第2章 高校生の摂食態度の実態
第3節 音楽科高校生の食行動の実態
本章では音楽科の高校生を対象に早期教育が食行動にもたらす影響について探ることに する。音楽科には痩せている生徒が多く在籍している。アンケート結果からは、音楽科の 生徒には普通科の生徒より痩身願望が強く見られる。早期教育を受けてきた音楽科の生徒 には、幼児期から親との関係は強くあるが、同年代の子どもと触れ合う時間が限定されて いたことが想像される。この遊び経験の不足が、思春期のコミュニケーション不全につな がる危険性を生み出しているのではないか、この危険性が摂食行動にも影響を及ぼしてい るのではないか、この点について検討してみたい。また、音楽家には普通科と比べて、食 物アレルギーの重度の生徒が在籍していることより、幼少時の食行動と食物アレルギーと の関係性についても考察を加えたい。
さらに、高校生の中でも音楽科の生徒に自傷行為が多く見られる実態がある。幼少時の 遊び経験不足から、言語的感情表現が苦手な生徒にとって、自傷行為は辛さを表現するこ とによって苦痛緩和効果をもたらしている趣きがある。辛さを乗り切るための手段として の自傷行為と摂食障害との関係について、「摂食障害と自傷行為の共通点から見えてくるこ と」において、比較検討したい。
1 早期教育が親子関係にもたらす影響について
平成 14(2002)年の週休2日制の完全実施以来、放課後の余暇活動の使い方に保護者の 関心が高まる一方で、英語や有名小学校に合格する受験学習用の幼児塾も大はやりである。
教育産業は、いまや花盛りであるが、子どものために最良のことをしてあげようという保 護者の思いは、子どもにとってどのような影響があるのであろうか。
「ゆとり教育」の結果、地域や塾における個別の教育を受けることが盛んになる以前か ら、音楽教育の特殊性として早期教育を受けることが行われてきた。
筆者は勤務校において音楽科と普通科双方の生徒に対応しているが、普通科には見られ ない音楽科特有の問題行動があり、その背景に何があるのかという疑問を抱いてきた。音 楽科の多忙な時間割が原因となるストレスもあると考えられるが、それ以前に、幼児期早 期から音楽に多くの時間を割いてきたことによる弊害ではないのかと疑問に思ってきた。
クライン(Klein, M., 1946)は、プレイセラピーにおける子どもの遊びは大人の自由連想と 等価であり、発達早期の pre-oedipal(前エディプス)段階の子どもにも葛藤はあるとしてい る。彼女は、対象関係を育てるために、遊びは、成人の自由連想と同じように精神分析的 に解釈することができ、乳幼児であっても幻想的な対象関係を取り結ぶ状況である妄想―
分裂ポジションを持つ存在であると考えた。クラインは豊富な児童臨床の経験を通して、
子どもの遊びに対する積極性や自発性、それと正反対の遊びに対する消極性や無関心には 多くの意味があると考えたのである。
さらに、パーソナリティ障害の人の心の動きを理解する上で有用なクラインの概念とし
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て「抑うつポジション」がある。クラインは、この状況が自分と他者との区別ができ始め ていることと関係していると考えた。時期として生後4~6 か月頃からから始まり、2 歳ご ろまでに一通りのワークスルーが行われると捉えた。
このように、遊びは、これからの人生において重要な役割を持つのである。この遊びを 経験せず、幼児の気持ちや要求を無視した一方的な早期教育では、幼児の心や体に大きな ストレスを生じさせ、心身の発達を妨げる原因になることが予想される。
本章おいては、クラインの遊び体験の重要性に着目し、専攻楽器を始めた時期を尋ね、3 歳以前に教育を開始した群を音楽教育早期群とし、その群と摂食障害傾向との相関関係を 考察する。
一方的な早期教育を受けることが不本意であった場合、その後の親子関係はどのように なっていくのか、疑問に思えるところである。この考察における視点の一つとして、親子 関係を挙げた。早期教育において、誤った教育に陥らないために親たちに必要なことは、
子どもがその時点で学ぶべきものの中身を理解することである。エルキンド(Elkind, D.,1989)は誤った教育のもたらす弊害を分析する上で、エリクソン(Ekikson, E.H., 1983) のパーソナリティ発達のモデルが有効であると捉えている。すなわち、エリクソンが、幼 児期に獲得すべき課題として挙げた「信頼感」「自立心」「自発性」「勤勉さ」に「帰属感」
と「有能感」という二つの課題を付け加え、このような特質を育てることこそ幼児期に必 要な課題であることを説いている。
別の視点として、フィッシャーら(Fisher,M.M., et al.2013)は AN と BN のグループで、
AFID(Avoidant/Restrictive Food Intake Disorder)の症状がある一群における合併症の割 合を調査した文献によると、食物アレルギーが 4.1%存在したという調査結果を報告してい る。また、別にシャナハン(Shanahan L.,et al.2014)は、「食物アレルギーの子どもや青年 は、精神病理のリスクが高くなりますか?」では、横断的に見ると、食物アレルギーは、
より多くの分離症状及び全般性不安障害や神経性食欲不振症と関連していたことを報告し ている。
