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で、 「中国残留孤児」の問題に奔走してきた、数少ない人々の活動に支えられ ながら、この歴史的な、しかも現実的な問題は、戦後の日本をして、時間的に 長くその問題解決を先延ばししてきた。

 平成6年4月6日の時点で、やっと「中国帰国者援護法」といわれる「申国 残留孤児」問題に関する法律が成立した。その新たに制定された法律の正式名 称を「中国残留邦人等の円滑な帰国の促進及び永住帰国後の自立の支援に関す

る法律」という。

 先の戦争が終わって、実に50年目にして、やっと実現したのである。この問 題に関連する法律策定でさえもが、これだけの時間をかけざるを得なかったと いうこの事実は、この国の国家や政府というものが、あるいは政治家が、国民 に対してどのように向き合っているのかを象徴的に表しているように思えてな らない。彼ら「中国残留孤児」たちは、〈国家の棄民〉であったのではないか といわざるをえない程の処遇の仕方である。

 では,このたび成立した法律ができるまでの、この戦後の50年問は、政府は いったい如何なる法的根拠に基づいて「帰国促進」の事業施策を行なってきた のだろうか。ここに筆者の取材による重要な証言がある。

  「大阪中国帰国者定着促進センター」の事務局長である川口氏は、筆者の取 材インタビューに答える形で、これまでの中国残留孤児や中国帰国者に対する 国 の施策の法的根拠についての質問に対して「復員軍人としての扱いの法を適 用援用してきたのではないだろうかiと同氏の見解を述べられている。またそ の他の法的な具体的な運用として「今までの法的根拠は生活保護法無く社会福 祉六法〉のみであり、今回の特別法が成立するまで、何らの法的手立てがなか

った。」と証言されていた。

 さて、上記の生活保護の基本的運用施策としての理念については、 「生活保 護手帳」1995年版によれば、そのP121の第5に、他法他施策の活用として、

次のように明示されている。

  「他の法律又は制度による保障、援助等を受けることができる者又は受ける ことができると推定される者については、極力その利用に努めさせること。」

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そして「次にかかげるものは、特にその活用を図ること。また、活用を図るべ きものはこれらに限られるものではないので、これら以外の活用についても、

留意すること。」(48}とし、36種類の法律や制度を挙げている。

 それらのなかで、本概究のテーマであるf中国帰国者rlに関係する項目とし ては、28項目の「未帰還者留守家族等援護法」と29項目の「引揚者給付金等支 給法」の2つの法律である。

 昭和28年に成立した「未帰還者留守家族等援護法」については、1990年6月 28日付の朝日新聞の社説においても、「この人びとを迎える基本法は昭和二十 八年号定められた未帰還者留守家族等援護法である。そのころとはすっかり状 況が変わってしまった日本社会に定着するのを手助けできるような、総合的な 施策を盛り込んだ新しい援護法を検討すべき時だと思う」という主張の形で触 れられているが、その法律そのものの成立の時期が、昭和28年であり、今から 42年も前の法律でもあり、現実の事態の進行の時代状況にそぐわない面もあり その見直しが求められているものではあるが.今日までの「中国帰国者」に対 する施策の基本とされる法的根拠となるものが、上記の法律や制度であるわけ であり、いままで、これらを基本に運用されてきた実態がある。

 この点にこそ、戦後歴代の、日本政府の「中国帰国者問題」に対応するとき の問題点と曖昧さがあると指摘できる。

 つまり、 「中国帰国者」の取り扱いが、 f未帰還者」としての扱いであり、

これは復員軍人への扱いの援用としての施策であり.それ以外のなにものでも ないといえるものである。

 こうした事実は、 〔中国帰国者」達の「中国残留孤児」や、また「中国残留 婦人等」に対する独自の、その歴史的性格としての重要性、また重大性につい て何らの位置づけがなされていないことの証である。このことを、この問題性 を抜きにしてきだからこそ、平気で過去50有余年を1一中国帰国者問題」に関す る独自の法的整備を怠ってきたかということが、実証できるものである。

