4.1 本章の目的
クレーム交渉談話は会話参加者の相互言語行動によって構成されるものである。このよう な会話スタイルは静的な構造ではなく、むしろ、参与者が相互行為につれて展開し変わって いく動的なプロセスの反映である (ガンパーズ,2000:172)。従って、そういった一定の流れを 持つ一まとまりの談話の特徴を把握するためには、まず談話の全体的な構造を分析する必要 があると思われる。
本章では、日本と中国におけるクレーム交渉の談話、計 14例をそれぞれ構造的に分析し、
日本と中国のクレーム交渉談話の展開のパターン及び各部分の談話の展開ががどのように異 なるかについて考察していく。
4.2 分析方法
4.2.1 構造的単位――「話段」
本研究では談話においてその中間的なレベルの単位として提案された「話段」6という単位 を用いて、日中両国における客とサービス関係者の交渉の談話の構造分析を試みる。まず、
「話段」とは何かについて述べていきたい。
4.2.1.1「話段」に関する先行研究
談話の分析の単位については、南(1981、1983、1987)が、談話の研究において、単位を確 認することの必要性を述べるとともに、単位認定の手がかりを示している。
佐久間(1987:102)は、南(1983:94)の「「談話の単位」を認定する手がかり8種類」のう ち、「かなりのものが文段の認定基準としてみなすことができる」と述べている。特に、
6 談話の構造を分析するための単位にはSinclair, J. M. & Coulthard R. M. (1975)が提示している「ムーブ」
とザトラウスキー(1993)が提示している「話段」などがある。「ムーブ」とは対話の局所的な構造をとら え、ターンの下位分類として位置づけられるため、「話段内」における談話の構造的分析には「ムーブ」を 用いた方が適切であると考えられる。しかし、クレーム交渉談話の全体像から見ると、客側とサービス関 係者側が何度も発話の主導権を持ち、いくつかの発話のまとまりを繰り返しながら会話を進めていくとい う構造的な現象が見られた。そういった個々の発話のまとまりの間のかかわりを解明することのようなマ クロ的な分析には、ザトラウスキーの「話段」を用いたほうが適切である。
「改行等の目印を持たない音声資料」においては、「これらの観点を総合して分析するこ とで、その単位――文段を認定する必要がある。」と述べた上で、文段が、独話・対話・
会話のいずれにも不可欠な文章の成分であることを指摘している。
「文段」については、市川(1978:126)が次のように定義している。
文段とは、一般に、文の内部の文集合(もしくは一文)が内容上のまとまりとして、相 対的に他と区分される部分である。「文段」は、改行によってではなく、前後の分集合(も
しくは一文)が、内容上なんらかの距離と連関を持つことによって区分されるのである。
市川(1978:126)
佐久間(2002:81)は音声言語の談話資料の中にも,文章の文段に相当する言語単位の「話 段」が存在するのは、確かであると述べている。
各話段の内部には、実質的な発話と相づち、情報要求の疑問と情報提供の応答の発話が、
交互に組合わさって発話連鎖を作り、提題表現と叙述表現が対応して、小話題の統括機能 を発揮する。
佐久間(2002:81)
ザトラウスキー(1993:71)は佐久間(1987)の提唱する「話段」という単位を用いて、「勧 誘の談話」の構造を分析した。実際の勧誘談話を分析する際に、従来の「勧誘」と「対応」
からなる「対応ペア」という発話レベルに見られる機能を拡大し、「勧誘の話段」と「勧誘 対応話段」を認めることが必要であると述べている。
また、「話段」の分け方については、ザトラウスキー(1993:71)では以下のように提示し ている。「話段」とは、一般に、談話の内部の発話の集合体(もしくは一発話)が内容上の まとまりを持つもので、それぞれの参加者の「談話」の目的によって相対的に他と区分され る部分である。
例えば、「勧誘の談話」には、「談話」の参加者各自の「目的」があると考えられるが、
「勧誘の話段」と「勧誘対応話段」では、参加者の目的がそれぞれ異なるものである。
