rハノイ市都市交通網整備事業」
ハノイ市内の道路数ヵ所及び交差点数ヵ所の 整備・改良(供与額125.1億円)
<1資金協力の実施
図6.2.9開発調査プロジェクトが実現化されるまでのプロセスの事例 市交通計画調査』)46)
(ベトナム国『ハノイ市都
本事例に見るように、開発調査を要請してから、資金協力を得て(または自国予算により)、
事業化に至るまでは、通常5〜7年、場合によっては10年以上の期間を有する。開発調査 は、1〜2年程度の期間にわたって調査を行うものであるが、何もない状態からプロジェクトの 実現可能性を評価し、その企画、推進を図る開発調査はプロジェクトを実現化するために重 要な役割を果たしている。
また、開発調査の実施プロセスに、専門家が参画し、事業推進役を果たすことも多い。一 般に専門家は一つの開発調査だけではなく、同時並行的に複数のプロジェクトに携わって いるが、その全てのプロセスに関与するのではなく、プロセスの一部(各々の案件の進行状 況と専門家の派遣時期に応じた対応(長期専門家は通常2年問))を担当することになる。
よって、専門家は開発調査の各プロセスにおいて期待されている自らの役割を十分認識し 180
ておく必要がある47)。
開発調査の制約は、実施要請から事業の着工に至るまで長期間を要することである。図 6.2.10の事例では、開発調査の実施要請から実施に至るまでに9ヶ月、有償資金協力の実 施まではそれから2年3ヶ月費やしている。早期の事業化推進を計るためには、専門家など 他の技術協力事業や資金協力との連携を深めることが重要である。
4.技術協力プロジェクトの実施プロセス
一般的な技術協カプロジェクトの実施プロセスは、図6.2,10に示すとおりであり、通常の 実施期間は、開始から終了まで3〜5年程度である。
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図6.2.10技術協力プロジェクトの仕組み48)
技術協カプロジェクトの特徴は、事業が名称どおり一っのプロジェクトの視点で実施され る技術協力であるため、比較的明確に、プロジェクトの目標設定、事業規模(予算、人員配 置)の決定、評価・モニタリングなどの実施プロセスの管理が行いやすい点にある。
このため、技術協カプロジェクトは、他の技術協力の事業では対応が困難な、社会の制 度作りといった非常に大きな規模、波及効果が高い案件にも運用できる。一方、課題として は、それを可能とするカウンターパート側の資金、組織的な相応の関与、配慮が不可欠であ り、そのための協調関係の維持や、専門家や開発調査など他の技術協力の事業をいかに 取り込んでいくかといった視点が、実施プロセスの有効性を高めるためには重要となる。
6.3 土地区画整理に着目したタイにおける都市計画制度に関する技術協力の実 施方策
6.3.1本節の分析の目的、対象とする技術協力、分析の方法
1.本節の分析の目的
本節6.3の目的は、タイで行われた我が国の土地区画整理に関する技術協力を事例とし て時系列分析を行う。これにより、技術協力がタイの土地区画整理に関する制度の整備段 階に応じて行われたことを実証し、都市計画制度に関する技術協力を有効に実施するため の示唆を得ることである。
2.本節の分析で対象とする技術協力
本分析で対象とする技術協力の事例は、都市計画制度の技術協力のうち、より焦点を絞 り込んだものを選定して行う。本事例は、①開発途上国からの要望が高く、②長期間にわた り継続して行われており、③分析に必要となる豊富なデータを有している事例が望ましい。
そこで、本節6.3では、この3つの条件を適合する事例として、タイにおける土地区画整理 に関する技術協力に着目し、時系列分析を行う。本事例を用いる理由は次の3つである。
(1)都市計画制度に関する技術協力の案件として要望が高い
第4章におけるカウンターパートから見た政策・事業の優先度評価においては、「官民協 働」、「開発財源」の2っが優先度の高い代替案として選定されている。このことから、両者の 条件を兼ね備えた土地区画整理事業は、特に開発途上国側からの二一ズが高い技術協
力であると考えられる。
さらに、第5章における「専門家から見た都市計画制度の整備状態から必要とされる技 術協力の提案内容」においても、「都市整備手法(土地区画整理)」に関する要望が高い。
(2)長期間にわたり、継続的して支援を行われている技術協力である
我が国は、土地利用に関する諸問題を解消・緩和するため、これまで、タイに対して20年 以上にわたり、継続して土地区画整理の技術協力を実施してきた。このような長期間にわた る都市計画制度に関する技術協力の事例は、タイのみならず、他国における技術協力の事 例でも類がない。
