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7.1 はじめに

ここまでの章では振動フィードバックによる概念的情報の体現を行い,新たな振動 フィードバックとしての可能性を示した.本章では,これらの新たなフィードバックの 設計に向けた,様々な使用状況における妥当性の調査を行う.妥当性について,色を 設計に反映させる場合を例に挙げる.過去の研究において,家の壁の色を決める際は 部屋をどのような色にしたいかという状況によって異なることがわかっている [127].

また,鎮静剤のパケージをデザインするような状況においては,ユーザは体調が悪い 時に赤色のような血を連想させるようなデザインはふさわしくないと判断することも 明らかになっている[128].このように,状況に応じてふさわしさ,妥当性の検討が設 計するうえで必要になってくる.携帯端末上の振動フィードバックの設計を考えるう えでは様々な状況が想定される.そこで本章では,「身体活動」と「端末位置」の2つ の状況に焦点を当て,妥当性の調査を行う.これらの2つに焦点を当てる理由を以下 に示す.

状況に応じた振動フィードバックのふさわしさについては一部で議論されている.

Roumenら [5]はリング型のデバイスに通知される5つのフィードバック(光,振動,

突っつきなど)をユーザが気づくかどうか(以下,知覚率)を5つの身体活動(寝転 び,座り,歩きなど)間で比較した.その結果,振動での通知は様々な状況において 最も気づきやすいことがわかった.また,Kosmallaら [4]はロッククライミング中の 通知として複数のフィードバックの知覚率とふさわしいさを調査した.その結果,音 での通知がもっともふさわしく,次に振動がふさわしいことを明らかにした.これら の結果が示された一方で,Roumenら[5]は振動であっても歩き中や走り中の場合,通 知に気づかない場合があることを報告している.また,Cauchardら [1]の研究内では 10の振動パターンを比較し,実験室環境と実環境では知覚率がそれぞれ96%,89%と 異なることが記されている.これらように,携帯端末を用いた振動フィードバックに おいてはユーザがどのような身体的な状況に置かれているか,つまりユーザの身体活 動が知覚率などに影響を与えることがわかる.そのため,ユーザの身体活動は本章で 妥当性を議論するうえでの状況の1つとして適していると考える.

一方で,スマートフォン,スマートウォッチ,スマートグラスといった複数の端末

する研究も複数存在する[129–131].ただし,これらを同時に用いた際の振動フィード バックに関してはほとんど議論されていない.現在の環境においては,例えばユーザ がスマートフォンとスマートウォッチを持っているとした時,端末がバッグやポケット の中にあったとしても同時に通知が送られている.ただし,身体の部位によって振動 の知覚率が異なることが既に報告されており[3, 132, 133],端末の位置が異なるにも関 わらず同時に振動フィードバックすることの是非は議論する価値がある.そこで,本 章では端末位置を状況として想定し,妥当性の議論を行う.

これらを踏まえ,本章では概念的情報の体現例として3章で扱ったユーザの印象に 影響を与える振動フィードバックを用いた際の,マルチデバイス環境における状況に よって異なるフィードバックのふさわしさを明らかにする.本章は大きく分けて2つ の要素で構成される.まず,既存の単調な振動パターンを用いて,状況によってどの 端末にフィードバックするのが適切かを調査する.そして,印象に影響を与える振動 パターンを用いて,状況に応じて振動フィードバックのふさわしさが変化するかどう かを明らかにする.そして,調査から得られた知見をもとに,マルチデバイス環境に おける振動フィードバックに関する設計ガイドラインを提示する.

7.2 関連研究

7.2.1 携帯端末における妥当性

前節では主に知覚率について妥当性を説明したが,実際の携帯端末の使用環境にお いては,知覚のしやすさのみではふさわしさは測れない.Wieseら [134]は,ユーザは 通知を受け取るために端末を自分が触れやすい位置に端末を置くことを報告している.

