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自尊感情(self-esteem)とテスト不安(test anxiety)

第 3 章 研究Ⅰ 仕事場面の帰属要因モデル及びその規定要因に関する研究

③ 自尊感情(self-esteem)とテスト不安(test anxiety)

65 自身が所属する業界並びに企業に対する認識が深まり、専門知識が増加し、また同 じ企業に務める時間が長いほど、その企業に対する特殊的熟練も上昇し、a.少なくと も本人の認識では、若手の社員より自分のほうがより能力を有すると考えるであろ う。したがって、勤続年数が長い従業員は、失敗を予期せぬ事態と認識する可能性 が上昇し、勤続年数が短い従業員に比べると、失敗を不安定的な要因に帰属する傾 向にある。それと同時に、b.同じ組織に所属する年数が長くなるほど、非公式的な

「権威」または「地位」が上昇するという暗黙の認知が存在する可能性が考えられ、

自らの地位を保つために利己的(self-serving)な帰属行動を行う可能性が上昇し、換 言すると外的要因に帰属する傾向が強くなるであろう。そして、前節で構築したビ ジネス達成場面の帰属要因モデルに照らし合わせると、上記の因果次元の定義に相 応しい要因は「非人的要因」である。以上の分析から、仮説2を導出する。

仮説2 ビジネス達成場面では、勤続年数が上昇することにつれ、従業員は自らの失 敗を非人的要因に帰属する傾向にある。

66 影響を及ぼすとする研究と、帰属行動後の行動に影響を及ぼすとする研究と、達成 欲求並びに失敗回避欲求との関係に注目する研究の3種類である。

まず、自尊感情が個人の帰属行動に影響を与える研究の殆どが、高自尊感情の個 人に比べ、低自尊感情の個人が全般的要因に帰属する傾向が強いと指摘している

(Campbell、Chew&Scratchley、1991;Cohen、Bout、Vliet&Kramer、1989;Peterson、

Schwartz&Seligman、1981)。そして全般的な要因への帰属が、学習的無力感ならび に 能 力 不 足 へ の 帰 属 に つ な が る た め 、 持 続 性 に 負 の 影 響 を 与 え る と さ れ る

(Paula&Campbell、2002 )。

他に、Snyder、Stephan&Rosenfield(1978)は、個人が自尊感情を守るために利己 的な帰属を行う行為を利己志向(egoism)と定義した。具体的に、失敗すると自尊 感情が傷付けられるため、それを避けるには、失敗を自分の能力ではなく、それ以 外の要因に帰属する、つまり利己的帰属を行えばよい。しかし、高自尊心感情が必 ず利己的帰属をもたらすであろうか。Snyder らの結論は再度吟味する必要があると 感じられる。

次に、自尊感情が帰属行動そのものにではなく、その後の行動に影響を与えると 主張する研究もいくつか存在する(Baumeister&Tice、 1985;Di Paula&Campbell、

2002)。例えば、Baumeister ら(1985)は、自尊感情の高い人の場合、失敗を外的

要因に帰属するとその後の内発的モチベーションが低下することに対し、失敗を内 的要因に帰属するとその後の内発的モチベーションが上昇するという実験結果を報 告した。また、自尊感情の低い人のグループでは帰属要因の差異によるモチベーシ ョンの変化は見られなかった。

最後に、自尊感情と達成欲求ならびに失敗回避欲求の関係性に注目する研究も多 数見られる(Heimpel、Elliot&Wood、2006;Baumeister&Tice、1985;Brockner、1979)。

これらの研究では、自尊感情が、帰属行動を経由せず、持続性にも直接影響を与え ると述べている。

そこで本研究は、自尊感情が①短期間で変化しにくい個人属性、②帰属行動及び その後の行動両方に影響を及ぼすと仮定する。したがって、自尊感情は、個人の失 敗後の帰属行動の規定要因として、研究Ⅰに取り入れる。

しかし、先行研究(Snyder らの研究以外)によると自尊感情は全般性次元以外と 殆ど関与しないため、自尊感情の 1 つの変数だけでは具体的な帰属要因を特定する ことが困難だと考えられる。そこで本研究は、自尊感情×仕事達成不安の交差効果

67 に注目することにした。以下の節ではまず仕事達成不安について説明したうえで、

両者の交差項がいかに個人の帰属行動に影響を与えるかについて論じる。

仕事達成不安

仕事達成不安は、本研究がテスト不安(Mandler&Sarason、1952)を参照し、新た に定義した概念である。具体的に言えば、仕事達成不安とは、ビジネス達成場面に おいて、個人が感じる不安感情の強さであり、自尊感情と同じく短期間で変化しな い個人特性変数に属する。

本来、心理学分野における不安概念とは、「特性不安」、「状態不安」及び「特 定状況不安」に分類できる(Spielberger、1966)。特性不安とは、普段の自分に当て はまる性格傾向としての不安のことである。状態不安とは、たった今この瞬間に自 分に当てはまる不安のことである。そして、特定状況不安とは、ある与えられた状 況に限られた特性不安である。その定義に従えば、本研究で提示する仕事達成不安 は、テスト不安と同じく特定状況不安の一種にあたる。

テスト不安(Mandler&Sarason、1952)という概念は、最初は Atkinson(1958)に より失敗回避動機の代用概念として、測定尺度(TAQ(Test Anxiety Questionnaire、

Mandler et al.1952、後に Sarason(1978)による修正され、TAS となる)、もしくは

AAT(Alpert&Haber、1960))と共に提唱されたが、後の実証研究ではテスト不安 の尺度を失敗回避動機(失敗への恐怖)の尺度としての妥当性が疑問視されている

