第七章 語彙レベルにおける非対称性および相互補完性
7.1 三次元形容詞の語彙レベルの非対称性および概念レベルの対称性
第4章から第6章では、日本語と中国語の三次元形容詞「太・細」・〈粗・细〉、「厚・薄」・
〈厚・薄〉、「大・小」・〈大・小〉の多義性を語彙レベルと概念レベルからそれぞれ分析を 行った。まず、語彙レベルで最も大きな特徴は次の2点である。
①表7-1と表7-2に示す通り、各対の次元形容詞の間には非対称性が見られる。
表7- 1「太・細」、「厚・薄」、「大・小」の非対称的表現
太 細
○ 肝が太い × 肝が細い
○ 低速トルクが太い × 低速トルクが細い
× 太い道 ○ 細い道
× 太い渓流 ○ 細い渓流
× ドアを太く開ける ○ ドアを細く開ける
× 太い肩 ○ 細い肩
厚 薄
○ 攻撃を厚くした # 攻撃を薄くした
× 厚いコーヒー ○ 薄いコーヒー
× 体臭が厚くなった ○ 体臭が薄くなった
× 厚いピンクの花 ○ 薄いピンクの花
× 厚くてぼんやりした景色 ○ 薄くてぼんやりした景色
× 証言の信憑性が厚い ○ 証言の信憑性が薄い
× 個人情報を保護する意識が厚い ○ 個人情報を保護する意識が薄い
× 厚く微笑んだ ○ 薄く微笑んだ
× 薬の効果が厚い ○ 薬の効果が薄い
× 反応が厚い ○ 反応が薄い
大 小
○ 大きくなったら ☓ 小さくなったら
○ 大きい話(大げさ) ☓ 小さい話(普通)
○ 態度が大きい ☓ 態度が小さい
☓ 大きい時(大人の時) ○ 小さい時(子供の時)
☓ 金種を大きくする(両替) ○ 金種を小さくする(両替)
○:自然的な表現 ×:用いられない表現 #:用いられるが不自然な表現
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表7- 2〈粗・细〉、〈厚・薄〉、〈大・小〉の非対称的表現
粗 细
○ 粗人(がさつな人) ☓ 细汉(上品な人)
○ 粗茶淡饭(粗末な食事) ☓ 细茶浓饭(山海の珍味)
○ 喘粗气(太く吐息する) ☓ 喘细气(細く吐息する)
☓ 脉粗(脈が強い) ○ 脉细(脈が弱い)
☓ 粗节(全体) ○ 细节(細部)
☓ 花朵的粗瓣(太い花びら) ○ 花朵的细瓣(細い花びら)
☓ 粗眼睛(太い目) ○ 好像两条线一般的细眼睛(まるで二本 の線のような細い目)
厚 薄
☓ 厚亮(強い光) ○ 薄亮(薄い光)
☓ 土地厚(土地が肥えている) ○ 土地薄(土地がやせている)
☓ 志气厚(意志が強い) ○ 志气薄(意志がもろい)
☓ 厚怒(非常に怒っている様子) ○ 薄怒(少し怒っている様子)
☓ 厚暮(深い闇) ○ 薄暮(薄い闇)
☓ 看在我的厚面上(私の顔に) ○ 看在我的薄面上(私の顔に)
☓ 厚命(長生きである) ○ 薄命(薄命である)
☓ 力厚劲大(力強い) ○ 力薄劲小(力弱い)
○ 厚障(心の隔たりが大きい) ☓ 薄障(心の隔たりが小さい)
大 小
○ 大后天、大前年
(しあさって、一昨昨日)
☓
○ 大了以后想当老师(大きくなった後 教師になりたい)
☓
☓ 大看我了(持ち上げた) ○ 别小看我(なめないでください)
☓ 她好大一会儿没说话(彼女はしばら くずっとしゃべらなかった)
○ 她好小一会儿就说话了(彼女はすぐし ゃべってしまった)
☓ 可以大分为三类(大まかに三種類に 分けることができる)
○ 可以小分为六类(六種類に小さく分け ることができる)
○:自然的な表現 ×:用いられない表現
②意味ネットワークから見ると、対である次元形容詞間の意味拡張のプロセスや動機づけ も異なる。その中で、特に日本語の「厚・薄」という対ではそれぞれ意味拡張のプロセ スや動機づけ、また、拡張的意味の抽象度の相違は他の2組より顕著である(第5章を 参照)。
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上述の2点から見ると、日中両言語の三次元的形容詞は常に対として現れているが、そ れぞれの対に様々な相違点が見られ、非対称的であると言える。また、非対称性のもう一 つの現れ方は、同じ意味を表す場合に複数の三次元形容詞を用いることができるというこ とである。以下、例7-1に示す。
例7-1
a.可能性が薄い/小さい
b.厚く期待されている/大きく期待されている c.肝っ玉が太い/肝っ玉が大きい
d.沙砾很细/小(砂が細い/小さい)
e.水流很细/小(水の流れが細い/小さい)
例 7-1 の各例文では厳密に各三次元形容詞が全く同じ意味を表しているとは言えない が、一般的に入れ替え可能な表現であると考えられる。上述の特徴①、②を合わせてみる と、日中両言語の三次元形容詞には次のような共通した特徴がある。それは、対である次 元形容詞内部の非対称性と、ある意味を表す際に各グループの次元形容詞の間に複数の入 れ替え現象が見られるということである(図7-1 を参照)。図7-1 の四角は対である次元 形容詞グループであり、その中における二種類の丸は次元形容詞の意味項目を示すもので ある。一行目のように、黒丸や白丸の一方しかないのは対である次元形容詞の意味項目が 非対称的であることを表している。また、実線矢印で繋げられた二つの丸は例7-1の各例 文のように、入れ替えられる異なるグループにおける言語表現である。