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 2 中国帰国者援護法について

 先にもあげたけれども、略称「中国帰国者援護法」が国会を通過し、成立し たのが、1994年4月6日である。なんと戦後50年目にして、やっと「中国帰国 者」に関する法律が制定されたのである。再びの繰り返しになるが、正式名称

を「中国残留邦人等の円滑な帰国の促進及び永住帰国後の自立の支援に関する 法律iという。この法律が、策定されること、3ヵ月前にさかのぼる時期にお

いて、自由民主党内の「中国等邦人問題小委員会」 (委員長・戸井田三郎元厚 生大臣)が、1994年1月13日付けで発表した「中国残留婦人等の円滑な帰国の 援助及び自立あ促進の支援に関する法律案」の骨子が、朝日新聞朝刊の1994年

,1月13日付で掲載された。

 同新開記事によると、 「戦後、中国に取り残された婦人や孤児の帰国促進、

帰国後の生活自立を国の責務で行なうよう明確化、支援する内容」である。ま た、 「国はこれまで『残留は個人レベルの問題』として基本的方針を示さず、

総合的な施策を整備してこなかった。法案は、帰国後の総合的な対策を打ち出 しているのが特徴」(。g)と紹介しながら、さらに続けて、同新聞記事は「残留 婦人らが、円満に帰国できるよう旅費支給、自立のための支度金支給、生活相 談、住宅の確保、就労の促進、教育の機会確保など十項目の具体的施策を求め ている。こうした施策を国と地方公共団体の『責務』で行なうとしており、初 めて国の責任を明記した」(5ωと明示している。何という名前の記者がこの記 事を書いたかが、明記されてはいないが、近年の新聞記事としては、一応、「

中国帰国者」に関する問題の基本的な部分については、押さえてある記事であ るといえる。岡記事は、加えて、近年の傾向として「中国残留者」等が「婦人 らの高齢化が進み、老後の年金問題が切実な課題となっている」(51)とし、同 法案がrr生活の安定を図るaと抽象的表現ながら解決に向けて含みを持たせ た」(52)と論評し、 「残留婦人が自費で帰国を強行するなど人道上の対応が緊 急の課題である」(53}としている。

 ここで、敢えて、言っておかなければならないことは、戦後の50年前に、仮 に0歳前後であった幼児たちが、今は,50歳前後の年令である。何がく緊急の

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課題〉であるものかと、歯噛みして、この問題への関係者は、このく法案〉お よび成立した法律に、複雑な想いを致すことをどう捉えるかについてである。

ただ言えることは、あまりにも、〈遅きに失した〉といわざるを得ないことで

ある。

 この法案の発表に際して、戸井田三郎元厚生大臣は「望郷の念が募るなか、

ぐずぐずしていては亡くなってしまう。民間任せではなく、国の責任として早 急に実現したい。」{54)と記者会見で述べている模様を、同記事は報告してい

る。ζのコメント自体も現実をまったく無視している談話であり、事実として は、これまでこの問題に、私財をなげうってまで、取り組んできたのは、民間 人の人々である。国が今まで50年間もの長きのあいだ、責任をとろうとしなか ったがゆえに、:ボランティアの形で細々とながら、その問題解決のために民心 の立場から当たってきたのである。ここに、この法案や、既に策定された法律 の曖昧さとまやかしがあると断言できるのである。そして、国や政府はまった

くこの問題に対して本格的に取り組む視点を持っていず、すべて、現実の後を 追いかけて、理念のみを提示したにしかすぎない。いわば、今回の法律は、今

まで民間レベルのボランティアたちが、行政に対して繰り返し主張してきたこ との論調のなかの枠内を越えるものでばないのである。それらの、既に民間ボ ランティアの側で、今まで再三再四にわたり、提案し、要望してきた主張と理 念の表面的なことがらのみを取り込み、追加承認しただけであるといえる。し たがって、遅ればせながら成立したこの法律ではあるが、しかし実際の実務上 の段階では、当事者の「中国帰国者」の人びとのためには、それほどには、役 立たないし、その効力のうえでも疑問があり、何ら本質的なところでの問題の 解決にはならず、その問題解決のためにはあまりにも程遠い内容の、いわば「

ザル法」ともいえる形に近い性格を持つものであるといわざるを得ないのであ

る。