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第二章 先行研究概観および本研究の研究課題

2.2 空間関係概念

2.2.2 空間関係概念を反映する言語表現

瀬戸(1995:77)は非空間関係概念を得るために、直接身体化された概念を介さなけれ ばならないと主張している。しかし、空間関係概念がより複雑なものであり、言語によっ てかなり異なるとLakoff &Johnson (1993:31 計見(訳)200446)が述べている。文・

匡(2004)では、空間関係概念は物理的な空間から認知空間へ写像され、さらに言語表現 によって表出されると述べている。具体的に言えば、文・匡(2004)は空間が「物理的空 間」、「認知空間」、「言語空間」の三種類に分けることができると主張している。物理的な 空間は我々を囲んでいる自然界であり、客観的な存在である。また、認知空間とは内在化 された物理的な空間である。更に、言語空間とは言語構造に見られる内在化された物理的 な空間である。図式で表すと図2-4の通りである。

また、山梨(2012:62)も同様に、「空間認知に関わる経験は、日常言語の意味の発現 の背景として重要な役割を担っている」とし、さらに「この種の経験は、空間を直接に反

25 吴(1992)は、現代人の空間関係概念はニュートンやデカルトの空間観から大きな影響を受けたドグ マ的であるものと主張している。

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映する経験として理解されているのではない。(略)上・下、高・低、前・後、遠・近、

左・右をはじめとする認知主体の主観的な解釈を反映するさまざまな次元によって特徴づ けられている」と具体的な言語表現を挙げながら空間関係概念の表出法をまとめている。

換言すれば、空間関係概念は人間が物理的な空間と関わり、それを内在化することで、形 成されている。それはさまざまな言語表現によって表出することのできるものである。つ まり、これらの言語表現を研究すれば、人間がどのように空間関係概念を捉えるのか、ま た、それを用いてどのように非空間関係概念を理解するのかについて解明することができ るということになる。また、これらの研究のうち、特に空間関係概念を用い、非空間関係 概念を捉える方法については、すでに論述した2.3節にある「概念メタファー」理論と「プ ロトタイプ・カテゴリー」理論におけるメタファーリンク・メトニミーリンクが多く用い られている。

反映する 表出する

图2-1 物理空间、认知空间及语言空间之间的关系

文・匡(2004)

図2- 4物理的空間、認知空間および言語空間のつながり

(一)空間関係概念を反映した語の多義性研究において、「概念メタファー」理論を用 いた先行研究は次の通りである。

Lakoff & Johnson(1986)は、人間が自身を取り巻く空間から空間関係概念を得て、そ の概念に基づきながらさまざまな非空間関係概念を理解することを次の例を用いて証明 した。

例2-1

a. I'm feeling up.(気分は上々だ。)

b. I’m up already.(もう起きています。)

c. He came down with the flu.(流感で倒れた。)

d. Things are looking up.(景気は上向きつつある。)

Lakoff &Johnson (1986:19-24)

例a、b、c、dはそれぞれ「気持ち」、「目覚めること」、「健康状況」、「経済状況」

物理空间

(物理的空間)

认知空间

(認知空間)

语言空间

(言語空間)

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という抽象概念を表している。これらの抽象概念は方向概念を表す“up”と“down”に よって特徴づけられたため、一層捉えやすくなっている。具体的に言えば、上述の例文の ように、「気分が上々だ」という意味を表現する場合に、“I’m feeling up”という文によ って表すことができる。この表現がなぜ容易に理解できるかというと、Lakoff & Johnson 1980:15 渡部他(訳)1986:20は“rooping posture typically goes along with sadness and depression, erect posture with a positive emotional state.(悲しいことがあったり、気持ちが沈 んでいる時はうなだれた姿勢になり、元気はつらつとしている時はまっすぐな姿勢になる のが普通である)”というように、身体的基盤に基づいているからであると述べている。

言い換えれば、“up”が空間関係概念を表す場合にもっとも捉えやすく、また、“up”の 空間的方向性を「気分」などの非空間関係概念に与えることによってうまく理解させるこ とでよりいい効果がある。

また、概念メタファー写像に基づき、空間関係概念を非空間関係概念へ理解する時の土 台となる研究もある。瀬戸(1997:25、35)は、「メタファーは、飾りではない。伝統的 な意味での『ことばの綾』でもない。それは、私たちの認識を支えることばの根である」

