参 考 文 献
6 経常収支、財政収支動向と日本経済の持続可能性
6-1 . はじめに
本稿では、わが国の経常収支と財政収支動向を現実データに基づいて実証的に考察し、
国際収支の長期的動向、ひいては日本経済の長期的な持続可能性について示唆を得るこ とを目的とする。
1990 年代以降の日本経済は、周知のとおり、過剰供給、不良債権、デフレ・資産デ フレといった根深い構造問題を背景に、長期の景気低迷に苦しんできた。しかし一方で、
民間消費や設備投資の低迷は家計や企業部門の貯蓄超過につながり、わが国の貿易黒字 の重要な源泉となった。他方、景気低迷による税収の低迷、および度重なる景気対策に よる政府支出の増大によって、政府の財政収支は持続的な赤字を計上してきた。
すなわち日本は、長期のデフレ停滞を背景として、対外的には「経常収支黒字」、そ して国内においては「財政収支赤字」という、いわば強みと弱みが並存する状況を続け てきたといえる。持続的な経常黒字と財政赤字の結果、対外債権と政府債務はそれぞれ 累積的に増大し、両者ともすでに膨大な水準に達している。それは海外からの純利子収 入の増加(所得収支黒字の増加に対応)、および国債利払いの増加をもたらし、経常収 支の黒字基調、財政収支の赤字基調を一層強め、対外債権、政府債務をさらに拡大させ ることとなる。
近年の日本経済にこのようなメカニズムが働いているとして、では果たして、日本の 経常黒字そして財政赤字は長期的に持続可能なのだろうか。いうまでもなく、後者の財 政赤字と累増する政府債務は、国家財政の破綻を想起させる。債務の利払いのためにま た新たな国債を発行するといった規律を欠く政策を採用すれば、債務残高は利子と同率 で増加していく。ponzi gameとして知られるこのような政策を行えば、次節で詳しく議 論するように、その債務は支払不能、つまり債務不履行となる。デフォルトリスクが明 示的に認識されるようになれば、リスクプレミアムの上昇から国債金利が上昇し、財政 破綻の危険性が自己実現的に強まることにもなりかねない。
財政赤字の一層の拡大は、マクロ経済の恒等式を通じて、貿易黒字を縮小させる方向 へと圧力をかける。財政赤字が持続不可能と判断されれば、貿易収支は長期的には黒字 から赤字へと転落するのではといった懸念も強まるだろう。そうなれば、為替レートも これまでの円高基調から円安を予想する見方が台頭し、資本逃避や円の暴落といった最 悪シナリオへの不安が再燃することも十分考えられる。
他方、持続的な経常黒字と巨額の対外債権は、「外国への貸し過ぎ」という潜在的な 別の問題をはらんでいる。経常黒字そのものは、外貨の獲得能力、ひいては経済の恒常 的な強さを表すと考えられ、その拡大が問題にされることは少ない。しかし、経常黒字
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の増加が過大となり、貸出相手国のponzi gameを容認する可能性も排除できない。つま り日本にとっては、相手国が支払不能に陥り、対外債権が最終的に回収不能となるリス クも抱えているのである。実際、日本の最大の貸出相手先である米国は、経常赤字・対 外借入が維持不可能であるとの検証結果も報告されている(Mann(2002)、工藤・小川 (2003)など)。米国の旺盛な支出行動は世界経済の需要を支える貴重なエンジンである が、それが過剰であれば、日本の対外債権回収という観点からも懸念材料となる。
これらはいずれも日本経済の持続可能性にとって重要な問題である。本稿では、経常 収支と財政収支それぞれについて、次節で説明するような共通の分析フレームワークに 基づき、実証的に検討する。日本に関する先行分析は、財政赤字に関する研究がいくつ か見られる程度であり、特に日本の経常黒字・対外債権について研究した例は、筆者の 知る限り存在しない40。以下では、特に実証フレームワークの直感的な含意に注意を払 いながら、分析を進めることにする。
6-2 . 分析フレームワーク
本節では、経常収支と財政収支それぞれの持続可能性を分析する共通のフレームワー クを説明する。ここで利用するのはAhmed and Rogers (1995)の分析アプローチである。
そこでは金利を可変的、確率的なものとして取り扱い、統計テストには共和分分析を応 用する。特筆すべきは、後述するような条件のもと、共和分関係の存在が持続可能性の 必要十分条件として議論可能であるという点である41。
