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第4、5 章では日中両言語の三次元形容詞「太・細」・〈粗・细〉と「厚・薄」・〈厚・薄〉

の多義性について語彙レベルと概念レベルからそれぞれ分析した。本章の三次元形容詞

「大・小」と〈大・小〉も同様に、語彙レベルと概念レベルからその多義性に関する分析 を試みる。

6.1「大・小」、〈大・小〉についての先行研究

「大・小」と〈大・小〉は日中両言語のいずれも数多く研究されている。『大辞林第3 版』では「三次元」を「われわれが住む空間のように,上下・左右・前後の三つの独立し た方向のひろがりをもっていること」と定義している。日本語の次元形容詞に関する代表 的な研究である西尾(1972:75)は、「大・小」について次のように記述している。

「おおきい―ちいさい」は、空間的な量を表す形容詞のうちで、どんな形のもの についても、いちばん広く自由に適用される。書物・トランク・テーブル・おけ・

建て物などのように、四角い形やまるい形などから構成されている規則的な形のも のでも、ごつごつした木の根のような不規則な形のものでも、まったく無制限に「お おきいーちいさい」ということはできる。

西尾(1972:75)

上述の主張から見ると、「大・小」はかなり広範囲に使用できる表現であると言える。ま た、各次元形容詞の関連性という視点から国廣(1982)、久島(1993)は同様な主張をし、

「大・小」の位置づけを述べている。国廣(1982:165-166)によれば、

いままでに扱ってきた次元形容詞の意義素記述の中に用いられていることからも 察せられるように、この一対の形容詞はすべての次元に関連を持っている。観点を 変えて言うならば、いままで扱ったどの次元形容詞よりも広範囲の形の物に用いる ことができる。(中略)形態上の特徴に関する制約が最も少ない形容詞だということ ができる。種々の次元について記述するときに「オオキイ(チイサイ)」が用いられ るのは、このことに由来するものと思われる。

国廣(1982:165-166)

また、中国語の三次元形容詞〈大・小〉は、意味記述や統語的・文法的な特徴を分析す

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る以外に、多義語としても注目されている。具体的に言えば、主に意味上や文法上の非対 称的な表現を記述したもの(沈1999、徐2010、徐2013)、「大・小」が表す空間概念以外 の数量、時間、程度、人格、態度などの非空間関係概念への写像についての研究である(山

梨2012、任2002、徐2013)。また、意味カテゴリーとして、日本語「大・小」の意味拡

張をまとめたものとして今井(2012)が挙げられる。さらに、中国語の〈大・小〉を対象 として、習得順序についての研究も行われている。結論として、〈大・小〉は次元形容詞 の中で最も習得しやすく、より基本的なものであると主張されている(胡2003、王2009)。

先行研究も述べたように、「大・小」は人間が最も早く習得する基本的な次元形容詞で あり、非空間的意味にも拡張しやすい。そのため、「大・小」と〈大・小〉の多義性を解 明することは人間の認知メカニズムの解明に役立つだけでなく、ほかの次元形容詞との相 違も容易につかむことができる。しかし、従来の研究では、「大・小」や〈大・小〉をよ り特殊な次元形容詞とみなし、その意味の豊富さや用法のみに拘ってしまい、「大・小」

と〈大・小〉を次元形容詞の体系から切り離してしまったきらいがある。本研究では、「大・

小」と〈大・小〉を三次元形容詞として、その多義性を分析して行く。

6.2「大・小」の語彙レベルの多義性分析

まず、日本語「大・小」の語彙レベルの多義性を分析していく。データベースからの抽 出例を再び挙げる(表6-1を参照)。

表6- 1日本語各三次元形容詞の抽出例総数

研究対象 太 細 厚 薄 大 小 抽出例総数 2944 3738 3348 5453 37111 13114 実際に分析す

る例文数 2178 3703 2165 5304 30901 13107

(第三章の表3-1と同じ)

6.2.1「大」の語彙レベルの多義性

抽出された例文に基づき、「大」の意味項目を表6-2のようにまとめた。

表6- 2「大」の意味項目

順番 意味項目 例文

プロトタイプ 物体の三つの次元(長さ、高さ、奥 行き)が同時に標準値以上である

大きいカラスも、小さいのも、くちばし をまえにつきだして、とんでいきます。

体型が標準値以上である 黒岩の身体は大きく、夫が小柄のため最 初から勝負は決っているようであった。

面積が標準値以上である クリックすると,写真が大きくなって文

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字がはっきり読めます。

量が標準値以上である 音声ファイルはデータ量が大きいので,

あまり長く録音しないようにね。

規模や範囲が標準値以上である 劇団の規模はかなりおおきかった。

数字の値がより多い方 二十三億という数字は大きいですよ。

年齢が上である

大きい子たちが、ワラ切りで、ムギワラ を切る。小さい子たちは、それをざるに 入れて、堆肥小屋まで運ぶ。

成長している 子供が大きくなったら、2階のお風呂は 使うようになると思いますよ。

密度が高い

グラフを見ると,地球型惑星は明らかに 木星型惑星よりも平均密度が大きいこ とがわかる。

感情が深い(期待、希望、需要など) 期待が大きいだけに、かなりのプレッシ ャーも感じた。

胆力がある これほどの勇気と大きな肝っ玉がほか にあるか。

傾向が甚だしい(可能性、確率、リ スク、危険など)

でもこういう名札があれば、お客さまの ほうからコミュニケーションしてくれ る可能性が大きいわけですよ。

力が強い(ストレス、負荷、負担な ど)

