当に温かい目と、互いに認め合うという相互主義の発想で迎え入れるべきです ね」{、g》と、やわらかな表現ながらも、本質的なことがらの問題点を提示して
いる。
第3の論文記事は、1993年当時、全国在日朝鮮人教育研究協議会事務局長で あった、稲富昌々の1993年7月30日朝H新聞夕刊文化欄に掲載された「破綻し た同化教育政策」の論文である。
そこでは、 「民族の自立と共生めざし方針転換、各地で広がる一急増する定 住外国人」という小タイトルが付けられた文章のなかで.今までの日本の文化 行政を中心とする教育施策のうえで、在日外国人の子どもである「在日韓国籍
・朝鮮籍」の子どもたちに対しての教育が、「朝鮮が植民地下におかれていた 当時から現在まで、基本的に日本社会への同化を強いる日本人に対するのと同 様の教育が続いている。」(2。)1965年、日韓条約締結後に出されたく教育課程 上、特別の配慮をしてはならない〉との趣旨の「文部次官通達によって教育委 員会や教育現場がしばられていた」。〔2、)そして教育の現場では「部落問題や 在日朝鮮人問題などの人権問題に目を向けてこなかったく戦後民主主義教育の 反省>」(22}から「多民族の子どもにく日本人と同様の教育で民族性を喪失さ せ、日本人の子どもの中に埋没させるのは不条理〉との認識から実践が始まっ た」。(23》また、地方行政サイドでも、在日外国人教育基本方針が、各地の自 治体等で作成されるという流れがあり、 「同化教育を否定し、民族相互の自立
と共生をめざしている」(2,)という動向からみても、 「文部省の同化教育政策 の破綻は明らかである。こうした教育現場や地方教育行政の声に耳を傾け、国 が政策を転換するよう求めたい。」(25)と結論づけている。
第4の記事は、 「中国残留孤児」である久馨美栄氏によるものである。久松 氏は、1995年8月19日付けの和歌山新報の新聞記事「戦後50年を考える」にお いて、同新聞社の盛井記者のインタビューに答える形で.以下のような証言を
している。
彼女が、家族とともに日本に「帰国」してきた時期が.1988年11月である。
現在、和歌山市内で中国語教師をしながら、日中の友好に貢献したいと考えて
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いる。日本への永住帰国を決断した経緯について語る中で、中国の「地域の世 話人から何度か、日本へ行きたくないかと誘いを受けたが、養父母や家族のこ とを考えると決心がつかなかった。でも、祖国を見たい思いが決断させた。」
「ただ、日本の生母に言いたかった。ぎわたしの心と体にはあなたの血が流れ ています』」(26)と。さらに続けて、母国への望郷の念の想いをこめての語り の中で、 「言葉の障害があるうえに、生活習慣も違う。孤児の多くは、中国で 生活するほうが楽だ。それでも日本で生活しようとするのはお金のためじゃな い。自分の歴史を知りたい、ルーツを知りたいから。そのことを理解してほし
い」(27)と証言している。
ここに見られるのは、自分の自己存在感としてのアイデンティティの確認作 業としての、 「残留孤児」と「帰国」との2つのことがらをめぐる問いかけと 問題提起である。
以上の4点の新聞掲載の論文記事のそれぞれの主張の特徴としては、江畑敬 介氏は、メンタルヘルスー精神的援助の必要性について訴え、岩田忠氏は、日 本語教育等、 「中国帰国者」の適応の在り方について述べ、稲富進氏は「同化
と排外sの克服のよびかけを提唱し、 「中国残留孤児」の久松美栄氏は自己の アイデンティティと自分自身のルーツと自己実現とについて等が、残留孤児の 心の内からの複雑な想いに託して語られている。
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第4節 中国帰国生徒と家族をめぐる現状の問題点
中国帰国生徒と家族をめぐる現状の問題点として,いくつかのことが挙げら れるが、大略として、次の7つの問題点について焦点化することができる。
第1は、 「言葉の壁」についてである。第2に、 「親子の断絶」についてで あり、第3に、 「精神的不安定」に関することである。第4は、「中国帰国二 世三世」としての子供たちの「進路の壁」についてであり、第5に、 「日本語 教育」の在り方をめぐる問題、第6に「医療」、第7に「福祉」、第8に「就 労」、最後に∴第9の問題点としては, 「生活」に関連することである。
いうなれば、 「言語」と「教育」と「生活」の3つの分野に関連することが らが、 「中国帰国者」をめぐる現状の問題点である。
第1の分野としての「言葉の壁1と「日本語教育」の在り方については、新 しく渡日、来日してきた人々にとって、そこでの言語の習得の如何により、そ の対象となる人たち自身の生活保障とまた彼らの生活に大きく関わり、言葉が 直ちに生命に結びつくものとして機能する。
例えば、厳しい労働条件の下で、生活のための収入を得ることを余儀なくさ れている人たちにとり、就労の現場や職場での事故、あるいはそのことに起因 する精神的、肉体的な病気の疾患を患うことの可能性は、一般の者に比べてそ
の割合において、高いものがある。
また、職場で言葉が分からないために、 「非常口1や「高温注意」 「劇薬」
