第Ⅴ章 骨粗鬆症の治療
D. 骨粗鬆症の一般的な治療(薬物以外)
a. 食事指導
栄養全体におけるカルシウムの位置づけは
カルシウムは骨のミネラル成分の重要な構成栄養 素であり,骨粗鬆症の予防,治療に不可欠な栄養素 である。成人男性では体内に約1,000g
のカルシウム を有し,その99%は骨に存在する。ただし,骨の健
康にかかわる栄養素は多く,カルシウムのみが重要 というわけではない。カルシウム摂取量を増やすこ とは骨粗鬆症の予防,治療に有効であるが,腸管か らのカルシウムの吸収量は,ある摂取量以上ではプ ラトーになる。また,腸管からのカルシウムの吸収 はビタミンD
の栄養状態によっても影響を受ける。さらに,吸収されたカルシウムが骨に沈着するかど うかは骨形成の状態によって決まる。したがって,
カルシウム摂取量のみを考えるのではなく,栄養素 全体の摂取,バランスを考えることが重要である。
治療のためにはカルシウムをどれくらい 摂取すればよいか
治療のためのカルシウム単独の有効性レベルは低 い(グレード C)。しかし,さまざまな骨粗鬆症治療 薬の効果をより高めるための基礎的な栄養素として カルシウム摂取は重要である406,407)。
健康な人を対象に策定されている「日本人の食 事摂取基準
2015
年版」ではカルシウムの推奨量は 表 24のように示されている408)。成人期以降の値は低めに設定されているが,これは成長期に推奨量の カルシウムを摂取し,十分な骨量獲得があった場合 を想定しての値といえる。また,成人期以降につい ては骨量が維持されているものとして数値が算出さ れているが,仮に年間の骨からのカルシウム減少を
1
%程度と仮定すると,骨量を維持するためには,約100mg
の上乗せをする必要がある。カルシウム摂取と骨密度,骨折に関する最近のメ タアナリシスでは,大腿骨近位部骨折の発生率とは 関連はないとの報告もあるが409),小児の骨密度に対 してはわずかな上昇効果がみられ410),カルシウム摂 取量が少ない場合には骨折の発生が多いこと411,412), カルシウムとビタミン
D
を組み合わせることにより 骨密度上昇効果,骨折予防効果があること413-415)な どが示されている。これらの結果から骨粗鬆症の治療のためには
1
日700
〜800mg
のカルシウム摂取が勧められる。ただし,同時に食事からのビタミン
D
の摂取も考慮する べきである。日本人のビタミンD
の主な供給源は魚 類である。また,ビタミンD
は紫外線に当たること で皮膚でも合成される。1日15
分程度の適度な日照 暴露も必要である416)。日常のカルシウム摂取量の推定は,巻末の付表 4のカ ルシウム自己チェック表を用いて行うことができる417)。 近年,日本人若年女性は,やせ志向によるエネル ギー・栄養素摂取量の減少,過度の紫外線対策,身 体活動量の低下などにより,カルシウムの栄養状態 は必ずしも良好といえない者も多く,これらへの対 応を考慮する必要もある。
● カルシウムサプリメントの健康リスク
近年,カルシウム摂取と心血管疾患の関係が報告 されている418)。これはカルシウム薬やカルシウムサ プリメントの使用により,心血管疾患のリスクが高 まる可能性があるというものである。ただし,同じ 量のカルシウムを食品として摂取した場合には,そ のようなリスクの上昇はなく,栄養素としてのカル シウムの特徴とも考えられている。
また,これらの報告は海外のものであり,日本と 表 24 カルシウムの推奨量(mg/ 日)
年齢 男性 女性
12 〜 14(歳)
15 〜 17(歳)
18 〜 29(歳)
30 〜 49(歳)
50 〜 69(歳)
70 歳以上
1000 800 800 650 700 700
800 650 650 650 650 650 厚生労働省:日本人の食事摂取基準 2015 年版より
耐容上限量(過剰摂取による健康障害の予防のための値)は成人の場合 男女とも 2,500mg/ 日
