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コールバーグの道徳性発達段階の再編

第四章  コールバーグ理論とディスクルス倫理学

第3節 コールバーグの道徳性発達段階の再編

 コールバーグの道徳性の発達段階は次ページにあるようなものである。この コールバーグによる道徳性の発達段階に対して、ハーバーマスが、どのような形 で批判を加えていったかについて考察する。

(表3)コールバーグの道徳段階(24)

水準 段 階 正 義 の観 念 社会的パースペクテ イブ

前 懲罰と服従 正しい行いをする理由は、罰を避ける 権威を持つ者のパー 慣 の段階 ため、そして権威を持ったものがより スペクティブと自己

優位した力をもっているため。 のパースペクティブ

の混同

水 個人的道具 個人もそれぞれの利害を有すると認め 具体的・個人主義的 準 的目的と交 ざるを得ない世界で自分自身の必要や パースペクティブ

換の段階 利害を追求すること。

共同の間=・ 自分自身や他の人に善く写りたいと望 他の諸個人との関連

人格的期

むため、他人を気遣うため、それは、 を考慮する個人のパ 慣 待、関係そ もし他人の立場にあるとしたら、自分 一スペクティブ して同調の 自身から善き行動を望むだろうから

段階 (黄金律)。

水 社会システ 制度の全体を維持するため、あるいは 社会システムのパー 準 ムと良心の 定められた自分の責務を果たすという スペクティブ

保持の段階 自重ないし良心、あるいは、<それを 誰もが行ったら何が起こるか〉の結果

を考慮。

優先的権利 一般的な個人の権利と社会全体から批 合理的個人のパース と社会契約 判的に検討され同意を得てきた規範と ペクティブ(社会に 脱 ないし効用 に照らした定義による。社会的利益を 対するアプリオリな 慣 の段階 合理的に考える(最大多数の最大善)。 パースペクティブ)

普遍的倫理 理性的人間にとって、原理の妥当性を (道徳的観点のパー 水 の原理の段 確認し、これにコミットするようにな スペクティブ)

準 階 ること。

 ハーバーマスは、道徳性の発達段階におけるコールバーグの主張に対してあ る一定の評価を示している。少なくとも、ハーバーマスは、コールバーグの言う 第一段階から第四段階までの前慣習的段階から慣習的段階までの各段階と、その

より次元の高い理由づけが可能となるという上昇のメカニズムについては否定し ていない。しかし、それでもなお、この第1段階から第四段階までの各レベル の発達がどのよう枠組みのもと発達していくかということが明確でないとして、

次のように批判するのである。

 コールバーグは、道徳的判断における諸段階との関係づけが一目で分かる ように社会的道徳のパースペクティブを論述している。もっとも、論述がも

つともらしく思えるのは、この論述によって道徳判断のための社会的認知の 条件がすでに道徳判断の構造そのものと混同されているためである。そのう え、社会的認知の条件がそれほどはっきりと分析して捉えられているわけで はないので、右に示した系列が発達の論理という意味でヒエラルヒーを示す のはなぜかを、ただちに知ることはできない。(25)

 また、最後の脱慣習的レベルに関しては、更に厳しい批判が加えられている。

それは、この段階への修正の要求であると同時に、コールバーグが、最後まで、

アプリオリに普遍的な真理の実在を信じて、伝統的なパースペクティブに固執し ていることへの批判である。つまり、コールバーグの発達段階は、自然主義的誤 謬に陥ることを避けるために、倫理学的な基礎づけをしなければならなかったが、

そこでコールバーグが行った基礎づけは、形而上学的思考にとらわれたものだっ た。そのために、発達段階を経て到達する普遍的真理というものが、アプリオリ に存在するものとして措定されてしまったのである。しかし、社会化した主体が、

到達する普遍的な真理とは、その主体がたった一人で獲得してしまうような、あ るいは、そうした普遍的な真理を具現化するような人格などではなく、慣習的レ ベルまで発達を遂げた、社会化され、十分な言語能力をそなえた主体たちによる ディスクルスによって獲得されるものなのである。したがって、この脱慣習的レ ベルとは、個人の発達心理学的段階として措定されるべきものではないとして、

反論したのである。

道徳的判断の段階5は、なんら獲得された候補ではない。それは安定した、

批判可能でない解決という基準に従えば不適格である。コールバーグと共に、

私はピアジェの伝統の中にある認知主義的諸端緒は学習過程にとってのこの ような規範的に際立った目標状態を要求せざるを得ないという考えを持って いる。しかしながら、コールバーグとは違って、私はなぜ最高の道徳段階が 一つの自然な段階として構想されねばならなかったのか一そして戦野1から 4までと同じ意味では一理解できない。(26)

