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58 との関連からそれを規定する特徴などを分析した。
国廣(1982)の体系化の方法は、空間的な意味を表す次元形容詞の関係性しか言及して いない。また、すべての次元形容詞を全体として体系化したのではなく、三種類に分けて それぞれ共通点を指摘し、体系化したものである。一方、久島(2002)は異なる視点で、
「太い・細い」を「物の嵩」を表す語とし、「場所の嵩」を表す語とは別にし、それぞれ 体系化している。久島(2002:24)は「棒の『太さ』(図エ)は、物差しを周囲に2回当 てて掛け算をすれば、断面の面積が出る。(中略)『太さ』も2次元の面ということになる」
と述べている。また、「太い」を「幅」と「断面積」という二つの意味に分け、その関連 性もまとめている(図4-1を参照)。つまり、「幅」という意味は「断面積」の意味から「流 用」されると主張されている(久島2002:44-45)。
久島(2002:45)
図4- 1「幅」と「断面積」の関連性と相違点
図4-1から分かるように、久島(2002)が主張している「太さ」の次元性は長方体を基 準にしてまとめた。つまり、断面の四角いの二つの辺長によって計算することである。仮 に柱体であれば、断面積を判断する基準として直径を1回測れば分かる。そうすると、「太 さ」は1次元の線になってしまう。したがって、「太さ」の次元性に関しては、久島(2002)
の主張は不適切である。また、「太い」を「幅」と「断面積」の2種類に分けることも適 切ではない。なぜなら、この二つの意味を表す「太い」は全く別の意味ではなく、むしろ
「太い」の二つの意味であると言った方がよい。このように、いくつかの基準によって次 元形容詞を体系化すること(国廣1982)と、「物の嵩」と「場所の嵩」という基準を設定 し、次元形容詞を体系化すること(久島 2002)は、ある程度次元形容詞を体系化するこ とができるが、次元形容詞の全体からどのような特徴があるか、統一できるかについて解 明していない。
一方、中国語の〈粗・细〉についても、ほかの次元形容詞と同時に取り出されてその文 法機能を述べる研究が数多く見られる。陆(1982)は「A+了+表示定量的数量词(A+了+
量を限定する数量詞)」という文法形式に適用できるか否かによって、次元形容詞を認定
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することを提案した。また、この文法形式が可能な語の意味を分析し、次元形容詞の意味 について例を挙げながら記述した。そのほかに、任(2002)は〈粗・细〉を中心に、〈长・
短(長・短)〉への依存性51を分析し、また概念群間の写像関係に基づき、〈粗・细〉によ って表されているメタファー表現を簡単に分析した。これらの研究から見ると、中国語の 次元形容詞は独立した語群として扱われておらず、また、概念群間の写像関係に基づく分 析に用いられた例文が少なく、詳しい分析がされていないという状態である。
以上のように、「太・細」と〈粗・细〉の先行研究は、主にその多義性と他の次元形容 詞との関連性を中心に研究されてきた。それらは次元形容詞の多義性を統一的に解釈しよ うと取り組まれたものであるが、あくまで次元形容詞の一部しか分析できていない。その ため、前章の研究方法に基づき、三次元形容詞を例にそれぞれの多義性を分析し、その多 義項目および特徴によって三次元形容詞を体系化し試みる。
まず、日本語三次元形容詞「太・細」の多義性を分析していく。
4.2「太・細」の語彙レベルの多義性分析
第3章の研究方法に基づき、「太・細」の分析可能な抽出例を再度挙げる(表4-1を参 照)。
表4- 1日本語各三次元形容詞の抽出例総数
対象 太 細 厚 薄 大 小
抽出例総数 2944 3738 3348 5453 37111 13114 実際に分析
する例文数 2178 3703 2165 5304 30901 13107
(表3-1と同様である)
上述の抽出例に基づき、瀬戸(2007:46-56)52が多義を規定する方法に従い、「太」の 意味項目を表4-2のようにまとめた。
4.2.1「太」の語彙レベルの多義性
第三章で述べたように、プロトタイプ・カテゴリーにおける中心義、或いはプロトタイ プ的意味の認定方法は二つの判断基準に基づく。それは、①その意味の使用量が最も多い か否か(数量的に優勢であるか否か);②具体的な空間位置関係および延長のある物体が 空間を占めることを表すか否か(図式化することができるか否か)という二つの基準であ
51 例えば、〈粗・细〉と〈长・短(長・短)〉が常に「太い物はより長い、細い物はより短い」という共 起性が見られる。この共起性を〈粗・细〉が〈长・短(長・短)〉への「依存性」と呼ばれる。
52 本論文の第3章を参照されたい。
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る。データベースから抽出された「太」の例文の半分以上は「長く伸びる柱体の物の外回 りや直径が標準値以上である」という意味を表し、また、図4-2のように図式化されるこ とができる。そのため、表4-2の「長く伸びる柱体の物の外回りや直径が標準値以上であ る」という意味は上述の二つの判断基準を満たしている。
表4- 2「太」の意味項目
番号 意味項目 例文
プロトタイプ 長く伸びる柱体の物の外回り や直径が標準値以上である
国主が再建したもので、宮柱は太く、彩色した垂木は きらびやか。
① 長く伸びるものの幅が標準値
以上である レース幅が太いと子供っぽい。
② 肉付きがよい 学校でも「太い」と言われてとても悩んでいます。
③ (洋服などが)ゆるくて大きい
太いズボン、革靴、長い学ランは胸のボタンをはずし、
髪は茶パツにパーマ、とにかく目立ちたい、大人ぶり たいと思っていた。
④ 音声が低くて響く 「話を最後までききなさい」戸田が強い口調で制した。
体は小さいが、声は大きく太かった。
⑤ 吐息が重い 多少疲れた里美は太くため息をついてドレッサーの前 に座った。
⑥ 関わりが強い 繁雄は明美の顔をまじまじと見た。六年の歳月は大き い。太い絆で結ばれている。
⑦ 回転力を維持する力が強い ぶっといトルクでなかなか乗りやすいです!