(Gelbort&Winer、1985 )。

しかし、テスト不安が独立変数として、失敗に対する帰属行動に影響を与えるこ とが数多くの研究によって指摘されている(Arkin、Detchon&Maruyama、1982;Arkin、

Kolditz&Kolditz、1983;Leppin、Schwarzer、Bel、Jerusalem&Quast、1987;Bandalos、 Yates&Christ、1995 )。一般的に、低テスト不安者は、失敗を努力不足に帰属する傾 向が見られるのに対し、高テスト不安者は、失敗を能力不足か、もしくは外的要因 に帰属する傾向にあると報告された。高テスト不安者のこの一見矛盾しているよう な帰属パターンについて、前者は高テスト不安による、失敗もしくはネガティブな 場面に直面した場合、自己非難(self-deprecatory)(Wine、1971)または自傷的

(self-denigrating)な認知に固執する(Dweck&Wortman、1984)がゆえの行動だと指 摘されている。一方、後者は、自身の評価や地位の低下といった自我に対する脅威 を喚起するようなネガティブな場面――例えば、「この課題は並の能力を持つ大学 生なら誰でも解ける」という情報を提示された時(Sarason、1961)、またはクラス

68 メートと一緒にテストを受ける場合(Arkin et al.、1981)――高テスト不安者が利己 的、つまり自分に都合のいいように帰属行動を行うと解釈できる。

しかし、そのネーミング通り、テスト不安は、全般的な不安感と対照的な概念と して定義されるものであったが、AtkinsonもSarasonも経営学分野の研究者ではなく、

テスト不安は学生を研究対象とする前提で開発された尺度であるため、本研究では 直接応用できない。

そこで、ビジネスの達成場面における特定状況不安を「仕事達成不安」と名づけ る。高仕事達成不安の従業員は、失敗に対し自己非難・自傷的な帰属、もしくは自 己保護的な帰属を行う。一方、低仕事達成不安の従業員は、比較的合理的な帰属行 動を行うと推測される。

自尊感情×仕事達成不安

3.2 で述べたように、従業員の仕事達成不安が高い場合、失敗に対する帰属行動は 2つの異なるパターンを示す。自己非難または自傷的な帰属行動ならびに自己保護的 な帰属行動である。しかし、両者への帰属を区分する条件に関する研究はなされて いない。そこで本研究は、自己非難的帰属を行うか、自己保護的な帰属を行うかを 規定する要因が、個人の自尊感情のレベルであると主張する。

具体的には、まず従業員の仕事達成不安及び自尊感情の両方が高い場合、個人は 自分自身の自尊感情を守るがゆえに利己的行動をとることになろう。そこで失敗す ると、自己保護的なあるいは自分に都合のいい帰属行動、換言すると責任転嫁的な 行動に出ると考えられる。以上の分析から下記の仮説を導出する。

仮説 31 ビジネス達成場面では、従業員の自尊感情と仕事達成不安が共に高い 場合、自らの失敗を組織的人的要因に帰属する傾向にある。

次に、従業員が高仕事達成不安で低自尊感情の場合を考えてみよう。自尊感情が 低いことから、個人が自己保護的な行動より、自己否定または自己非難的帰属行動 を行う傾向にあると考えられる。更に、低自尊感情の場合、個人は全般的原因に帰 属しやすく、学習的無力感の醸成に寄与すると前節で既に指摘した。したがって、

ビジネス場面で最も考えられる帰属要因は「性格要因帰属」であろう。以上の分析 から、下記の仮説を導出する。

69 仮説 32 ビジネス達成場面では、従業員が低自尊感情で高仕事達成不安の場合、

自らの失敗を性格要因に帰属する傾向にある。

続いて、従業員が低仕事達成不安で高自尊感情の場合を考えてみよう。前述した ように、個人の仕事達成不安が低い場合、比較的合理的且つ適切な原因帰属を行う。

前述したように、高自尊感情が必ず利己的帰属をもたらすという Snyder ら(1978)

の結論に、筆者は疑問を感じている。むしろ、低仕事達成不安×高自尊感情の場合 に、個人が 4 つの組み合わせのうち最も合理的な行動を行うと考えられる。ここで の「合理的」というのは、失敗後のモチベーションの持続性へのダメージが最も小 さいと考えられる要因、すなわち「努力&スキル要因」に帰属することである。以 上の分析から、下記の仮説を導出する。

仮説 33 ビジネス達成場面では、従業員が高自尊感情で低仕事達成不安の場合、

自らの失敗を努力&スキル要因に帰属する傾向にある。

最後に、従業員が仕事達成不安並びに自尊感情が共に低い場合を考えてみよう。

その場合、従業員は低自尊感情により全般的要因に帰属するが、低仕事達成不安に より、自傷的な行動を避けることが予想されるため、内的要因より外的要因に帰属 する傾向にあるであろう。以上の分析から、下記の仮説を導出する。

仮説 34 ビジネス場面では、従業員の自尊感情と仕事達成不安が共に低い場合、

自らの失敗を外的非人的要因に帰属する傾向にある。

また、上記の4つの仮説を整理すると、下記の表3-3になる。

表3-3 仕事達成不安×自尊感情が個人の帰属行動に対する影響

高仕事達成不安 低仕事達成不安 高自尊感情 組織的人的要因帰属 努力&スキル帰属

低自尊感情 性格帰属 非人的要因帰属

筆者作成