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緒言

ドキュメント内 小山内 靖 (ページ 33-37)

本章では生分解性高分子材料の、環境に低負荷な重合方法として注目されている酵素触 媒重合に関する研究結果について記す。研究の背景を以下に記す。

近年、環境に対して低負荷な化学技術の確立を目指した「グリーンケミストリー」とい う概念が注目を集めている。グリーンケミストリーの概念は製品のライフサイクル(原料・

プロセス・製品・廃棄)全てが環境に対して低負荷でなければならないとするものである

6)。製品のライフサイクルにおけるプロセスでは、生体触媒を用いた反応が注目を集めて いる。生体触媒を触媒に用いる試みは重合反応だけでなく、多くの有機合成反応でなされ ている。生体触媒を用いる利点として、生体触媒の有する位置・立体選択性、高い触媒活 性、副反応がないこと並びに温和な条件を反応に適用できることが挙げられる。これらの 特性はグリーンケミストリーの概念に合致したプロセスを構築する上で有効であると考え られる。生体触媒を用いる有機合成反応としては、酵素を用いる方法と微生物を用いる方 法が挙げられ、反応に応じて適する手法を選択する必要がある。脂肪族ポリエステル合成 においても酵素触媒重合法によるものと微生物を用いた生合成法がある。いずれの方法に おいても反応を直接触媒するのは酵素であるが、大きな相違点があるので以下に記す。

一般に酵素触媒反応と呼ばれる反応は単一な酵素を触媒に用いたものを指す。それに対 して、微生物反応では菌体内の様々な酵素が反応に関与する可能性がある。したがって、

副反応の有無を考えると酵素触媒反応の方が優れていると考えれる。しかしながら、酵素 触媒反応では補酵素注1を必要とする場合があり、その際には補酵素を反応系に添加しなけ

1補酵素: 助酵素ともいわれる。酵素のタンパク質部分(アポ酵素)と可逆的に結合して酵素作用の発現 に寄与する補欠分子族をいう。ふつうアポ酵素のみあるいは補酵素のみでは活性をもたないが両者が 結合すると複合体(ホロ酵素)を形成して酵素作用を示すようになる。

ればならない。それに対して微生物は補酵素を再生するシステム及び補酵素が結合した基 質を供給するシステムを有しているために、微生物反応では補酵素を反応系に添加する必 要はない。このように各々特徴を有しており、どちらが優れた反応というものではない。

しかしながら、大きな相違点として合成される化合物の化学構造が挙げられる。すなわち、

微生物を用いて合成した場合に得られる化合物の化学構造は天然型のみであるが、酵素触 媒反応では天然型以外の化学構造を有する化合物の合成が可能となる。したがって、化合 物のデザイン性では酵素触媒反応の方が優れていると考えられる。

高分子合成でも生体触媒を用いた環境低負荷なプロセスの構築が注目されている。再生 可能資源を基質に用いた微生物の生合成によるポリエステル合成をはじめ、生成ポリマー のデザイン性を取り入れた酵素触媒による重合法も注目されている。また、これらの方法 により合成されるポリマーは生分解性を有することも大きな利点であると考えられる。

加水分解酵素を用いた「リパーゼ触媒重合反応」はおよそ20年前に名づけられた。リ パーゼは通常、水系環境下で脂肪酸エステルの加水分解を触媒する酵素であり、重合反応 ではその逆反応を利用する。初期の研究は常温・常圧下でジカルボン酸とジオールもしく はヒドロキシ酸のエステル化が行われ、奥村らがヒドロキシ酸の酵素触媒によるオリゴ マー化を初めて確認した138,139)。また、この頃にある種のリパーゼは有機溶媒中、100 ℃ の高温下でも数時間活性を保持していることがKlibanovらの開拓的な研究から明らかに

され74,175,176,177)、リパーゼ触媒重合に関する研究が本格的に世界中で行われるように

なった。しかしながら、得られるポリマー分子量はまだ小さかった。

ポリエステル合成がジカルボン酸とジオールまたはジカルボン酸エステルとジオールの 重縮合系である場合や、ヒドロキシ酸化合物の重縮合系である場合には副生成物として水 もしくはアルコールが重合系内に生成し、高分子量ポリマーを合成するためにはこれら副 生成物を除去する必要がある。この対策として、ジカルボン酸もしくはジカルボン酸エス テルの代わりに酸無水物をモノマーに用いたり、ヒドロキシ酸の代わりに分子内エステル 化合物であるラクトンをモノマーに用いた開環重合を利用するのが一般に知られている。

