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6.1 はじめに

3章の印象,4章の感情,5章の切迫感·不快感以外にも振動フィードバックを用いて 概念的情報を体現した研究がいくつか存在する.Delazioら [124]は「色」と振動との 関係を調査し,振幅と色彩の彩度が関係していることなどを知見として示した.Kaul

ら[125]は頭の周囲に配置した複数の振動子を用いてVR中における「方向」を振動で

表した.このように,上述した概念的情報以外にも様々な情報が扱われている.その 中で本章では,体現する対象として「量」と「重要度」に着目する.

2.3節ではPC上のアイコンを例に挙げ,量を表せることの有用性を示した.量を対 象にした研究例として,Cauchardら [1]はスマートウォッチにおける振動のOnとOff を繰り返すパターンを用いて,その繰り返しの数で1–10までをカウントできる振動 フィードバックを,知覚率を調査する実験に用いた.一方で,重要度に関する研究も 存在する.Leeら [126]はスマートウォッチユーザの通知による注意散漫を減少させる ために,重要な通知のみをスマートウォッチに送信するシステムを提案した.これら の2つの研究の共通点としては,スマートウォッチが想定使用端末として考えられて いることである.スマートウォッチは,スマートフォンやタブレットに比べ,端末画 面が小さいため視覚的には限られた情報しか表現することができない.また,スマー トウォッチは常に腕に装着しているため,会議中や運動中といった,画面を注視でき ないが振動などで通知には気づく状況が多く存在する.そのため,フィードバックの みで量や重要度を伝えることが有効になる.

これらを踏まえ,本章では振動フィードバックを用いて量および重要度の体現を行 う.振動パターンの種類によって量の多い·少ない,重要度の高い·低いに影響をあた えるかどうかを調査する.これらの調査から得られる知見をもとに振動フィードバッ クでの量·重要度の体現を行ううえでの設計ガイドラインおよび応用アプリケーショ ンを提示する.

6.2 表現評価実験

6.2.1 実験概要

ユーザが多様な振動フィードバックがどのような表現をしているように感じるかを

要度の2つの評価項目について評価を行った.それぞれの評価項目に対し「少ない–多 い」,「低い–高い」の評価対を用いて実施した.

6.2.2 実験方法

図6.1に実験風景を示す.実験協力者は20代前半の大学生および大学院生計10名で あり,全員右利きであった.本実験では,提示された振動パターンに対して量および 重要度に関する2項目について1–7の7段階尺度を用いてPC上で評価を行った.それ ぞれの評価項目に関して実験協力者の意味の認識に齟齬が生じないよう,シナリオを 用いて説明を行った.量は「スマートフォンにおいて未読メールが溜まっており,こ の溜まっているメールの件数を振動のパターンで通知する」というシナリオを提示し,

「未読メールの件数は,少ない–多い」を設定した.重要度は「スマートフォンにおいて 受信したメールの重要度が高いメールなのか,低いメールなのかを振動のパターンで 通知する」というシナリオを提示し,実験協力者は「受信したメールの重要度は,低 い–高い」について評価を行った.振動の提示には3章で用いた振動デバイスを採用し た.また,振動パターンに関しても同様の実験に用いられた85パターンを利用した.

なお,「量」の評価項目の場合,1–7はぞれぞれ,非常に少ない,少ない,どちらかとい えば少ない,どちらともいえない,どちらかといえば多い,多い,非常に多いに対応 する.また,振動パターンは評価を選択するまで何度でも確認できるようにした.各 実験協力者が全85パターンを2評価対を用いて評価したため,1名あたりの評価回数 は計170回であった.実験協力者の疲労を考慮し,実験中には適宜休憩時間を設けた.

3章の実験と同様に実験中はイヤーマフを装着するよう教示し,振動デバイスには振 動モータが見えないようにシートを貼った.

図 6.1: 表現評価実験風景

6.3 実験結果

6.3.1 量と振動パターンの特徴量の関係

図6.2に各振動パターンにおける全実験協力者の平均評価値および標準偏差を示す.

図から振動のパターンに応じてユーザが抱く量の表現が異なることがわかる.ここで,

平均評価値と表3.4における振動パターンの特徴量との相関分析の結果を表6.1に示す.

平均評価値とIntegrationMaxの間に正の相関関係が,Minとの間に負の相関関係が 有意に確認できた.つまり,強度が高い方がユーザは多い量を表していると感じ,小 さい方が少ない量に感じることがわかった.また,Variationとの間にも有意に正の相 関が見られた.このことから,振動の強弱を増やすことでユーザは平坦な振動パター ンに比べ,多い量を表しているように感じることが明らかになった.

1 2 3 4 5 6 7

1 5 10 15 20 25 30 35 40 45 50 55 60 65 70 75 80 85

振動パターン番号

平均評価値

図 6.2: 量における全振動パターンの平均評価値

表 6.1: 量における評価値と振動パターン特徴量との相関係数

特徴量 相関係数

Integration 0.90 (t(83) = 19.06,p< 0.01) Variation 0.30 (t(83) = 2.82,p < 0.01) Difference 0.09 (t(83) = 0.82,p = 0.42) Max 0.66 (t(83) = 7.92,p < 0.01) Min 0.50 (t(83) = 5.31,p <0.01) Zero 0.21 (t(83) = 1.92,p = 0.06) Peak 0.11 (t(83) = 0.97,p = 0.34)

6.3.2 重要度と振動パターンの特徴量の関係

図6.3に各振動パターンにおける全実験協力者の平均評価値および標準偏差を示す.

