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第二章 先行研究概観および本研究の研究課題

2.2 空間関係概念

2.2.3 概念メタファーとメタファーリンク・メトニミーリンクとの対照

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右」などの方向概念を表す語に注目したものが多い。

22

表現)を含んでいる概念系列としての空間関係概念27である。空間関係概念にある垂直方 向概念である「ウエ―シタ」を図式化すれば次の通りである。

ウエ(上、上がる、浮くなどの表現を含んでいる)

シタ(下、沈む、圧倒するなどの表現を含んでいる)

図2- 5概念メタファー

図2-5から分かるように、「ウエ―シタ」という垂直方向概念群28は、例2-3に挙げられ た言語表現が属する「空間位置」、「数量」、「感情感覚」、「状態」、「優劣評価」と いう概念群の間にに写像関係が見られる(図2-6を参照)。

垂直方向概念群 優劣評価概念群 概念メタファー写像

図2- 6垂直方向概念群から優劣評価概念群への概念メタファー写像29

概念メタファーとはこのように、一方の概念群から他方の概念群へ写像するプロセスで ある。

(二)メタファーリンクの例

27 本論文の第22.1を参照されたい。

28 概念群はさまざまの概念の集合である。下記の「感情感覚」「質」「健康状況」「社会地位」「天気 状況」なども「ウエ」と「シタ」と同じように、具体的な言語表現ではなく、我々の脳に形成された 総合的なイメージである。たとえば、「感情感覚」という概念群の場合に、その下位分類として、「気 持ち」「気分」「機嫌」など言語表現(言語化された概念)が挙げられる。線矢印は「ウエ―シタ」

のイメージスキーマであり、点線矢印は写像されたイメージスキーマである。

29 実線両矢印は「ウエ―シタ」のイメージスキーマであり、点線両矢印は写像されたイメージスキーマ である。実線丸は空間関係概念群を表し、点線丸は抽象的な感覚感情概念群を表す。二つの両矢印の 間にある太い右向きの矢印は写像するプロセスである。

ウエ

(上、上がる、浮くなど)

シタ

(下、沈む、圧倒するなど)

優れる

劣る

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概念メタファーとは異なり、メタファーリンクは多義語の諸意味間の関係に筋が通る解 釈を与えるために存在する。山梨(1995:21-22)は「メタファーに基づく拡張のプロセ スは、語彙レベルの意味の拡張に密接にかかわっている。この語彙レベルの拡張(特に語 彙レベルにおける意味の拡張)の典型的な事例としては、類義性(polysemy)の問題が挙 げられる」と述べている。また、山梨(1995:22)は「頭」という語の原義と拡張的意味 との関係をメタファーリンクを用いて説明している。

山梨(1995:22)

図2- 7多義語「頭」の諸意味におけるメタファーリンク

山梨(1995:22)は「表1(=図2-7)に示されるように、〈物理的〉、〈社会的〉、〈量 的〉、〈抽象的〉などの位置関係による原義の拡張に基づく規定がが可能になる。ここで は、この意味の拡張の関係をメタファーリンクと呼ぶことにする」と述べている。本研究 でのメタファーリンクは山梨(1995)の主張と本質的には同じものである。

さらに、メタファーリンクの具体例として、日本語の多義語である「甘い」の諸意味間 の関係を挙げる。今井(2011:47)は「甘い」の意味を次の12項目に分類した。それは「砂 糖のような味」(基本義0)、「匂いが砂糖のようだ」(拡張義0a)、「口当たりがいい」

(拡張義1)、「音がいい」(拡張義1a)、「光景・表情がいい」(拡張義1b)、「行為 が魅惑的だ」(拡張義2)、「言葉巧みに悪いことに誘う」(拡張義2a)、「辛さ・塩辛 さが不十分だ」(拡張義3)、「機能が不十分だ」(拡張義3a)、「考え・思慮が不十分 だ」(拡張義3b)、「厳しさが足りない」(拡張義3c)、「行為の結果が不十分だ」(拡 張義3d)であり、具体例は例2-4の通りである。

例2-4

24 a.疲れたときは甘いものが食べたくなる。

b.バラから甘い香りがする。

c.私は辛い酒よりも甘い酒の方が好きだ。

d.彼女の甘い声で電話に出た。

e.あいつの甘い見かけにだまされてはいけないよ。

f.早く結婚して甘い生活を送りたい。

g.世の中、そんなに甘い話があるものか。

h.この味噌汁はまだ甘いので味噌を足しましょう。

i.この自転車はブレーキが甘いので危ないです。

j.世の中を甘く見てはいけない。

k.どこの父親も娘に甘いものだ。

l.ネジの締めが甘い。

今井(2011:47-52)

例2-4に挙げられているように、異なる意味を表すが、同じ「甘い」で表現する。「甘 い」で表現されているこれらの異なる意味の間に、なんらかの関連があることも示されて いる。この関連性は実際に我々が無意識に認知能力を働かせ、一方の概念を用い、異なる 概念に関連づけることによって生じるものである。具体的には、「甘い」の諸意味を一つ のまとまり(意味カテゴリー)とみなし、その間にある関係を意味ネットワークの形で挙 げることできる(図2-8を参照)。

今井(2011:47)

