景としての、いわばく文化的アイデンティティ〉としての「言語と文化」を保 持するための保障を、制度的にまた政治的、社会的に、そして文化的側面にお いて、施策としても、彼らがその権利を行使しやすいような社会的、文化的環 境づくりをすることの責任を、国および地方自治体は具備しているといえるの
である。
第3の課題は、 「社会的援助活動機能」としての「ソーシャルサポート・シ ステム・ネットワーク」の確立の必要性についてであるが、この点に関しては 他の章において論述するので、ここでは、その確立の必要性についてのみを問 題提起として掲げるにとどめておきたい。
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第2節 地方行政にみられる「内なる国際化」の動向
1 地方自治体における「在日外国人教育基本方針1や 「人権啓発基本指針」等の策定への動きについて
近年において、関西を中心とする各地方自治体等、各市町村の手により作成 された「在日外国人教育基本方針」やf 人権啓発基本揖針」等があり、今日の
「ニューカマー」の人々が増加してきた状況にあって、それらの基本方針や指 針が持つ意義は大きいといえる。ζ,れらの動きをまとめる形で『全国自治体在
日外国人教育基本方針・指針集成Aと題する書籍が1995年8月に明石書店より
出版された。
それによると、本資料集に収録された『外国人基本方針』の数は、各自治体 の教育委員会別にみると、全国合計が44本であり、都道府県別に分類すれば、
最も多いのが、大阪府で、1府20市2町の計23団体である。次に位置するのが 兵庫県であり、7市1町の計8団体。京都府は、1市のみであり、奈良県が、
1県2市の計3団体であり、広島県が、1団体、愛知県1市のみ、東京都は,
1都1区の計2団体であり、神奈川県が、1県2市1県立高校の計4団体、埼 玉県は、1市のみ等の全国合計44団体にのぼる。これらのなかで、全国に先駆 けて、外国人児童生徒に関する教育指針が策定されたのは、1970年の大阪市教 育委員会の「外国人教育」 (昭和45年度学校教育指針)である。続いて1973年 には、大阪府高槻市教育委員会により「在日朝鮮人問題に関する教育指針」が 策定された、という経緯がある。この近年においては、1994年5月に兵庫県伊 丹市教育委員会、1994年5月28日に大阪府豊能町教育委員会、1995年5月1日 に奈良県御所市教育委員会等がそれぞれ策定している。(28)
これらの、基本方針が、その内容のうえで,それらの多くが、在日韓国・朝 鮮人問題に関連する内容であり、限界はありながらも、地方自治体として、定 住外国人の教育問題についてとりくむ基本的方針を明確に呈示したところに、
今日的状況のうえで、大きな意義があるといえるのである。
第3に、川崎市の例をあげれば、川崎市は独自の「川崎市生涯学習推進基本
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計画」を、1993年に策定している。その基本計画のサブタイトルが「市民の、
市民による、市民のための生涯学習の推進を支援するために」とするものであ る。この基本方針の特徴とするところは、市民が主人公となる市民の学習計画 を中心としており、またあらゆる人々の学習の保障を前面に掲げ、 9社会的に 不利な立場に置かれている人々」の学習の保障を明示している点にある。 (註 同基本方針のP18〜P19)この「社会的に不利な立場に置かれている人々」の なかに在日外国人も含めており、具体的に「外国人の学習では、日本語学習の 機会の増大とともに、母国語による日本での生活理解をどう行なうか、日本人 との相互文化理解をどう支援する沁、という問題があります。」と位置づけを明 確にしている。(2g)
2 地方自治体等における「国際化」をめぐる動向について
近年の新たな動きのなかで、今までの社会教育の分野に代わって、地方自治 体の中の別の行政セクションにおいて、社会教育行政に代わって「国際化』に
関する事業をとりおこなうケースが増大している傾向にある。
ここでは、大阪府の各地を中心とする.各地方自治体等における、それぞれ の新たな「国際化」に関連する事業内容のとりくみに焦点を合わせることによ
り、その「国際化」の内容が、果たして、どのような性格を持つものであるの かを検討していきたい。
事例としてあげることのできる市町村は、大阪府下の地方自治体を中心とし ているが、筆者の取材を基にして列記すれば、北野では、豊中市、箕面市、茨 木市、吹田市、等々の4市、中河内では、八尾市、東大阪市、の2市、北河内 では、守口市、枚方市の2市、泉南では、阪南市の動き、あるいは、他県にお
いては、滋賀県の高月町、また九州地方では宮崎県の南郷村の例、そして関東 地方においては川崎市等々に展開する。