 すなわち、このようなハーバーマスの指摘は、つまるところ価値の問題と行 為の解決の問題に帰着するのではないかと考える。ハーバーマスにとって、この 道徳性の発達段階の主眼は、何と言っても新たな社会統合の在り方をそこに探る

ことであったように思われる。その意味において、発達段階が上がったとしても、

そのことが行為の発現とどのように結びつくか明確ではないコールバーグの発達 段階には満足することができなかったのではないかと考える。ハーバーマスは、

このようなコールバーグの道徳性の発達段階の問題性を、コールバーグが道徳性 の発達において、社会との関わりの視点を捉えず、モノローグ的に捉えたことに 原因があると考える。そこで、ハーバーマスは、そのようなモノローグ的な捉え 方ではなく、社会との相互行為の発達段階として道徳性の発達段階を捉え直そう とするのである。ハーバーマスは相互行為の段階を設定する際、セルマンによる

「役割取得能力」の発達段階を、発達段階の条件に適うものとしてみとめた上で、

それをもとに相互行為の発達段階を導くという方針をとっている。(27)

コールバーグの社会的道徳のパースペクティブを、R・セルマンがその間 に分析を行ったパースペクティブ取得の諸段階と入れ替える必要があろう。

 すなわち、ハーバーマスは、道徳性の発達段階を個人が社会に対してどのよ うな視点を取るか、すなわちどのようなパースペクティブを取るか、その発達を 通して道徳性の発達段階を措定していったのである。それは、それぞれの段階に おいてどのようなタイプの役割取得がなされるのかという点を考慮しつつ構成さ れているのである。このことは、以下のように要約することができるであろう。

 ○前慣習的段階:私とあなたという二人の観点からのパースペクティブの間          の相互的な関係が理解される。

 ○慣習的段階 :私とあなたという二人の関係における、私の観点とあなた          の観点との間の関係の理解に加えて、新たに観察者の観点          (第三者の観点)が加わり関係づけられる。二人の間での協          同という相互行為の場面では、正しい協同のありかたを決          めるために、お互いにとる(べき)第三者の観点が、相互          行為を規定すべきものとして位置づけられることになる。

 ○脱慣習的段階:ハーバーマスのいう「討議」が行われ得るようになる。「討          議」は、現実の社会に存在している社会的規範や社会的秩          序そのものを対象化し、いわば日常性から脱出することに          よって、現実の社会や世界のありかたを、論理的にあり得          る多くのケースの一つとして捉えることから始まる。

 このような相互行為におけるパースペクティブの発達から道徳性の発達段階 を構成したハーバーマスは、その発達段階とパースペクティブの関係について次

のようにまとめる。

前慣習的段階では、さまざまな参加者の行為パースペクティブが相互性に 基づいて互いに関係し合う。慣習的段階では、この参加者のパースペクティ ブに観察者のパースペクティブが結び付けられる。最後に、脱慣習的段階で はこうした土台の上に形成された話者のパースペクティブと世界のパースペ クティブの体系が交互に統合される。(28)

 更に、このようなパースペクティブに視点をあてた発達段階の行為類型につ いても次のようにまとめるのである。

 前慣習的段階では権威に左右された相補性と利害に左右された対称性との 対立が生じてくるが、この対立は慣習的段階で形成される規範に規制された 行為において克服される。そして同じく、規範に規制された行為と戦略的行 為との関係には、合意志向と成果志向の間にある対立が現われてくるが、こ の対立は、脱慣習的段階における論議のゲームにおいて克服される。(29)

 このように、ハーバーマスは、セルマンのパースペクティブ取得の諸段階と 入れ替える作業を通して、次ページのような相互行為の発達段階を措定したので

ある。このことにより、コールバーグの道徳性の発達理論では、曖昧であった道 徳性の発達のメカニズムが明確になったのである。すなわち、道徳性の発達を個 人と世界との相互行為の発達として捉え直すことにより、発達の向上を図る上で の根拠づけが明確になったのである。このことについて、ハーバーマスも次のよ

うに述べるのである。

道徳の発達をコミュニケーション的行為の理論の枠組みで設定したときに 提示される解釈には他より優れた点のある事が明らかになる。それは、道徳 判断と社会的認知との関連を厳密化し、また道徳段階を発達の論理に従って 根拠づける上での優れた点である。(30)

 このように発達のメカニズムが明確になったことにより、ハーバーマスの相 互行為の発達段階を教育において適用する場合においても、その指導の方針が明 確に捉えられるようになったのである。そこで、次の節において、教育の場にお