アシックス マーケティング統括部⻑ ⾼下泰之⽒
<スポーツとの関わり、沖縄県との関わり>
私は京都府の福知山市出身で、山を登り川で泳ぐという幼少時代を過ごし、昔からスポーツ が大好きだった。高校では弱小バスケ部に所属。口では「楽しければいい」と言いながらどこ かで悔しさもあり、進学した東京大学ではスポーツで日本一になりたいという思いから、アメ リカンフットボール部に入部した。残念ながら大学では目標を果たせず、社会人で日本一を目 指そうと五洋建設に入社。そこでキャプテンを務めていた時、ヘッドコーチに招聘したのが現 在株式会社ドームのCEOである安田秀一さんだった。その縁から、急速に成長するアンダーア ーマーを扱うドームで働くことになった。
沖縄県との関わりについては、ドーム時代にマーケティング責任者として、B リーグの琉球 ゴールデンキングスの木村達郎社長と出会ったり、那覇マラソンに協賛したりといった関係が ある。
<沖縄県のスポーツ産業の現状>
スポーツ産業の活性化という点で、沖縄県は全国の都道府県の中でもっとも成功していると 言える。さらに成長するポテンシャルもあり、成功事例を拡大して他の都道府県へ広めていく 上でのカッティング・エッジとなりえる可能性を秘めている。
具体例をあげると、沖縄県は人口当たりのスポーツ人口が多く、スポーツ小売店のデータを 見ても、単店当たりの売り上げが全都道府県の中でもっとも高い。理由としては、気候の良さ に加え、プロ野球やサッカーのキャンプ、ゴルフなど、トップレベルのスポーツから刺激を受 ける機会が多いことなどが考えられる。
一方で施設や環境という点では、まだ改善できる余地も大きい。現状は他の都道府県同様に 国体を機に作られた3000人規模の体育館が数カ所あるだけで、大きなアリーナはない。琉球ゴ ールデンキングスの木村社長が中心となって 5000 人規模のアリーナを作る活動をされている が、そうしたものができれば、新たな成功事例となるだろう。
<沖縄県の魅⼒、強み>
沖縄県の一番の魅力は、まず気候の良さが挙げられる。年中暖かく、「島全体がスポーツフィ ールド」と言うべき環境もある。これは他の都道府県にはない絶対的な強みだ。夏も東京や京 都のほうが暑いくらいで、スポーツ選手は「沖縄は過ごしやすくスポーツに向いている」とい う認識を持っている。
プロ野球やサッカーのキャンプなどで多くのトップアスリートが集まり、最近はそれ以外の 競技のアスリートも冬場は沖縄県で過ごすというケースが増えてきた。彼らを間近に見て、触 れ合える機会が多いことも、沖縄県ならではの強みだ。そこに刺激を受け、指導者のレベルや 選手のレベルが上がっていくといういいスパイラルが生まれている。
一方で、あれだけ多くのトップ選手が集まるのだから、その機会をもっと活用すべきとも感 じる。たとえば中南米で行われているウィンターリーグのようなものを実施し、興行化してい くといった活用法があれば、次の一手となるだろう。またスポーツツーリズムという点でも、
スポーツと観光がまだまだ一体化できていない。ハワイのホノルルマラソンは、スポーツとツ ーリズムが密接に結びついているいい参考事例だ。沖縄県でも那覇マラソンが行われているが、
マラソンとツーリズムが別物になっているように見受けられる。パッケージとして結びつける ようになれば、さらに発展できるのではないだろうか。
<⽇本のスポーツ産業の現状>
沖縄県に限らず、日本ではまだまだスポーツ産業が未成熟だ。その要因としては、全体観や 経営的な視点を持ってスポーツ産業に携わる人が少なかったことが考えられる。チーム関係者 はチームを強くすることだけに必死でビジネスは別ととらえていたり、販売業者はモノを売っ ていればいいと考えて『モノとコトを結びつける』というところまで気が回っていなかった。
旅行業界は、そもそもスポーツはあまりお金にならないのでさほど注力出来ていなかったので はないか。そう考えれば、逆に今はチャンスだとも言える。スポーツ庁ができたこともあり、
今まで個別最適で成長してきたスポーツに関わる産業を、全体最適で結びつけて一緒に成長し ようという気運ができてきた。ただ、いざ自分が何をすればいいかということがわからず、遠 慮し合っているというのが現状だ。
これまでの日本のスポーツ産業は、少ないパイの中でシェアを争い合っている状態で、パイ そのものを大きくしようという考え方がなかった。アンダーアーマーからアシックスに転職し た私は業界の中で珍しいケースと言われるが、私自身はそうとらえていない。どちらも同じ『ス
る
ためにレギュラー争いをしているチームメイト』という感覚を持っている。プロ野球で巨人か ら阪神に移籍したようなものかもしれないが、試合をする時は敵だとしても、それによって野 球ファンが増えれば、お互いにとってプラスになる。こうした全体観、みんなで肩を組んで日 本のスポーツ産業を発展させようという意識が、今後大事になると考える。