6‑2‑1. 経常収支の持続可能性
まず基本的なアイディアを理解するために、経常収支、そして金利を固定したケース について考えてみたい。
対外バランスに関する予算制約式は、以下のように表される。対外資産 A、金利r、
輸出X、輸入Mとすると、
t t t t
t A rA X M
A − −1 = −1+ − (1)
となる。右辺は貿易収支と所得収支(rA)の合計なので経常収支となる。経常収支が黒 字の場合、対外債権の増加に相当する。またAが負の場合には対外債務となる。
40 近年の日本の財政赤字に関するフォーマルな実証分析には、Fukuda and Teruyama (1994)、土居・中里(1998)、
土居(2000)などがある(それぞれの内容については、後述の注3を参照)。無論、財政問題に関するインフ ォーマルな考察や論調は数多い。最近の例としては、渡辺(2002)、井堀(2003)などを参照。
41 政府債務や対外借入の持続可能性に関する他の分析アプローチとしては、Hamilton and Flavin (1986)、
Hakkio and Rush (1991)、Haug (1991)、Trehan and Walsh (1991)、Bohn (1998)などを参照。本稿では、(i)確率 的な状況を考慮可能、(ii)必要十分条件で議論できる、(iii)両問題を共通フレームワークで分析可能、といっ た利点から、Ahmed and Rogers(1995)アプローチを採用した。
この予算制約式を変形すると、
r M X
r
At At t t +
− −
= ++ + +
1 1
1 1
1 (2)
となる。この関係式に基づいて、逐次代入すると、
j j t j j
j j t j t
t r
A r
M A X
) 1 lim ( )
1
1
(
+ +
+
− −
= ∞ →∞ +
=
+
∑
+ (3)が得られる。
ここで対外的な持続可能性条件は、(3)式の右辺にある極限項に着目して、
(3)式の極限項=0、あるいは
∑
∞=
+
+
+
− −
=
1
( 1 )
j
j j t j t
t r
M
A X (4)
である。
「極限項=0」という条件の含意は次のように理解される。もし極限項が負であれば、
将来の(無限期間後の)対外資産の現在割引価値がマイナス、換言すれば対外債務の現 在価値が正であることを意味する。これは負債が金利と同率かそれ以上で増加していく 場合であり、債務の利払いを新たな借金で返済し債務が累積的に増大するという ponzi game の状況に相当する。それは長期的に維持不可能であり、債務不履行、対外的に支 払不能(insolvent)となる。
反対に、極限項が正であれば、無限期間後の対外資産の現在割引価値がプラス、すな わち貸出相手に ponzi gameを容認することになり、貸出先が支払不能に陥る。つまり最 終的に債権が回収できない。
極限項=0という条件は、これらのいずれのケースも排除する。したがって、この条 件が成立するとき、対外債権あるいは対外債務は長期的に維持可能(回収可能、支払い 可能)と理解できる。また、その結果得られる、
∑
∞=
+
+
+
− −
=
1 (1 )
j
j j t j t
t r
M
A X の条件は、今期 末の対外資産は将来の貿易赤字ですべて使い切る(対外負債の場合には、将来の貿易黒 字ですべて返済する)という状況を意味し、無限期間先の将来の時点で余分な債権や負 債を残さないことを表す。したがって、極限項=0の含意と整合的であることが分かる だろう。
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以上の基本アイディアを踏まえた上で、金利が可変的、確率的に変動するケースへと 拡張し、Ahmed and Rogers (1995)の分析アプローチを説明する。
まず将来の変数を割り引く金利について、消費者家計の最適化の必要条件式(オイラ ー方程式)Et
[( 1
+rt)
st,1]
=1
、st,1 =βu'(Ct+j)/u'(Ct)を利用して、j期間の消費の限界 代替率(st,j)、) ( ' / ) (
,
'
t j tj j
t u C u C
s =β + (5)
を定義し、これを確率的な割引率として用いる。このとき、Bohn(1995)が示したように、
先の固定金利のケースで示した(3)式は、
