第 6 章 補論 国籍:文化が個人の帰属行動に与える影響
2. 仮説
・ホフスデッド指数(Geert Hofstede)
ホフスデッド指数(Hofstede、1980)とは、国別で文化を比較する際に最も影響力 のある尺度として広く使われているものである。権力格差(Power distance)、個人 主義(individualism)、 男らしさ(Masculinity)、 不確実性回避志向(Uncertainty
Avoidance)の 4 次元から二回の修正(Bond、1991; Minkov、2010)を経て、儒教的
ダイナミズム(Pragmatism)(この次元は、長期志向対短期志向 long-term vs. short-termとも表現されている)と放縦(indulgence)を加え、今日の 6次元モデルまで発 展した。
図6‐1 ホフスデッド指数による日中両国の比較
http://geert-hofstede.com/china.htmlより引用
上記の図はホフスデッド・センターにより公表された日中両国の 6 つの次元得点 の比較を示している。グレーは中国を表し、一方水色は日本を表している。6つの次 元の中、男らしさ、不確実性への回避及び長期志向において、日本は非常に高い数 字を示し、また権力格差、個人主義および放縦においては中程度の結果を示した。
一方中国は権力格差、長期志向に高い数字、男らしさに中レベルの数字、そして個 人主義、不確実性回避志向および放縦の3次元に非常に低い数字を示した。
Hofstede(1991)によると、全ての東洋国家が長期志向(儒教的ダイナミズムの下 位次元)である。彼の説明通り、この項目では中国は 87点であるのに対し、日本は
180 88 点であり、1 点差しかない。なお、非常に興味深いことに、長期志向以外、全て の次元において両国は異なる傾向を示した。したがって、達成場面において、両者 にはそれぞれ、下記の特徴があることが推測できよう。
日本=高達成動機であると同時に高失敗回避動機
具体的には、まず不確実への回避次元での高得点から、失敗回避動機も高い水準 にあると推測できる。一般的に、失敗回避動機が強い個人にとって、最も望ましい のが達成場面からの脱出である。しかし、実際のビジネス場面において、代替的な 選択肢の存在は考えにくい。したがって、失敗回避動機が高い人にとって、失敗を 回避する唯一の方法は成功することになる。また、男らしさ次元の高得点から、高 達成欲求の存在が考えられる。更に、評価や昇進にを気にかけることから、仕事を 遂行業績目標(performance task)と認識する傾向にあると推測できる。
以上のことから、ビジネス場面では、日本国民のように高達成動機で高失敗回避 動機の人が、低達成動機で高失敗回避動機の人よりも成功を追及し、その 2 つの欲 求に動機づけられ、その結果、失敗に対し、過剰な反応を示す可能性が極めて高い と推測できよう。即ち、失敗した際に自らの失敗を不適切な帰属要因に帰属しがち であると考えられる。換言すると、努力帰属をしない傾向にある。
中国=高親和動機であると同時に低失敗回避動機
まず、高親和動機であると同時に低失敗回避動機を示す中国籍のホワイトカラー 従業員からは、失敗に対する過激な反応は殆ど見られない。
次に、集団主義が極めて高い数字を示していることから、訓練やスキルの活用重 視というふうに Hofstede(1991)によって指摘されているが、少なくとも 2010年日 本語版の質問項目にこういった特性に対応する問題はなかったため、その解読の信 憑性については疑問があると言わざるをえない。しかし、日本に比べ、仕事中の達 成場面を学習目標(Learning task)と認識する傾向にあることは、確実である。
他方、権力ないし権威に従順である反面、専制的なリーダーを好むことから、グ ループ・シンキング(group thinking)の現象も多発する恐れがある。その背景には、
責任逃避の発想が伺えるため、失敗に対する帰属行動を行う際に、自己保護的な帰 属を行う可能性が高いと考えられる。それと同時に、高親和欲求により、少なくと も表では失敗の原因を組織の他のメンバーに帰属することは意図的に回避すること
181 達成ニーズスコア
不安感テストスコア 日本
中国
であろう。以上のことから、中国籍の従業員は自らの失敗を外的非人的要因に帰属 する傾向にあると推測できよう。
Atkinsonの期待×価値モデルへの再解釈
McClelland の欲求理論、欲求→喚起されたモチベーション→行動という枠組みで
ある。つまり、もし個人の中である欲求が強く存在するのであれば、その欲求を満 足させるための行動が確実に観察されるはずである。したがって、直接的な証拠は ないものの、中国で行った調査の結果が全て高親和欲求的な行動しか示していない ことは、実質的に達成欲求が低い水準にあるということを物語っている。この仮定 を前提とし、中国と日本の両国を Atkinson(1957)の期待×価値モデルに代入する
と、非常に興味深いことが分かる。
前述したように、Atkinson(1957)
が、高不安感テストスコア且つ低 達成ニーズスコアの状態を個人の 失敗回避動機が最も強い状態であ るとしたのに対し、低不安感テス トスコア且つ高達成ニーズスコア の状態を達成動機が最も強い状態 だと定義した。一方、先ほど指摘 したように、高失敗回避で高達成動 機の状態(日本)と低失敗回避動機で低達成動機の状態(中国)は、彼のモデルで は同じとして扱われ、殆ど言及されなかった。
