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生命再生産労働としてのケア

ドキュメント内 生活の場における終末期ケアの現状と課題 (ページ 36-40)

第 1 章 先行研究の検討

4.3 生命再生産労働としてのケア

後藤澄江(2012)は、前節で取り上げた上野が再生産労働の議論を始めたのとほぼ同時

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期である1980年代前半に、高齢者介護や育児を含む家事労働の研究に着手し、1990年代 初頭に「生命再生産労働」概念を導出した。

後藤によれば(2012: 16-19)1980年代は、家事労働をめぐる議論の再編が求められた 時期であった。その背景として、家族形態の変容と家族規模の縮小が生じるなか、高齢化 率が上昇したことで高齢者介護の担い手問題が浮上し、既婚女性の職場進出の増加などに よる都市の核家族における子育て問題への関心が高まった時期であった。さらに、日本政 府が「日本型福祉社会論」を打ち出し、「日本の家族は高齢者介護や育児の受け皿を縮小し つつあったにもかかわらず、その家族を福祉の含み資産とみなした点、また、対人サービ ス分野への企業の参入に積極的であった点などが批判を集めた」(後藤2012: 16)時期で あった。

また、個人や家族についても、家事役割分担の男女間での再編や家事労働の社会化をめ ぐる議論が活発となった。特に、日本は、欧米における1970年代初頭以降のマルクス主義 労働経済学者やフェミニストによる家事労働論に影響を受けていた。しかしながら、後藤 は、マルクス主義フェミニズムの家事労働概念に対して、「家族固有の集団特性、たとえば、

家族内の受け手と担い手の関係性などが視野に含まれていないこともあり、家事労働をめ ぐって生じている問題群の全体像を把握できる枠組みとはなりえなかった」(後藤 2012:

19)と指摘している。

後藤は、家族内役割分担や家事労働をめぐる多様なアプローチを検討するなかで、「高齢 者介護や育児の担い手問題は、家族内での男女による性別役割分担の不平等性を告発する だけでは、本質的な問題解決に結びつかないことに気づかされた」(後藤2012: 19)とし、

家族内および家族外で遂行される高齢者介護や育児の労働としての側面を同じ土俵で表現 できる分析枠組みの必要性を指摘している。

そこで後藤は、1990年代初頭に、「『家族という場でもともと遂行されていた高齢者介護 や育児などを家族の内外でどのように担っていくべきか』という問題意識から」(後藤

2012: 15)、高齢者介護や育児をともに分析できる「生命再生産労働」概念を導出した。

生命再生産労働とは、「人類の永続のために新しい生命を誕生させ養育することを目的 とした労働、および、子どもから高齢者まであらゆる世代の人間の生活や人生を対象とし て、日常活動のなかで喪失した生命エネルギーを補填し、生命を持続かつ活性化させるこ とを目的とする労働」(後藤2012: 19)であると定義されている。縮約すれば、「生命(い のち)と生活(くらし)の再生産のための労働」』を意味する(後藤2012: 19)。さらに、

生命再生産労働は、「その恩恵によって生命や生活を維持できる人間個体にとって重要な 労働であるばかりでなく、社会の維持にとっても重要な労働」(後藤2012: 19)であると されている。

生命再生産労働は、食べ物を作ったり衣服の手入れをしたりという「消費財生産」次元 と、子どもや高齢者の世話をしたりという「対人サービス労働」次元との2つの次元に分 けてみることが可能であった。ところが、分業の進展により生産過程が細分化され、「市場 における消費財生産は、生命再生産労働としての側面は消え去り、むしろ剰余価値を生み 出すことを目的とした生産労働および賃労働としての側面が強まった」(後藤2012: 21)。 したがって、高齢者介護や育児といった対人サービス次元の生命再生産労働が、家事労働 の中心となったため、後藤は、高齢者介護や育児を中心とした対人サービス労働次元にし

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加えて、後藤は生命再生産労働の下位概念として「家事労働」、「地域労働」、「公務労働」、

「企業労働」があるとし、担い手の労働を支える理論や労働にともなう金銭的報酬・負担 の有無などの視点から比較することによって、以下の表4のような分析枠組みを導出した。

その中でも「地域労働」を「市民型」と「地縁型」の二つに類型化することで、ボランテ ィア団体・NPO 法人による市民型地域労働と地縁型住民組織による地域労働双方を視野に 入れるようにした。

このケア労働(生命再生産労働)の分析枠組みは、下位概念の4つの領域別の分析、領 域の間の分析が可能である。さらに、生命再生産労働がどのように連関しながら変容して いるのか、マクロ次元とミクロ次元の双方から、動態的にその変容を把握できるものとし て考案されている。

表 4 ケア労働(生命再生産労働)の分析枠組み

下位概念として の領域別労働

ケア労働(生命再生産労働)

「家事労働」 「地域労働」

「公務労働」 「企業労働」

「地縁型」 「市民型」

労働の担い手 別居の場合も含む 家族成員

地縁関係にある近 所の人や町内会

会員など

ボランティア、

NPO活動者など 公務員 会社員 担い手の労働を

支える論理

家族固有の 愛情や権威、

共同体的な互酬性

共同体的な互酬性 市民的な互酬性 憲法25

(生活権の保障)