図2- 8多義語「甘い」の意味ネットワーク

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図2-8には明記されていないが、今井(2011)は各意味項目がどのように派生されたか について解説した。例えば、拡張義0a「匂いが砂糖のようだ」の派生プロセスは「甘くて おいしいように、匂いが甘くていいことを表す」であると解説している。言い換えれば、

本来味覚を表す「甘い」が嗅覚を表すようになることは「感覚の類似性」に基づくと主張 されている。つまり、拡張義0aはメタファーリンクを介して基本義から拡張している。

メタファーリンクを概念メタファーと対照すれば、概念群の写像関係を描くか、同じ語 が異なる意味を表すプロセスを描くかのように、本質的に異なるものである。要するに、

メタファーリンクとは個々の概念の基本的意味と拡張的意味の間に繋げられる合理的な 推論であるといえる。概念メタファーは二つの概念群の間にある写像関係である。

(三)メトニミーリンクの例

一方、メトニミーリンクもメタファーリンクと同じように、多義語の各意味間の関連づ けの一つである。山梨(1995:23)は「頭」の拡張的意味における「人数」、「髪」、「脳 の働き」、「知能」、「心」、「念頭」という意味と原義である「身体部位としてのかし ら、こうべ」という意味との関係を次のように説明している。

表2(=図2-9)に示されるように、〈全体〉に対する〈機能〉などの近接性(ない しは隣接性)の関係によって拡張されている。ここでは、この種の関係をメトニミ ーリンクの関係と呼ぶことにする。

山梨(1995:23)

図2- 9多義語「頭」の諸意味におけるメトニミーリンク

メトニミーリンクに関しては、さらに次のような例が挙げられる(例2-5を参照)。

26 例2-5

a. The first violin(楽器→演奏者) has the flu.

b. That French fries (注文品→注文客)is going impatient.

c. The kettle(容器→内容物) is boiling.

d. Look at those windmills. The white(色→色を持つ物体) is turning but the brown(色→

色を持つ物体) is not turning.

e. 私はどんぶり(容器→内容物)が好きだ。

f. 一升瓶(容器→内容物)を飲み干す。

g. 手(人間の一部→人間)が足りないから手伝って。

h. チョムスキー(著者→著作)を研究する。

籾山(2002:76-80)、山本(2013)、山梨(2004:120-121)

例2-5から分かるように、“first violin”、“French fries”、「どんぶり」、「手」など は本来の意味ではなく、カッコ内に明記しているように、それぞれ「演奏者」、「注文客」、

「内容物」と「人間」を意味する。これらの表現はそれが表す物事との間に隣接関係があ り、いわゆる拡張的意味としての「演奏者」、「注文客」、「内容物」と「人間」はメト ニミーリンクによって動機づけられる。

メトニミーに関しては多義語だけでなく、慣用句にも多く見られる。その基盤として、

Langacker(2008:83-84)が「参照点関係」を提案し、具体的に次の通りに述べている。

We often direct attention to a perceptually salient entity as a point of reference to help find some other entity, which would otherwise be hard to locate.…Clearly, then, we have the ability to invoke the conception of one entity in order to establish ‘mental contact’with another.The entity first invoke is called a reference point, and one accessed via areference point is referred to as a target. A particular reference point afford potential access to many different targets. Collectively, this set of potential targets constitute the reference point’s dominion. Thus a reference point relationship comprises the elements depicted in figure 3.14.

(位置づけることが困難なものの特定を助けるために、知覚的に際立っている ものを参照点として、聞き手の注意をそこに向けさせることがある。(中略)我々 は、ある者との『メンタル・コンタクト』を作り上げるために、他のものの概念 を喚起する能力を備えている。最初に喚起されるものは参照点と呼ばれ、その参

27

照点を経由して指示されるのがターゲットである。ある特定の参照点は、多くの 異なるターゲットへアクセスする可能性を持つ。潜在的にターゲットとなるもの はまとまりをなし、参照点のドミニオン(dominion)を構成している。従って、

参照点関係は図3.14(=図2-10)に示される要素からなる。)

Langcker(2008:83-84 山梨(監訳)2011:109)

図2- 10参照点関係

図2-10では、参照点としてのRとターゲットとしてのTは同じD(ドミニオン)に属する ことがメトニミーの最も大きな特徴であると言える。つまり、異なる領域、ドメインの間 ではメトニミーは発生しない。

本研究でのメトニミーリンクは山梨(1995)の主張と本質的にほぼ同じものであるが、

上述のいくつかのメトニミーのパターンとは異なり、「焦点移動により、異なる部分をプ ロファイル30する」という現象もメトニミーリンクとみなす。Dewell(1994)は“over”31 を例に、そのプロファイル変換について例2-6の例文を挙げながら説明している。

例2-6

a.The plane flew over the hill.

b.Sam fell over the cliff.

c.The plane climebed high over the city.

d. The plane should be over Baltimore by now.

e.Sam is over the bridge now.

f.Sam lives over the bridge.

Dewell(1994)

“over”に関して、Dewell(1994:353)は次のようなイメージスキーマを挙げている。

30 Langcker200866)は「プロファイル」を“The profile can also be characterized as what the expression is conceived as designating or referring to within its base(its conceptual referent)”と主張している。

31 Dewell1994)の“over”に関するイメージスキーマ変換の事例が河上(2005101-109)にも紹介さ

れている。