図から重要度に関しても振動のパターンに応じてユーザが感じる表現が異なることが わかる.ここで,平均評価値と振動パターンの特徴量との相関分析の結果を表6.2に 示す.量と同様に,平均評価値とIntegrationMaxの間に正の相関関係が,Minとの 間に負の相関関係が有意に確認できた.つまり,強度が高い方がユーザは高い重要度 を表していると感じ,小さい方が低い重要度に感じることがわかった.また,Zeroと の間にも有意に負の相関が見られた.このことから,振動が停止する区間が少ない振 動パターンの方が,途切れる振動パターンに比べ重要度を高くユーザは感じることが 明らかになった.

量と重要度においては両者とも振動の強度が大きく影響を与えることがわかった.た だし,量を表現する場合には強度の変化が大きい方が多い量を示し,重要度を表現す る場合には振動の停止する区間が少ない振動パターンの方が高い重要度を示した.こ のことから,強度の変化と振動の停止する区間を使い分けることで量と重要度に違い を持たせることができることが明らかになった.

1 2 3 4 5 6 7

1 5 10 15 20 25 30 35 40 45 50 55 60 65 70 75 80 85

振動パターン番号

平均評価値

図 6.3: 重要度における全振動パターンの平均評価値

表 6.2: 重要度における評価値と振動パターン特徴量との相関係数

特徴量 相関係数

Integration 0.93 (t(83) = 22.59,p< 0.01) Variation 0.14 (t(83) = 1.27,p = 0.21) Difference 0.16 (t(83) = 1.43,p = 0.16) Max 0.65 (t(83) = 7.74,p < 0.01) Min 0.46 (t(83) = 4.70,p <0.01) Zero 0.24 (t(83) = 2.27,p <0.05) Peak 0.09 (t(83) = 0.80,p = 0.43)

6.3.3 印象と量 · 重要度の関係

3章で明らかになった印象に関する4因子と量,重要度との関係を分析する.85の 振動パターンの各因子における因子得点と量,重要度に関する評価値の平均に対して 相関分析を行った結果を表6.3に示す.量と重要度の両方において評価性,重量性因 子との有意な正の相関関係が見られた.これは,評価性,重量性の因子においても振 動の強度が大きく影響を与えるためだと推測される.ただし,評価性因子との相関係 数は量,重要度ともに同等の値を示しているのに対し,重量性因子との相関係数は重 要度の方が高い値を示している.このことから,重要度と重量性因子は特に強い相関 関係があることが示唆された.

表 6.3: 各因子における因子得点と量,重要度における評価値との相関係数

量 重要度

評価性 0.67 (t(83) = 8.29,p <0.01) 0.68 (t(83) = 8.50,p <0.01) 重量性 0.47 (t(83) = 4.79,p <0.01) 0.62 (t(83) = 7.15,p <0.01) 規則性 0.15 (t(83) = 1.42,p = 0.16) 0.12 (t(83) = 1.08,p = 0.29) 平滑性 0.04 (t(83) = 0.33,p = 0.74) 0.07 (t(83) = 0.64,p = 0.52)

6.4 設計ガイドライン

実験の結果より得られた知見から,以下の設計ガイドラインを提言する.

1. 量と重要度は振動の強度に大きく影響を受ける.振動の強度が大きいほど,ユー ザはそのフィードバックが表している量が多いと感じ,重要度は高く感じる.

2. 振動の強度の変化がユーザの感じる量に影響を与える.振動の強弱の変化が多い 振動パターンは多い量を表しているようにユーザは感じる.

3. 振動の停止する区間が重要度に影響を与える.振動が停止する区間が少ない振動 パターンの方が,ユーザは高い重要度を抱く.

6.5 アプリケーション例

Webブラウジング 携帯端末におけるWebブラウジングにおいては,図6.4のPC画 面右および下のようにスクロールバーが表示されない場合が多い.これにより,ユー ザはWebページの全体量を掴むことが困難である.そこで,そのWebページの文量を 振動でフィードバックすることで,ユーザは大体どれくらいの文量なのかを把握する ことが可能になる.また,文量が多いWebページの場合,携帯端末においては何度も スクロール操作を繰り返し行う必要がある.そのため,ページ内の自分の目的とする 位置を通り過ぎたり,逆に戻りすぎたりする問題が発生する.そこで,重要度を振動で フィードバックすることで解決を図る.リンクなどのユーザの目的となりえるものに 対し,その重要度に応じて振動パターンを付加する.これにより,ユーザはスクロー ルを行いながら振動でどこに何があるか,大枠を捉えることができる.そして,ユー ザは携帯端末上でより快適なWebブラウジングを行える可能性がある.

図 6.4: PC画面におけるスクロールバー

6.6 おわりに

本章では,量および重要度の体現を行った.上述した印象,感情,切迫感·不快感以 外にも一部で概念的情報の体現が行われている.その中から,スマートウォッチなどの 携帯端末における画面を注視できない状況での情報伝達の必要性を考慮し,量と重要 度に着目した.そこで,振動パターンが量と重要度の表現に与える影響の調査を行っ た.まず,実験協力者は量と重要度に関する2つのシナリオを把握したのち,それら に対する質問項目に「少ない–多い」,「重要度が低い–重要度が高い」について評価を 行った.そして,量および重要度と振動パターンの特徴量との関係を分析した.最後 に,分析から得られた知見をもとに,3つの設計ガイドラインを提言し,想定される 応用アプリケーションを提案した.