伯和の夜着を使用したり伯和の夢を見たりした時の棣華の胸のときめきに象徴させている
(第5回)。また、棣華が‘古人の割股療身には効用があるのかしら’と思い立ち腕の肉を切 り取って衰弱した母に食べさせる場面を唐突に挿入する(第8回)。棣華が儒教倫理を遵守し ていることを読者に印象付けるのに効果的ではある。しかし、義和団事件の動乱の最中を衰 弱した母を介助しながら逃げる纏足の少女の行動としては情況面、情緒面ともに不自然感を 免れない。
しかし、道中に遭遇する破壊と戦禍、北京から南下する避難民の群れ、車馬や船がすし詰め 状態となる街道や河川の描写、習った文字も忘れかけ救援の手紙を書くのに難儀する棣華と、
少女が文字を書けるというだけでも周囲が驚嘆する場面の描写等は臨場感に溢れ、動乱と危 険の様相が活写されている。そのように、『恨海』は、纏足したヒロインが危難の中で、恋 情を自覚し、嫌疑(男女関係を取りざたされるぬよう男女の同席、直の会話を禁止する礼教 の規定)を恐れながら、人前で救出要請の手紙を書き、婚約者を介護し、父に無断で出家す る経緯を描いた作品である。異性を意識し羞恥、懊悩する女性の心理を一人称で描いた作品 は旧小説に例を見ない。また、動乱に見舞われた女性が社会と対峙し、人目に曝されながら 脱出し、愛を自覚して婚約者を介護する、という描写は、社会の中の女性を描いたという点 で画期的であったといえる。
儒教倫理を慮っていた少女の恋の自覚という設定下に、女性の恋愛感情を一人称で描写し た点がこの小説の特徴である。
私たちは幼いころはふざけあって遊んでいたのに、五、六年会わない間に彼はこんなに 私を気遣ってくれるようになった。自分の病気も治っていないのに私が気に病まないよう にと外に出て行った。彼の病は私を気遣ってくれたせいだ。
棣華暗想:我們還是小時候開過玩笑,這會隔到五,六年不見了,難得他這等憐惜我,自己病還沒有大好,倒 說怕我熬壞,避了出去。他這個病,是為迴避我,…p10(第2回)。
と後悔する棣華は、アヘン中毒で衰弱した伯和と再会すると、嫌疑を振り切り看病に勤しむ。
‘未婚の妻’棣華が仰臥すら自力でできない伯和に口移しで薬を飲ませ、肩を貸し腰を抱い て寝台に運ぶと、‘案の定、ありえないとか、恥知らずとか、ひそひそとあれこれ囁かれる のはやむを得なかった(‘未免窃窃私议有说難得的,有说不害臊的,纷纷不一。)’(第10回 P73)。
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‘恥知らず(不害臊)’という非難は、結婚前からの男女関係を邪推する声と思われる。旧 社会の未婚の女性にとり、貞節への疑いは死に等しい恐怖であったはずである。呉趼人は、
伯和への愛情を募らせながら嫌疑を恐れて避け懊悩する棣華が、‘嫌疑を恐れない’と世人 の目に立ち向かうに至る様を詳細に描いた。作中の‘写情’は男性の健康を気遣う心理描写 に終始し、呉趼人自身が‘ありきたりで古くさい’と自覚する出来栄えだった。その程度の 描写でも、男女が同席し愛が芽生え醸成される過程である。批判の言辞が予測され、儒教論 を振りかざした前言で牽制しなければならないほど冒険であったのだろう。『恨海』は、女 性が、嫌疑を憚り懊悩する心理、男性への愛を自覚する過程、さらに愛情が嫌疑の恐れに勝 り、男性との直の会話、接触に踏み切る心理を詳細に描写した、中国小説史上最初の作品で あるといえよう。
