本研究では、従来のインターフェース研究とは異なり、アート作品の制作を繰 り返す過程で、求める表現の追求と同時に技術開発を行ってきた。このような研 究方法は、一般的に芸術作品を制作する作家が行う作品制作の行程であり、作家 の主観的感覚を重視して制作を進めるため、その求める表現が制作過程において 変化し続ける性質を持つ。このため、目的を明確にした研究には適した方法とは 言えない。さらに、方向性を見失えば単なる作品制作に陥る可能性がある。しか しながら、使用する技術の潜在的可能性とそこに生まれる表現を感じ取りながら 表現と技術開発のバランスを模索し、独創性のあるコンセプトを打ち出す研究の 初期段階には有効な方法であると考える。本研究では、このような研究方法に則 り、SMD の技術開発を行いながら 3 つのインタラクティブアート作品を制作し、
生物をモチーフにした表現を実現した。
本章では、SMD で実現した表現、SMD 技術の核である形状記憶合金アクチュ エータの開発、SMD の可能性について考察する。
図 6-1
作品の表現に関わる要素テスク感を利用して生命感につながる造形デザインを行った。Himawari の花部 分に形状記憶合金アクチュエータによって駆動する花びらと触手を取り付け、「花 びらの揺らめき」と「触手の蠢き」の表現を実現した。
plant では、作品コンセプトに「風に揺れる葉群」を設定した。ドーム状の土 台に 169 個の造葉をデザインした形状記憶合金アクチュエータを取り付け、暗 い空間に浮かび上がる葉群をデザインした。鑑賞者の手の動きに反応させてイン タラクティブに動作する葉の動きによって「葉群のざわめき」の表現を実現した。
Tentacles では、作品コンセプトに「波に揺れるイソギンチャク」を設定した。
ドーム状の土台に 55 個の触手を取り付け、暗い空間に浮かび上がる触手をデザ インした。鑑賞者の手の動きに反応させてインタラクティブに動作する触手の動 きによって「触手の蠢き」の表現を実現した。
このように、それぞれの作品の制作において、作品コンセプトを主軸に造形デ ザインを行い、SMD を応用したそれぞれのアクチュエータの動きを試行錯誤し ながら創作した。これらの動きは、自然や生物の単なる模倣によって生まれたも
図 6-2 SMD
が生み出す生物の存在感のではなく、制作過程のインスピレーションを優先して生まれたものであり、作 品を生み出そうとする作家としてのモチベーションから生まれた表現である。
鑑賞者の評価から、それぞれの作品の表現やアクチュエータの動きには高い興 味と関心を示す感想が得られた。また、全ての作品に対して「生命感を感じる」
との感想を得た。SMD 技術によって実現した実体の動きに作品コンセプトを加 え、造形デザインや動きのデザインを施して創作した「花びらの揺らめき」「触 手の蠢き」「葉群のざわめき」という表現が、鑑賞者の持つ生物や自然の情景を 喚起させて、そこに生物の存在感を生み出したと言える。(図 6-2)
図 6-3 は、3つの作品制作を通して行ってきた SMD 技術の核である形状記憶 合金アクチュエータと電圧制御方法をまとめたものである。
3つの作品の形状記憶合金アクチュエータは、それぞれの作品の表現を最も効 果的に実現できるようにデザインを施し、その動き方と電圧の制御方法について、
実験を繰り返しながら調整していった。
この形状記憶合金アクチュエータの動き方の調整においては、Himawari と plant のアクチュエータの駆動源である曲線記憶形状記憶合金と Tentacles のア クチュエータの駆動源であるバイオメタルファイバーの特性の違いが大きく影響 している。
Himawari と plant で用いた曲線記憶形状記憶合金は、直径 0.3mm の安価で 手に入りやすい形状記憶合金線材を独自に加工したものであり、熱しにくく冷め にくい特性を持つため、加熱冷却(電圧変化)に対する応答性が悪い。加熱時間(=
電圧を加えた時間)以上に冷却時間(=電圧を止めてからの時間)を必要とする。
そして、加熱時間が長いほど揺れ幅は大きくなるが、アクチュエータの駆動速度 は遅くなる。つまり、Himawari や plant の形状記憶合金アクチュエータの動き の調整は、揺れ幅を優先させるか、もしくは駆動時間を優先させるかの妥協点を 探す作業であった。
Himawari や plant の鑑賞者からの感想でも、形状記憶合金アクチュエータ の駆動速度の遅さが起因するインタラクティブ性の悪さを指摘する感想が多く、