と述べており、さらに、「メタファーは世界を理解するための認識装置であり、同時に、

世界を再構築するための知的方略(ストラテジー)である」とも述べている。瀬戸(1997:

27-32)は空間関係概念に相関する言語表現を列挙しながら、我々は常に「空間内で考え る」と主張している。例えば、光の明暗に基づき、「明るい性格」「明るい記事」「暗い 過去」などの表現が生み出され、位置表現の「内・外」によって「ことばのなかに意味が ある」という表現も成り立ち、さらに、「上・下」によって「上下関係」という表現が生 み出され、「内・外」と共に「意味を生む源泉」であると述べている。即ち、概念メタフ アーは「ことばにとどまらず、私たちの認識や行動を司る」と提唱されている。瀬戸(2005: 73-88)では、「上・下」は「空間軸としてもっとも揺るぎないから」、さまざまなメタ ファー的表現が生み出され、さらに人間の評価や価値づけにも関係していると主張されて いる。山梨(1995:49-56、2012:63-67)は、空間にかかわるさまざまな情報が、日常生 活の経験的な基盤の背景として機能しており、日常言語の意味の発現の背景として重要な 役割を担っている、と述べている。概念メタファー写像を介して、空間から時間へ、空間 から他の抽象概念へ、また、格助詞を例にとれば、空間の起点・到達点から因果関係へ、

空間の起点から手段・素材へ理解することが可能になる。具体例は以下の通りである。

例2-2

a.次の誕生日がきたら、盛大にお祝いをしよう。

b.真実に近い。

20 c.息子は寝不足で体調をくずしたらしい。

d.彼はその道の達人になった。

e.牛乳でチーズを作る。

山梨(1995:49-56)

さらに、瀬戸(1995、1997、2005)、辻(2003)、山梨(1995、2012)、赵(2000)、

蓝(2005)などもそれぞれ言語表現を挙げながら、概念メタファーの存在は人間の概念体 系を構築する根源的な存在であると主張している。中国語に関しては、李(2002:324-334)

が「時間」と「社会関係」という非空間関係概念のメタファー的言語表現をまとめている。

ただし、李(2002)は、「上・下・前・後・左・右・内・外」だけでなく、「大・小・深・

浅・遠・近・長・短・高・低」なども同様に空間位置表現と見なし、時間と社会関係をメ タファー的に表している。

上述の先行研究から見ると、「概念メタファー」理論を用いる多義語の多義性分析研究 のは多義性が生じるメカニズムが解明されたが、ほとんど「上・下」、「前・後」、「左・右」

などの方向概念を表す語であることも見られた。

(二)空間関係概念を反映した語の多義性研究において、「プロトタイプ・カテゴリー」

理論におけるメタファーリンク・メトニミーリンクを用いる先行研究は次の通りである。

最も代表的な研究としては、Lakoff(1993:125-131)に挙げられている日本語の「本」

の多義性分析である。「棒とテレビ番組は、ともに『本』のカテゴリーに入る(中略)の は、『本』のカテゴリーの連鎖構造ゆえのことである」とLakoff(1993:131)が主張して いる。また、金子(2004)は、「上下・前後・左右」を中心に、身体の方向性とその意味 拡張を考察した。楢和(1998)は、「まえ」に対する方向認識と、「うしろ」に対する方 向の認識が非対称的であるということが、語の空間的意味から時間的意味への拡張におい て果している役割について考察した。松井(2009)は、英語のright・leftと日本語の左・

右の拡張的意味を分析し、「左・右」の概念が生ずる経験的基盤、即ち身体性や文化の影 響について詳しく分析した。森山(2001、2002、2004、2005)は日本語の格助詞の意味拡 張及びその習得を中心に行い、韓(2008)は「決まった手順に基づく多義説」という分析 方法を用いて中国語の空間辞「上」の独立義を認定しているが、意味ネットワーク構築に ついては空間関係概念を反映したものとして、多義語の意味構造を記述した研究としても 知られている。

上述の先行研究から見ると、「プロトタイプ・カテゴリー」理論を用いる多義語の多義 性分析研究においては、「概念メタファー」理論と同様に、「上・下」、「前・後」、「左・

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右」などの方向概念を表す語に注目したものが多い。