酵素触媒による開環重合は1993年に宇山・小林159,158)とKnaniら75)がε-カプロラクト ンをモノマーに用いて相次いで報告し、酵素触媒重合により得られるポリマーの分子量は 飛躍的に向上した。この後、酵素触媒による環状モノマーの重合反応が数多く報告され、

1995年には宇山・小林らによりリパーゼが触媒する酵素触媒開環重合では酵素により活性 化されたモノマー(アシル—酵素中間体: 酵素活性化モノマー)を経由して進行するという 推定反応機構(Scheme 2.1参照)が提唱された105,160)。 すなわち、鍵反応はセリン型リ パーゼの活性部位にあるセリン残基がラクトン環のカルボニル炭素を求核攻撃し、ラクト ン環を開環させると同時にアシル中間体を形成する過程である。開始反応は水のアシル中 間体に対する求核攻撃によるヒドロキシ酸の生成であり、この水はおそらく酵素に含まれ

Scheme 2.1: Proposed mechanisms of the lipase-catalyzed polymerization of lactones.

ていると考えられている。このヒドロキシ酸が成長反応過程で最も小さな成長片であり、

末端水酸基が開始反応の水に代わってアシル中間体を攻撃することによりポリマー鎖は成 長する。様々な研究結果から、律速段階はアシル中間体形成過程とされている。

酵素触媒重合の推定反応機構が報告されて以来、反応機構に関して様々な研究結果が報 告された。特にGrossらは重合系内の水分含有量に着目し、酵素触媒開環重合の開始段階 はアシル中間体に対する水の求核攻撃であることを強く支持している。また、小林・宇山

らとGrossらはそれぞれ酵素の有する位置選択性を利用した酵素触媒重縮合に関しても報

告した。すなわち、ジカルボン酸とポリオールの重縮合反応を酵素を触媒として行った場 合、一級水酸基以外の水酸基がアシル酵素中間体を求核攻撃しないことを利用して、保護 基の導入を行わずに直鎖状のポリマー合成に成功している。

また、酵素触媒重合を用いた光学活性ポリマーの合成も報告されている。ラセミ体の α-メチル—β-プロピオラクトンにアルコール存在下、P. fluorescens由来リパーゼPS 30を作 用させることで、(S)体過剰なヒドロキシ酸エステルを一段階目で得ている。ついで、エ ステルを加水分解してヒドロキシ酸とし、再度リパーゼを用いて重縮合反応を行うことで (S)体過剰なポリマーを得ている153)。また、ラセミ体のβ-ブチロラクトンとアキラルな ラクトンの共重合反応をCandida antarctica由来リパーゼを触媒に用いて行い、ブチロラ クトンユニットのエナンチオマー過剰率が69 %の光学活性ポリマーを得ている。この場 合にはβ-ブチロラクトンの単独重合と比較して、共重合反応の方がブチロラクトンユニッ

トのエナンチオマー過剰率が上昇したことになる71)

一方、酵素触媒によるヒドロキシ酸のラクトン化に関する研究が有機合成化学の分野で 行われている。ラクトン化は、酵素的縮合の中で特徴的なものの一つであると考えられ る。このリパーゼ触媒によるラクトン化は有機溶媒中で分子内エステル交換反応により進 行した。リパーゼによるラクトン化はε-カプロラクトンをモノマーとして用い、Candida

antarctica由来リパーゼを触媒として用いた際にも生じていることをC´ordovaらが始めて

確認し17)、重合生成物中に著量の環状ポリマーが生成することを報告した。しかしなが ら、酵素触媒重合中に大環状ラクトンが著量生成する反応機構については報告されず、詳 細な検討が求められている。

そこで、本章ではこのように環境に対して低負荷でありながら、反応機構に不明瞭な領域 が広い酵素触媒重合を研究テーマとして取り上げた。特に、大環状ラクトンである環状ポリ マーの生成機構を明確にすることで、酵素触媒重合の反応機構を明らかにすることを目的 に検討を行った。また、本研究ではラセミ体β-ブチロラクトン (β-butyrolactone: β-BL) の酵素触媒開環重合により、モノマーユニットがラセミ体である非天然型ポリ3-ヒドロキ シブタン酸 [poly(3-hydroxybutanoate): P(3HB)]を合成することで諸検討を行った。

ドキュメント内 小山内 靖 (ページ 33-37)