Tentacles の形状記憶合金アクチュエータでは、駆動源の素材から見直して設計 を行った。
Tentacles の駆動源として用いたバイオメタルファイバーは、加熱冷却(電圧 変化)に対する応答性が良く、作品として求めるアクチュエータの揺れ幅(約 10mm)の動きをさせた場合でも、約1秒以内に曲がってもどる往復動作を行う ことができた。このことは、1秒以上であれば自由に加熱時間と冷却時間を設定 できることを意味する。このように、Tentaclesの形状記憶合金アクチュエータは、
求める表現に対して、揺れ幅、駆動速度とも十分な性能で動作可能なものであり、
Tentacles では、より理想的な触手の動きを実現することができた。
6.3. 3 つの形状記憶合金アクチュエータの開発
インタラクティブアート作品は、鑑賞者との関わり合いによって作品が変化す るものであり、鑑賞者と作品の相互的なコミュニケーションから生まれる体験こ そが、絵画や彫刻といったアート作品とは大きく異なる特徴である。
本研究では、全ての作品で鑑賞者の手を使って体験する方法を採用してお り、作品に対して水平方向に手を動かした場合にアクチュエータが動作する。
Himawari、plant、Tentales のそれぞれの鑑賞者の評価から、インタラクティ ブに反応する花びら、触手、葉群の動きの表現に対しては、高い興味と驚きを示 す感想があった。一方で、そのインタラクション性に関する感想では、手の動き を水平方向だけでなく、垂直方向への動かす時の反応を求める声や、作品への接 触に対する反応を期待する声が多く寄せられた。
以上の観点から、インタラクティブアートにおいて、より高度な体験をもたら すインタラクションデザインの方法論を以下に述べる。
本研究の作品のように、手を使って体験することを前提とし、さらに生物をモ チーフとした作品の場合、鑑賞者は生物に接するようなインタラクションを欲求 する。鑑賞者の自由な手の動きと接触によるインタラクションは、体験を重視す るインタラクティブアートにとって重要な課題だと考える。そのためには、3次 元距離を検出できるセンサーを使って、鑑賞者のジェスチャーを認識できるシス テムや、アクチュエータの接触を感知する触知覚センサーの利用を検討する必要 がある。
さらに、人間と生物のコミュニケーションを参考にすれば、人間と生物との距 離によるインタラクション方法の変化を取り入れることも考えられる。例えば、
見知らぬ生物と遭遇した状況を仮定する。遠距離(図 6-4 上)では、生物がまだ 人間の存在に気がついていないために、無防備に生物としての振る舞い(何らか の動きや発光)をしている。中距離(図 6-4 中央)では、近づいてきた人間に対 して戸惑い、ある時は警戒し、ある時はコミュニケーションを欲するような動き を示す。近距離(図 6-4 下)では、警戒を排して密なスキンシップを求めるよう になり、手の接触に反応する動きをフィードバックする。このような、より生物 らしいインタラクションを実現することで、鑑賞者と作品の高度なコミュニケー ションを実現し、インタラクティブアート作品としての完成度を高めることがで きると考える。
6.4 高度な体験のためのインタラクションデザイン
遠距離
中距離
近距離
本研究では、実体ディスプレイの情報提示機能についての検証は行わなかった。
しかしながら、SMD を含む実体ディスプレイは、構成要素を集合させることで 実体を使った情報提示が可能になるものである。
仲谷らは、実体ディスプレイの一つである3次元形状ディスプレイの研究 [57]
(図 6-5)の中で情報提示性能の検証を行っている。この研究は、Recompose [18]
や Feelex [20] のように、構成要素を上下運動させて平面の凹凸を制御して形状 提示を行うものである。仲谷らは、この装置の構成要素の数の異なる CG シミュ レーション(図 6-5 右)を用いて、被験者に対して官能評価を行っている。
この研究のように、SMD の情報提示性能を検証して、文字や図形の提示が可 能な解像度を持つ装置を制作できれば、情報提示とアート表現の融合した実体 ディスプレイが可能になり、様々な応用が期待できる。
図 6-6 は、SMD の応用例「葉群のインタラクティブウォール」のコンセプト イメージである。plant で実現した葉群のざわめきの表現に加えて、アクチュエー タの数を増やして解像度を上げ、葉の動いている部分と静止している部分の視覚 的境界を利用して、装置全体で映像としての認識を実現するものである。