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第2章 高校生の摂食態度の実態

第4節 自傷行為と摂食障害の共通点から見えてくること

摂食障害と自傷について考えるとき、二つのテーマが考えられる。

一つは、リストカットや大量服薬による自殺企図を含む自傷行為が問題になっているケ ースで、摂食障害との関連をどのように考えるかというテーマである。もう一つは、経過 において自傷行為は見られないが、痩せのこだわりによる極度の低体重や、過食や自己誘 発性嘔吐、下剤乱用などパージング(pursing:浄化)行為の慢性化を認めるケースで、当事 者たちの病理的な食行動を自己破壊性の視点から理解するというテーマである。これは遷 延化した重症の摂食障害患者をめぐる議論である。

摂食障害患者の多様な問題の評価のために行ったBSI結果では、「私は自分を傷つけたく なる」という調査項目に「はい」と答えた患者は48%いるという事実がある。多くの摂食 障害患者は自傷傾向を潜在的に持っていると言わざるを得ない。また、摂食障害の追跡調 査研究が示す数値として、死亡に至るケースは5~10%あり、そのほとんどが摂食障害の 慢性化による衰弱死である。自殺によるものは全死亡例の約20%程度である。摂食障害の 長期経過に関する報告では 60%程度の患者は健康を回復するとされるが、その一方で、痩 せのこだわりや過食を続けるとされる重症患者がいることを思うと、極端な食事制限や過 食・パージング行為などの摂食障害の患者の症状化が当事者たちの自己破壊的な傾向の表 現であると理解する視点も確かに必要である。

1 痩せへのこだわりの病理

摂食障害は拒食症と過食症に二分され、主に思春期・青年期に発症し、ケースの95%

は女性である。両者に共通している精神病理は痩せることへの病的なこだわりである。体 型が自己評価を左右する重要な価値そのものになっている。

ブルック(Bruck, H., 1973)は、拒食症患者の痩せ願望、痩せの追求には自己不全感の 克服という適応的意味があることに注目した。思春期になり、競争や達成をめぐる困難に 直面して葛藤的になるとき、痩せ礼賛の傾向が強い我が国において、痩せることは社会的 に価値あることとして魅力ある目標となる。勉強で良い成績をとることも、運動で良い記 録を挙げることも、コンクールで上位に入賞することも、友達から好かれることも、必ず しも自分自身の努力に見合った成果をいつも挙げられるものではない。そして毎日の生活 の中で価値ある存在として自身を感じられないとき、痩せることは魅力ある価値となり、

努力すれば相応のミラーリング(mirroring)を得られる行為となり得る。食事を減らし、お

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やつを禁じて、その成果をヘルスメーターで確認する営みは、至福の充実感を感じられる 時間となる。こうして当事者たちはダイエットの世界にはまり込んでいく。痩せることは 自分を感じられる唯一の行為となるゆえに、当事者たちは、それが邪魔されることに抵抗 する。当事者たちの痩せへのこだわりは、それが生命を危うくする事態にまで至っても、

手放したくない価値であり、自己確認の戦いとなる。

クリスプ(Crisp, A. H., 1980) は、第二次性徴の出現と親からの独立という心理社会的 な発達課題に直面した少女たちの思春期危機として、拒食症の発症を考える。彼が注目す るのは当事者たちの成熟恐怖である。当事者は成長発達とともに自然に発現する性衝動の 高まりや身体の成熟的変化に処理できぬ不安と恐怖を覚える。同時に大人になること、自 律的になることに対する周囲からの期待の中で負担感に襲われる。その解決策として、大 人になることを回避すべく、成長のプロセスを止めようとする行為が生まれる。ダイエッ トに励み、低体重を維持することにより、当事者たちは成熟を免れた身体のままでい続け ることができる。当事者たちは他者からの干渉を嫌がる物言いをし、自分を依存的とは感 じていない。一方、親は少年少女のような身体にまでやつれた子どもたちに保護的に接し ざるを得ない。当事者たちの独立と依存をめぐる葛藤は、このようにして、痩せを維持す ることにより回避されるのである。したがって、体重を回復させようとする治療的試みに 対して、処理困難な恐怖にもう一度引き戻す企みと感じて抵抗する。彼女たちは恐怖から 生命を危うくさせる行為にしがみつく。

