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3.教科書の実際

ドキュメント内 宗教にかかわる教育の研究.indb (ページ 58-64)

 最後に、教科書ではどのように記述されているのか見てみたい。ここでは、ミレーエン 社が発行している『中学校道徳①』の「①宗教と道徳の関係」(296〜301頁)の単元を例 に検討してみることにする。以下は、この単元の全文である。

人間の生と宗教 学習目標

・人間の生において、宗教が持っている意味を理解することができる。

・宗教と道徳の関連性について説明することができる。

■考えを開こう。次の新聞記事を読んで問いに答えてみよう。

 三笑会では、エチオピアの女性教育と権利の増進のために、少女が住む家庭に牝牛を一匹ずつ支 援するというプログラムを実行している。このような‘牝牛一匹の希望’運動の募金活動には、各 界の有識者の寄付による絵や書、詩集を販売することで得られた収入が充てられており、展示会場 では募金活動も行われている。三笑会の○○さんは、「子どもの頃に虐待や強制労働を受けたエチ オピアの少女のためにたくさんの声援をお願いします。」と述べながら、「宗教人だけでなく、国民 的な運動に発展することを願っています。」と話している。

 三笑会とは1988年に創設された団体である。この団体では、カトリック、仏教、プロテスタント の女性聖職者が一ヵ月に一回程度集まりながら、宗教間の和合や平和のために様々な活動が続けら れている。

宗教人が上記のような活動をする理由は何だろうか?

 私たちは、日常生活の中で宗教に関連する多様な形態を目にすることがある。たとえば、新しく 店を開こうとする人たちは商売がうまくいくように祈祷をしたり、結婚式や葬式のように、私たち の生において重要な瞬間には自分が信じる宗教の伝統的な儀式で執り行ったりすることがある。こ うした場面に接するとき、宗教は私達の生に広く浸透しているだけでなく、宗教を信じる人やそう でない人たちも全て宗教の影響を受けているということを理解することができる。では人間の生に

5 チョン・チャンウ他『中学校道徳①』ミレーエン社、2013年。

おいて、宗教の役割とは何なのだろうか?

 まず、宗教は現実の大きな壁に直面した時に心の安定と慰労をしてくれるものである。人間は自 分の能力の限界や生の有限性を悟ったとき、無意識的に自分が頼れるものを探そうとするものであ る。次の話を読んでこれについて考えてみよう。

■数日前、父が交通事故に遭い、大きな手術を受けました。家族の私たちは宗教を持っていませんが、

父の手術の成功のために一日中お祈りをしました。この祈りが通じたのでしょうか? 昨日から父 は少しずつ意識を回復し、私たちは喜びの涙を流したのでした。

 このように宗教は生の方向性を提示してくれるときもある。多くの宗教は、絶えず反省と省察を 強調しながら善悪の基準を提示してくれるし、人間が善なる生を生きることができるように導いて くれるのだ。すなわち、自分の利益のみを追求したのかどうか、他の人にも思いやりをもったかど うか等、自身の行動を振り返させることでその間違いに気づかせ、正しい生を生きていくことがで きるようにしてくれるのである。このように宗教は人間が道徳的な生を生きるように導いてくれる し、これらを実践できるような機会を提供してくれるのである。

 また、宗教は社会秩序を維持して社会の統合にも寄与している。宗教は、その社会が追求する価 値と規範を強化し、現存する社会構造や秩序を正当化することで社会統合に寄与するのである。高 麗時代のモンゴルの侵入により国難の危機に瀕した時、わが民族は釈迦の教えが込められている八 万大蔵経を再び刻んだ。宗教の力によって混乱に陥った民衆の力を結集して外的な侵入を克服しよ うとしたのである。

 さらに、宗教は人類の文化発展に寄与している。東・西洋の優れた芸術作品の中には当代の宗教 的な理念を表しているものが多い。このような芸術作品は、その宗教が追求した理想の具現化のた めに創作されたものだが、特定の宗教の理想を表現するものだけでなく、人類の貴重な文化遺産と して残されたものも多い。わが国の石窟庵、カンボジアのアンコールワット等も、当該時代の宗教 的信念に基づいた文化財としてユネスコで認定された文化遺産となっている。

 このように、宗教はこれまで個人的次元や社会的次元で大きな役割を果たしてきた。こうした点 から考えれば、宗教は人間の生で重要な価値をもつものであると捉えることができる。

■考えを育てよう   生活の中で感じる宗教の役割

 日常生活において宗教と関連した経験を記述し、生活の中で宗教がどのような役割を果たしてい るのか記述してみよう。

経験 例)宗教団体が助け合いの募金活動をしているのを見て自分も募金した。

宗教の役割 例)道徳的な生を生きることができるように導き、またこれを実践するこ とができるような機会を与えてくれる。

宗教と道徳の関連性

■マリアン修道女がこのような善行を実践した理由は何だったのだろうか?

