第Ⅴ章 骨粗鬆症の治療
E. 骨粗鬆症の薬物治療
a. 骨粗鬆症薬物治療における一般的な注意点
服薬順守を高めるには
骨粗鬆症の薬物治療における服薬状況は,治療開 始後
1
年で45.2%が処方どおりの服薬ができず,5
年 以内に52.1%が脱落してしまうとされる
484)。服薬順 守率が不足した例では骨折の抑制率が低下し485,486), 結果的に医療費の削減に結びつかない487)ばかりでな く,施設利用の必要性が高まるとされる488)。 服薬順守率の低下要因としては,高齢で他に多く の薬物を服用していること,ADLが低下しているこ と,喫煙などがあげられている489)。このような状況 はビスホスホネート薬に限らず,SERMでも観察さ れる490)。これらの服薬率低下要因には,すべての薬 物に共通の要因と各薬物に特異的な要因がある(表 29)491)。また,大腿骨近位部骨折を起こした例にお いて骨折後の骨粗鬆症治療薬処方率は低く,女性で9.2%,男性では 3.4%の例で処方されたにすぎないと
される492)。処方率が低く,さらに服薬順守率が低い ため,続発する骨粗鬆症性骨折の発生を抑制できな いことが問題となる。表 30に服薬順守に影響を与え
る要因を示す489,491,493)。
これらの解析結果はすべて欧米における集計であ り,わが国の実情にはそぐわない記載もある。わが 国独自のエビデンスとして認められるものはない。
服薬順守の向上をもたらす方策について,欧米のエ ビデンスを以下にまとめる。
● 個人レベルでの教育とコンサルテーション 患者集団を
2
群に分け,一方には一般的な教育パ ンフレットを提示し,他方には個人レベルでカルシ ウム摂取の指導を行った。個人レベルの指導がより よい服薬順守をもたらすことはなかった494)。● モニター
何もモニターすることなく漫然と薬物を投与して いるだけの群に比べ,看護師がモニターに積極的に かかわることや,骨代謝マーカーを測定することは,
明らかに服薬順守を向上させた495)。
● 効果的な診療形態
患者の診断から投薬にいたる過程において病院医 師,看護師,薬剤師,家庭医間の連携を強化するこ とは重要であり,全関係者が一致して服薬の重要性 を繰り返し患者に訴えることが,地味ではあるが,
最も効果的な服薬順守向上の方法と考えられる491)。
● Fracture Liaison Service(FLS)
FLSは脆弱性骨折の二次予防とともに,服薬順守 の向上にも最も有力な手段と考えられる496)
。わが国
で は,Osteoporosis Liaison Service
と し て 活 動 が 始 まっている。カルシウムやビタミン D の必要性は
カルシウム薬と天然型ビタミンD
薬については多 数の臨床試験で基礎薬として投与しているが,保険 適用上通常の骨粗鬆症に投与可能なのはカルシウム 薬に限られる。カルシウムサプリメントに関しては,1
回500mg
以上の投与で心血管障害リスクが高まったとの報告があり,注意を要する497,498)。天然型ビ 表 29 服薬順守率の低下要因(文献 491 より引用・改変)
薬物 理由 中止例中の頻度
す べ ての 薬 物 に 共通
治療への無理解 費用負担 他の健康上の問題
(低 ADL,喫煙など)
薬物への不信 服薬動機の不足 他剤への変更
11%
5 〜 12%
2 〜 10%
3 〜 5%
21%
19%
アレンドロネート 胃腸障害
骨格筋に対する作用 服薬の不便さ
48 〜 52%
5 〜 10%
14%
リセドロネート 胃腸障害 その他の副作用
15%
5%
ラロキシフェン 血栓
副作用への不安 下肢の不快感 下肢の痙攣 浮腫
30%
6 〜 30%
5%
4%
3%
第Ⅴ章 骨粗鬆症の治療
表 30 骨粗鬆症治療薬の服薬遵守に影響を与える要因(文献 489,491,493 より引用・改変)
服薬遵守良好に関連する要因 服薬遵守不良に関連する要因 新規骨折の発生
既存椎体骨折 定期的な運動の習慣 早期閉経
骨粗鬆症の家族歴 服薬を継続する意思
骨密度や骨代謝マーカーの測定と結果の説明 女性