2 過食やパージング行為の意味

今日では、過食症には生物・心理・社会的な次元での要因が複雑に絡みあった結果、発 症すると考えられている。舘哲朗(2004)によれば、「事象との関連で興味深い過食症の病因 論は、情緒不安定性の強さや欲求不満耐性の低さなどの人格・体質的脆弱性があり、かつ 攻撃衝動が強く、衝動コントロールに障害を持つという考え」である。つまり、一次的に 見ると体質に規定された、二次的には攻撃性が強く、そのため不安や欲求不満を体験する ときに衝動的になりやすいというわけである。そして攻撃性の処理に困難がある彼女たち にとって過食やパージング行為は攻撃衝動の解消に役立つ行動化となる。過食は暴力(自 傷行為を含む)や薬物依存などに比べて、社会的には許容されやすい行動化であり、攻撃 性の発散処理のより適応的なチャンネルとして繰り返し選択されるようになる。したがっ て、自分に攻撃性を向ける自傷行為は過食行為を適応的に使えなくなったために起きてい るのかもしれない。

過食症の家族背景や精神病理の理解について、拒食症との違いを考える上で有益な考え 方は次のようである。過食症のほとんどが過食を繰り返す以前にはほとんどダイエットの 経験がある。舘(2004)は「ダイエットを実行し数か月で5~10kgの体重減少があったとこ ろまでは拒食症との違いはない。過食症の約4 割は3 か月以上の無月経を認め、拒食症の 既往歴を持つ」と言う。痩せることへの病的とらわれの強さは共通の精神病理である。拒

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食症と過食症の違いは何か考えると、過食症はダイエットの成功を持続できないという点 である。彼女たちの生い立ちを見れば、拒食症のケースとはずいぶん異なる家族環境で育 っていることが分かる。一般的に見て、拒食症の家族の場合は親の干渉的、過保護な養育 態度が特徴的であるが、過食症に多い家族の典型は、これとは対極的である。家族は互い に干渉せず、よく言えば、めいめいの個人性を尊重する雰囲気がある。親子関係で言うな ら、親は放任的である。そのため、子どもは依存欲求が満たされないと感じることが多い。

ジョンソン(Jhonson, C., 1987)は、分離・個体化が課題となる幼児期(生後6か月か ら 3 歳ごろまで)の養育環境について、拒食症と過食症のケースの違いに注目し、思春期 の摂食障害の発症との関連を述べている。典型的な拒食症の母親は子どもに対して感傷的、

侵入的であるのに対して、過食症の母親は拒絶的で子どもとの情緒的接触に乏しい。分離・

個体化期に、幼児は母親から離れて自立的な自由を謳歌する一方で、不安になると再び母 親にしがみつき癒してもらうといった往来を繰り返すが、母親が幼児の再接近にいら立っ て拒絶する状況が慢性的に起きているなら、子どもは自分自身で自分を慰めることのでき る母親代理を探し求めようとするであろう。のちに過食症になる少女は、このような養育 環境で育っている。食べ物は自分を慰め、かつ自分の思い通りに支配できるという意味で、

移行対象のように母親からの愛情剥奪を癒し慰めてくれる対象となる。思春期を迎えて親 からの分離や独立の課題に直面し、寂しさや困難を味わうとき、彼女たちは過食により自 らを慰めるすべしか知らない。食事制限を試みるが、持続できず過食するようになるのは 時間の経過とともに不食を続けることが愛情剥奪体験を意味するようになって耐えられな くなるからである。

3 摂食障害症状と自己破壊性

精神分析理論の中でも、拒食症の示す病的な食行動、特に食事制限と自己破壊性との関 連が論じられることはほとんどない。最悪の事態として、拒食の結果として非業の死を遂 げるケースにおいても、本人は不食を続けているときに死を予期してはいない。その意味 で、死は彼女たちにとっても計算違いの、思いがけない結末である。拒食症の症状では、

発症前は、いわゆる「しっかりした娘」、「親の自慢の娘」が多く、彼女たちは幼いころか ら自分よりも、他者、特に親を喜ばせたいと願い、他者(親)の態度や様子をうかがい、

気にして育っている。思春期を迎え、性的、攻撃的衝動の高まりの中で、彼女たちは、こ れまでのように自分の世界をきちんと能動的に制御することができなくなってしまう。自 分が意のままにコントロールできる対象を求めて、自分自身の身体を支配したいという思 いから、ダイエットに夢中になるのである。したがって、ここに至っても彼女たちの関心 は自己に向いておらず、他者としての身体である。自分の行為が及ぼす他者(親)への影 響である。

また、他者(親)からの影響の結果として見ることができる。治療者が拒食症患者との 治療で体験する無力感や、患者を回復させること、食を拒む態度を変えることをめぐって