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2 サービス貿易をめぐる 3 つの論点
2003年11月に研究会にお招きいただいた際、サービス貿易に関連する筆者の研究の 紹介をさせていただいた。以下の3つのトピックは必ずしも相互に関連の深いものでは なく、またサービス貿易あるいはサービス貿易統計に関する重要な問題を網羅している わけでもないが、しかしそれぞれ、さらなる真摯な研究に値するものではないかと考え ている。本論では、発表内容をかいつまんで紹介させていただく。
2-1 . サービス貿易の統計的把握をめぐる問題
サービス貿易の統計的把握をめぐっては、データ収集の困難性以前の問題として、い かなる概念設定をもってサービス貿易を定義するかという大きな課題が存在する。
財貨(モノ)の取引と比較し、多くのサービス取引には以下のような2つの特徴があ る。第1は非保存性(nonstorability)である。財貨は通常、生産、流通、消費が別の場 所で、しかも別のタイミングで行われる。それに対しサービスは、生産者と消費者が対 面して、その場で生産と消費が同時に行われる場合が多い。第2は、無形性(intangibility)
である。サービスは財貨と異なり、多くの場合、物理的な形を持たない。そこから、品 質、価格付け、生産性などの概念が財貨の場合よりも適用しにくくなっている。この2 つの性質が、サービス貿易の統計的把握に深く関わってくる。
国際収支統計上のサービス貿易については、居住者概念を中心に据えたIMF第 5版 マニュアルの構造と整合的な形で、取引が行われる場所にかかわらず、ある1国の居住 者と非居住者の間のサービス取引をサービス貿易と定義している。これは1つの論理的 整合性を持った定義であるが、我々が関心を持つ広い意味での国際間サービス取引の全 てに関する情報を提供してくれるものではない。GATSが想定する4つのモード、すな わち越境取引(cross-border)、国外消費(consumption abroad)、商業拠点(commercial presence)、人の移動(movement of natural persons)のうち、特に後二者の大きな部分は、
国際収支統計上のサービス貿易には含まれないことになる。さらに、経済学的に考えれ ば、音楽CDに焼き付けられた音楽のようにモノに体化されたサービス、流通・輸送サ ービスのようにモノに付加されるサービス、ある種の資本や自然人などの生産要素と分 離不能なサービスなども重要である。国際収支統計上のサービス貿易のみではとらえき れない広義のサービスをどのように概念整理すべきかは、未解決の重要な問題となって いる。
ここ数年、OECD 諸国、とりわけ EU のイニシアティヴの下で、FATS統計(Foreign Affiliates Trade in Services Statistics)作成の試みがなされている(UN (2002)参照)。これ は、サービス貿易、とりわけモード3の取引が居住者概念に基づく統計では全く把握で きないことに問題があるとし、50%ルールに基づく UBO(最終投資家)概念に基づい
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て企業の本国を特定し、その活動を把握しようとするものである。
多国籍企業の活動が国際収支統計で把握できないという問題は、実はサービス産業に 限ったものではない。製造業その他における多国籍企業の活動についても、同様の問題 が存在する。筆者はウィスコンシン大学のボールドウィン(Robert E. Baldwin)教授と の共同研究で、国際的取引に関する企業国籍アプローチを提唱した。詳しい方法論につ いてはBaldwin and Kimura (1998)、Kimura and Baldwin (1998)、木村(1997)を参照され たい。この方法論に従えば、たとえば図 2-1のような推計をすることが可能となる。図 2-1は、日本、アジア、その他世界という3つの地理的領域、日本人、アジア人、その 他世界人という 3つの企業国籍を含むモデルに基づき、9つのそれぞれのブロック間の 取引を矢印の始点で付加された付加価値に関して数値化したものである。もし全ての情 報が入手可能であれば、9×9=81本の矢印が引けるはずである。しかし現実には日本側 のデータしか存在しないので、それを用いて 14本の矢印のみを推計した。詳しい推計 方法については Ando and Kimura (2003)を参照されたい。
図 2‑1 三国モデルによる企業国籍アプローチによる 日本、アジア、その他世界の取引:付加価値ベース、2000 年
出所:Ando and Kimura (2003)
Foreigners
Asians Foreigners
Asians
JAFF owned by Asians
(Asians)
JAFF owned by foreigners (Foreigners) Japanese-owned firms
(Japanese)
FAJFs FAJFs
1,611,093 7,205,530
2,475,695 21,084,637 10,710,170
4,930,835
Japan
Asia ROW
3,132,287
3,613,841
Total VA:
8,054,035
Total VA:
27,905,073
19,723,339 83,975
310,082
2,409,228
335,899 465,123
Value added in exports by Japanese in Japan:
42,132,623
さまざまな仮定を置いて強引に推計したものではあるが、それでも多くの興味深い事 実が浮かび上がってくる。第 1 に、2000 年の時点で、アジアに立地する日本企業が生 み出す付加価値(8.1 兆円)は、日本企業が日本で生み出しアジアの日本企業に輸出し ている付加価値分(7.2 兆円)を上回っている。これは、日本企業の生産活動が本格的 にアジアシフトし始めたことを示している。第 2に、アジアのアジア企業に対する日本 の日本企業による輸出の付加価値分も大きい(10.7 兆円)。これには、アジア企業が用 いる資本財も含まれるが、それ以上に機械部品・中間財の占める割合も大きいものと推 測される。アジアにおける生産・流通ネットワークは、日本企業のみならず、多様な企 業国籍の企業を巻き込んで展開されていることがわかる。第 3に、アジアの日本企業が その他世界に輸出している付加価値は、通常考えられているよりもはるかに小さい(0.3 兆円)。しばしば、日本企業は生産拠点をアジアにシフトして、そこから北米・EUに輸 出していると言われるが、その比率は低いことがわかる。
