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第二章 先行研究概観および本研究の研究課題

2.3 本研究の研究課題

2.3.2 次元概念を反映する次元形容詞

空間関係概念を反映する言語表現の考察は上述のように、認知言語学・認知意味論の視 点から、さまざまな多義語を対象に行われている。その中では、特に「上・下」をはじめ とする「前・後」、「左・右」、「内・外」、「中心・周辺」の空間関係概念を反映するものを 取り出し、認知主体としての我々の身体性、認知能力の概念メタファー写像能力とカテゴ リー化能力を持つことを実証し、また、空間関係概念の根源性、非空間関係概念と空間関 係概念との密接な関わりも明確に示されている。しかし、分析された「上・下」などは空 間の方向・位置概念を表し、人間が自らの身体を基準として体験し得た概念である。それ

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らとは異なり、物体は人の身体と直接には関わらず、独立的な個体として存在し、空間の 一部を占めることを知覚することがある。この種の空間体験から得た概念を「次元の概念」

といい、また、「次元の概念」は主に「形容詞」という言語表現によって表されているた め、本研究では、これらの形容詞を先行研究にすでに名づけた「次元形容詞」と呼ぶこと にする。そのため、本研究の「次元形容詞」の定義を西尾(1972)の定義を踏まえ、次の 通りにまとめる。

次元形容詞:物事が空間の中に位置し、そのある部分を占めていることを知覚し概念 化され、また、言語化されたものである。

続いて、次元形容詞に関する先行研究を日本語、中国語と対照研究という三つの側面か ら概観する。

(一)日本語次元形容詞

日本語次元形容詞についての代表的な研究として、国廣(1982)がある。国廣(1982:

167-169)は、「オオキイ・チイサイ」は他の形容詞と抽象度を異にしているという点で区

別している。また、「ベクトル性」という観点から「タカイ・ヒクイ」、「フカイ・アサイ」

と「トオイ・チカイ」を体系化し、また「ベクトル性」を含まないという観点から「ナガ イ・ミジカイ」、「フトイ・ホソイ」、「アツイ・ウスイ」、「ヒロイ・セマイ」という次元形 容詞を体系化した。具体的には、以下の通りにまとめられる。

ナガイ ミジカイ

線を含む フトイ ホソイ

フトイ ホソイ

肉付けがある アツイ ウスイ

ヒロイ セマイ

肉付けがない ナガイ ミジカイ

ヒロイ セマイ

平面を含む

アツイ ウスイ 国廣(1982:168)

国廣(1982:167-169)は「四対の形容詞は互いに関連し合っているので、正六面体に

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組み立てることができる」とし、次元形容詞の体系化を主張している。また、「最初に別 扱いした『オオキイ・チイサイ』は、その抽象度の高さ、ほかの形容詞との両立性に基づ いて、上下の面そのものに該当させることができよう」と次元形容詞を二組に分け、それ ぞれ体系化した。

国廣(1982:169)

図2- 14次元形容詞の体系

久島(1993)は国廣(1982)の結果を踏まえ、次元形容詞と対象の捉え方の間にある一 定の関係に注目し、体系化を試みた。具体的には、表される対象を「もの」と「場所」と いう二つの視点から捉える方法によって、次元形容詞を「もの」系32と「場所」系33に大 きく分けている。久島(1993)で提案された分類方法は国廣(1982)で体系化できなかっ た次元形容詞も含めている点で優れてはいるが、「もの」と「場所」という視点はあくま で空間的意味を表す次元形容詞を対象としてまとめたものである。それ故、非空間的意味 を表す次元形容詞、例えば、「心の隔たりが大きい」、「肝玉が太い」、「情に薄い」などの 表現における「隔たり」、「肝玉」、「情」が「もの」扱いであるか「場所」扱いであるかは 判断しにくい。

大里(1990)も次元形容詞を名詞との共起からまとめた。それに対して、小出(2000)