第Ⅴ章 骨粗鬆症の治療
はカルシウム摂取水準,血清脂質状態,肥満状態な どが異なると思われ,結果をそのままわが国に当て はめることには問題も多いと思われる。
高用量のカルシウムを摂取することにより,急激 に血清カルシウム濃度が上昇する可能性が考えられ ることから,現時点では,サプリメント,カルシウ ム薬として
1
回に500mg
以上を摂取しないように注 意する必要があろう。また,ビタミンD
との併用時 には高カルシウム血症にも注意が必要である。治療のためにはカルシウムのほかにどの ような栄養素が必要か
治療のためにはビタミン
D,ビタミン K
は不可欠 である。食事で十分な摂取が望めない場合には薬物 としての投与も考慮する必要がある。ビタミン
D
は特に高齢者で不足状態にある例が多 いことが報告されており419,420),原因として脂質の吸 収低下,皮膚でのプロビタミンD
生成の減少,日光 暴露の減少などが考えられる。血中の25(OH)D
を測 定することによりビタミンD
の栄養状態を推定する ことができるが,25(OH)Dの測定は,現時点では保 険適用にはなっていない。ビタミン
K
は緑の葉の野菜,納豆に多く含まれて表 25 骨粗鬆症の治療時に推奨される食品,過剰摂取を 避けた方がよい食品423,424)
推奨される食品 過剰摂取を避けた方がよい食品
・カルシウムを多く含む食品
(牛乳・乳製品、小魚、
緑黄色野菜、大豆・大豆 製品)
・ビタミン D を多く含む食品
(魚類、きのこ類)
・ビタミン K を多く含む食品
(納豆、緑色野菜)
・果物と野菜
・タンパク質(肉、魚、卵、豆、
牛乳・乳製品など)
・リンを多く含む食品(加工食 品、一部の清涼飲料水)
・食塩
・カフェインを多く含む食品
(コーヒー、紅茶)
・アルコール
おり,これらの摂取頻度を知ることにより摂取水準 を推定することができる(巻末の付表 5)421)。ビタ ミン
K
の摂取量が少ないことが推定される場合には 血中のucOC
を測定し,高値を示す場合にはビタミ ンK
が多い食品の摂取を勧める。その他,マグネシウム,ビタミン
B
6,ビタミンB
12,葉酸などは通常の食事で摂取できるが,摂食量 が少ない場合には,ビタミン薬やサプリメントなど の使用も考慮する必要がある。ビタミン
B
6,ビタミンB
12,葉酸はホモシステイン 代謝にかかわるビタミンであり,これらのビタミン 摂取量が少ない場合には,血中ホモシステイン濃度 の上昇がみられる422)。高ホモシステイン血症は骨密 度とは独立した骨折の危険因子であることが示され ており,適量のビタミンB
6,ビタミンB
12,葉酸の摂 取が必要である。治療時に避けるべき食品はあるか
骨粗鬆症の食事では,エネルギーおよび栄養素を バランスよく摂取することが基本であり,特に避け るべき食品はない。しかし,リン,食塩,カフェイン,アルコールの過剰摂取は控えるように心がける(表 25)。
評価と推奨
食事指導における評価と推奨摂取量を表 26に示 す。
表 26 推奨摂取量
栄養素 摂取量
カルシウム
ビタミン D ビタミン K
食品から 700 〜 800mg
(サプリメント,カルシウム剤を使用する場合に は注意が必要である)(グレード B)
400 〜 800IU(10 〜 20 μ g)(グレード B)
250 〜 300 μ g(グレード B)
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第Ⅴ章 骨粗鬆症の治療
D. 骨粗鬆症の一般的な治療(薬物以外)
b. 運動指導
運動によって骨密度は上昇するか
運動介入の骨密度への影響を検討した臨床研究は,
骨粗鬆症患者よりもむしろ健常者を対象としたもの が多く,閉経後女性に対する運動の骨密度維持・上 昇効果(対照に比べて)が報告されている。
Bonaiuti
ら のCochrane Systematic Review
