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2.韓国・中学校道徳科の目標と内容

ドキュメント内 宗教にかかわる教育の研究.indb (ページ 54-58)

 以上の法的規定と整合性をとりながら、2012年に、中学校の道徳科には宗教に関する 内容が初めて登場したわけだが、その前に、そもそもこの道徳科とはどのような教科なの か、カリキュラムの目標と内容に即して検討しておきたい。

(1)道徳科の目標

 2012年7月9日、教育科学技術部(現在の教育部)によって「第2012-14号」が告示 された。この中で「教育課程」は、「総論」とともに「国語」および道徳科のカリキュラ ムの一部が改訂され、「2012改訂教育課程」が発表された。これはわが国の学習指導要領 に相当する国家基準のカリキュラムである。道徳科は現在もこの「2012改訂教育課程」

に準拠して実施されており、初等学校3〜6学年と中学校1〜3学年の計7年間に設置さ れている。

 教科の目標は、「2012改訂教育課程」において、初・中共通の統括的目標(以下、「総 括目標」)と中学校の道徳科の目標(以下、「中学校目標」)が、以下のとおり示されている。

初・中共通の道徳科総括的目標

中学校道徳科の目標

 まず、道徳科では知識の教育が重視されている点にその特徴がある。「総括的目標」で  自分と、私たち・他の人、社会・国家・地球共同体、自然・超越的な存在との関係に関する正し い理解をもとに人間の生に必要な道徳的規範と礼節を学ぶとともに、生の多様な領域で発生する道 徳問題に対する感性を育成し、道徳的思考力と判断力、道徳的情緒、実践意思および能力を通じて 道徳的徳性を涵養し、これをもとに自律的で統合的な人格を形成する。

教育科学技術部『道徳科教育』、2012年 5頁(筆者訳)

 中学校段階では道徳的価値・徳目に対する理解を深化し、現代社会の様々な道徳問題に対する参 与的活動過程を通じながら、道徳的探究と省察をすることにより意思疎通および葛藤解決能力を高 め、道徳的感受性と道徳的判断力、そして実践意志を涵養し、合理的で正しい生を営める道徳的能 力と態度を身に付ける。

教育科学技術部『道徳科教育』、2012年 5頁(筆者訳)

は最終的な目標を「統合的な人格を形成する」ことに置くが、そのために「私」と、①「自 分」、②「私たち・他の人」、③「社会・国家・地球共同体」、④「自然・超越的な存在」

という四つの関係性の「正しい理解」と、「人間の生に必要な道徳的規範と礼節」の学び が求められている。中学校では、その上に「道徳的価値・徳目に対する理解を深化」さ せることが求められている。つまり、道徳科では「私」と四つの「領域」との価値の関係 性を知的に正しく理解することと、もう一つは、規範や礼節に関する知識の学習が要請さ れているのである。わが国の道徳科では、「道徳的な心情、判断力、実践意欲と態度な どの道徳性を養うこと」が目標とされており、知識については特に触れないが、韓国では 知識の学習を重要な道徳教育の要素として捉えているのである。

 しかし、韓国の道徳科は知識の学習だけに留まるわけではない。「道徳問題」を扱うこ とで「現代社会の様々な道徳問題に対する参与的活動」と「道徳的探究と省察」をし、道 徳的な問題を解決する能力や感受性、判断力、そして実践意志の育成が目指されているの である。つまり、知識の活用による道徳的な問題解決の過程にこそ、道徳的思考力や判断 力、道徳的情緒、そして実践力が同時的かつ総合的に育成されると考えているのである。

 このように韓国の道徳科は、知識や価値・徳目の教え込みや心情理解に偏る学習であっ たり、活動に専念したりするものとはなっていない。多様な学習と問題解決的な学習活動 を通して、最終的には「自律的で統合的な人格の形成」することを目標としているのであ る。言い換えれば、知識理解や思考・判断などの認知的側面や心情的理解の情意的側面、

そして行為・態度などの行動的側面についてバランスよく総合的に学習させることで教科 の目標を達成しようとしている。

(2)道徳科の内容

① 価値関係性拡大法にもとづく内容の設定

 道徳科で扱う内容は、一見するとわが国の道徳科とも非常に近い設定と構成になってい る。すなわち、学習の領域は目標に沿って「私」との価値関係性が拡大していくように、

①「自分」、②「私たち・他の人」、③「社会・国家・地球共同体」、④「自然・超越的な 存在」の四つに整理され、その各領域から抽出された内容項目が、初等3〜4学年で16個、

5〜6学年で16個、中学校1〜3学年で30個設定されている。これらの四領域はカリキュ ラムのスコープを、内容項目の配列はシークエンスを形成している

② 到達度基準による内容の提示

 カリキュラムの内容項目は、学習の内容を示すだけでなく、学習によって達成すべき到 2 前掲書、5頁。

3 平成25年3月27日、学校教育法施行規則の一部を改正する省令および学習指導要領の一部改正が 告示され、それまでの道徳科は教科化されて「特別の教科である道徳」と変更されている。ここでは道 徳科の目標を対象にしている。

