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章 オリーブの木の比喩

ドキュメント内 モルモン書 生徒用資料 宗教コース 121‒122 (ページ 121-128)

第 16 章

ヤコブ 5 章 オリーブの木の比喩

第 16 章

はじめに

 ゼノスの語ったオリーブの木の比喩は,イスラエルの家の 歴史と行く末に神が直接に関与しておられることを明らかに している(ヤコブ 6:4 参照)。ジョセフ・フィールディング・

スミス大管長( 1876 − 1972 年)は, ヤコブ 5 章の深遠な 意味をよく考えるように勧めている。「ヤコブが自身の書の 5 章に記録したゼノスのたとえは,これまで記録された中で 最も優れたたとえの一つである。このたとえそれ自体でモ ルモン書に説得力があり,真理があることを証明している。

主の霊感を受けなければ,このようなたとえを書くことはで きなかったであろう。モルモン書を読む非常に多くの人が,

イスラエルの歴史,散乱,最後の集合に関する数多くの真 理を見過ごしたり,軽んじたりするのは残念なことである。」

(Answers  to  Gospel  Questions,ジョセフ・フィールディン グ・スミス・ジュニア編,全 5 巻〔 1957 − 1966 年〕,第 4 巻,141 )

 ヤコブは,比喩を記録した後,民をイエス・キリストから引 き離そうとしたシーレムの企てについて述べて記録を結んで いる。シーレムの主張が悪魔の欺きであることを暴露するた めにヤコブが取った方法を学ぶことは,現代の反キリストへ の防備を固めるうえで役立つ(ヤコブ 7:2 − 22 参照)。

注解

ヤコブ 5 章 オリーブの木の比喩

• 比喩では,道徳的あるいは霊的な概念を伝えることを目的 として,象徴的な描写が用いられる。これらの象徴を研究す ることによって,物語に意義を増し加えることができる。象 徴が何を表しているかを理解してこそ,比喩の価値が生まれ る。十二使徒定員会のジェフリー・R・ホランド長老は,ゼノ スの比喩の主要なテーマを明らかにしている。

 「ヤコブが詳しく述べたこの比喩は,最初からキリストにつ いて述べることを意図していた。……

 イスラエルの散乱と集合の歴史的な概要を 1 章にわたっ て記録した中で,果樹園の主人と労働者たちが木に添え木 をし,木を刈り込み,悪い枝を取り除き,また木の生産性を 上げるその他の作業を実施したが,もっと深い贖罪の意味 が彼らの働きの底流にあり,中心となっている。果樹園のほ ぼ全域に植えられている木を刈り込み,接ぎ木し,養ったに もかかわらず,この比喩の主要なテーマは,それらの木を最 初の場所に植え戻すことにあった。立ち戻り,悔い改め,再 び一つになること,すなわち贖いを受けることが全体のメッ セージである。

 …… 果 樹 園の主 人は,少なくとも 15 回,果 樹 園とその 収穫物を『自身のために 』養いたいという思いを表し,また

『この木を失うのは悲しい』と 8 回ほど嘆いている。比喩を 調べたある研究者は,これを放蕩息子のたとえと同等に扱 うべきであると述べている。ともに,『主の憐れみを非常に 感動的で忘れがたいものにしている』からである。

 償いの過程が常にそうであるように,一つにするというこ の作業は,明らかに困難であり,過酷であり,時には骨の折 れる仕事である。掘り起こし,肥料をやり,水をやり,養分 を与え,刈り込みをする。また,絶え間なく接ぎ木を行う。

すなわち救いを目指してあらゆることを行った結果,果樹 園の木は『よく生い茂り』,そして『一つの体のようになり,

実〔が 〕すべて同じ』になり,果樹園の主人は『実を,自分 自身のために保存できた 』。御父の子供たちが行き着いた のは,罪と疎外というはるか遠くの地だった。そこから彼ら を集め,彼らを癒し,彼らを主と結び合わせるために,キリ スト(と弟子たち)の働きがあらゆる神権時代に行われたの である。」(Christ and the New Covenant〔 1997 年〕,165

− 166)

• イスラエルの散乱に関する詳しい情報については, 付録 から「イスラエルの散乱についての略史」( 399 ページ )を 参照する。イスラエルの集合に関する詳しい情報について は,付録から「イスラエルの集合」( 400 ページ )を参照す る。

ヤコブ 5:1 ゼノスとはどういう人か

• ゼノスはヘブライ人の預言者で,その書き物が真鍮版に記 されていた。しかし旧約聖書にその名前は出てこない。彼 は預言者アブラハムの時代と預言者イザヤの時代の間のい ずれかの時 代に生きていた(ヒラマン 8:19 − 20 参照)。

わたしたちは,彼が神の御子の死と贖いについて証したこ とを知っている( 1 ニーファイ 19:10;アルマ 8:19 参照)。

ゼノスは有名なオリーブの木の比喩で特によく知られてい る。この比喩から,預言者であり聖見者であったことは明ら かである(ヤコブ 5 章参照)。

ヤコブ 5:3 「おお,イスラエルの家よ,わたしはあな たを …… 一本の栽培されたオリーブの木にたとえよう」

• オリーブの木の栽培は,古代イスラエルの人々の間では普 通に行われていた。ジェフリー・R・ホランド長老は,ゼノス がなぜオリーブの木をイスラエルの家に対する神の愛の力強 い象徴としたかを説明している。