表2-1は、日本企業がどこで付加価値をつけてどのチャンネルを用いてさばいている かを表したものである。その他世界への売上総計(付加価値ベース)のうち、わずか 1.7%(0.8%+0.9%)がアジア子会社経由である。これはもちろん、日本企業が生産し た部品・中間財をアジア企業が用いて北米・EUに輸出していることを否定するもので はない。しかし、アジア経済の北米依存の大きさを考える上で重要なファインディング である。
表 2‑1 日本企業による海外販売:チャンネル別付加価値コンテンツ、2000 年
(単位:100 万円)
VA contents (%) For Japanese firms to sell products to Asians in Asia (total of below): 18,373,691 100.0
To produce in Japan and export directly 10,710,170 58.3
To produce in Japan and distribute through FAJF in Asia 3,233,118 17.6 To produce in Japan and distribute through FAJF in ROW 351,439 1.9
To produce in Asia and sell locally 3,613,841 19.7
To produce in ROW and export to Asia 465,123 2.5
For Japanese firms to sell products to foreigners in ROW (total of below): 38,394,682 100.0
To produce in Japan and export directly 3,132,287 8.2
To produce in Japan and distribute through FAJF in ROW 14,902,647 38.8 To produce in Japan and distribute through FAJF in Asia 300,511 0.8
To produce in ROW and sell locally 19,723,339 51.4
To produce in Asia and export to ROW 335,899 0.9
2000
Note: minor indirect channels such as "to produce in Japan and to distribute through FAJF in ROW and then through FAJF in Asia" are omitted.
出所:Ando and Kimura ( 2003)
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FATS 統計あるいは企業国籍アプローチの統計を推計するために必要な情報の多く は、すでに経済産業省所管の統計(特に海外事業活動基本調査)によって集められてい る。ただしこの統計では財務省関連の産業である金融、保険、不動産等が含まれていな いので、それらを付加する必要がある。このような変更を加えてさらに回答率を高める 努力をしさえすれば、日本は新しい統計作成のイニシアティヴをとっていくことが可能 である。財務省は今のところこのような新しい試みに積極的ではないように見受けられ るが、是非とも検討を促したい。
2-2 . サービス貿易に関する国際的政策規律と国内政策
GATTからWTO へと移行する過程で国際的政策規律の適用範囲は大幅に拡張され、
国内政策との間のコンフリクトが方々で生じてきた。筆者はいわゆる「反グローバリズ ム」に与する者では全くないが、しかし、国際的政策規律と国内政策との間に十分に説 得力のある線引きがなされていないということは認めざるを得ない。この問題は特に、
GATSとTRIPSにおいて顕著である。
国際的政策規律は、少なくとも次の 3 つの接点において、伝統的な国内政策とのコ ンフリクトを起こしつつある。第 1は、国境政策から国内政策へと適用範囲を広げつつ あることである。GATTにおいても内国税に関する内国民待遇規定に見るように、国内 政策に踏み込む部分がなかったわけではない。しかし、政策規律のかかる政策の中心は あくまでも関税等の国境政策であった。しかし、GATSやTRIPSの場合には、規律の対 象は明確に国内政策となっている。第 2に、国際的政策規律と国内政策とでは、そもそ もの目的関数が異なっている可能性が高い。国際的政策規律の論理的根拠はあくまでも 資源配分の効率性にある。それに対し国内政策の場合には、効率性基準以外の要素、た とえば所得分配、貧困、地域振興、少数民族問題などに対する手当ても、その目的関数 に組み込まれている場合が多い。第 3に、国際的政策規律は元来、無差別原則を政策規 範の中心に据えてきたが、次第に制度の調和・収束にも踏み込むようになってきている。
無差別原則は、外国人・製品 Aと外国人・製品B を差別しない、あるいは外国人・製 品と内国民・製品を差別しない、というにとどまる。一方、制度の調和・収束は、内外 の差異の除去を志向する。前者を正当化する経済論理は明解だが、後者を一般的に正当 化する経済論理は存在しない。
GATSでは、まずMFN(最恵国待遇)と透明性の義務を課し、NT(内国民待遇)と
MA(市場アクセス)を分離しポジティヴ・リスト方式で課し、さらに国内制度と MA
を分離して義務履行の強度を違えている。特にMAと国内制度の部分には制度の調和・
収束に当たるものが混入しており、背景となる論理の整理が十分になされているとは言 い難い。
木村(2003)は、各国固有の制度の慣性(inertia)とグローバリゼーションからの制