j t j t j t j t j t j
j t t
t E s X M Es A
A +
∞ + →
+
∞
=
+
−
−
=
∑
,1
,
( ) lim
(6)と表され、同じく右辺の極限項=0が持続可能性条件となる。
ここで検証可能な条件式を導出するために、(6)式の階差を取ると、
1 1 , 1 1 ,
1
,
( ) lim lim
− − − + −∞ + →
∞ + →
+
∞
=
− +
−
∆
−
=
∆
∑
t t j t j j t t j t jj j t j t j
j t t
t E s X M Es A E s A
A (7)
となる。本式の左辺は、(1)式よりXt−Mt+rt−1At−1である。Ahmed and Rogers (1995) は、ある条件の下、3変数(Xt,Mt, rt−1At−1)が(1,-1,-1)の共和分ベクトルを持つ共和分関 係にあることが、対外的な支払い可能性の必要十分条件になることを示した。
ここでその条件として、以下の4つの想定が置かれている。
(i) Xt、Mtがそれぞれ単位根(I(1))過程に従う。
(ii)限界効用(u
' (
Ct)
)はランダム・ウォークに従う。(iii)限界代替率(st,j)とXtおよびMtとの共分散がどの時点(t)、期間(j)においても同一。
(iv)対外債権(At)は、At = µ +At−1+λt +utに従う(λ <1、 utは定常的な誤差項、µ は定数項)。
これらの想定の下、まず必要条件については、(6)式の極限項=0のときに共和分関係 が成立することを示す。極限項=0のとき、(7)式の右辺の最後の2項がいずれもゼロと なり、また左辺は
X
t−Mt−rt−1At−1である。したがって、(7)式の右辺第1 項が定常であれば共和分が存在することになる。そしてその定常性については、想定(ii)と(iii)を利 用することで示すことができる。また十分条件については、主に想定(iv)に基づいて議 論され、3変数の共和分の存在から極限項=0という関係が導出される(詳細はAhmed and Rogers (1995)のtechnical appendixを参照)。
実際の実証分析では、(a)共和分ベクトル(1,-1,1)の制約を課して、1変数Xt −Mt+rAt−1
の定常性をテスト、(b)制約を緩めて、2変数(Xt,Mt−rt−1At−1)、3変数(Xt,Mt, rt−1At−1) の共和分関係の存在および係数を検証、といったアプローチを採用する。
6‑2‑2. 財政収支の持続可能性
次に、政府の財政赤字・政府債務の持続可能性(支払い可能性)条件について考える。
財政収支についても、経常収支の場合と全くパラレルに議論することができる。
政府負債B、金利r、税収T、政府支出G(利払いを除く基礎的支出)とすると、政
府の予算制約式は、
t t t t
t B rB G T
B − −1 = −1+ − (8)
となる。これは先の(1)式の資産A を債務B に、輸出Xを税収Tに、輸入Mを支出G に、それぞれ置き換えた表現に他ならない。右辺は、基礎的収支(プライマリーバラン ス)の赤字に国債利払いを加えたもので財政赤字に相当し、今期末の政府債務は赤字分 だけ増大する。
先と同様に、金利一定の想定の下、逐次代入を利用して(8)式を変形すれば、
j j t j j
j j t j t
t r
B r
G B T
) 1 lim ( )
1
1
(
+ +
+
= ∞ − →∞ +
=
+
∑
+ (9)という関係式が得られる。ここで財政赤字の持続可能性条件は、
(9)式の極限項=0、あるいは
∑
∞=
+
+
+
= −
1
( 1 )
j
j j t j t
t r
G
B T (10)
である。この条件は、政府の借入がponzi-game、つまり支払不能となるような状況を排 除する。またこのとき、現在の政府債務は、将来的な基礎的収支黒字の現在割引価値と 等しい状況を表す。
確率的な金利に拡張した場合についても、(6)式に対応した関係式を同様に定義でき る。そしてAhmed and Rogers (1995)の(i)から(iv)の条件のもと(つまりX、M、AをT、
G、Bにそれぞれ置き換えた各条件を想定して)、3変数(Tt, Gt, rt−1Bt−1)が(1,-1,-1)の共 和分ベクトルを持つ共和分関係にあることが、政府借入に関する支払い可能性の必要十