 「ある作家は,この広範な象徴的描写について次のよう に述べている。『ユダヤ人のある言い伝えによれば,オリー ブの木が命の木とされるのにはそれなりの理由がある。オ リーブの木は,落葉樹ではなく常緑樹である。その葉は,

季節によってしおれたり落ちたりすることはない。焼け付く ような暑さと冬の寒さによって,葉は絶えず若返る。手入れ をしないと,オリーブの木は野生化し,手に負えなくなり,す ぐに質の悪い木になる。長期間忍耐強く,通常は 8 年から 10 年間手入れを行えば,実が付き始める。それから長い年 月の後,枯れたように見える根から新しい芽が出てくること がしばしばある。〔節くれだった幹の外見は〕労苦を重ね たかのような印象,すなわち,往古の命と再生された命をし のばせる。』〔トルーマン・マドセン, The  Olive  Press:  A 

Symbol of Christ,  The Allegory of the Olive Tree,ス ティーブン・D・リックス,ジョン・W・ウェルチ編( 1994 年),2〕

 リーハイ自身が教えているように,神の豊かで不変の愛,

贖いをもたらす愛をオリーブの木以上に力強く,深遠に象徴 するものはない。その愛はとりわけ,御父の独り子という 賜物に見られる。」(Christ  and  the  New  Covenant,  163

− 164 )

ヤコブ 5:3 − 77 ゼノスの比喩の中の象徴的要素

• 比喩やたとえでは,すべての事 物を細かく幾つかの象徴 的な意味と関連付けようとするあまり,解釈を広げ過ぎては ならない。しかし,たとえを理解するには,特定の主要な要 素についてその意味を明らかにする必要がある。ゼノスの 比喩の全体を通じて最も重要な原則は,主の民に対する愛 にあふれた主の心遣いである。ほかに,その比喩の意味を 理解するうえで,次の一覧が役立つであろう(付録 399 ペー ジの「イスラエルの散乱についての略史」と,400 ページの

「イスラエルの集合」も参照)。

© リ

象徴 解釈

果樹園 世界

栽 培されたオリーブ の木

イスラエルの家,主の聖約の民

野生のオリーブの木 異 邦人,す な わちイスラエ ルで ない民(後に出てくる野 生の枝 は背教したイスラエルを表す )

枝 民の一団

栽 培されたオリーブ の木の根

主が御自分の民と交わされる福 音の聖約と約束,忠 実な者に絶 えず与えられる強さと命の源

木の実 人の生活や行い

木 の 周 りを 掘 り,刈 り 込 み,養 い を与え る

従 順になって良い実を結ぶよう に主の子供たちを促そうとする 主の業

枝の移植 全 世界に 民を 散らすこと,あ る いは元の場所に回復すること 接ぎ木する 人 が 聖 約 に 加 わ る 霊 的 な 再 生

の過程

枝が枯れる 罪悪と背教

枝を火の中に投げ込 む

神の裁き

ヤコブ 5:8 − 10 枝を接ぐとはどういう意味か

• 接ぎ木の過程では,生きて いる健全な枝を親木から切り 取り,それを育てる別の木の 幹に挿 す。 この比 喩 での枝 は,主がある場所から取って 別の場所に移される民の集団 を表す。最終的に,イスラエ ルが 接ぎ返されることには,

「まことのメシヤを知るように なる」ことが含まれる( 1 ニー ファイ 10:14 )。

イスラエルの散乱

キリストの時代以前( 3 − 14 節)

栽培されたオ リーブの木(イ スラエル)が枯 れそうになる 

( 3 − 4 節)。

主人は刈り込み,

肥料を施す。新 しい枝が少し伸 びるが,先の方は

枯れかけている

(4 − 6 節)。

大枝が切り落と され,野性の枝 が接がれ,若枝 が隠される 

( 7 − 14 節)。

自然の枝が果樹園のいちばん低い場所に隠される。

枯れた枝が燃やされる

( 7,9 節)。

野生のオリーブの木

(異邦人。 7,9 節)

 神は古代イスラエルの背教を御覧になり,悔い改めを叫ぶよ うに預言者たちを遣わされた。しかし,民はほとんど耳を傾け なかった。神は悪人が滅ぼされ,異邦人が連れて来られるよう にされた。イスラエルの義にかなった少数の枝が世界中に散ら された。

キリストの時代

( 15 − 28 節)

良い実 

( 15 − 18 節)

やせた土地,良い実

( 20 − 22 節)

もっとやせた土地,

良い実( 23 節)

実(この枝についてはその後 述べられていない。 24 節)

良い土地,良い実と悪い実

( 25 節)

 神は,イスラエル(根が古い木)が救 われ,良い実を結ぶのを御覧になった。

イスラエルの散らされた枝も良い実を結 んだが,ニーファイ人とレーマン人は例 外で,その実は一部分が良く,一部分が 悪かった。

オリーブの木の比喩:  

ヤコブ 5 章

ドキュメント内 モルモン書 生徒用資料 宗教コース 121‒122 (ページ 121-128)