グループ① グループ② グループ③
「厚・薄」 「太・細」 「大・小」
図7- 1日中両言語の三次元形容詞における共通する特徴55
55 黒丸はプラス方向の次元形容詞(例えば、「大」、「厚」、「太」、〈大〉、〈厚〉、〈粗〉)を表し、白丸はマ
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例7-1の各例文は、表現する意味が類似しており、入れ替えることもできるが、物事を 異なる視点から捉えるという点においては、同じ意味とは言えない。例えば、例7-1のa における「可能性」を見てみると、「薄」と「小」の両方とも用いることができる。ただ し、「小」が「可能性」を「漠然とした形」として捉えるのに対し、「薄」は「可能性」を
「薄っぺらに重ねられたもの」として捉えている。しかし、この二つの表現に共通点がな いとは言えない。物は小さくなって、または薄くなっていけば、見えなくなっていき、最 後にゼロになるという特徴が同じである。
一方で、「可能性」の度合いが低い場合に、「小」と「薄」の両方とも用いられるが、度 合が高い場合には「大」を用いることはできるが、「厚」は用いられない。「大」のプロト タイプ的意味を表す例から見ると、修飾された物体は形の制限がなく(「太」は細長い柱 体的なものであり、「厚」は扁平なものであるため、形の制限がある)、無限に伸縮するこ ともできるため、「可能性」という形が漠然としたものを抽象的な存在物として表現する ことができる。また、「厚」のプロトタイプ的意味を規定する場合に、「扁平」という要素 が含まれている。言い換えれば、厚みがあるものはその「厚さ」が一定の範囲内になけれ ばならない。その範囲を超過すれば、「厚いもの」とは言えなくなる56。「可能性の度合い が高い」という場合に、「可能性」の度合いは無限に伸びることできるため、制限がある
「厚」は適用できない(図7-2の右側を参照)。
可能性が「大・小」 可能性が「*厚・薄」
図7- 2「可能性」を表す次元形容詞57
語彙レベルにおける上述の二つの特徴をまとめて言うと、各対の三次元形容詞は、完全 に対称してある概念を表出するのではない。実際の分析結果から見ると、三次元形容詞の 間に明白な境界線を引くことはできず、むしろ異なる対を跨いで互いに関係しあっている と言ったほうがよかろう。もしある概念を一つの対である三次元形容詞によって完全に言 語化することができれば、ほかの三次元形容詞にその概念を表す多義は出現しないはずで
イナス方向の次元形容詞(例えば、「細」、「薄」、「小」、〈细〉、〈薄〉、〈小〉)を表す。
56 「厚・薄」のプロトタイプ的意味の成立条件に関しては7.3を参照されたい。
57 「可能性」を表す場合に、「大」と「小」の両方とも用いられるのは図7-1のように両矢印でその対称 性を示し、「厚」と「薄」の一方しか用いられないのは右向き矢印によって示す。
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ある。即ち、異なる対を跨ぐことはない。したがって、一つの概念を表出する際に、複数 の三次元形容詞が用いられることと、対の中で一方は用いられるが他方は用いられないこ とが概念群の不均衡によるものかについて、概念レベルからその多義性の特徴を見る必要 がある。各グループの次元形容詞の意味項目をそれが属する概念群によって分類すると、
「空間」、「量」、「度合」、「質」、「状態」に分類することができるため、両言語における三 次元形容詞の多義性は概念メタファー写像によって成立したものであると考えられる。次 の(一)~(四)として挙げられる(「太」、「厚」、「大」と〈粗〉、〈厚〉、〈大〉を+次元 といい、「細」、「薄」、「小」と〈细〉、〈薄〉、〈小〉を-次元とする)。
(一)量が多いことは+次元、量が少ないことは-次元
(二)程度・度合が高いことは+次元、程度・度合が低いことが-次元
(三)質がよいことは+次元、質が悪いことは-次元
(四)状態が明らかであることは+次元、状態が明らかでないことは-次元
第4、5、6章で見たように、語彙レベルで非対称的な表現は同様の次元付けのメタファ ーによって生み出されるものであるため、日中両言語の三次元形容詞は概念レベルから見 るとかなり対称的であると言える。このような対称性は実際に概念群から見る対称性であ る。即ち、次元の概念はプラス方向の次元とマイナス方向の次元によって組み合わせたの である。また、上述の(一)~(四)は日中両言語に普遍的に存在している概念メタファ ーであるため、日中両言語の三次元形容詞を概念レベルから見ると大きな相違はない。そ れに対して、語彙レベルではかなり非対称的であり、また日中両言語の間でかなり異なる が、概念レベルでより対称的であることには何等かの要因があると考えられる。すなわち、
語彙レベルにおける非対称性は何等かの役割を果たしていると考えられる。
その要因と役割を分析する前に、非対称性の要因を先行研究によって示していく。