⑧ 華やかで豊かである
よく「人間の一生は如何に長く生きたかって事じゃ無 くて、如何に生きたかと言う事が問題だ!」と聞きま す!私は太く短く生きたいかな?って思ってます!
また、瀬戸(2007:46-56)は「他の意義を理解する上での前提となり、具体性(身体 性)が高く、認知されやすく、想起されやすく、用法上の制約を受けにくい。(中略)意 義展開の起点(接点)となることが最も多い意義で、(中略)言語習得の早い段階で獲得 される意義でもある」という条件に最も多く満たしたものをプロトタイプ的意味として認 定できると述べている。これらの条件はプロトタイプ的意味として適しているか否かを検 証する条件であるため、「太」の「長く伸びる柱体の物の外回りや直径が標準値以上であ る」という意味をこれらの条件に照らし合わせてみると、もっとも多くの条件を満たして いることが分かった(例4-1を参照)。
例4-1
a.(牛の)角はがっしりとして、太く、その切先は鋭い。
b.国主が再建したもので、宮柱は太く、彩色した垂木はきらびやか。
c.コバデイシの幹は、大男でもひとりでは抱えこむことができないほど太い。
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例4-1a、b、cから見ると「角」、「宮柱」、「コバデイシの幹」は三次元的な物体であり、
一定の長さを持つ直径がある柱体的なものである。これらの物体を通して「太」は容易に 認識でき、それに関するイメージも想起されやすい。また、「太」の位置を文中で移動さ せることも比較的自由である。例えば、「太」は「角」、「宮柱」と「コバデイシの幹」な どの語を修飾することができると同時に、必ずしもこれらの語の後ろ或いは前に置く必要 がないことから、用法上の制約は少ないと言える。以上の結果に基づき、例4-1a、b、c における「太」が表す「長く伸びるものの断面や断面に相当する部分の直径が標準値以上 である」という意味がもっとも基本的かつ中心的な意味と判断される。図式で表すと図 4-2の通りである。様々な物体の標準的な太さを認める標準値を左側の図で表し、右側の 図はその標準値より太い場合を表す。ABとA’B’は柱体の直径であり、CとC’は柱体の中 心線である。「太」の意味は中心線と直径の組み合わせによって認識されていると言える。
また、「太」のプロトタイプ的意味から見ると、一定の基準を超えることであるが、その
「基準」は必ずしも同じではない。辻(2003:101)は「世界についての我々の日常的な 理解においては、我々はスズメとペンギンを同じように鳥として扱っているわけではない。
少なくとも日本ではスズメが最も鳥らしいと感じられる」と述べている。言い換えれば、
日本では「スズメ」を最も典型的な鳥として認められるが、他国では必ずしもそれを典型 例として認めない。かといって、他国ではたとえ「コマツグミ」を最も典型的な例と認め ても、「スズメ」とは異なるが、「鳥らしい鳥」とは言える。つまり、典型例は地域や民族 によって一致しない場合があるが、典型例としては大きな差異がない。それと同じように、
「太」の標準値は人によって異なるが、一定の範囲内の変動であれば標準値と認められる。
この範囲は中心線と直径によって構成される。中心線が短くても直径より長いことと、中 心線の長さがほかの次元を無視するほど顕現的にならないという二つのことによって構 成される範囲内の変動であれば標準値として認められる。
C C’
A B A’ B’
標準値 太
図4- 2「太」のプロトタイプ的意味