個別企業の 経営理念との

利潤の追求 ケア労働の

供給の場 個別家庭内 近隣や町内会などの地域コミュニテ ィ内の施設もしくは個別家庭内 労働の担い手が

受ける 金銭的報酬

無償

無償、

その代わりに

「労働のお返し」

を期待

無償もしくは有 償、有償の場合で

も、企業労働に 比べて、低報酬

税金から 支払われる給料

個別企業を通じて 支払われる賃金

労働の受け手が 支払う 金銭的負担

無料

無料、

その代わりに

「労働のお返し」

が必要

無料もしくは有 料、有料の場合で

も、企業労働に 比べて、低価格

所得制限がある場 合は無料もしくは 定額、一方、対象 を普遍化すると懊 悩負担や応益負担

に移行

個別企業が 設定する サービス利用価格

1980年代半ば 以降の過去四半

世紀における 供給面での 変容ポイント

世帯形態の変容や 担い手の不在によ って供給量は縮小

地縁型は老衰傾向、一方、21世紀の ゼロ年代は、NPO法などにも後押し されて市民型の供給増加、地縁型再

評価の動き

供給量の増加に歯 止めがかかり、「公

設民営」「民説民 営」という方式で

の供給への移行

需給の両サイド から、その拡大に 向けての動きが

活発化

(出所)後藤(2012: 23)

4.4 1980

年以降の生命再生産労働の変遷

後藤(2012: 24-33)を参照し、生命再生産労働の下位概念の4つの領域(担い手)の変 遷を簡略にまとめる。

「公務労働」は、公務員によって、公的施設内もしくは在宅で行われる生命再生産労働

(ケア労働)のことである。「公務労働」の受け手は、所得が基準を下回る場合は無料もし

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くは低額でケア労働を受けることができるとされている。日本において、「公務労働」が本 格的に展開されるようになったのは、「社会福祉施設の緊急整備5カ年計画」において、対 人サービス労働次元における「公務労働」の拡大が始まった1970年代初めである。

しかしながら、1973年の石油ショックを契機とした福祉見直しが議論されるようになり、

1980年代に入ると、新自由主義の潮流が強まり、政府や地方自治体による財・サービス供 給や保護・保障機能の縮小が進められた。それにより、「公務労働」の担い手は人事管理強 化や削減、民間委託などが進められ始めた。さらに、少子高齢化の進行、バブル崩壊によ る財政見通しの悪化やケア関連サービスについてのニーズの多様化により、ケア供給の民 営化は1990年代に入って、より加速されることになった。

2000年に入ると、新自由主義改革にもとづいて、「公務労働」の削減と「市場労働」の拡

大が図られた。2000年に施行された介護保険制度では、営利法人やNPO法人なども在宅介 護サービスの供給主体として、事業に参入できるようになった。

次に後藤は、「企業労働」は、民間の企業に所属している会社員による、企業の経営施設 や在宅などで行われる生命再生産労働(ケア労働)のことを指すとした。「企業労働」の受 け手は、個別企業が設定するサービス利用価格を支払い、担い手は、個別企業を通して支 払われる賃金を得る。この「企業労働」は、1980年代から、「家事労働」の補完の需要が高 まり、単身世帯の増加、家族や人々の意識や価値の変容などによって増加した。「企業労働」

の進展は、これまで家事労働の担い手が被っていた負担を軽減させ、高齢者介護のサービ ス供給量の不足を補完する可能性を備えている一方、国家による「公務労働」の弱体化が 懸念された。

さらに、後藤は「企業労働」の拡大における現実の問題として以下の2点を指摘してい る。まず、家族の所得によって得られる「企業労働」の質や量が異なるため、格差が生ま れる可能性がある。また、「企業労働」の供給量や労働の質は、担い手である個別企業の利 潤追求原理に沿って行われるため、人びとが必要とするサービスであっても、利潤が創出 できなければ、切り捨てられてしまう危険性がある。

これに対して、「地域労働」は、近代以前から存在する対人サービス労働次元の生命再生 産労働の一形態であり、互酬性のもとで行われる支え合いのことである。具体的には、「市 民型」の「地域労働」は、ボランティアやNPO活動者によって、地域コミュニティ内の施 設もしくは在宅で行われる生命再生産労働(ケア労働)である。一方、「地縁型」の「地域 労働」は、地縁関係にある近所の人や町内会員などによって、地域コミュニティ内の施設 もしくは在宅で行われる生命再生産労働(ケア労働)を指している。

「地域労働」は、「公務労働の存在の有無や地域コミュニティそのものの構造や機能の変 貌につれて、その性格は時代とともに異なってきた」(後藤2012: 27)。「地縁型」の「地 域労働」は、共同体的な互酬性という論理によって行われ、担い手も受け手も金銭的なや りとりはしないとしたが、都市化・産業化にともなって、地縁型の地域労働は次第に減少 し、専門的な公務労働や企業労働が代替することとなった。一方、「市民型」の「地域労働」

は、市民的な互酬性によって行われ、担い手がもらう金銭的報酬は無償の場合もあり、ま た有償であるとしても、「企業労働」と比べると低報酬であるとした。また、「市民型」の

「地域労働」の受け手の金銭的負担も、無料の場合があり、有料であるとしても企業労働 に比べ低価格であるとした。

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