本研究では、自己刺激行動と同じトポグラフィーを持ちながら、感覚刺激によって生起 している面と外界へのコミュニケーティブな働きかけとして生起している2つの面をもつ 行動を、SCB:selfstimulative&communicative behaviorと命名した。すでに認知されてい る自傷行動も、コミュニケーション機能と自己刺激機能の両面をもっている(古賀・中田,
2003)が、SCBは自傷行動のように自己の身体を傷つけるほどの激しさがなく、その強 度においてもっと緩慢で常同的・リズミカルな運動である。
自己の身体を傷つけるほどの危険性がなく、一見、自己刺激行動となんら変わりない表 現型をとるために、周囲の者にコミュニケーション機能を有しているとは気付かれること が少なく自己刺激行動として対応されてしまうことが生じているのではないかと考えられ た。もし、自己刺激行動と見える常同的な動きの中に、周囲の環境や他者に対する何らか の要求機能が含まれているとすれば、そこに働きかけることで当該児者のコミュニケーシ
ョン行動はもっと高次化できるのではないかという仮説をたてた。
そこで、まず【研究1】では兵庫県下の特別支援教育対象者を対象とした調査を、当該 児者の担当者(教師)に回答していただく方法で実施した。その調査結果により、自分が 担当している者でSCBを保有するとした事例は270余名あった。従来、自己刺激行動や 自傷行動を生起させている群は、当該行動を生起させていない群と比較して、知的発達が 低度であることが示唆されてきた(北川,1983;東海,1983)。では、自己刺激行動や自傷行 動の保有者とSCB保有者においても、各群に知的発達の違いが見られるのではないかと 考え、統計処理によって比較を行った。しかし、3つの行動群に有意差は認められなかっ た。ただし、障害種別に比較したところ、自己刺激行動・SCB・自傷行動のすべてにおい て、肢体不自由者は知的に重度の群に特化して発現されやすく、逆に自閉傾向/情緒障害 者は知的に中軽度の発現が統計的に多いことがわかった。その他、個体要因としてのくコ ミュニケーション能力>の違いについても比較検討してみたが、3つの行動群の差はなか った。<コミュニケーション>の項目については、表出言語と受容言語の別で調査してい なかったため、受容言語を念頭に置いての回答と見られるケースがいくつかあり、当該児 者の表出言語における発達段階に限定して再度調査することが課題である。
さらに、かつては自己刺激行動が施設入所という変化の乏しい環境において発現しやす
い(Belkson,G.,McQuiston,S.,Jacobson,」。W.,Eyman,R.,&Bo曲wick,S.,1985)とされてい
たが、自己刺激行動に留まっている群とSCBを併有している群とでの比較においても物 理的環境の違いが、当該行動の発現に関与しているどうかを本研究では調べた。しかし、
両群の比較においても、また自傷行動群との比較においても統計的有意差は見られなかっ た。つまり、個体要因や物理的環境の違いによっては、自己刺激行動単独群とSCB併有 群との統計的有意差は認められなかった。
ところが、教育現場における担当者の対応の方法において両者に大きな違いが見られた。
その結果によると、自己刺激行動単独群ではく消去的手続き>が多く用いられ、SCB併 有群ではく言語的対応>が統計的に多く用いられていることが判明した。また、自傷行動 群においてはく身体的対応>が多く用いられていた。この調査結果は、当該行動が先行条
件となって関わり手の対応の違いを生じるとも考えられるが、松村(2004)が言う「関わ り合う両者の相互関係」が作り出した違いと捉えるべきではないかと考えられる。岡村
(2002)が、強度行動傷害に関して「対象者と支援者の行動連鎖で成立しているという観 点」を提唱したが、その視点は、自己刺激行動に留まる群とSCBを併有する群の発生要 因を考える上でも重要である。rコミュニケーション能力の発達には、子どもが出す微か なサインを読み取り、適切に反応する関わり手の存在が不可欠」とする若松(2004)の提 言を、本調査研究の結果は支持するものである。
【研究2】では、【研究1】でその実態を明らかにしたSCBを介在する発達モデルの検 証を進めた。養護学校に在籍する2名(A児・B児)の重度知的障害を伴う発語のない児 童・生徒を対象として、まず本研究がSCBの前段階と位置づける自己刺激行動の実態を アセスメントした。その結果、2名とも10種類以上のトポグラフィーにおいて自己刺激 行動が生起していた。しかも、その生起状況は環境場面によって常に一定ではなく、場面
の影響を受けていることがわかった。外界に対してr閉じた系(高橋ら,1990)」と考え られていた自己刺激行動が、環境刺激に影響されつつ、場面に適応している(高橋ら,1990)
ことを裏付けている。また、場面によって自己刺激行動の生起配分を対応させているとす るRapp,J∴r.ら(2004)の説を支持する結果だと言える。
