第五章 道徳授業実践
第1節 道徳授業のパラダイム転換
本章においては、現代社会と学校の問題(第一章)、現在の道徳教育の問題(第 二章)及びその解決のための理論的根拠であるハーバーマスのコミュニケーショ
ン的行為の理論(第三章)とディスクルス倫理学(第四章)の考察を踏まえ、い じめをはじめとした学校の諸問題の解決に向けた道徳授業の新しいパラダイムに ついて考察する。
1問題状況の再考
現代社会は、いわゆる私事化現象が進行し、他の人との関わりを避け、自分 やごく身近な人だけとの関係にのみ意義を見出していくという風潮が支配的とな
っていた。そのため、社会の大人だけに限らず、子どもたちのなかにも他者に対 する傍観者意識が高まってきたのである。そのことにより、子どもたちの中の他 者性というものが希薄なものとなってきていた。
また、学校教育の場においても、学校の自明性が崩壊し、自分自身の存在証 明を求めながらも、目的合理性に取り込まれた学校教育において、子どもたち相 互の関係は歪められたものになってしまっていた。このような社会及び学校の問 題から「いじめ」などの学校の諸病理が、必然的に発生してくるものと認識した。
そして、このような学校病理の解決の方向を次の三点と規定した。
①歪められたコミュニケーションによる子ども相互の関係性を改善すること。
②傍観者意識による学級集団の規範意識の低下を改善すること。
③主体一客体関係による教師と子どもの権力関係を改善すること。
このような認識を踏まえた上で、この問題解決に向けた道徳教育の展開にあ たって、現在の道徳教育についての批判的検討を行った。その結果、現在の道徳 教育においては、価値伝達主義、個人主義の問題を抱えているため、その解決に
あたっては不十分であることが認識できた。
そこで、このような学校教育の現状にあって、その解決の糸口を社会哲学者 J・ハーバーマスのコミュニケーション的行為の理論及びディスクルス倫理学に 求めた。そのため、このコミュニケーション的行為の理論とディスクルス倫理学 の検討を第三章と第四章で行った。その結果、いじめなどの学校病理の解決に向 けた道徳授業の新しい枠組みとして次の2点を捉えたのである。
①成果志向的行為モデルから了解志向的行為モデルへの転換。
②価値重視の道徳授:業から規範重視の道徳授業への転換。
そこで、次の項においては、このような基本的認識に立ち、コミュニケーシ ョン的行為の理論及びディスクルス倫理学に基づく道徳授業の再構築の視点につ いて明確にする。このことによって、道徳授業のパラダイム転換がなるものと考
える。
2道徳授業再構築の視点
(1)成果志向的モデルから了解志向的モデルへの転換
今までの道徳教育は、第三章コミュニケーション的行為の理論の教育的意義で も論述したように、ハーバーマスの行為類型による戦略的行為モデルであったと 考えられる。ハーバーマスによれば、戦略的行為は、行為者自身の成果をいかに 達成するか、自分のねらっている行為成果をいかに他者に対して達成させるかと いう点で、自己中心的な行為である。すなわち、今までの道徳授業においては、
価値をいかに子どもたちに効率よく伝達するかという目的合理性に一元化された 授業構造であったのである。
このような成果志向的教育モデルにおいては、教師と子どもは教える者と教え られる者という位置づけになり、教育における子どもの自律性というものにはあ まり注意が向けられなくなってしまうのである。教育の本来的目標である子ども の自律性を、学校で子どもを教育するという作用によって疎外していることにな
るのである。
しかし、このような子どもの自律性というものは、21世紀を目前に控え、価 値観が多様化すると共に曖昧化する時代において、「自分とはどういう存在であ
るか」、「自分はどのように行為するべきなのか」ということを子どもたちが主体 的に考えていくためには、非常に重要な要因なのである。そこで、未来に生きる 子どもたちが、自分自身の「生きる力」を獲得していくためにも、押しつけでな い教育、すなわち子どもと教師の関係が主体一主体モデルに基づいた教育を行う 必要があろう。そのためには、了解志向的なコミュニケーション的行為による道 徳授業への転換が必要である。
なぜならば、コミュニケーション的行為は、自己中心的な成果を期待するので はなく、了解を目指して行われる行為であるからである。すなわち批判可能な妥 当要求を結び付けた発話行為である。コミュニケーション的行為においては、子 ども同士が同じ条件のもとに、妥当要求の吟味がなされる。また、もし間違って いたならば、再吟味される。すなわち、その妥当性を吟味していく手続きを問題