つまり,どこに置くと知覚しやすいかだけでなく,自分がその後操作するために触れ ることも踏まえてユーザは端末の位置のふさわしさを決定している.Cauchardら [1]

は,1から10までカウントできるような振動パターンを実環境でフィードバックし,

それらの知覚率について調査した.しかし,カウントするような振動パターンであっ たため,会議など言語コミュニケーション中は通知を把握できなかったことを言及し ている.また,Exlerら [135]は,光,振動,音の通知を比較した.結果として,知覚 率では振動もしくは音が優れているとしながらも,主観評価から振動は音に比べ目立 ちにくさや低散漫性があることを示した.そして,基本的には振動で通知し,どうし ても気づかせたい時は音,重要でない通知は光といったように状況によってふさわし さが異なることを明らかにした.これらのことから,振動のパターンについても知覚 しやすさだけでなく,状況やパターンのふさわしさが存在することがいえる.そこで 本章では,身体活動および端末の位置という状況で,振動による概念的情報の体現例 であるユーザの印象に影響を与える振動パターンをフィードバックすることで,ユー ザの感じるふさわしさに与える影響を明らかにする.

7.2.2 携帯端末における通知

スマートフォンをはじめとする携帯端末における通知に関しては様々な議論が行わ れている.Koら [136]は,グループアクティビティにおいてネット検索等にスマート フォンを使用することは良いとしながらも,通知はネガティブな影響を与えることを 言及している.また,Kushlevら [137]はスマートフォンの通知が注意の欠如や多動性 といった症状を引き起こすことを明らかにした.Mehrotraら [138]はユーザから収集

した10372の通知をもとに,通知方法(振動,音,LEDによる光)によって通知に対

する反応速度などに影響を与えることを示した.これらのように,通知の是非はHCI 分野における大きな課題の1つである.そこで本章では,調査を行うシチュエーショ ンとして振動による通知を設定する.印象に影響を与える振動フィードバックを用い ることで,通知に対する意識が変わり,マルチデバイス環境における通知に関する新 たな知見が得られることを期待する.

7.2.3 状況を考慮した設計

Blumら[139]は会議中と歩行中など,ユーザの周囲の状況によって振動フィードバッ

クの感じ方が違うことを問題点として挙げた.そして,実環境中の振動による通知の 気づきやすさと端末の加速データをもとに,歩行中など総体的な状況ではなく,加速 度データにもとづく知覚モデルを作成した.また,マルチデバイス環境においては,ス マートフォンを見ている時や腕を下ろしている時といった状況に応じて端末間のイン タラクションを変更する試みが行われている[140, 141].その他にも,Karaniら [142]

はマルチデバイス環境での振動フィードバックによる通知が同時に,あるいは連続的 にデバイス間で起こることは有用でないとし,デバイス間におけるターンベースのハ プティックアラームローカルネットワークを構築した.これらのことから,ユーザの 周囲の状況や端末の状況といった様々な状況を考慮して設計を行うことは重要である ことがいえる.

7.3 実験 1: 振動する端末による影響

7.3.1 実験概要

本実験では様々な状況においてどの端末に振動をフィードバックするのが適切かを 調査した.実験協力者は異なる端末に振動で通知が送られた場合のふさわしさ等につ いて評価を行った.

7.3.2 実験環境

実験協力者は20–40歳(平均35.7,標準偏差7.3歳)の男性6名,女性4名の計10 名であり,全員右利きであった.本実験では振動での通知を受け取るデバイスとして スマートフォン(以下,SP)とスマートウォッチ(以下,SW)を採用した.それぞ れのデバイスのモデルはSPがSony Xperia Z2,SWがSony Smartwatch 3であった.