食物アレルギーの増加となる背景には、日本人の食事が高蛋白、高栄養になってきたこ とがまず考えられる。第二次世界大戦後の食生活の改善により、動物蛋白、特に肉類、卵 などの摂取量の増加は著しいものがある。これらの食物は当然のことではあるが、抗原性 も強く、アレルギー体質を持っている人に感作アレルギー症状を発現させることになる。
さらに、離乳食の早期化がアレルギー疾患の増加につながっている。馬場(2003)によると、
「調査結果よりここ 15 年余りで 1 ヶ月以上早くなってきており、生後 4 ヶ月の時点で半数 前後の乳児が何らかの形で卵を与えられている。その理由としては既製の離乳食に多少の 卵を含んでいること、また、保育所育児において卵使用食品が多用されていること、母親 の卵への栄養源の過信などをあげることができる」としている。
本章においては、音楽科の生徒に食物アレルギーが多く見られることから、食物アレル ギーについて食行動を探る一つの要因として取り上げ、食物アレルギー群の生徒とアレル
67 ギーでない生徒の特性について比較検討する。
1 研究の目的
最近の高校生の摂食障害発症の背景について調査検討する。勤務校における音楽科での 摂食障害発症率の高さから、音楽科生徒の心理状態について、「親子関係」に焦点を当てて 検討を加えた。特に、早期教育を受けた生徒について親への思いから食行動への影響はな いのか検討していくことを目的とした。
摂食障害の原因とされる「心理的」「社会・文化的」「生物学的」発症因子のうち、音楽 科生徒の親への意識と相関関係があるものは何かを検討し、予防教育のために必要な発症 因子を分析検討した。
2 研究方法 (1) 質問紙構成
①両親の養育態度と親への愛着について、パーカーら(Parker,G.,et al. 1979)が作成した 代表的な質問紙であるPBI(Parental Bonding Instrument)の質問項目を用いた。PBIは25 項目から成り、子どものころの親の養育態度を想起して回答してもらう質問紙である。下 位尺度については数種類の解釈があり、それによって尺度の命名にもばらつきが見られる が、本論文においてはCareを、自分自身が幼いころに親から受けた「愛情」、Over Protection については親から受けた「干渉」と想定した。
「愛情」の該当項目は、1.②.4.5.6.11.12.⑭.⑯.17.⑱.㉔。「干渉」の該当 項目は、③.⑦.8.9.⑩.13.⑮.19.20.㉑.㉒.23.㉕とした。(○は逆転項目)
「全くそのとおりだ」を3点、「全く違う」を0点として得点化する4件法で回答を求めた。
逆転項目は、「全く違う」を3点、「全くそのとおりだ」を0点とした。「愛情」「干渉」共 に合計得点が高い方が程度は高いことを示している。
PBIの質問項目一覧を表3-20に示した。
表 3-20 PBI 質問項目一覧 1 いつも暖かく親しみのある声で話しかけてくれる 2 私が望んでいるのに十分助けてくれない
3 私のしたい大抵のことはやらせてくれる 4 私には、気持ちの上で冷たい
5 私の抱えている問題や悩みを理解してくれる 6 私には優しく、情愛がある
7 物事を、私が自分自身で決めるのを望んでいる 8 私には大人になって欲しくないようだ
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9 私のすることはなんでもコントロールしたがる 10 私のプライバシーを無視している
11 私とあれこれ話し合うのを楽しみにしている 12 私に絶えず微笑みかけてくれている
13 私を子ども扱いしがちだ
14 私が必要としたり、望んでいることを理解しているとは思えない 15 私自身に決定を下させてくれる
16 自分は求められていない存在だと思い知らされたことがある 17 気分的に混乱したようなときは、気持ちを落ち着かせてくれる 18 私と話し合うということはない
19 私をつとめて親に依存的にさせようとしている
20 私のことを、親がいなければ自分のことも処理できないと思っている 21 私の望みのままに自由にさせてくれる
22 私が望めば、いつも外出させてくれる 23 私には過保護だ
24 私をほめてくれたことがない
25 どんな服装をしようと、私の好きなようにさせてくれる
②幼少時から現在までの食物アレルギーの有無について質問した。現在は症状が軽快して おり、乳幼児期だけに症状がある場合も食物アレルギーは有症状であるとした。食物アレ ルギーの定義について以下の通りとした。通常、食べ物は異物として認識しないようにす る仕組みが働き、免疫反応を起こさずに栄養として吸収することができるが、免疫反応を 調整する仕組みに問題があったり、消化・吸収機能が未熟であったりすると、食べ物を異 物として認識してしまうことがある。それによって起こるアレルギー反応が「食物アレル ギー」である。異物として認識された食べ物成分(アレルゲン)を排除するために、アレ ルギー反応が起こり、また腸から吸収されたアレルゲンが血液に乗って全身に運ばれるた め、眼・鼻・のど・肺・皮膚・腸などで様々な症状が現われる。具体的症状としては、掻 痒感、違和感、発赤、熱感、腫脹や、下痢、腹痛、嘔吐の消化器症状が挙げられる。症状 の中でも、血圧の低下を伴う、アナフィラキシーショックがある場合は生命の危険性があ る。食物アレルギーは、食べ物を食べた時だけでなく、触ったり、吸い込んだり、注射と して体内に入ったりした時に起こった場合も食物アレルギーとした。具体的な質問紙を表 3-21 に挙げた。