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福島 隆則

ドキュメント内 ARES41号 法人税法研究 租税法講義資料2009 (ページ 120-130)

不動産にデリバティブは なぜ必要なのか?

はじめに

いる。さらにその価値は、(会計上ではなく 実態として)それなりのボラティリティを持 って動く。このような巨大で且つ価値が変 動する(つまりリスクのある)アセット・ク ラスにおいて、どうしてリスクヘッジ・ツー ルとなるデリバティブが存在しなくて済まさ れようかというのが率直な想いである。

マスコミなどで時折見られるように、デリ バティブについての議論を単に感情論に訴 えかけようとするのは全くナンセンスなこと だと思う。「デリバティブ」という(どこか威 圧的な)言葉の響きに対して 食わず嫌い になっているだけであれば、何とかしてその

呪縛 を取り除きたい。そして、デリバテ ィブというものをもっと身近な存在として 知ってもらいたい。こうしたことが、私がこ の連載コラムを引き受けた背景にあった。

ただこうしたことが、デリバティブの持つ リスクに盲目的であれと言っているわけで はもちろんない。きちんとしたリスクマネジ メントができてこそのデリバティブの活用で ある(一般的にはリスクマネジメントを実 現する為にデリバティブを活用するのであ る)。また、過剰なデリバティブ取引によっ て正常な経済活動が歪められる懸念がある 為、市場への(ある程度の)公的な介入が 必要とする昨今の議論も間違いではないの だろうが、その場合も、デリバティブが有す る機能そのものを否定することは間違って いる。交通事故が起きるからといって車の 有益性や存在そのものを否定しないのと同 じで、要するに 使い方 の問題なのであ る。デリバティブもルールに反した利用をす れば命とりとなることもあるが、きちんとル ールを守って安全に利用しさえすれば、こ

品の他、農作物や石油、天候に至るまで、

世界中に様々なデリバティブ商品が存在し ているのも、こうした社会的ニーズがある証 左であろう。

不動産デリバティブの最大のメリットは、

不動産のショート・ポジションを提供でき ることであろう。不動産のショート・ポジ ションとは、すなわち、不動産市況が悪く なれば利益の出るポジションのことである。

株式のように 不動産の空売り というこ とが基本的にできない以上、不動産でショ ート・ポジションを提供できるのは不動産 デリバティブしかない。この連載コラムの第 4回『デリバティブの活用例1〜リスクヘッ ジ〜』でも述べたとおり、ショート・ポジシ ョンを活用すれば、保有する資産価値の下 落リスクをヘッジすることができる。こうし たリスクマネジメント・ツールとしての利用 こそが、デリバティブ活用の真髄でもある。

実際、保有不動産価値の下落は、昨年来 の企業決算などで非常に憂慮される問題と なった。不動産価格の変動をより反映させ る会計制度の潮流の中、保有不動産の評価 損の計上が企業全体の収支の下ブレにつな がったところも少なくない。これもよく聞か れる質問として、『不動産デリバティブを活 用すれば、相次いだ企業の破綻は防げたの か?』というものがある。これに対する答え は、『ある部分は防げたかもしれない』とい うことになるだろう。『ある部分』というの

不動産デリバティブを活用すれば 破綻を防げるのか?

は、保有不動産価値の毀損に起因するもの であれば、不動産デリバティブの活用によ って防げた点があったかもしれないというこ とである。資産価値の毀損は、理論的には 対応するデリバティブのショート・ポジショ ンからの利益で埋め合わせることができる 為である。しかし、資金繰りのリスクなど、

重要なリスクではあるが不動産デリバティ ブでは直接的にヘッジできないものもある。

リスクマネジメント・ツールと言っても、デ リバティブが決して万能というわけではな い。どのリスクはデリバティブが有効に活用 できて、どのリスクはできないのか(例えば 保険の方が有効に機能するリスクもある)注1。 こうしたことを理解しておくのもまた重要 なことである。

注1 不動産投資におけるリスクをその種類などに 応じて分類し、それぞれのリスクにおける評 価、ヘッジ/マネジメント方法、またそれら の課題などについて議論する『不動産リスク マネジメント研究会』が、今年度も国土交通 省において立ち上がっている。

では、『それほど有益な不動産デリバティ ブであれば、なぜこれまで我が国において取 り組み実績がない注2のか?』という質問も当 然出てくるだろう。この質問は当事者とし てはいささか耳の痛いものではあるが、自省 の意味も込めて検証を試みてみたいと思う。

