3.3 結果・考察
3.3.4 酵素触媒分解の反応機構について
の溶解性のために親水性溶媒を用いるときには酵素活性維持のために少量の水分添加が必 要となる。今回の反応溶媒に関する検討では、上記のように広く知られている現象と若干 異なる結果が得られた。すなわち、親水性溶媒であるアセトニトリル中でも分解反応が進 行した。酵素スクリーニングのときにはアセトニトリルに酵素活性維持のための水分を添 加したが、反応溶媒スクリーニングのときには水分添加を行っていない。これは、本分解 反応で用いたNovozym°r 435が固定化酵素であるため、非固定化酵素に比べて高次構造が 安定しているために水分添加を行わなかった親水性溶媒中でも高次構造を保持した結果だ と考えられる。
また、アセトニトリル中では水が溶媒と混和という形態で存在することが知られてい る。したがって、アセトニトリル中で本分解反応を行った場合に水酸基末端型オリゴマー が主生成物として得られたのは、アシル酵素中間体に対する求核攻撃性に優れた水が系内 に安定して存在したためと考えられる。それに対して、水が系内に存在しにくいトルエン 溶液中での分解反応では水を用いずにアシル酵素中間体における分子内エステル交換反応 により分解反応が進行し、環状型オリゴマーが主生成物として得られたと考えられる。し たがって、酵素活性部位周辺の水分の存在状態を制御することで、分解反応の進行形態を 加水分解型と分子内エステル交換型の中から選択できると考えられる。しかしながら、親 水性溶媒中の水分を限りなく除去した場合、酵素活性維持に必要な水分が全て溶媒中へと 拡散して酵素の分解活性が著しく低下する可能性が大きい。また、ジイソプロピルエーテ ル溶液中の分解反応により得られた分解生成物の環状型オリゴマーと水酸基末端型オリゴ マーの組成比は、トルエン溶液中の分解反応で得られたそれとアセトニトリル溶液中での 分解反応で得られたそれの中間を示していた。以上のことから、本分解反応で得られる構 造体を制御する場合には反応系内の水分量を制御するよりも、反応溶媒を適切に選択する 方法が優れていると考えられる。
水がアシル酵素中間体に対して優れた求核攻撃性を有していることは、分解生成物中に おける構造体組成比の経時変化からも示された。すなわち、分解反応開始直後には主生成 物が環状体オリゴマーであるものの、水酸基末端型オリゴマーの組成比が分解反応終了時 に比べて遥かに高い。この結果は、分解反応の初期段階で加水分解反応が多く生じている ことを示している。酵素は活性保持に必要な水以外にも水分を保持していると考えられて おり、これらの水が分解反応に関与したと考えられる。すなわち、アシル酵素中間体に対 する水の求核攻撃性はアシル酵素中間体のアシル鎖末端水酸基や系内に存在するオリゴ マーの末端水酸基のそれより強いために、分解反応の初期段階では酵素由来の水を用いた 加水分解反応が優先して生じていると考えられる。したがって、SECチャートを用いた分 解反応の経時変化解析より、分解初期はランダムなエンド型で進行したことが示されたの は、酵素由来の水を利用した加水分解反応であると考えられた。
しかしながら、加水分解反応が用いる水分は添加した酵素に由来しているため、反応系 に限られた量しか存在しない。したがって、酵素由来の水分が加水分解反応で完全に消費 された分解反応中盤からは、主たる分解反応がアシル酵素中間体における分子内エステル 交換による環化反応に移行する。このために分解反応の進行に伴って分解生成物中の水酸 基末端型オリゴマー組成比が減少し、環状型オリゴマー組成比が上昇したと考えられる。