さらにこの小説は、女性の心身両面を縛る枷である儒教道徳と纏足という普遍性に富む問 題を提起して、当時の読者の関心を集めたと思われる。棣華たちの南下の情景は、纏足する 女性の不慮の災禍に遭って陥る危難を如実に表した。貧窮した難民と異なり下男や侍女を伴 っての逃避行でありながらも、棣華母娘は纏足している為に移動が不自由で互いに支えあい ようやく車に乗る有様である(第8回)。“街道に車馬がひしめき前進できず、銃声や焼き討ち に怯える”状況下でも、自力では逃げられない。緊急避難時に唯一の頼みの婚約者は助勢ど ころか接近さへ困難で、歩行すら危うい女性だけでの逃避行を余儀なくされる。それはどの 家庭においても遭遇し得る事態であったろう。作者の自認する通り嫌疑を重視したことによ り、男女の同席、接触の禁忌を描きながらも ‘大君子’からの道徳上の誹りは免れた。同 時に‘大君子’ではない多くの一般読者は、自身や家族の身の安全性について危惧の念を抱 いたに違いない。その点においてこの作品は、禁忌への疑念を提示し、女権の拡張に向けて ある程度の啓蒙の功用を果たし得たといえよう。
2)「劫余灰」(1907-1909)
『劫余灰』十六回は1907(光緒三十三丁未)年11月から1909(戊申)年1月まで《苦 情小説》、《言情小説》と銘打って『月月小説』第1年第10号から第2年第12期(原24号)
まで連載された。呉趼人は第 1 回で “世の自然と人、あらゆる生き物は‘情’によって動 かされる。古来より軽佻浮薄の輩が‘情’を男女の悦楽のみに限定して‘情’の範囲を狭め その意義を貶めがちとなったのは‘情’の悲運(‘劫運’)であった。今や痴情のみが語られ
‘情’は‘劫余灰’となり果てた。そこでこの小説を描き‘劫余灰’と名付けることにした”
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(自从世风不古以来,一般佻挞(换於人扁旁達)少年,只知道男女相悦谓之情,非独把情字的范围弄得狭隘了,并 且把情字也污蔑了,也算得是情字的劫运,到了此时,那情字也变成了劫余灰了。我此时提起笔来,要抱定一个情字,
写一部小说,就先提了个书名,叫做《劫余灰》。P83)
との趣旨で、執筆意図と書名の由来を述べている。作品の設定は以下の通りである。
【時代背景】1905年以前の清末(科挙、買猪仔 が作品背景となっている)。
【出身階層】広東の郷紳(農村の官僚経験者、知識人)。
【女性像】偏屈儒者の娘。才色兼備で気丈、天足(纏足しない天然の足)。
【男性像】郷紳一族の息子。秀才に合格、聡明で果断。
【関係】幼馴染、男性側から縁組を希望し婚約。
【結末】一応の団円。
この小説は郷村士人階層出身女性の儒教制約下における婚姻と恋の萌芽、処世を描いている。
わずか十日で一気呵成に仕上げた『恨海』と異なり、優れたプロットと丁寧な心理描写で同 族間の不和、旗人官僚の横暴、‘賣猪仔’、国内産業の衰退などの内憂外患と個人の運命を交 錯させ深みのある作品となっている。煩雑になるが回を追って粗筋を挙げる。
〔粗筋〕
[第1回]
広東省崗邊の小地主朱小翁はその学識に高い世評を得ながら仕官せず、偏屈(‘古怪’)呼ば わりされている。彼は一人娘婉貞に纏足させず学問を教えて育てる。隣人陳公儒の妻李氏は 実子がなく亡き妾の生んだ耕伯を育てている。李氏は婉貞を耕伯の嫁に望み、弟陳六皆を仲 人に立て朱家に縁組を申し入れる。
[第2回]
朱小翁は婉貞と同等の学識ある婿を望み、陳耕伯が秀才に合格すれば承諾するという条件 を出す。耕伯が合格し両家の婚約が整うと、朱家では朱小翁の弟仲晦、趙氏夫妻に手伝いを 頼む。
[第3回]
陳耕伯が学友の柴也愚、遊於芸と共に失踪する。新聞に広告を出すなど八方手を尽くすが 杳として行方は知れない。叔父仲晦は小翁と婉貞、女中の杏児を外祖母の誕生祝に誘い出し、
船で省城へ向かう。
[第4回]