 私たちは、テレビや新聞のようなマスメディアを通じて宗教的な善行による美談に触れることが ある。そして美談の主人公は、両親に孝行したり、隣人を愛したり、国に忠誠を尽くすなどの道徳 的価値を実践する生を生きていくことが多い。これらを通じて、私たちは宗教的理想の追求は道徳 的価値の実践と密接な関係があることを理解するのである。

 マリアン修道女が小鹿島を訪れたのは、1962年のことであったが、初めからハンセン病患者のた めに人生を捧げようと思っていたのでなかった。しかし、彼女はその場所を簡単に去ることができ なかった。

 「初めて訪問したときは、患者が6,000名もいました。その中に子どもも200名含まれていました。

薬もなく面倒を見てくれる人もだれもいませんでした。だから一人一人を治療してあげようとする ならば、生涯をこの場所で生きていかなくてはならないと思ったのです。」

 彼女は袖をまくりあげながら、直接触って患者の治療を行っていた。しかし、そのように40年間 以上もハンセン病患者の面倒をみてきたマリアン修道女だが、2005年のある日、彼女は一枚の手紙 だけを残して小鹿島を去った。手紙には、「年を取ったために、しっかりと仕事ができなくなって しまいました。ご迷惑をおかけする前にここを去ります。」と書いてあったという。

 マリアン修道女は、世間から見捨てられた人、不治の病で苦しんでいる人、身寄りのない人を助 けるなどの奉仕活動を献身的に行った。これは宗教の力で始められた愛の実践ということができる だろう。

 このように宗教と道徳は私たちに望ましい生の姿を提示してくれるものである。道徳が他の人へ のおもいやりや良心に従うことを強調するように、多くの宗教も“慈悲を施しなさい”“あなたの 隣人を愛しなさい”等の教えを与えてくれる。それゆえに、宗教的理想を追求する生は、道徳的実 践の姿で現れることになるのである。

 しかし、宗教は超越的な存在を信じることでその教えに従う点で、道徳との違いをもっている。

また、宗教の教えを誤って解釈して適応してしまう場合は、道徳的でない様相を見せることにもなる。

 宗教が本来の理想の姿になれずに、他の宗教に対して排他的に抑圧したり、道徳的に堕落したり する事例はこれまでにも存在した。その例としては、宗教の名の下に十字軍の遠征時に引き起こさ れた無慈悲な殺人と略奪などを挙げることができるだろう。

 また、絶対者に対する信仰を歪曲したり、不当な宗教的信念を強要したりするようなエセ宗教も 存在している。エセ宗教は、既存の経典についても社会的通念と異なる解釈をし、これを他の人に も強要したり非人間的な宗教的儀式を行ったりもしている。

 このように、普遍的な道徳的規範に基づかない宗教はそれ自体が宗教的理想と距離があるだけで なく、私たちの生と社会に害を及ぼすことさえある。ゆえに、宗教が本然の価値から逸脱して歪曲 されないよう、私たちは宗教に対する批判的な眼目ももたなくてはならないのである。

 教科書の展開では、はじめに全体の導入としてエチオピアの「三笑会」という女性聖職 者の慈善活動に関する新聞記事を提示し、宗教人がそのような活動をする理由について読 者に問いかけ、単元内容に入っていく。そして次に、「●人間の生と宗教」と「●宗教と 道徳の関連性」という二つの小単元が続くことで、全体では3段階で単元を構成している。

 「●人間の生と宗教」では、まず父親が事故に遭って手術をした時の「祈り」に関する 読み物資料を提示して、読者が日常的に体験する宗教的行為について考えさせる。次に、

宗教の役割について、①心の安定と慰労の提供、②生の方向性の提示、③社会の秩序維持 と社会統合に寄与、④人類文化の発展に寄与、という四つの側面から説明して理解させて いる。小単元の最後では、「生活の中で感じる宗教の役割」についてワークシートを完成 させて整理させている。

 次の「●宗教と道徳の関連性」では、最初に韓国で40年以上もハンセン病患者のため に人生を捧げてきた実在の人物であるマリアン修道女に関する読み物教材が登場する。読 後に、「彼女がそうした行動をとったのはなぜだったのか?」と読者にたずねて、マリア ンの心情について考えさせていく。そして、こうしたマリアン修道女の善行を例にあげな がら、「宗教的理想を追求する生は、道徳的実践の姿で現れる」ことを説明し、表面上で は宗教と道徳はよく似ているが、その相違点について具体的に説明していく。すなわち、

①宗教は超越的な存在を信じてその教えに従う、②宗教が歪曲される場合には非道徳的に なる場合もある、という2点である。最後にこれらを踏まえ、宗教が本来の価値から逸脱 しないように、我々は批判的な視点をもつことが重要であることを強調して閉じている。

 なお、教師用指導書には、この教科書を活用した模範例として次のような展開が示され ている

■自らやってみよう。 このような宗教人は望ましいだろうか?次の文章を読み、望ましい宗教人 の姿勢とは何なのか記述してみよう。

 ○○さんは、道を歩いているときに某宗教団体で布教活動をしている人に会い、信仰をもつよう になった。しかし、○○さんは教理を勉強しながらだんだんその宗教にのめり込むようになり、宗 教団体に寄付する金額もどんどん増えていった。○○さんの夫は、「その宗教団体はおかしい」と言っ て問題を提起したが、○○さんは聞く耳をもたなかった。そしてついに、宗教活動のために家庭生 活を疎かにし、自分のことを待ち続けている子どもたちも無視するようになってしまったのである。

(筆者訳)

6 チョン・チャンウ他『中学校道徳①教師用指導書』ミレーエン社、2013年、270頁。

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