は次元形容詞が表す対象の特徴から次元形容詞の空間的用法を分析し、空間的用法と対照 しながら各形容詞の非空間的な用法もまとめた。また、劉(2012)は認知文法の諸観点か ら「広い・狭い」と「太い・細い」を「道」、「橋」、「川」との共起状況によって、それぞれ 分析し、対照している。この研究は次元形容詞を認知的な視点から分析を試みた点で優れ ているが、「広い・狭い」と「太い・細い」の「道」、「橋」、「川」と共起する使用実態の不 均衡性は事態解釈における主観性と客観性の違いという要因によると主張している。一方、

32「もの」系:「もの」として捉えるものは独立した対象であり、立体的な形をして、移動可能である。

これらの対象を表す次元形容詞を「もの」系といい、「大小」「長短」「太細」「厚薄」が挙げられる。

33 「場所」系:「場所」として捉えるものは独立した対象ではなく、地面に属するもので、単独では立 体的な形をなさなく、移動不可能である。これらの対象を表す次元形容詞を「場所」系といい、「高低」

「深浅」「広狭」「遠近」が挙げられる。

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山梨(2012)によると、空間認知に関わる経験は、上・下・高・低・前・後・遠・近・左・

右をはじめとする認知主体の主観的な解釈を反映するさまざまな次元によって特徴付け られる。言い換えれば、次元形容詞は空間関係概念を反映する言語表現であると認められ る。

さらに、大石(2007)は形容詞を対象として、認知言語学で提唱されているメタファー・

メトニミー・シネクドキーリンクに動機づけられた放射状カテゴリーに基盤を置く研究方 法とは異なる。「感覚と気分の同時体験」、「心の理論」、「尺度融合」といった三つの スケールを提案し、こういった方法多くの形容詞の多義性分析に適用できると主張してい る。しかし、一つの多義語に複数の意味項目をどのように関連付けるかを見る際には、大 石(2007)が提唱したスケールでは十分に説明できないところがある。また、客観世界と 脳内の働きによって形容詞の多義性の説明を試み、その方法である程度多義性の認知機構 を解明できたが、言語の意味間の具体的な関連付けを解明することはできない。

一方、本郷(1982)では、幼児である日本語母語話者が対である次元形容詞を習得する 状況を実験に基づき、考察した。具体的に、本郷(1982)は「意味素性仮説(SFH)」か ら児童が次元形容詞を習得する順序についての予測34を二つの実験35によって検証した。

結果として、SFHが提唱している予測2と予測3の一部が確認できたが、予測1が主張して いる「極性がまだ獲得されていない場合に、幼児は有標語も無標語も無標語の意味に理解 する」ことと、予測3に挙げられている次元の習得順序「(長/短次元、高/低次元)>(太/

細次元、広/狭次元)」は確認できなかったということである。SFHのこの予測とは異なり、

「反対の極」が先に獲得され、また有標語は無標語の「補集合」とみなされていると述べ られている(本郷 1982)。これらの実験から見ると、日本語母語話者が次元形容詞を習得 する順序は、単に有標語と無標語によって説明できないところがある。

まとめて言うと、日本語の次元形容詞についての研究は主にそれと共起する品詞、文法 機能、或いは単に意味項目を列挙することによって、各意味の異なる使用方法を紹介する ものである。また、認知的な視点から多義語とその背後にある認知機構に関する研究も見

34 本郷(1982)では、「意味素性仮説」が提唱している仮説は三つがあると挙げられている。予測1は、

空間的両を表す形容詞の次元的素性は極性的素性より先に獲得される。極性がまだ獲得されていない 場合に、幼児は有標語も無標語も無標語の意味に理解する。予測2は、無標語が有標語より先に獲得 される。予測3は、1つの意味空間において適用制限の少ない次元ほど先に獲得される。つまり、大/ 小次元>(長/短次元、高/低次元)>(太/細次元、広/狭次元)という次元の獲得順序が予測される。