合併症が少ないこと 非経口薬への変更 鎮痛薬の使用 ステロイド薬の使用
痛みの存在 副作用
骨密度を測定していないこと 骨密度の結果を理解していないこと 睡眠導入薬の使用
胃腸障害に対する服薬
ビスホスホネート薬では連日服用が 週 1 回服用よりも劣る
制酸薬の投与 喫煙
表 31 骨粗鬆症治療薬の使用上の注意点
薬物 留意点
カルシウム薬 便秘,胸焼け
血管障害助長との報告497,498)(注 1)
注 1) カルシウムサプリメントの服用例は,そうでない例よりも心血管 系の併発症が多いとする報告がある497,498)。その理由は判明し ていないが,サプリメント投与により,急速に血清カルシウムが 上昇するためかもしれないとされる。したがって,カルシウムの 1 回の投与量は 500mg を超えないように配慮したほうがよい。
注 2) 長期臥床症例など深部静脈血栓症のリスクが高まっている例で は注意すること。わが国の市販後調査では 0.16% と稀であっ た502)。
注 3) 活性型ビタミン D3薬の投与により高カルシウム血症を起こす例 では,しばしば潜在的な原発性副甲状腺機能亢進症が存在する ので注意すること。
注 4) テリパラチド酢酸塩で多くみられる。
注 5) ラットにおける癌原性試験において骨肉腫の発生がみられたた め長期連用はしないことになっている。ヒトにおいては骨肉腫の 発生を有意に増加させたとの報告はない。遺伝子組換えテリパ ラチドで 24 ヵ月,テリパラチド酢酸塩で 18 ヵ月まで使用可能。
注 6) 顎骨壊死に関するわが国のポジションペーパー503)によれば,ビ スホスホネート薬を 3 年以上投与している例と顎骨壊死の危険 因子を有する例においては,抜歯などの侵襲的歯科処置時には,
骨折リスクが高くない場合に休薬が望ましいとされる。これは本 薬による顎骨壊死の頻度が低く,骨折発生のリスクが高いという 現実を考慮した記載である。すべての例において本薬を休薬し てから抜歯しなければならないというわけではない。
女性ホルモン薬 ホルモン補充療法ガイドライン参 照499)
選択的エストロゲン受容 体モジュレーター(SERM)
深部静脈血栓(注 2)や視力障害 に注意500,501)
活性型ビタミン D3薬 高カルシウム血症(注 3)
ビタミン K2薬 ワルファリン投与例は禁忌
カルシトニン薬 悪心,顔面潮紅
副甲状腺ホルモン薬 骨肉腫,悪性腫瘍の骨転移例は 禁忌
悪心,嘔吐,頭痛,倦怠感(注 4)
使用期間に注意(注 5)
ビスホスホネート薬 胃腸障害は連日服用製剤の方が週 1 回製剤よりも多い。
顎骨壊死(注 6),非定型大腿骨 骨折
デノスマブ 低カルシウム血症,顎骨壊死,非
定型大腿骨骨折
タミン
D
については,1日あたりビタミンD
3400IU,
カルシウム
610mg,マグネシウム 30mg
となる配合 薬がデノスマブ投与に伴う低カルシウム血症の治療 および予防の適応を有する。活性型ビタミンD
3薬の 併用については,「Ⅴ -E. b. (12) 薬物の併用療法」の 項を参照されたい。主な骨粗鬆症治療薬の投与上の注意点は
骨粗鬆症の治療薬として主に使用される薬物には それぞれ使用上の注意事項がある。これらの注意事 項を文献と添付文書からまとめた(表 31)。薬物に関する「有効性の評価(A,B,C)」
骨密度上昇効果 A. 上昇効果がある B. 上昇するとの報告がある C. 上昇するとの報告はない
骨折発生抑制効果(椎体,非椎体,大腿骨近位部骨折 のそれぞれについて)
A. 抑制する
B. 抑制するとの報告がある C. 抑制するとの報告はない
次ページ以降の「各薬物の特徴とエビデンス」の項では、骨密 度と骨折に対する有効性を上図のように評価した。評価の詳細な 基準については、巻頭のガイドライン作成手順を参照のこと。
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第Ⅴ章 骨粗鬆症の治療
E. 骨粗鬆症の薬物治療
b. 各薬物の特徴とエビデンス
( 1 )カルシウム薬
薬物の特徴は