表7.1に示すように,通知を受け取る状況として3つの身体活動(sittingstandingwalking),3つの端末位置,特にスマートフォンの状態(lookingno lookingpocket),

そして通知を受け取った時SPが振動するか,SWが振動するかを設定した.実験協力 者には,sitting時は椅子に座る,standing時は直立するよう教示した.walking時にお いては,10 mの間隔で置かれた2つのコーンを歩いて周回するよう説明した.また,

looking時およびno looking時においては全員SWを左手に装着し,SPも左手で把持す るよう統一した.右手でSPを把持してしまうと左手に装着しているSWの操作がし づらくなると考えたためである.そして,looking時のみはSPの画面を注視するよう 教示した.pocket時は,SWは他の2位置と変わらず左手に装着し,SPはズボンの右 前ポケットに入れるようにした.実験協力者は,振動する端末2× 通知を受け取る状 況9(身体活動 3×端末位置 3)の計18の振動での通知について評価を行った.実験 協力者には,「メールを受信したタイミングで端末が振動する」というシチュエーショ ンを想定して評価を行うよう説明した.実験1では振動パターンとして,端末に標準 搭載されているバイブレーションを用いて1000 ms間振動させた.

表 7.1: 通知として振動を受け取る状況と振動する端末 通知を受け取る状況

振動する端末 身体活動 端末位置

sitting looking

smartphone (SP) standing no-looking

walking pocket smartwatch (SW)

7.3.3 振動通知タスク

1タスク60秒で行い,タスク中に1度通知が届くよう設定した.タスクは,実験協力 者がSW画面上の「start」ボタンとタップすることで始まる.実験協力者にはボタン をタップし,タスクが開始してから50秒以内にSPかSWどちらか一方の端末に通知 が届くと説明した.タスクが開始するとSPとSWの両画面に「touch」ボタンが表示 される.実験協力者は通知を知覚したタイミングでこのボタンをタップする.「touch」

ボタンをタップするのはどちらか一方の端末であり,振動しなかった端末でタップを することも許可した.タスクが始まってから60 s経つと,実験協力者が通知に気づか なかったと判断し,タスクの終了を音声で知らせた.また,タスクが開始してすぐに 通知が届かないように,開始後10 s間のインターバルを設けた.ただし,このことは 実験協力者には知らせていない.

タスク終了後,今受け取った振動での通知に対して質問紙調査を行った.質問項目 は「振動での通知は,ふさわしい / 気づきやすい / わずらわしい」であり,1–5の5 段階のリッカート尺度で評価を行った.1–5はそれぞれ,全くそう思わない,そう思 わない,どちらでもない,そう思う,全くそう思う,に対応する.その際,自由記述 にて通知に関して気づいたことも回答した.順序効果を考慮し,通知を受け取る状況 と振動する端末はラテン方格法を用いて無作為化を図った.

7.4 実験 1 の結果

7.4.1 looking

すべての状況において,全実験協力者が振動での通知に気づくことができた.図7.1

looking時の各身体活動における質問項目ごとの平均評価値を示す.各身体活動,質

問項目ごとのSPとSWの評価値において,マン·ホイットニーのU検定(α = 0.05) を行ったところ有意差は見られなかった.ただし,すべての身体活動,質問項目にお いてSPの方がSWに比べてポジティブな評価を得ていた.

また,図7.1から「わずらわしい」の質問項目における標準偏差が他の質問項目に 比べ,大きい値を示していることが見てとれる.sitting時にSWが振動した時,10名 中4名の実験協力者が「わずらわしい」の項目に対して5または4と評価し,「スマー トフォンを見ていたのに,スマートウォッチが振動したから」といったコメントをし た.一方,sitting時にSPが振動した場合も,同数の実験協力者がわずらわしいと評価 し,「振動が強いように感じた.スマートフォンの画面を見ていたからだと思う」など と回答した.

これらの結果から,SP画面を見ている場合はすべての身体活動においてSPが振動 する方が比較的ふさわしいといえる.しかし,一部の実験協力者からは振動の強度が 強すぎるように感じるといった意見も得られた.