その Atkinson(1962)のモデルについての達成欲求と失敗回避欲求が両方高い場
合と両方低い場合を区別せずにして検討する方法が、極めて非合理的であると後の 研究者より猛烈な批判を浴びた。批判の詳細は第 2 章第 2 節で既に紹介したのでこ こでは重複しないが、以下 Atkinson モデルで看過された高不安感×高達成欲求と低 不安感×低達成欲求という 2 つの状況における個人の帰属行動を予測し、本章の仮 説を導出する。
ビジネスの場面では、放棄(quit)または代替的選択肢(alternative)は基本的に存 在しないため、高失敗回避欲求が非常に強力なモチベーションを喚起する。したが って、日本の場合、従業員が中程度の難易度のタスクを課された時、本人は嫌がる が、結果として生じるモチベーションは最も強い(Atkinson、1957)。その反面、失 中国
図6‐2 Atkinsonの期待×価値モデル
筆者作成
182 敗に対するリアクションもより激しく、容易に学習的無力感に陥ると予想できる。
そして、最終的にその失敗に対する過剰反応が、不適切ないし不合理な帰属行動を 導き、その人は努力帰属を避けることになろう。以上の分析から、下記の仮説を導 出する。
仮説 9-1 ビジネス場面では、中国籍の従業員より、日本籍の従業員のほうが自 らの失敗を努力&スキル要因に帰属しない傾向にある。
一方で、日本籍の従業員は、中国籍の従業員に比べ、比較的強い個人主義を示し ている(中国=22、日本=46)。そのため、失敗という遂行結果に対し、高失敗回 避欲求を有する日本籍の従業員は自虐的な帰属よりも、自己保護的な帰属を行う可 能性が高いと考えられる。以上の分析から、下記の仮設を導出する。
仮説 9-2 ビジネス場面では、中国籍の従業員より、日本籍の従業員が自らの失 敗を外的非人的要因に帰属する傾向にある。
3. 検証
調査の概要
調査に使用される質問紙の構成は、日本語版と全く同じである。なお、自尊感情、
自己効力感の測定尺度は楊(1997)の中国語訳を使用した。コスモポリタン志向及 びローカル志向の測定尺度は徐(2012)の中国語訳を使用した。また、ビジネス達 成場面における帰属行動測定尺度及び仕事達成不安の測定尺度は、筆者が作成した ものを中国語に訳し、本調査の対象と同じく中国現地で務める中国籍のホワイトカ ラー従業員 6 人の協力を得てプレテストを実施し、そのフィードバックに基づき一 部の表現を修正したものを使用した。
本調査では、アフマディブランドコンサルティング社を通じ、インターネットア ンケートを実施した。調査対象の除外条件は、地域を除いて、全て日本での調査と 同じものを設定した。一方、日本での調査は日本全土を対象にするのに対し、この 度の調査は、中国の第 1 ティア(First-tier)都市在住の会社員のみとの制限を加えた。
以下その理由について説明する。
第 1 ティア都市というのが、経済発展の程度により、中国の都市を第 1 ティア都 市(first-tier cities)、第2ティア都市(second-tier cities)及び第3
ティア都市(third-183
tier cities)に分類する考え方に基づき、そのうち経済の発展程度が最も高い上海、
深セン、北京並びに広州という 4 つの都市が第 1 ティア都市にあたると定義される
(Race&Wong、2003)。調査対象を中国全土ではなく、First-tier 都市に限定する理 由は、中国には著しい地域格差が存在するからである。マーケティング分野におい て、中国の地域格差に注目する先行研究は既に多数存在する。それらの研究の共通 の結論は、消費者行動や市場規模において、中国を「1つの市場」として認識するの は不適切であるということである(例えば、Cho、Jin&Cho、2010;Zhou&Hui、
2002;Collinson&Rugman、2007 など)。また、地域格差が組織行動に与える影響に
ついて、経済と社会の現代化(modernisation)が、組織メンバーの道徳観及び判断、
特に管理層の行動に影響を与えるとも指摘されている(Redfern&Crawford、2010)。
したがって、地域格差が個人の帰属行動に影響を及ぼす可能性も十分考えられる。
一方、中国市場の分け方として、地理的な観点から 7 つのエリア(Cui&Liu、
2000)、つまり南・東・北・南西・北西並びに北東に分ける考え方と、前述した Raceら(2003)の経済の発展程度から第 1ティア都市・第 2ティア都市及び第 3テ ィア都市に分ける考え方がある。勿論地理的環境が個人の行動パターンに与える影 響も無視できないが、ビジネス場面に焦点を当てる本研究では後者の分類の仕方が より適切だと言えよう。また、ホワイトカラー従業員が研究対象であることから、
まだブルーカラー従業員が人口の大多数を占める second-tier 都市や農業を主要産業
とする third-tier 都市より、製造拠点のみならず市場としてもある程度成熟し、十分
なホワイトカラー従業員を抱えているfirst-tier都市が妥当であろう。
調査は 2014年9月21日から同 27日にかけて実施した。研究対象に該当する 308 名のデータを収集し、有効回収率は 69.24%であった。表 6‐1及び表 6‐2がそれぞ れ日本と中国における調査結果の単純集計を示している。そして、図 6‐3~5-6 は 両国の調査結果の平均値を棒グラフで示すものである。