(3)多様な技術協力事業が組み合わされて行われており、豊富なデータを有して
いる
タイにおける土地区画整理の技術協力は、技術者育成、事業化推進、法案制定支援な ど多様な技術協力の事業を組み合わせて実施してきた。このため、多様な技術協力の事業 を通じて豊富なデータの入手が可能である。
なお、土地区画整理に関する技術協力のうち、特に関係が深い、次の5つ事業を本分析 で対象とする技術協力の事業に設定した。このうち、国際セミナーは、厳密には技術協力の 範囲に含まれないが、タイの土地区画制度を整備させるために大きな役割を果たしているこ とから、本分析の対象に含める。
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①研修事業(都市整備コース、および土地区画整理実務コース)
②長期専門家派遣(都市計画、土地区画整理)
③開発調査(土地区画整理事業適用計画)
④プロジェクト方式技術協力(都市開発技術向上プロジェクト)
⑤セミナー開催(土地区画整理国際セミナー)
3.分析の方法
6、3の分析方法は、既存文献、データ、資料のレビュー、および関係者のインタビューを通 じて、次のとおり時系列分析を行う。
なお本分析は、1981年より2005年に至るまでの25年間、1/4世紀を対象期間として設 定した。実際に、バンコク市(BMA)に都市計画制度に関連する専門家の派遣が、1981年 より開始しており(担当は下水道計画)、この年を我が国の都市計画制度に関する技術協 力の嗜矢として設定した。
(1)6.3.2は、タイの都市整備状況を把握するため、タイの首都であるバンコクの①都市形 成の過程、②都市基本指標、③都市行政組織、④都市財政について分析する。
(2)6.3.3は、土地区画整理が必要となった都市の需要・緊急性を明らかにするため、土地 区画整理を実施するにあたり大きな影響を与える①都市計画、②土地利用計画、③都 市開発手法を対象として実態を分析する。これにより、タイの都市問題の発生要因を 把握する。なお、3つの都市問題は、例えば土地利用問題と居住問題など、他の問題 項目の要素を一部包含、連関しており、これにっいては含めて検証を行う。
(3)6,3.4は、土地区画整理の技術協力の実態を明らかにするため、①研修員受け入れ、
②専門家、③開発調査、④技術協カプロジェクト、⑤国際セミナーの実績を分析する。
(4)6.3、5は、都市計画制度に関する技術協力を有効に実施するための示唆を得るため、
土地区画整理の取り組み(事業化と法案化)状況を整理し、土地区画整理が要請され た社会背景・需要、土地区画整理に関する複数の技術協力の実績と関連する事項に ついて分析する。そして、土地区画整理に関する二一ズの変化、制度の整備状況と技 術協力の実績から、本技術協力がタイの土地区画整理に関する制度の整備段階に応 じて行われたことを実証する。
6.3.2タイにおける都市の整備状況
6.3,2は、タイにおける都市の整備状況を把握するため、タイの首都であり、代表都市であ るバンコクの①都市形成の過程、②都市の基本指標、③都市行政組織、④都市財政にっ
いて分析する。
1.バンコクの都市形成略史
バンコク(現地では「天使の都」を意味するクルンテープと呼ばれる)は、ラタナコーシン王 朝を築き上げたラマ1世が1782年に王都アユタヤから遷都したことから始まる。当時のバン コクは、アユタヤから70km程下流に位置するデルタ地域、水辺の小集落であった。湿地で 居住環境に適さないこの地へ遷都した最大の理由は、防衛上の必要性によるものであった が、交通の大動脈であるチャオプラヤ川を通じた海外交易の発展に対する期待も大きかっ た49)。ラマ1世は、城壁を築き王宮を造ると共に、運河を張り巡らせて交通・輸送網を整備 するなど、地域の性格としては基本的に東南アジアに見られる河川型交易国家に類似した ものであった鋤。
バンコクは運河の整備により商業の中心地として栄えた。しかし、海外貿易による取り扱い 輸出入商品が増大するに従って、舟運だけではきめ細かなサービスに対応できなくなり、道 路網の整備が積極的に推進され、併せて道路周辺の土地開発も進んだ。このように、道路 建設を契機にバンコクは船による実物経済から市場経済へと移行し、さらには近代化の流 れの中でこれまで未開発であった土地の商品化が進み、図6.3.1に示すように郊外(東側)
が市街地へと膨張し始め、現在へと至ることになる51)。1933年に制定されたテサバーン(市・
町)法に基づきバンコク市が設置された当時は41km2に過ぎなかったが、現在は1,569km2
にも及んでいる52)。