕獲を依頼され、海底猟艇で地球を一周、種々の生物を生け捕りにする。真文明の確立をめざす東方文明父子の指導で社会改革を成し 遂げ、平和と自立繁栄を達成した文明境の社会形態、行政理念を知り感服する。
東方文明を表敬訪問した宝玉は彼に世兄と呼ばれて当惑する。夜半、夢に上海へ帰り立憲 政体の採用、治外法権の撤廃などその後の政治情勢の好転を聞く。万国博覧会で中国皇帝を 会長とする万国和平会に出かけると皇帝は東方文明であった。その演説に感動し拍手して目 覚める。東方文明が実は甄宝玉であり‘文明境’に実現した平和と繁栄で補天の願がすで に果たされていたと悟った宝玉は不要になった石を老少年に与える。老少年は山中に落とし た石を探して、洞穴の前にそびえる怪石に刻まれた奇文を発見、それを小説体に改め『新石 頭記』と命名する。
このように『新石頭記』は、前半で清末社会の様態を、後半で「自由」、「文明」のユート ピアと理想の未来世界を描いている。理想の未来を夢想する心の裏側には現実への失望や憤 りがあったはずである。呉趼人がこの小説を書いて望ましい未来像を提示しようと考えた契 機は何処にあったのか。前半の最後に武昌で学堂監督に謀殺されかけた事件で、賈宝玉は‘野 蛮’、‘暗黒’の清末社会’という認識を決定的にした。既述の如く、この学堂監督は実在の 武昌府知府梁鼎芬がモデルであり、『新石頭記』の設定は作者自身の実体験を反映している。
作中では、武昌の体験が賈宝玉の現実社会への憤り、理想社会への憧景を強める契機とされ ている。この設定は、『漢口日報』事件を契機として、呉趼人が小説中で理想の未来追求を 試みるに至った事を表白しているといえる。
2. 未知の世界情報源
賈宝玉の文明境での体験を、そこで見聞した未来世界の風物や機器を中心に整理すると以 下のようになる。[
]内の数字は登場する回である。
1)[科学機器]
○水制 [23]: 不潔な銅製からガラス製に改良した水道の蛇口
○地火灯[23]:地面を掘って地火を採取、鉄管を配置し、灯火用、工業用に使う
197
○助聰筒: [23]補聴器、耳に詰める小さな筒、遠くの小さな音声も聞き取れる
○飛車 [25]:飛行機、電気可動のエンジン、機上に昇降機、尾部に進退機、四面に安全用ス プリングを装着、車輪と両翼を除去、チャーター制
○總部鏡 [24]:ⅰ –ⅳの外に、呼吸観察用、知能測定用、知識注入法を開発中
ⅰ験骨鏡・三脚に立てた鏡、人が立つと全身の骸骨がうつる
ⅱ験血鏡・全身の血液の運行が鏡にうつる
ⅲ験筋鏡・全身の筋肉が鏡にうつる
ⅳ験臓腑鏡 心臓、腸、胃、肝、胆、肺をうつす
○分部鏡[24]:脳、眼、耳、鼻、五臓六腑等を個別に観察する部分鏡
○海底戦船[25]:軍事用潜水艦、鉄製、楕円形、船室の入り口と窓以外は継ぎ目がなく、マ スト、煙突もない、無声電炮、透金鏡等を装備、五十尺長、平時は電気で船内に酸素を製 造し、海底に潜行
○助明鏡 [25]:千里鏡、測遠鏡とも呼び、かけると海上の船が眼前に見える
○無声電炮[25][26]:電気大砲、戦船の船体が砲身、船首と船尾が砲口、金属透過鏡で照準 を定める、水陸両用、ほかに電気銃もある[第
30
回][第34
回]○透水鏡 [25]:船の欄干に架けた単筒の測遠鏡から覗くと水底が見える
○無線電話[26][29]:携帯電話筒を振るとベルが鳴り話ができる
○猟車 [26]:パイロット無しで自動飛行、収納用檻、電気銃、昇降機、中から外が見え、外 からは見えないシールドガラス(障形软玻璃)を装備
○照像鏡子 [28]:ポラロイドカラー写真機
○海底猟艇[29]:狩猟用潜水艦、鯨型で鰭や鱗までついている、鱗は船室の入り口、発光する両眼 は電灯、電気で運行、海底用透水鏡、行駛機、燃灯機、製造機、炭素回収機、定南針、発亮機、
透金鏡等を装備
○発亮機 [25][26][29]:発光放電装置、戦船は探照と号令用、海底猟艇は夜漁用船体はソー ダガラス?(軟玻璃)の層で電気を遮断する
○透金鏡 [29]:操舵室の大きな圓いガラス製鏡、船縁でもないのに海が見える
○入水衣[29]:潜水服、軟皮(ゴム?)製
○空調 [32]:船内で人工空気を生成、冷暖二気管により適温を維持
○隧車 [33][34]:電気自動車で、レールのない地下商店街を走る
○電火蒸気[35]:蒸気で作動させた機器の運動で電気を得、エネルギーに用いる
198
○射電筒 [38]:ガラス製、砲弾を使わず電気を放出、当たると感電死する
○蒙汗薬水[38]:開発中、薬品をまき朦胧とした敵を生捕り、解毒剤で蘇生させる
2)[地理/動植物]
○鵬 [26-28]:五十二尺長、三十尺幅の巨鳥、爪に鱗がある、アフリカまで追い捕獲
○海馬 [29]:虎に似る、凶暴、水陸両生(セイウチ?)
○海鰍 [29-30]:『水経注』にいう海鰍魚の数百丈大はなく、五、六十丈程度黒っぽく鱗がな いらしく弾丸を弾くので、放電し電気ショックで捕獲
○人魚 [30]:群居して潜水夫に噛みつく
○鯈魚[30]:『山海経』記載のまま鶏に似た姿、鵲に似た声、赤い三尾、六足四目
○浮珊瑚[30-32]:五色珊瑚とも呼ぶ、南極に群生、五色でガラス製の如く透明 水に浮き、冷気を発散
○冰貂 [30-32]:狐色の貂鼠(テン?)、南極の氷岩に穴居、水温上昇で死ぬ
○漩渦底 [31]:南氷洋の海底から垂直に沸き立つ地球の中心点の水と周辺の渦巻
○寒翠石[31-32]:南氷洋海底にそびえる淡緑色の切り立った大石、冷気を放散
○澳大利亜洲隧道[31]:南極の帰途、洞穴に逃げた海鰍を追って発見した、オー ストラリア大陸を貫通する海底トンネル
ちなみにライト兄弟の飛行機が動力飛行に成功したのは
1903
年、電動式潜水艦の実用化は19c.末-20c.初、 X
線発見は1895
年、世界初の無線電信実験は1905
年、電線式の電話局が南京に開設されたのは
1900
年である。『新石頭記』に描かれた科学技術は、当時、欧米におい ても最先端技術だった。また、南極大陸初上陸は1895
年、以後、各国の南極探検競争は、1911
年、スコット隊南極点到達まで続く。3.情報源
1)古典籍・小説・新聞雑誌
呉趼人は、これら、ほとんど実物を知らないはずの機器や地理についての知識をどのよう にして得たのだろうか。その情報源として確認、或いは作者との関わりがほぼ確認できる出 版物は、次のとおりである。