にするのである。それは、子どもたちがそれぞれの発達段階に合わせて、他者や 社会との関わりを通して、どのような行動をとるべきかを考えていくものなので ある。このように、これからの道徳授業では、成果志向的教育モデルから了解志 向的教育モデルへの転換が必要である。そして、この転換は、道徳授業の最も根 本的な前提と考えねばならないと認識する。
(2)価値重視から規範重視の道徳授業への転換
価値重視の道徳授:業から規範重視の道徳授業への転換を図るにあたって、価値 と規範の関係について捉えておくことが必要であろう。規範は、人と人が社会的 に生活する上でその関係を規定するものである。人は規範によって他者との間で 自分自身がどのような行為を取ったらいいのかを考えることができる。その意味 で規範は行為を規定するのである。このことについて、ハーバーマスも次のよう に指摘する。
ある一定の状況で規範が用いられる条件が存在するかぎり、個々の行為者は 規範に従うか(それとも規範と衝突する)。規範はある集団の中に存在する同 意を表現する。集団のあらゆるメンバーに一定の規範が妥当するから、彼らは 一定の状況のもとでそれぞれに要求される行為をおこなったり止めたりするこ
とを、たがいに予期することができる。(1)
更に、規範は、ある価値に規定されている。故に規範の吟味を通して価値の吟 味がなされる。実践的ディスクルスにおいては、正当化された規範を生み出すの ではなく、提案されている規範の妥当性を検証するための手続きが行われる。そ の意味において、実践的ディスクルスは、ある社会的状況から切り離されてはい ない。実践的ディスクルスの参加者は、ディスクルスの過程において、その所属 する「生活形式中に織り込まれた文化的価値」(2)をもとに、実践的ディスクル スに参加するのである。その意味で、実践的ディスクルスによって規範の妥当性 を吟味することは、価値の吟味につながると考える。
①相互行為調整能力の育成
いじめは、子どもと子どもが織り成す社会という場において発生する。その意味に おいて、規範を中心に据えることは重要である。そこで、このような規範に視点をあ て、その規範の妥当性を追求していく授業展開を図るならば、ある状況において子ど
もたちがどのような行動をとればいいのかを合理的に考える力が育成されると考える。
このことは、子どもたちの相互行為において、他者と自分の行為をより良い方向に調 整していくという、ハーバーマスの言う相互行為調整能力の育成につながると考える。
すなわち、第四章でも考察したように、ハーバーマスが構想した相互行為の発達段階 による道徳性の発達段階をもとに、各学年において、そのパースペクティブの在り方 に視点をあてた授業構想をはかることが必要であろう。
このように考えてくると、道徳授業の目標設定においても、価値に直接的な目 標をおくのではなく、相互行為調整能力に視点をおくことが重要であると考える。
このことが道徳授業再構築の視点の一つである。
②妥当性要求の意識化
人は、「いかなる社会文化的生活形式においても、コミュニケーション的行為 を継続しようとするならば、少なくとも暗黙のうちには論議という手段を使用せ ざるをえない」(3)のである。子どもたちは、日常生活のさまざまな場面におい て他者との関わりもちながら生活している。その中で子どもたちは、さまざまな 葛藤状況を経験し、その解決のために多くの他者とコミュニケーションを行う。
その中で、子どもたちは自分の主張を相手に理解してもらうように努力するので ある。そのために、自分の行っていることの正当性や真理性を主張する。すなわ ち子どもたちは、妥当性要求を行っているのである。しかし、この妥当性要求は、
無意識のうちに行われ、お互いに共有されたものになっていないために、ある面 では無秩序の状況で行われる。すなわち、自分の欲求を克服して、理性的に話し 合うことはまだ不十分なのである。そこで、子どもたちに妥当性要求の意識化を 図る場を設定することが重要になってくる。ここに、道徳学習における、妥当性 要求を基盤に据えた話し合い活動の意義が見出されるのである。
さて、心情中心の道徳授業においては、ある一つの価値が絶対的なものとして 設定され、それを子どもたちが伝達されることを基本としている。このことは、
価値の伝達という目的合理性による道徳授業が行われてきたためによる。しかし、
一つの価値を絶対なものとして無批判的に受け容れることでは、いじめなどの問 題を鋭く見つめ、問題点を合理的に捉えていく目を育てることはできない。そこ で、一つの価値の伝達から、規範をもとにした価値の選択の過程に視点をあてる ことが必要である。この価値の選択にあたって、コミュニケーション的合理性に より、子どもたちが主体的に価値選択を行っていくことが大切であると考える。
その過程において、その規範の妥当性について、正当性要求・真理性要求・誠実