英語による面接テストは、日本人学習者 にとって不慣れでありストレスも大き い。

かかわりが多い

介護をめぐる虐待や消費者被害など社 会との関わりが大きく、関心が高まって います。

大略(分けることなど) この時の先生方の反応は、間接的には大 きく2つに分かれていた。

著しい(効果、影響、差、役割、感 覚など)

戦前の日本は橘木俊詔(千九百九十八)

の指摘するとおり、学歴間、職業間の所 得格差が非常に大きい社会であった。

重大である(被害、事件など) 次に,赤潮による漁業被害は,養殖漁業 において特に打撃が大きい。

大げさ

ジャグジーは突然話が大きくなった事 に対応できず、双眸に大粒の涙を溜め始 めている。

威張っている 短所は、態度が大きすぎたり、知ったか ぶりをする傾向にあること。

「大」のプロトタイプ的意味を認定基準に基づき、表中の意味項目「物体の三つの次元

(長さ、高さ、奥行き)が同時に標準値以上である」であると認定した(例6-2を参照)。

例6-1

a. 人並み以上に耳が大きい。

b.大きいカラスも、小さいのも、くちばしをまえにつきだして、とんでいきます。

c.部屋も2部屋あって、私が独身時代に住んでいたアパートの部屋よりも大きい。

例6-1aから見ると、「大」によって表されている「耳(物体)のサイズが平均値以上で ある」という意味はもっとも具体性が高く、認知されやすく、想起されやすい意味と言え

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よう。また、例6-1aにおける「大きい」は「耳」との位置は比較的自由であり、「人並み 以上大きい耳(だ)」という順序に変わっても意味が通じるため、例6-1aでは、用法上の 制約を受けにくいともいえる。次に、例6-1b、cも同様にプロトタイプ的意味を表す具体 例である。「大」のプロトタイプ的意味を図式化すれば図6-1のようになる。

図6-1の左側は三次元を表す座標軸である。この座標軸にある三つの方向X、Y、Zが 同時に伸びる場合に図6-1 の右側の「大」になる。さらに言えば、「大」はこの座標軸が 同時に伸びたことによって成立している。

次に、「大」の拡張的意味を見てみよう。

Y

Z

X

(次元) (標準値) (大)

図6- 1「大」のプロトタイプ的意味

(一)拡張的意味①:体型が標準値以上である 拡張的意味②:面積が標準値以上である

例6-2

a. 黒岩の身体は大きく、夫が小柄のため最初から勝負は決っているようであった。

b. クリックすると,写真が大きくなって文字がはっきり読めます。

例6-2a、bの「大」はそれぞれ「体が一般人より上回ること」、「写真の画面が標準値以

上である」という意味を表す。例文から分かるように、「大」は三次元的な物体のサイズ が上回るという場合に用いられるだけでなく、二次元の物体(面積の大きさ)を表すこと もできる。人間の体は不規則的な形をしており、基本的に「幅」(肩の幅)と高さによっ て体型の大きさを決める。そのため、人間の体は三つの次元が共に伸びている不規則的な 物体と見なされており、すなわち、プロトタイプ的意味との類似性に基づき、拡張的意味

①はメタファーリンクを介して意味拡張している。

一方、存在物は常に三次元的な物体であるが、それを認識する際に二次元的な物体とし て認識されることが少なくない。例えば、「顔」を認識する際に、三次元的な存在物とし

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て認識するよりむしろ不規則的かつ二次元的な面として認識すると言った方が適切であ ろう。物体の三つの次元を同時に捉えられない場合に、その物体のある面を参照点として 捉えることが一般的である。一言で言えば、二次元的な面と三次元的な物体とは隣接関係 を持っている。そのため、拡張的意味②はメトニミーリンクを介してプロトタイプ的意味 から意味拡張している。

(二)拡張的意味③:量が標準値以上である

拡張的意味④:規模や範囲が標準値以上である 拡張的意味⑤:数字の値がより多い方

拡張的意味⑥:年齢が上である

例6-3

a.音声ファイルはデータ量が大きいので,あまり長く録音しないようにね。

(拡張的意味③)

b.劇団の規模はかなりおおきかった。(拡張的意味④)

c.二十三億という数字は大きいですよ。(拡張的意味⑤)

d.大きい子たちが、ワラ切りで、ムギワラを切る。小さい子たちは、それをざるに入れ て、堆肥小屋まで運ぶ。(拡張的意味⑥)

例 6-3a、b、c、d における「大」はそれぞれ「データの数量が多い」、「組織を建てるた

めに必要な人数、資金などの部分が多い」、「二十三億という数字を順番で並べると後ろの ほうにある」と「年齢が上である」という意味を表す。プロトタイプ的意味から見ると、

三次元的な物体が占めている空間が多ければ、その量も多い。例 6-3a における「データ が大きい」という表現は実際には「量が多い」を意味しているが、存在物の体積が大きけ れば大きいほど、その量も多くなる。そのため、拡張的意味③「量が標準値以上である」

はメトニミーリンクを介し、プロトタイプ的意味から意味拡張している。拡張的意味④「規 模や範囲が標準値以上である」の「規模」は容器のように、容積が大きければ大きいほど、

入れられる中身の量も大きい。つまり、拡張的意味④は「一種の量が多い」という下位分 類を示している。そのため、拡張的意味④はメトニミーリンクを介し、拡張的意味③「量 が標準値以上である」という意味から拡張している。

次に、例 6-3c における「数字が大きい」という意味は数字そのもののサイズが大きい という意味を表しているのではなく、数で表す値が多いという意味を表す。量が多くなれ ば、その値も大きくなる。また、数字で表す値が大きくなるとともに桁も増える。そのた