に よ る と424),有酸素荷重運動により腰椎骨密度は1.79%,
ウォーキングにより腰椎および大腿骨近位部骨密 度 は, ぞ れ ぞ れ
1.31%,0.92% 上 昇 す る。Howe
ら のCochrane Systematic Review
に よ る と268), 運 動 により大腿骨近位部および腰椎骨密度は,それぞれ1.03%,0.85%上昇する。特に,下肢筋力訓練により
大腿骨近位部骨密度は1.03%,複合運動(荷重運動・
筋力訓練)により腰椎骨密度は
3.22
%上昇する。最 近のPolidoulis
らのメタアナリシスによると425),下 肢の運動(荷重運動・筋力訓練)により,脛骨遠位 部海綿骨および骨幹部皮質骨骨密度(pQCTで測定)は,それぞれ
0.87
%,0.89
%上昇する。また,太極拳 は骨密度維持に有用である426)。以上の成績は,閉経後女性において,骨密度維持・
上昇には荷重や筋力が重要であることを意味し,適 切な運動は大腿骨近位部および腰椎(臨床的に重要 な部位)の骨密度上昇に有用であることを示唆して いる427)。
運動は骨折予防に有効か
運動により骨折を予防するためには,骨密度上昇 はもとより,背筋を強化して椎体骨折を予防するこ とや,運動機能を高めて転倒を予防することも重要 である。
Sinakiらは428),閉経後女性に対し,背筋の最大筋
力の
30%の負荷を背負って行う背筋強化訓練(1
日10
回,週5
回)を2
年間のみ指導し(RCT),訓練開 始後10
年時に再評価を行った。対照群に比べて運動 群では,背筋力と腰椎骨密度は有意に高く,椎体骨 折発生率は有意に低いことを報告した(椎体骨折数/
調査椎体数:4.3% vs. 1.6%)。運動介入の転倒予防効果を検討した臨床研究は,
高齢者を対象としたものが多い。Gardnerらのメタ
アナリシスによると429),高齢者において運動は転 倒予防と転倒により生じる外傷に対する医療費の削 減 に 有 用 で あ る。Howeら の
Cochrane Systematic Review
では268),運動により骨折リスクは低下しな いとの結果が得られている(オッズ比:0.61,95%CI:0.23
〜1.64)。 し か し,Gillespie
ら のCochrane Systematic Review
では280),転倒リスクは,種々の運 動により低下すること(リスク低下率:グループエ クササイズ15%,ホームエクササイズ 22%),太極
拳(バランス改善効果がある430))により29%低下す
ること,そして骨折リスクは,運動指導により66%
低下することが報告されている。また,
Karlsson
ら のメタアナリシスでも431),転倒リスクは,運動指導(主としてバランス訓練・筋力訓練)により低下する こと(リスク低下率:グループエクササイズ
22%,
ホームエクササイズ
34
%),太極拳により37
%低下 することが報告されている。転倒予防には,筋力訓練・バランス訓練が有用であるが,その効果は転倒の既 往のある高齢者で高い280)。
以上の成績は,背筋強化訓練は椎体骨折予防に有 用であること,筋力訓練・バランス訓練を中心とし た運動指導は,高齢者(特に転倒の既往のある高リ スクの高齢者)において転倒予防に有用であること を示唆している。また,運動は転倒による骨折の予 防に有用であるとの報告がある280)。
運動指導の具体的内容は
運動指導の主な目的は,骨密度上昇,背筋強化,
転倒予防などにより骨折予防に寄与することである。
上述のエビデンスを参考にし,安全性を考慮に入れ たうえで,骨粗鬆症患者に対する運動指導を考える 必要がある。骨粗鬆症患者に対して施行可能な運動 指導として,骨密度を上昇させるための有酸素荷重 運動・筋力訓練,椎体骨折を予防するための背筋強 化訓練,転倒を予防するための筋力訓練・バランス 訓練の効果が参考となる。
閉経後の骨量減少・骨粗鬆症患者(年齢:
49
〜75
歳,平均: