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ドキュメント内 東北大学埋蔵文化財調査年報18 (ページ 66-69)

ゼ︶

p 村

左̲

47号 溝

48号 溝

B′

1    

‑63.Om

49号滞

50号浦

A′

‑63.lm

10GY5/1緑灰色 粘土質 シル ト 粘性 強 。しま り中 ゆlmm以下の自色凝灰岩粒 ・ φ5cm程度の礫 を若干含む

5G4/1暗 緑灰色 シル ト 粘性弱 。しま り弱 ψlmm程度の凝灰岩・炭化物 を若干含 む

10G5/1緑灰色 粘土質 シル ト 粘性 中 。しま り弱 φlmm程度の自色凝灰岩粒・ 炭 化物 を若干含 む ゅ5〜60cmの大小様 々な礫 を多 く含 む

10G2/1緑黒色 シル ト質砂 粘性 きわめて弱 。しま り強 緑灰色 シル トが層状 に混 じる ゅ5cm程度の礫・ ゆlmm程度の自色凝灰岩粒 を少量含む

25Y71責灰色 粘土 粘性 きわめて強・ しま り中 大小の多量の礫 を含む

1 5Y6/2灰オ リーブ色 シル ト 粘性 中 。しま り強 ゆ2〜4cm程度の礫 をわずか に含 む 白色岩片を全体 に多 く含 む 炭化物 を微量含む

2 5Y7/3浅黄色 粘土質 シル ト 粘性中・ しまり強 炭化物 をほんの微量含む 3 10Y6/2オリープ灰色 粘土質 シル ト 粘性強 しま り強 部分的に粗砂が混 じる

B 引

C′

630m

1

2 3

4 5

5Y5/4オ リープ色 砂質 シル ト 粘性 中・ しま り中 暗オ リーブ灰色粘土・オ リープ 色粘土・暗緑灰色粘土 をプロック状 に含 む φ5mm程度の小礫 をわずかに含む 25GY5/1オリープ灰色 粘土 粘性強・ しま り強 若干の砂 と礫 を含 む 5Y5/4オ リープ色 粘土 粘性 強 。しま り強 鉄分 を多 く含む 相対的に褐色が強い 暗緑灰色粘土塊 を含 む

25GY5/1オリープ灰色 粘土 粘性強 。しま り強 2に比べ褐色 の粒 が少 な く均質 な状態 色調 も 2よ りも褐色度が低 い

25GY6/1オリープ灰色 砂混 じ り粘土 粘性強・ しま り弱 水分が多 く粒子が粗 い ため しま りが悪い φ5cm程度の礫 をわずかに含む

25Y5/3黄褐色 砂質 シル ト 粘性 中・ しま り強 黄褐色砂質 シル トをまだ らに含 む 白色凝灰岩粒 を少量含む

25Y4/2暗灰黄色 砂 質 シル ト 粘性 中 しま り中 黄掲色砂 質 シル トを少量含 む ゆ4cmの礫 を含む ゅ3mm以下の自色凝灰岩粒 を含 む 炭化物 を少量含 む φ lcm以 下の小礫 を含む

75GY4/1暗緑灰色 粘土質 シル ト 粘性強 。しま り弱 責褐色砂質 シル ト・ 自色凝 灰岩粒 炭化物 を少量含 む

D D′

習        卜 骸つ m

0      1m

23 

二 の丸第17地 点 Ⅱ期の遺構 (6)

Features belonging to Edo penod(phaSe  Ⅱ)at NM17(6)

Fig。23

49

(3)Ⅲ

a期

の遺構 (図24〜28、 図版17・ 18)

中区か ら南区に、平行す る溝が並 んで造 られる。南区では、東西方向に、幅の広い溝が平行 して並んでお り、

埋土 はいずれ も均質な黒色土である。中区では、南北方向に延び、黒色の類似 した埋土か らなる、小規模 な溝が 平行 して走 っている。丸瓦 を伏せ た暗渠状の溝が、 これ らの溝の間に平行 して廷 びている。北区では、中区か ら 廷 びる丸瓦 を伏せた溝 の一部がかかる以外 は、確実 に当期 に帰属 させ られる遺構 は存在 しない。

【55号〜64・ 67号溝】(図25・ 26、 図版17)

中区の

8列

か ら9列 、一部10列にかけて、南北方向の溝が並んでいる。Ⅲ

b期

に多数の遺構が造 られる区域で あ り、これらの後世の遺構 に破壊 され、遺存状況は極めて悪い。埋土の一部が、痕跡的に確認された程度の溝 も ある (55号・59号)。 方向を厳密に計測することは難 しいが、おおむね南区の溝群 と直交する

N‑24〜

25°

W程

度である。幅は、

50cmか

ら100cmと 、変異が大 きい。58号溝だけは、中央が深 く、その両側 に狭 く浅い溝 が伴い、全体の幅は

140cm程

度である。遺存状況にも左右 されるが、深 さも15〜30cmと 変異が大 きい。埋土は、

いずれにおいても、黒色か黒色に近い、比較的均質なものである。

遺物は概 して少な く、陶磁器類は細片が多い。ある程度特徴が判るものは、磁器小瓶 (図

71‑13)だ

けである。

51・ 54・ 66号

溝】

(図25。 26、

図版

17)

中区の南北方向に平行す る溝の間で、溝 の中に丸瓦 を伏せて暗渠 とした ものが、

 3条

検 出された。

3条

の溝の 間隔は一定ではない。51号溝 と66号溝 は、延長 と考 えられる同様の溝が、北 区に一部かかっている。 この北区の 部分 を含めると、66号溝 は10。

7m以

上延 びていることとなる。いずれの溝 も、両端 は攪乱や後世の遺構 によって 破壊 されている。方向は、51号溝 と54号溝 ではN‑26° 一W。 66号溝 はN‑24° 一

Wで

あるが、北側ではさらに 西に振れる。上幅20〜

40cmで

、深 さ15〜

20cm程

度の掘 り方 に、九瓦の玉縁 を南側 にして、伏せて並べている。

【34〜41号溝】(図27・ 28、 図版18)

13列以南で、東西方向の類似 した溝が平行 して検出された。B・

C列

に並ぶ34〜38号溝 と、

D〜 G列

に並ぶ39

41号溝の

2グ

ループに分けられる。両グループの間は、幅120〜130cmの 空閑地 となってお り、滞はつなが ら ない。全体の平均的な方向は、N‑24° ―

Wで

ある。いずれの滞 も、上幅120〜 135cm、 下幅105〜Ocm、 深 さ 20〜

40cmで

、断面形状は逆台形を呈する。底面には、一部に小規模な凹凸が認められるが、明確なピットのよ うな施設は無い。長 さが判明する39号溝 と40号溝では、10.3mである。埋土は、底面付近に地山あるいは

4層

下 部起源の土が薄 く入るものがある以外は、いずれも極めて均質な黒色土で埋められている。

B・

C列

に並ぶ34〜 38号溝は、西側が調査区外へ続いているが、第

1地

点の調査において、これ らの構群の延

長 と考えられる遺構が検出されている。図57の

1号

建物のところで示 しているが、

 1号

建物の続 きと考えられる 溝 1に 切 られるピッ ト1と されたものが、埋土の状況が類似 し、位置関係から34号溝の延長 と考えられる。

遺物は概 して少ない。陶磁器類 も小片が多い。図

71‑12は

、41号溝出上の中国産の磁器皿で、戦国期 まで遡る ものである。図

78‑5は

、唐津産の陶器向付で、江戸時代初頭まで遡るものである。他には、磁器の図

71‑6〜

12、 陶器の図

78‑6、

瓦質土器の図

93‑CG2が

、かろうじて特徴が半J明するものである。これ らはいずれも、

17世紀後葉か ら18世紀前半にかけての時期のものと思われる。これ らか ら当期の遺構は、 どんなに遡っても1700 年頃を遡 らせ得ない。

【45号溝】(図27、 図版18)

B‑15区

か ら

D‑15区

にかけて検出した素掘 りの溝で、西側は調査区外へ延びる。東側は上層遺構で破壊され ているが、 さらに東側には延びていないため、ほぼこの付近で終わるものと推定される。

6.7m分

を検出 してお り、方向は

N‑27°

Wで

ある。37号溝 と40号溝の南岸 に沿 う位置にあ り、両溝 に切 られている。上幅30〜

45cm、 下幅15〜35cm、 深 さは東側はごく浅 く、西端で15cm程 度である。

ドキュメント内 東北大学埋蔵文化財調査年報18 (ページ 66-69)

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