35 本郷(1982)では、次のような二つの実験が行われた。実験1は反義語を引き出すという「発話課題」

によって、次元の獲得順序に関するSFHの予測を確かめ、意味空間の形成について検討する。手続き は「これから反対のことばを言うゲームをします。たとえば、はやいと言ったらおそいと言うのね」

「それでは、つよいの反対は何かな」のように質問し、児童に回答してもらう。実験2は「理解課題」

を用いて、SFHの(1)無標語も有標語も最初無標語の意味に理解される、2)無標語は有標語より も先に獲得される、と(3)長/短,高/低次元は太/細次元よりも先に獲得されるという三つの予測を検 証する。

37 られるが、かなり不十分である。

(二)中国語次元形容詞の研究

中国語の次元形容詞研究に関して、陆(1989)は各次元形容詞が表す意味の変化を文法 構造における位置と他の形容詞との対照によって解明している。また、空間関係概念を反 映する多義語として、特に概念メタファーに基づき、概念群間の写像という視点から行わ れたものが多い。代表的な研究である任(2001a、2001b、2002、2004、2006)は、次元形 容詞が概念メタファーを介していくつかの抽象概念領域へ拡張していく仕組みを示し、次 元形容詞は空間関係概念の言語表現として、概念メタファーを介して非空間的概念へ写像 することを論証した。また、伍(2013a、2013b、2014a、2014b、2014c)は任(2001a、2001b、

2002、2004、2006)の研究結果を踏まえ、中国語次元形容詞〈大・小・粗・深・高・厚・

薄〉の基本義と拡張義をそれぞれ再分析した。彼女の論述には、大きな問題が2つある。

一つ目は各次元形容詞が表す「次元」に関する定義が複雑である。それゆえ、基本義はま とまった意味になりにくい。二つ目は、拡張した意味の拡張するプロセスの説明に関して は具体例がないため信憑性が薄い。他に、金(2009)は中国語の〈深(深)〉を中心にプ ロトタイプ的意味に基づく放射状カテゴリーとしてまとめ、〈深〉の意味拡張のプロセス や非対称性を詳しく分析した。また、杨(2008)は次元形容詞の統語的特徴、また文法的 な機能を分析した。具体的には、〈粗・细〉に焦点を当て、基本義とその拡張した意味を まとめた。結論として、基本義として用いられる次元形容詞はほかの品詞との組み合わせ が自由であるのに対して、意味拡張された後は、品詞との組み合わせの制限が多くなるこ とを示した。

その一方で、中国語では次元形容詞の習得順序に関する研究も多い。胡(2003)、王(2009)

は子供が次元形容詞を習得する時の順序とその動機づけを分析し、習得される順序は、「大 小类→高矮类→长短类→粗细类、深浅类→厚薄类(大小→高低→長短→太細、深浅→厚薄)」

であり、意味の制限が少なければ少ないほど習得がしやすいという結論に至った。また、

吴(2014)では、3~5 歳の中国語母語話者は2 次元形容詞としての〈大・小〉をどのよ うに認識するか(どのような認知ストラテジーを用いるか)、2次元的な物体の大きさを 判断する際に参照する基準は何かに関しては、4つの実験を行った。実験 1と 236はそれ ぞれ3~5歳の中国語母語話者は2次元形容詞としての〈大〉、〈小〉をどのように認識

36 具体的なプロセスは次の通りである。長さと高さがそれぞれ異なる紙を同じ高さ異なる長さ、同じ長 さ異なる高さ、高さも長さも異なる、極端の形(例えば、長さがかなり長くて高さがかなり短い)と いう基準に配置している。実験者は被験者に「☓☓小朋友,我要让你看一些东西,你告诉我是不是有 一个是大/小的?(○○ちゃん、ちょっと見せるものがある。大きい/小さいのがあるの?)」と「哪 一个是大/小的?(どっちが大きい/小さい?)」という質問をして、結果を記録する(吴2014253-265)。