日本で初めて公に且つ本格的に不動産デ リバティブが議論されたのは、おそらく 2007年初旬に行われた国土交通省の『不動

産デリバティブ研究会』ではないかと思う。

その直後の2007年4月26日付けのFinancial Timesに も 、『 Japan  to  offer  property derivatives in coming years』と題した記事 が掲載され、いよいよ日本でも不動産デリ バティブが始まるのかと注目を集めていた 様子がうかがえる。しかしその後、実際の 約定に至ったのは 1 件のみ(と言われてい る)。しかも、日本の不動産インデックス

(IPD 社のインデックス)を使ってはいるが、

プレイヤーもブッキングも日本ではなく海 外。さらに、デモンストレーション的なテス ト・トレードだったと言われている。そして その後も日本国内において、不動産デリバ ティブの約定があったというニュースは聞こ えてこない。

一方、同じ2007年の7月には、早稲田大学 国際不動産研究所注 3において不動産デリバ ティブの仮想市場が開設され、不動産デリ バティブの価格見通しについてのサーベイ 調査(協力:不動産証券化協会)が月次で 行われている。これと同様のものは英国に もあり、実際の不動産デリバティブ市場の 発展に貢献したと言われている。その意味 でもこうした試みは非常に興味深く、価値 のあるものと言えよう。

しかし、2007年も後半になるとマーケット の混乱が激しくなり、不動産デリバティブ という新しい投資商品を受け入れる余裕が 市場全体から消えていく。それとともに、

存在していたはずの不動産デリバティブに 対する社会的なニーズも見えなくなった

(将来の資産価値下落リスクのヘッジより目 の前のキャッシュに関心が移った)。我が国 における不動産デリバティブの展開という 観点から見れば、今回の世界的な金融市場 我が国の不動産デリバティブに

関するこれまでの取り組み

えよう。こうした混乱の前に我が国におい ても不動産デリバティブの市場が確立され ていれば、もう少し違った展開になってい たかもしれないと非常に残念に思っている。

注2 東証REIT指数先物取引など上場デリバティブ をはじめ、不動産証券化のストラクチャーの 中で主にメザニンレンダーに対して附帯的に 供与されるエクイティ・キッカーなどと呼ば れるものも、広義には不動産デリバティブと 言え、これらは既に我が国でも取引事例があ るが、アセット(資産)としての不動産の価 値やその収益率などをインデックス化した、

所謂不動産インデックスを原資産とする狭義 の不動産デリバティブについては、我が国で の取り組みはないとされている。

注3 早稲田大学国際不動産研究所

(http://www.cire-research.org/)

こうした世界的な潮流とは別に、我が国 で不動産デリバティブが普及してこなかっ たのには、いくつかの固有の課題もあった とされている。

まず挙げられるのが、法制度面の課題であ る。不動産デリバティブの市場が確立され ればその中心的な役割を果たすであろう金 融機関において、実は、不動産デリバティ ブを業務としてサポートする法律が明確に は存在しない。ただ我が国において、金融 機関がデリバティブを業務として取り扱う 場合に法制度が課題となることは、今に始 まったことではない。所謂賭博罪との関連 において、曖昧な点が残されてきた為であ

バティブの議論が盛り上がり出した2007年 の9月、金融商品取引法が施行される。同法 においてはデリバティブ取引の対象が限定 的に明文化されたが、残念ながらそこに不 動産デリバティブについての明確な記述は なかった。つまり明示的には、金融商品取 引業者がその本業として不動産デリバティ ブを取り扱うことは認められなかったことに なる。またそれは同時に、賭博罪と不動産 デリバティブとの関係も曖昧なまま残され たことを意味する。その結果我が国におい ては、不動産デリバティブ市場の主な担い 手がいなくなり、従って普及も進まないと いうことになってしまった。前述の日本の 不動産インデックスを使った不動産デリバ ティブ取引が、国内ではなく海外で約定さ れたというのも、こういう法制度面の制約 があった為と言われている。

こうした不動産デリバティブに関する法制 度面の課題や、その契約書に関する課題に 対 応 す る 為 、 2 0 0 7 年 1 2 月 、 I S D A

( International  Swaps  and  Derivatives Association)注4Japanにおいて『不動産デリ バティブ・ワーキンググループ』が立ち上が り、内外の金融機関が参加している。

そして現在、不動産デリバティブについて 金融商品取引法や関連する政省令などが改 正されたということはまだないが、金融商 品取引業者(所謂証券会社)については、

金融商品取引法のパブリックコメントにお いて不動産デリバティブを付随業務にする という記述があり、また銀行や銀行系証券 会社については、今年の3月31日に閣議決定 された『規制改革推進のための 3 か年計画

(再改定)』において、不動産デリバティブ 法制度面の課題

ドキュメント内 ARES41号 法人税法研究 租税法講義資料2009 (ページ 120-130)