といった注意書きが理解できないために、危険な場所への立ち入りを容易なも のとし、それだけ事故に遭遇する可能性や危険度の高い環境に放置される結果 を招いている。
病気になったとき等も、病院にかかる費用のことや医者や看護婦とのコミュ ニケーションの阻害状況から、街の薬屋で購入する売薬に頼り、処方箋の日本 語による説明が読めないために、薬の種類や用途などを間違えて服用し、激症 肝炎となって、重体となったり.時には死亡するに到るケースも見られる、と
いった深刻な実態がある。(28》(2g)
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このように、日本語という言葉の獲得と言語の保障が生命や人権につながる ことであり、日常生活に根ざした日本語教育の機会と場所の保障が必要とされ
ている。
彼らは、この日本列島に住み、生活をしている住民であり、定住外国人に保 障されるべき、他の日本国籍や市民権を持つ日本人と同様の,地域の住民とし ての「ニューカマー」に対する、基本的生活権や社会権、生存権、学習権、教 育権等の保持と擁護が必要とされており、またそのことを到達理念とする論調 が生じている国際的な流れがあり、この外国人等の人権に関する行政側の対応
として、積極的な権利保障という位置づけと捉え方が必要である。
第2g)分野の問題点として、近年、中国帰国者の家族をめぐって、新たな問 題事象が生起している。それは、 「親子間の断絶」傾向である。それのもたら す要因は、日本語の習得の程度のちがいによる親と子の関係の変化である。こ
の家族関係や家族間の葛藤は、日本語を身に付けているか否かで、その優劣の 基準とする意識が、基底に横たわっている。いわば、日本語の習得状況の如何 が、家庭内の序列を決定づけている。
このことは、文化適応が、その文化に対して、どれだけ同化しきるのかを判 断基準として、「中国帰国者」の子供たちの問にすり込まれるという現象を表 している。その結果、日本語を多少身に付けばじめ、日本文化への適応が、い ち早くでき始めた子供たちが、そうではない適応の遅れの見られる、また日本 社会や文化への適応の困難な自らの親をさえも、能力の劣った存在とみなし、
露骨に馬鹿にしたり、嘲るという悲しい現象を生じさせている。また、それら を契機としての父親からの母親や子供への暴力という形に到るケースも散見さ れる事態がある。
つまり、個人が身に付ける文化資本の質と量が、家庭的、社会的序列を決定 狽テけ、人問関係をも支配する機能として働く現象を、生じせしめる結果をもた
らしている。
第3の分野としては、 「中国帰国者」の間に見られる「精神的不安定」とい う傾向であるが、このことについては、精神科医の立場で江畑敬介氏が、早い
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時期において、問題提起をしている。具体的には上記で挙げた1991年5月14日 付新聞記事の小論文であるが、この他に、1987年発刊の『こころの科学14』に おいて、 『中国帰国者のこころの問題』と題する研究論文を発表している。比 較的、早い時期に「中国帰国者悶題」について触れた研究論文としては、先行 研究のなかでも、他に「中国帰国者」の問題を取り扱った研究が見られず、同
氏の論文が、 「中国帰国者問題」についての先駆けとしての研究論文として位 置つくものである。
また、この他に精神的不安定と異文化適応の観点で書かれた研究論文として 原裕視氏の『中国残留邦人とその家族一日本社会への適応上の諸問題』 (『教 育と医学31986年10月号第34巻第10号所収)、がある。(30)
さらζ、渋沢田鶴子氏の『在日外国人の精神障害』 (『臨床精神医学S1987 年16巻10号所収、)においても、 「意図的移住者」と「随伴的移住者」に分け て、後者の側に不適応症状が多く見られることを、臨床事例を通して考察して
いる。 (31)
この他にも、 「中国帰国者問題」ではないけれども、江畑敬介氏と三宅由子 氏の共同研究からなる『わが国に在住するベトナム難民のCMI調査一過去の 罹災体験と適応性との関係一』 (『社会精神医学』1986年第9巻2号所収)に おいて、過去の生活史における外傷体験や急激な環境変化、また、言語と習慣 の異なる中での適応の困難性から生じる情緒障害等の発症の臨床事例を考察し ている研究等の成果が積み重ねられてきている。(32)
第4の分野としては、 「生活」に関することである。具体的には、・医療、福 祉、就労、住宅環境等に関連することであるが、医療に関しては、彼らが日本 語の不自由さから、病院へなかなか行けないという実態がある。具体的には、
医者や看護婦に対して、自分の病状を説明することに困難を感じる結果、病院 へ行くことをためらう傾向が見られ、そのために、病状の悪化という事態にま で進行するケースもある。
福祉という面については、生活保護や社会福祉の、そのめざす最終の目的と するところが、彼らの自立援助であり、生活保護行政施策そのもののめざす立
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