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(19)梶野光信「社会的不利益者と社会教育実践」 『地域と社会教育の創造』

  P98、エィデル研究所

(20)梶野光信同上書P99

(21)梶野光信同上書P99

(22)梶野光僑同上書P100

(23)これらの記述は以下の文献によった。

  握野光信東京学芸大学大学院修士論文「地域教育福祉実践に関する研究」

  1992年

・一@142 一・

あとがき

 ひとえに、この修士論文をなしとげることができたのは、数多くの人びとと のつながりの中ででき得たという感がある。いわば、それらの無数の人びとと 織り成す精神性や熱気が私をして支え、押し上げてくれる力のおかげで書かせ ていただいたという心境である。

 修士諦文作成の過程は、私にとって苦しくもあり、また実に楽しい研究期間 でもあった。登山に例えれば、山頂に向けての、その1合目から10合目への道 のりと同じではないだろうか。いわば、山頂を制覇し、極めるまでの、前段階 の準備作業の過程として、聖立ての構成に、論文作成のための分析概念枠や論 文の構造等の設計プラン造りに要した日数が約1箇月間を費やし、みっちりと 論文計画を練りあげた。これも指導教官からの、親切かっ熱心な御指導と助言 によるものであった。

 本論文を書き終えた今、新たなことがらへのトライする気持が胸中を占めて おり、ささやかながらの緊張の糸が張られている感を否めない。それは、今ま で学んできた理論や理念の接点を基として、これからの現場実践への関与への 想いと結びついている。いわば、実践と理論の統合を地で行くものであるとい えよう。この、学校現場に再び帰還したときの、将来の自分の為すべき役割や 使命感、そして、これからの研究学徒としての視点と位置を、わずかながらも 培い得たということに.深く心を動かされるものがある。

 まさに私にとって、この2年間の大学院における研究の機会を得たというこ とは、学校という教育活動の実践現場で、20有余年を経てきた者として、その 今までの実践を振り返り、かつ新しい角度から再び切り込んでいくための視野 を拡大させ、つかみ得た実感がある。これもひとえに指導教官の杉尾宏先生を はじめとして、教育基礎講座の先生方の支えと励ましがあったがためである。

また私は、個人的な想いとして、この大学院の構内全体において、他の講座等 にもく10人余の指導教官〉を得たと自負しているが、そうした何人もの先生方 から得られたものや、全国より集まった院生どうしとの交流のなかで、書き上

一1・43一

げることができたと思われる。

 また、この他にも、研究取材のために快く応じて下さった何人もの方々や、

そして、取材への道すがら、行き先を親切に教えて下さった、各地域の通りす がりの幾人もの人びとの、陰ながらの恩恵を、数あまた被ってきた。こうした 心温まるく人との交流〉のなかで、励まされながら本論文が作成できたと思わ れる。それ故に、多くの支援と援助のなかで、さらに何よりも、中国帰国者と その家族をはじめとして、中国帰国のことがらに関係する人びとの熱い想いと 声援を受けてできあがった論文である。

 本来ならば、お名前をここにあげて、御礼申しあげねばならないところであ るが、釘分にも取材・インタビュー等でお世話になった方たちの、延べ人数が 相当数にのぼり、インタビューの折に録音したカセットテープが手元にあるだ けでも100本近くにもなり、また、取材の折にいただいた資料等のファイルが 11沁購を越えている。かなりの多数の人びととのくヒューマンネットワーク〉

ができ得たように感じている。これからの私の実践活動をもって、御礼に代え させていただきたい。また今後における再びの出会いと交流があることを期待

して筆を置きたい、,

 なお、この2年間の大学院における研究生活を、経済的にまた精神的に陰に 陽に支えてくれた妻や子どもたちに感謝するとともに、職場の学校現場の校長 期生はじめ教職員の同僚や仲闘の支えがあればこそ、研究にいそしむ事ができ た。その友情とまた温かいご配慮に頭の下がる想いである。

 また、最後になりましたが、大阪府教育委員会や茨木市教育委員会の方々に なお世話になると同時に、このような貴重な機会を与えて下さり感謝の念で、

いっぱいである。伏して、御礼申し上げる次第である。

 さらに、今夏の葉月の中旬、他界した亡き父の墓前に本論文を捧げたい。