しかし、本論文においては、これらすべての自治体の事業や施策をとりあげ るのではなく、それらのなかでも代表的な自治体に限定することをもって、事 例としてとりあげていきたい。
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ここで紹介した、上記の自治体等で既に行なわれている、国際化ということ がらに関連する、それぞれの事業および施策は、筆者の観察と取材によれば、
それらの多くが、なんらかの形で、今までの伝統的な国際交流を中心としてき た単なる国際化ではなく、新たな動向としての「内なる国際化」への動きに連 動するものであるという観点から取り上げるところに共通点がある、というと
ころに焦点を絞り、考察することをねらいとしている。
さらに、こうした自治体レベルでの,国際化への動きをみていくことにより 日本の今後の国際化の在り方をめぐる指標を呈示する契機になると思われるこ とが、本節でこのことを取り上げる理由である。
いくつかの事例として、豊申市、箕呉市、茨木市の地方公共団体においての 行政セクションの国際化のとりくみに関する特徴的事例をあげてみたい。
ア 〈豊中市の事例〉
第1に、豊中市においては、 「人権文化部」と名づけられた国際化促進に関 連する事業主体となるセクショ.ンが、新たに設置されている。この国際化促進 のための関連事業を直接担当する部署は、豊中市人権文化部の中の「文化課1 が、外国人担当課となっている。当市では、人権と文化をリンクさせることに より、国際化に関連させる事業と一体化させる基本的方向性の基で、同市の市 政の基本理念としている。
この「人権文化部」の設置に至る経過のなかで、見落としてならないことが らは、豊中市が1992年に発行した「豊中市人権啓発方針」である。この啓発基 本方針は、豊中市が掲げる「『人権擁護都市宣言』や『非核平和都市宣言』が めざすまちづくりの実現そのものである」(3。)という位置づけのなかに作成さ れたものである。 (註 豊中市人権啓発方針、はじめに、より)また、この豊 中市人権啓発方針が策定された経緯のなかに、数年間の審議経過がある。それ は、1989年か}. 1990年までの2年間にわたり、各領域の学者14名の参席のもと に、関西人権啓発研究会と銘打った会議を連続して開き、それぞれの分野の学 識経験者の専門的な意見交流を積み重ねた結果、提案された諮問への答申最終
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報告を基にして、作成されたという経緯がある。なお、先の「関西人権啓発研 究会」の代表は、関西大学の田中欣和氏、事務局長が、当時、甲南女子大学、
現在京都大学の前平泰志氏である。
この啓発研究会の作成した冊子が『人権・文化・まちづくり一人権啓発のあ らたな発展のために一』と題して1991年3月に発刊されている。その委託調査 研究の内容については、 「1、人権啓発の具体的目標ビジョンの設定と、2、
人権啓発推進の体系・研修などの推進体制の設計」t.:tVということがあげられ ている。そしてその視点としては、今までの、 「人権啓発がややもすればr注 入型』のイメージで受け取られる段階から、市民の多様な部分、団体そして行 政が、それぞれ主体となって展開する『文化活動』であるという段階に進んで いくべき」〔32)であるとするところにある。
さらに、同報告書によれば、 「『平和で平等な社会づくり』のための人権文 化活動へ」と題する提言を増幅章においてしている。それによると、 「近年、
女性問題,障害者問題、在日外国人問題に対する意識の高まりなど、さらには 青少年問題や高齢者問題その他の関心の高まりなど、かって部落問題にかかわ って主張されて来たことも、いっそう大きな枠組のなかで理解される素地は形 成されっっある。同時に、そのような諸問題が『もんだい』として意識されざ
るをえないような現実が痛切なものとして存在する。」(33)と近年の、人権を めぐる動向を明示した上で、その基本目標と位置づけを呈示している。
つまり、基本目標として掲げられていることは、上記の報告集によれば「豊 中市における今後の人権啓発活動の基本目標は、すでに市のr基本構想』にお いて確認されているところの『平和で平等な社会づくり9そのものである。ま た、すでにt宣言』されているところの『人権擁護都市』の実現そのものであ る。平和が侵されるとき、それはもっとも極端なかたちで人権が侵されるとき であり、また人権立直は平和を守るための前提でもある。人間が人間であるか ぎりで平等にもつ権利、即ち『人権』の擁護都市であろうとすることを宣言し たかぎり、あらゆる差別は、あらゆる手段をもって根絶にっとめなくてはなら
ない。」(34)としている。
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