アセスメントによって抽出した自己刺激行動のうち、SCBが含まれていることを確認 するために、Durand(1990)の「MAS(動機づけ評定尺度)日本語版」(平澤・藤原,1996)
を使用して機能分析を実施した。その結果、A児に対してはく物を叩いて音を出す行動>
をSCBと同定し、観察測定しやすいくタイコを叩く行動>というトポグラフィーに特化 して3種類の介入を試みた。
介入①期のタイコを叩くと音楽が随伴される条件では、音楽が止まった直後と音楽随伴 中の両方において、BL期よりもタイコを叩く頻度が増加した。これは、音楽が随伴する 状況に対応した行動変化を意味してはいるが、要求行動と見られるくタイコ叩き>と音楽 に対応したリズミカルな運動レベルのくタイコ叩き>との区別が明確でない段階と考えら
れた。
そこで、随伴する強化子(好子)の種類を4種類(音楽・タッピング・シャカシャカ・
ハグ)に増やすことで、随伴性に対する飽和化を防ぐことにした。また、A児が全盲であ るところから、聴覚刺激と触覚刺激に限定して感覚刺激の種別による反応の差を比較する ことにした。この介入②期では、音楽・タッピング・シャカシャカの3種の随伴性におい ては、要求行動としてのくタイコ叩き>と強化子(好子)随伴中のくタイコ叩き>の出現 頻度の差は明確であった。しかし、ハグ随伴条件では要求行動としてのくタイコ叩き>と 強化子(好子)随伴中のくタイコ叩き>の間には他の条件ほどの差が見られなかった。
さらに、介入③では、これまでの連続強化の結果、強化価の違いによって行動頻度が偏 向するのを防ぐため、随伴する強化子(好子)を毎試行変更することにした。その結果、
音楽・タッピング・シャカシャカの3種においては、正反応が高頻度に維持もしくは増加 した。しかし、ハグ随伴条件においては、介入②の段階よりも要求行動・強化子(好子)
随伴中のくタイコ叩き>の両方の頻度が増加した。この結果から、A児にとって強化価の 高く学習ルールが成立しやすかった音楽・タッピング・シャカシャカにっいては、要求行 動としてのくタイコ叩き>が獲得されたと考えられる。
A児に対する介入結果は、細淵(2003)が命題として挙げていた「視覚障害を有する重 症児の定位探索行動の発達過程」においても自己刺激行動の活用によって「能動的な外界 との関わり」が可能であることを示している。ただし、ハグ随伴条件では、要求行動とハ グ随伴中のくタイコ叩き>の両方がさらに増加した。ハグ随伴中、A児がタイコを叩きな がらハグ提示者にもたれかかる仕草が観察されたことや、アセスメント時にく接近要求機 能>をもっていると考えられた別のSCB<口唇音>を多発していたことから、ハグ随伴 中のくタイコ叩き>は、ハグ随伴性を継続させる別のルール(継続要求行動〉として定着 されていったのではないかと推測できる。この点については、ハグ随伴中のくタイコ叩き
>の機能分析が可能な実験デザインを組むことが、今後の課題である。
B児に対しては、「MAS」によるアセスメント時のSCBの同定が担当者と本研究者間で なかなか一致しなかった。これはおそらく、SCBの発生が、①場面環境、②観察者(観 察感度)、③人的環境(関係性)に大きく依存しているためと考えられる。A児の場合は 視覚障害と重度の肢体不自由という上記の3つの条件変化の少ない状況を余儀なくされて いたから、いつでもどこでも誰から見ても画一的な行動生起をしていたのかもしれない。
しかし、B児は近年歩行可能となり、B児自体の身体的認知的発達の変化がここ数年著し かったことにより、先に挙げた3っの条件が違うと、同じトポグラフィーの行動であって もその意味合いが変化していたのではないかと推測される。
B児への介入は、<腰叩き>を標的行動として実施され、介入場面においては短期間 でその頻度が零になりその状態が維持され、1つの問題行動に対する介入としては一定の 効果が見られた。しかし、当該行動のSCBとしての評価は未だ不十分である。自傷行動
のような自己の身体を傷っけるものではないが、その行動が発生する場面がかなり特化さ れていることから、1つのコミュニケーション・サインとしてすでに既得されているので はないかとも考えられる。SCBが場面や見る者・関わる者によって左右される特徴があ ることがSCBを捉えにくくさせている面と、逆に、だからこそSCBに気付くことでコミ ュニケーション行動を高次化していける糸口にもなる側面を内在していると考える。
聾唖障害のある乳幼児には、健常乳幼児に見られる音声によるr哺語」とは別のr聾 唖哺語」という音声を媒介としない動作哺語があるらしい。本研究で取り組んできた「SCB」
は、もしかすると「聾唖哺語」と類似した機能をもっているものかもしれない。江尻(1998)
は、基準哺語の出現とリズミカルな運動の同期性について述べており、これらの運動を乳 児は無目的的に無意識的に行っているとしている。たとえそうであるとしても、そこに外 界からアプローチし続け、語りかける他者の存在があるからこそ、乳児は社会性をもった
1個の個体として発達していけるのではないかと、本研究では提唱する。