カルシウムは骨の構成成分であり,骨にとっては 必要不可欠な栄養素である。カルシウム摂取量が不 足すると,副甲状腺ホルモンの分泌亢進を介した骨 代謝回転の亢進により骨吸収が増加し骨量が減少す る。カルシウム薬投与によりカルシウムが充足する と副甲状腺ホルモンの分泌が抑制され,骨の代謝回 転が低下し骨吸収も減少する。明らかにカルシウム 摂取不足が骨粗鬆症の病態に影響を与えている場合
(胃腸管切除,乳糖不耐症,極度の少食,神経性食欲 不振症など)や,続発性副甲状腺機能亢進症を伴っ ている場合には,カルシウム薬投与の効果が期待で きる。また,カルシウム薬は単剤で用いられること は少なく,骨吸収抑制薬と併用されることが多い。
ビスホスホネート薬との併用では,その吸収を阻害 しないために,両薬剤の服用間隔を十分にあける必 要がある。
カルシウム薬には多くの製剤があるが,現在骨粗 鬆症に適応を有するのは,L-アスパラギン酸カルシ ウムとリン酸水素カルシウムのみである。カルシウ ム薬を処方する場合には,製剤によってカルシウム を含有する量が異なるので注意が必要である。投与 量に関してこれまでの報告では
500
〜2000mg
の補 充療法が行われているが,投与量は正確には食事か らのカルシウム摂取量との総和で決定されなければ ならない504)。最も頻度の高い副作用は胃腸障害である。個人の カルシウム吸収能を越えてカルシウム薬が投与され た場合には便秘を起こすことが多く,便秘の発生は 投与量を減じる目安となる。またカルシウム薬のみ の投与により高カルシウム血症を起こすことはまれ であるが,活性型ビタミン
D
3薬と併用されている場 合には高カルシウム血症を発症する可能性があるた め,血清カルシウム値や尿中カルシウム/
クレアチ ニン比(0.3〜0.4
以上が高カルシウム尿症の目安と なる)に対する注意が必要である。また,心血管合 併症などの副作用発生については,リスクを上昇さ せるとの報告418,497,498,505)がある一方,リスクを上昇 させないとの報告506)もあり,一定の見解は得られていない507)。しかし,カルシウムの過剰な摂取には注 意が必要で,カルシウム薬の効果が食事からのカルシ ウム摂取量により変わってくることを考えれば,食事 からのカルシウム摂取量とカルシウム薬投与の総量で
1
日に1000mg
程度がよいといわれている508)。また1
日に
500mg
以上のカルシウム薬投与が必要な場合には,
2
回以上に分けて内服することが望ましい507)。骨密度に対する効果はあるか
治療薬としてのカルシウム薬の骨密度上昇効果に ついては,有効とするものと,有意な効果が見られ なかったとする報告に分かれるが,Sheaら413)はこ
れらの
15
試験509-523)のメタアナリシスにより,わずかではあるが有意に骨密度を上昇させる効果があるこ とを報告している。また,最近の
Reid
らの報告524),Tang
らのメタアナリシスの結果414)でも同様にプラ セボ群に比して骨密度の上昇を認めており,カルシ ウム薬は骨密度に対してわずかではあるが上昇効果 があるといえる。骨折抑制効果はあるか
Shea
ら の5
試 験511,517,519,522,523)の メ タ ア ナ リ シ ス の結果からは,椎体骨折についてはカルシウム薬投 与により減少傾向(p=0.14)が認められるが,大腿 骨近位部を含む他の骨折についての骨折抑制効果は 認められていない413)。Recker
ら522)は,4
年間にわたり
1200mg/
日のカルシウム補充療法を行ったところ,すでに椎体骨折を有する群では有意に橈骨骨密 度を上昇させるとともに,椎体骨折発生率を有意に 低下させたと報告している。しかし,椎体,大腿骨,
その他の骨折に対する抑制効果はないとの報告525,526) もある。最近,Tangらはメタアナリシスの結果414)
から,プラセボ群に比して
12%の骨折抑制効果があ
り,服薬順守率80
%以上では24
%の抑制効果を示し,また
1200mg/
日以上のカルシウム投与でより有効であったと報告している。Princeら527)も同様に,服
薬順守率
80%以上では 34%の骨折抑制効果を認めて
いる。しかし,