することを包含する。開発教育は、先進工業国と発展途上国双方における人間 の権利と尊厳,自立そして社会正義の問題に関連する。それはまた、低開発の 原因と開発がもたらすものへの理解を深めること、新しい国際経済、祉会秩序 達成への道とも関連する.lqDと定義づけている。しかし、今日の状況下では 開発教育という言葉は「開発教育だけではなく人権・環境などに関する諸問題 をもとりあげて地球市民を育てようとする、広義の開発教育をもさすようにな
ってきた」(、2♪のである。
第6に、ワールド・スタディーズについてであるが、「イギリスのワールド
・スタディーズは、〈多文化が共存し、人々が依存しあうこの世界で、責任あ る市民として生活するのに必要な知識・態度・技能を身につけるための学習で ある〉とされる。グローバル教育の目標とほぼ同じである。」q3)とし、その 要因を、ワールド・スタディーズがアメリカのグローバル教育の影響を受けて はじめられたことにあるとしている。また「ワールド・スタディーズ・プロジ ェクトは、広い視野に立って開発教育,多文化教育、人権教育、平和教育など を含む地球的諸問題を学校教育に導入し、地球市民に必要な知識・態度・能力 を育成するために、カリキュラムおよび教材の開発を進めてきた。ワールド・
スタディーズはアメリカのグローバル教育に比べ、開発教育的傾向が強いとい
えようか。」(14)としている。
<考察1>
以上で、国際理解教育等に関連することがらの概念的検討を締め括るが、し かし、果たして、これらの6項目の概念枠では、本当に中国帰国者の問題が解 決できるのだろうか、という疑問にとらわれる。
これらの、国際理解教育等に関連する、主として、上記の6っの概念に共通 していることは、なるほど理念の提示はなされてはいるけれども、しかし、そ れらのいずれにしても、決定的に抜け落ち、欠落している視点は、 「内なる国 際化」と「足下からの国際化」の視点と、そして「同化と排外」という「隠さ れた文化システム」にどのように対応するのか、という視点である。
つまり、日本国内において.現実に.地域の住民として生活し、在住する「
一5 6 一一一
在日韓国・朝鮮入」や「中国帰国者.1そしてベトナム・ボートピープルやブラ ジル、フィリピン、バングラデシュ等々から来た人々、また近年、増加してき ている現象としての「アジアからの花嫁」q5)等々も含めての「オールドカマ ー」や「ニューカマー」等の問題に対して、具体的に、どのように対処するの かという視点が完全に欠落しており、その理念では、何ら,現実の問題解決の ための、有効な手立てとなり得ていないといえるのである。
ただし、これらのなかで、比較的理念の提示があり、6項目のなかで唯一、
これらの問題、つまり「内なる国際化」への解決のための、理念的近似性を示 し得ているのぼ、 「多文化教育」また「多文化共生教育」の概念であり、今後 の課題解決のための可能性が、そこに秘められていると思われる。
2 生涯教育と国際化をめぐる動向
「中国帰国者」の問題を考えるとき、その視点として重要なことは、国際的 動向としての「現代的人権」の視点の枠組みでゼ考えていくことが、 「中国帰 国者」の問題に有効な解決策を付与してくれる。
「聖代的人権」の問題を考えるとき、世界的動向としての「生涯教育」と「
国際化」のことがらを避けることはできない。
それ故に、 「国際化」という概念と、「生涯教育」の概念のあらましについ て触れていきたい。
生涯教育をめぐる国際的動向として、2つの潮流がある。それは、国際連合 のユネスコをはじめ.とする、その他の国際機関認定の「人権論1に基づく生涯 教育論と、また伝統的ヨーロッパ中心主義の生涯教育論の流れである。
これらの流れのなかでも、特に注目するべきは、E,ジェルピの提唱する、
r生涯教育論」である。ユネスコや国際機関の提唱する「生涯教育論.1とジェ ルピの「生涯教育論」との差はあるが、その点の検射は、後日に任せるが、大 略の流れからみて、基本的人権の理念と思想の定着と拡大を、世界的にはかる 戦略と展望の上で果たした役割の大きさは、無視することができないし,一定 の役割を果たす機能を持ったといえる。
一57一一
こうした、人権を基本として展開されている「生涯教育論」の国際的動向の なかで、日本における日本版の宮制的な「体制的臨教審」につながる「日本版 生涯教育論」の特徴は、この基本的人権論を前面に出さずに、むしろ、あいま いなものにすることにより、「社会的不利益者」の立場に立ちさるという視点 が欠けている点にある。
3 「社会的不利益rts .1に関する日本の社会教育研究の動向
「社会的不利益者」に対してB本の社会教育研究はどう接してきたかという と、伝統的社会教育は問題提起さえもでき得なかった。
この点について、梶野光信氏はS社:会的不利益者と社会教育実践2 (S地域 と社会教育の創造』末野誠聖職所収、P86〜PIO1、エイデル研究所刊)と題す る論文において、重要な問題提起をしている。その論文によると、戦後日本の 社会教育実践・研究は「民衆の生活課題を重視する取り組みをめざしてきた」
(、6)が、しかし、 「その社会教育が 素通り してきたことがあった」(、7)と し、それは「最も切実な生活課題を持つ人々、換言すれば、社会的に不利益を 蒙っている人々に対するアプローチであった」(]8}と指摘する。
さらに同氏は、新たな社会教育研究における社会的弱者への取り組みが、近 年になって始まったとする。つまり、社会教育における「人権」問題への自覚 化である。このことについて、梶野氏は「社会教育研究における社会的弱者の
「人権」の自覚化は、日本社会教育学会編『現代的人権と社会教育1が1990年 に上梓されることを待つ」(、g)と問題提起する。そしてこの「社会的弱者」・
〈社会的不利益者)といわれる用語の概念定義について、 「社会的弱者」 (社 会的不利益者)とは、 「1、被差別部落の人々、2、障害をもつ人々、3、高 齢者、4、不就学者(形式的卒業者)などの非識字者、5、在日韓国・朝鮮人 の人々、6、中国などからの帰国者、7、南米からの日系移民、.8、外国入労 働者をはじめとする在日外国人、9、アイヌなどの少数民族、10、 (男性と平 等な関係に立てないときの)女性など1(2ωであるとしている。
そして、戦後社会教育研究の蓄積と成果を示すものとして、日本社会教育学
一一
T8一
会編r現代社会教育の創造9 (1988年発刊)がある。ここで取り上げられてい るのは、障害者と高齢者の問題であり、人権問題の章では、社会同和教育のみ と、貧困な状況であった。社会的弱者への問題意識が、社会教育研究関係者の 間で芽生えてきたのは1970年代である。具体的には、1971年の社会教育研究全 国集会の席上においてであり、そこに初めて聴覚障害者の参加がみられ、 「身 体障害者の学習権」問題についての議論がなされた。大橋謙策氏は当時の状況
に対する見解を「民主的といいながら、社会教育活動の機会のない人たちがい っぱいいる。その部分を抜きにして民主的な社会教育といえるのか、という問 題提起をしました。障害者問題、高齢者問題,あるいは在日朝鮮人の問題につ いては、捉えきれなかったというのが現実でした。社会同和教育を除けばほと んど実践がなかったことをふまえておく必要があると思います。」(2Dと指摘
する。
さらに、梶野氏は、小沢有作氏の問題提起を紹介するなかで、隠れた文化活 動としての日本の識字運動について触れている。それは1960年代に始まった日 本の識字運動のことをさしている。それは被差別部落の識字運動と夜間中学に おける識字運動である。
このことについて「日本の識字運動(実践〉に対し、当時の社会教育研究が 着目できなかった背景には、社会教育研究の方法論について何らかの問題があ ったのではないか。」(22)とし、続けて小沢氏の問題の所在を鋭く指摘した言 葉を引用しながら、 「その地域にさまざまな被差別者が住んでいる(中略〉戦 後の社会教育は、民衆のなかのマジョリティを対象にしてきた体質が根強くあ った」(23)と問題点を指摘している。
また「日本における〈隠れた文化行動〉の再評価および国連、ユネスコをは じめとする人権保障の国際的動向を受けて、社会教育研究において、社会的弱 者の〈人権〉が自覚化されるにいたった。」(24♪それは「1990年の学会年報『
現代的人権と社会教育sで本格的に社会的弱者論に取り組むことになる」{25)
としながら、 「社会的弱者への社会教育研究の流れは、弱者とみなされてきた 人々のことをく教育主体〉として位置づけ、不利益が生じる過程をく社会的〉
一一@5 9 一一