4 前掲書、6頁。

達の基準(韓国では成就基準(achievementstandards)という。)で表されている。つまり、

当該項目を学習することによって、学習者の道徳的能力や道徳性が如何なる行動に現れて

「できるようになる」べきかが、明示されているのである。

 たとえば次は、中学校の「(1)自然・超越的な存在との関係」の中の「(エ)文化と道徳」

の内容項目である。

韓国の中学校道徳科の「文化と道徳」内容

 まず、芸術についてみてみよう。ここには、「芸術の価値は我々の生活を高めて豊かに するという認識」と「芸術と道徳の関係を正しく把握」するという知的な理解と、「内面 的な美しさを追求」する心情的な理解、そして行為や行動としての「成熟した姿勢を持つ」

ことが示されている。つまり、芸術に関する内容は知的側面や情意的側面、そして行動的 な側面から到達すべき基準が示されているのである。

 しかし、宗教についてはこの表記方法と異なっている点に注意したい。この項目では、「生 活の中で宗教が持っている意味や宗教と道徳との関係等を理解する」と表記されている。

宗教について教えるべき内容は、①生活の中の宗教の意味、②宗教と道徳の関係、の二つ の知識であり、心情的な側面や行動的な側面については触れられていないのである。

 これは、前述の法規の規定でみたように、韓国では特定の宗教的な心情理解や行動に結 びつく宗教的情操教育や宗派教育が排除されているためと考えられる。道徳科の内容で あったとしても知的側面に重点化された内容となっているのだ。すなわち、この項目では 我々が生活する日常的な文化の一つとしての宗教を、如何に知識や教養として知的理解す べきかが内容の中心とされており、それが到達基準となっているのである。

③ 現代的課題を扱った内容

 道徳科では、従来の読み物教材による道徳的な自覚を促す題材だけでなく、生徒たちが 生活の中で直面する現代的で現実的なテーマが数多く扱われている。以下は、中学校道徳 科の内容体系である。

(1)自然・超越的存在との関係

(エ)文化と道徳

 生活の中で宗教が持っている意味や宗教と道徳との関係等を理解する。また、芸術の価値は我々 の生活を高めて豊かにするという認識とともに、芸術と道徳の関係を正しく把握して内面的な美 しさを追求できる成熟した姿勢を持つ。

1.宗教と道徳の関係

2.芸術のすばらしさの追求と道徳の関係 3.真のすばらしさ

教育科学技術部『道徳科教育課程』、2012年 26頁 (筆者訳)

韓国の中学校道徳科の内容体系 内容

領域

主要価値・徳目

中学校1〜3学年群 全体志向 領域別

道徳的主体 としての私

尊重

責任

正義

配慮

自律

誠実

節制

(ア)道徳の意味

(イ)生の目的と道徳

(ウ)道徳的省察

(エ)道徳的実践

(オ)人間存在の特性

(カ)自律と道徳

(キ)道徳的自我性

(ク)勉強と進路

(ケ)道徳的探究

私たち・他の 人・社会との 関係

孝道

礼節

協同

(ア)家庭生活と道徳

(イ)友人関係と道徳

(ウ)サイバー倫理とマナー

(エ)近隣に対する配慮と相互協同

(オ)他の人を尊重する態度

(カ)平和的解決と暴力の予防

(キ)青少年文化と倫理

社会・国家・

地球共同体と の関係

遵法 公益 愛国心 統一 意思 人類愛

(ア)人間の尊厳性と人権

(イ)文化の多様性と道徳※

(ウ)分断の背景と統一の必要性

(エ)望ましい統一の姿

(オ)社会正義と道徳

(カ)個人の道徳的生と国家の関係

(キ)国家の構成としての望ましい姿勢

(ク)グローバル化時代の我々の課題

自然・超越的 存在との関係

自然愛

生命尊重

平和

(ア)環境親和的な生

(イ)生の大切さと道徳

(ウ)科学技術と道徳

(エ)文化と道徳

(オ)心の平和と道徳的生

(カ)理想的な人間と社会

教育科学技術部告示第2012-11号[別冊6]『道徳科教育課程』、7頁(筆者訳)

 たとえば、初等3・4年の「インターネットのマナー」や初等5・6年の「情報社会で の正しい生活」、中学校の「平和的解決と暴力の予防」などは、いずれも現実生活の中で 子どもが直面する(であろう)身近な現代的課題である。また、様々な学問的見地から学 際的に追究すべき内容も多く含まれている。たとえば、「道徳の意味」「道徳的自我性」な どのような哲学的、心理学的課題とともに、「勉強と進路」や「環境親和的な生」、「グロー バル時代の我々の課題」のようなキャリア教育や環境教育、国際理解教育など、多角的な 視点から総合的に追究して考える問題も扱われている。道徳科は多面的かつ横断的に学ぶ べき総合的な教科といえるだろう。

ドキュメント内 宗教にかかわる教育の研究.indb (ページ 54-58)