<沖縄県の可能性を広げるために必要なもの>
上を伸ばしつつ、下の裾野も広げていくという両輪が必要だ。上という点では、野球、サッ カー、ゴルフという日本の3大プロスポーツの聖地としていくのが一番だろう。また沖縄県は 平均寿命が日本でかなりの上位に位置しているということも特長としてある。元気な高齢者が 多い沖縄県で、高齢者スポーツのメッカとしてお年寄りが真剣に取り組むマスターズ大会を開 催するのもおもしろい。沖縄県民の健康の秘訣のひとつがスポーツであるということを探り、
それを全国に広げていくことで、沖縄を健康な高齢化社会を作る上での成功事例としていく。
絶対に実現してほしいのは、IMGアカデミー(アメリカ・フロリダにある寄宿学校・スポー ツトレーニング施設)の日本版を沖縄県に設けることだ。錦織圭選手ひとりのおかげで、日本 でこれだけテニスが盛り上がった。しかし残念ながら、彼を育てたのはアメリカということが 事実としてある。彼のようなアスリートを日本で育てるために、日本の英知を結集したトレー ニング施設を作る必要がある。
この点で、沖縄県はフロリダと似たスポーツに最適な気候がある。先日、数百億円かけて東 京の国立スポーツ科学センター(JISS)を拡張するというニュースがあったが、それなら沖縄 県にトップアスリート養成機関を作ってもいいのではないか。今後地方創生や全国的なバラン スをとっていく国策を考慮すれば、それもひとつの手だと考える。
JISSは施設としてはすでにIMGアカデミーに近いところまで行っていると感じるが、国が 運営しているためビジネス的な観点がない。だからこそ成り立っているという面もあるが、そ れではいつまで経ってもコストセンターから脱却できない。こうした施設をプロフィットセン ターに転換していくためには、利益を出せる形態にしていかなければならない。
いい施設、いい環境、いいコーチというハードとソフトが揃えば、選手はおのずと集まって くる。いい選手が集まるようになれば、波及効果でどんどん地域が潤い、より環境が整備され るといういいスパイラルが生まれる。現実的には資金の問題だと思うが、まずはイニシャルを どう揃えるかが大事だ。
<アジアの中⼼としての観点>
沖縄県のもうひとつの強みとして、アジアの中心という地域性が挙げられる。台湾や中国な どアジアの主要都市から近いという地の利を活かし、アジア全体を巻き込んでお金を集めると いう考え方だ。実際、アジアから沖縄を訪れる旅行客は増えている。
スポーツは、今や経済などに先行してボーダーレス化している。スポーツは言葉や通貨など 関係なく国境を越えて楽しめるものだ。そういう面で、沖縄のメリットは大きい。
アジア各国の選手が沖縄県に集まるようになれば、様々なプロスポーツのアジアリーグ化な ども考えられる。サッカーのユーロのように中国や韓国などと国境を越えたリーグを作り、そ こで切磋琢磨してヨーロッパやアメリカに対抗できるようになればおもしろい。そうなれば多 くのサポーターが沖縄県を訪れてインバウンド需要が高まり、経済効果も生まれる。
もともと沖縄県はリゾート地として憧れの場所という強みがある。アジア人にとってはハワ イと同じような感覚があり、施設や食事、景観など、日本の良さが集約されている。韓国のプ ロ野球チームがわざわざ沖縄県でキャンプを行なうのも、そうした理由からだ。そこに一流の サッカースタジアムができれば、マンチェスターユナイテッドや FC バルセロナが来るかもし れない。それを見るためにアジア中からサッカーファンが集まり、沖縄県の経済が潤う——とい う流れができれば、最高だろう。
<沖縄県のスポーツ産業の発展に必要な⼈材>
沖縄県はのんびりした人が多いと言われるが、それが本当かどうかはわからないし、すごい 人もたくさんいる。環境が良くなればいい人材は育つ。沖縄県に限らず、これまでは引退した トップ選手が協会や業界を牛耳るというケースが多かった。しかし今は経済界や金融界などか ら優秀な人材がスポーツ界に入ってきており、風向きが変わり始めている。
私が五洋建設からドームに移った 2000 年頃、スポーツ業界に東大卒の人はほとんどいなか った。しかし今のスポーツ業界には東大、早慶卒の人が多数いる。それだけ魅力ある業界に変 わってきたということで、完全なパラダイムシフトが起きている。業界に魅力を感じてより良 い人材が集まるようになれば、相乗効果でさらに業界全体が発展していくはずだ。
沖縄県の活性化という観点で言えば、早稲田や立命館のように大学のスポーツ専門学科を作 り、そこを名門にしていくというのもひとつの手かもしれない。そうなれば地元出身者がそこ で学び、沖縄県のスポーツ界を活性化するといういいスパイラルが生まれる。