「勧誘の話段」は勧誘者が「勧誘」に関する情報を提供し、被勧誘者が「勧誘」の情報を 聞き、確認し、新しい情報を要求する段階部分である。一方、「勧誘対応の話段」は被勧誘 者が自分の事情に関する情報、「断り」や「承諾」に対する理由を述べ、「勧誘」に対する
「対応」をし、勧誘者がその情報を聞き、確認し、新しい情報を要求する部分である。
「勧誘話段」と「勧誘対応話段」は、各々、勧誘者と被勧誘者の目的に応じた発話からな る。
クレーム交渉談話は、内容のまとまりや参加者の役割、目的によっていくつかの「話段」
に分類される。
各「話段」の構成について、佐久間(2000:81)は、「話段は、発話権を持つ話者の実質的な 発話や質問で始まり、他の参加者の相づちか応答で終わる。これは、参加者の役割分担のあ る談話や対話の場合にも共通する傾向だといえよう」と述べている。
クレーム交渉談話における各「話段」についても以上の2種類の発話が観察された。客と サービス関係者のどちらかの一方の話者が発話権を握っていて実質的な発話で自分の意見や 主張を表明する。それに対して、その他の会話参加者が相づちの表現で注目を表す。
4.3.1クレーム交渉談話における各「話段」の分類
本研究では、クレーム交渉が終了するまでの過程は以下の五つの段階を経ていると考える。
① 前置き話段
② 交渉の目的を表面化する話段
③ 交渉話段
④ 対応話段
⑤ 交渉を終了させる話段
以下、それぞれの話段の定義及び例を見ていく。
① 前置き話段:「挨拶」や「前置き表現」からなり、交渉の場に引き込む働きかけを持つ 発話のまとまり
【JP3】
前置き話段
1C7 あのう、ちょっとお伺いしたいんですが、
2S8 はい。
交渉目的が表面化する話段
3C これ、昨日買ったばかりなんです、製造国の証明書が付いているんですか?
対応話段1
4S 証明書はですね。
5C ええ。
1C~2Sは「前置き話段」である。客側は1Cの「あのう、ちょっとお伺いしたいですが、」
で交渉の場に引き込んでいく。
② 交渉の目的が表面化する話段:クレーム事情を説明すること、または処理要求を提示す ることにより、サービス関係者に交渉の目的を告げる発話のまとまり
【JP2】
前置き話段
1C あのう、すみませんが
2S はい。
交渉目的が表面化する話段 3C 先週、こちらで
7 Customerの略字で、以下Cとする。
8 Serviceの略字で、以下Sとする。
4S はい。
5C PSPを19800円で
6S 19800円。
7C 買ったんですよ。
8S はい。
9C で、それを友達に伝えたら、C支店が
10S はい。
11C 「え、私18700円で買えた」って
12S ああ
13C言うから、「はあ?」って 14S ああ
15C やっぱり、○○○なら○○○で、
16S はい。
17Cどの店舗も同じ値段にしてもらわないと
18S はい。
対応話段1
19Sああ
20C はい。
21S それは、そのう、場所ごとに値段の設定が変わってきちゃっているんですね。
3C~18Sは「交渉目的が表面化する話段」である。3C「先週、こちらで」、4C 「PSPを
19800円で」、6C「 買ったんですよ。」、8C 「で、それを友達に伝えたら」、9C 「C支
店が」、11C「 「え、私 18700 円で買えた」って」、13C「言うから、「はあ?」って」、
15C「 やっぱり、○○○なら○○○で」、17C「どの店舗も同じ値段にしてもらわないと」
というクレームを表明し、交渉の目的が表面化する。一方、Sは「ああ」、「はい」、「19800 円」で注目を表す。
③ 交渉話段:客側が交渉の目的を実現するために、サービス関係者に対して、要求や説得 をする発話のまとまり
「交渉話段」において、客側が発話権を握っていて、相手に対して要求や説得を表明する。
一方、サービス関係者側は相づちなどの表現を使って、客側に対して注目を表す。
【JP2】
交渉話段4 60C 振り込み?
61S はい。
62C私がわざわざまた銀行に行かなきゃいけないんですか?
対応話段6
63S そうですね。
64Sまあ、そういう形になりますけど。
交渉話段5
65Cそれってお客様に対して迷惑じゃないんですか?
66S申し訳ございません。
67C ね。
68S はい。
交渉話段4において、客側のC「振込みという形で返金をする」という対応に対して、
62Cの「私がわざわざまた銀行に行かなきゃいけないんですか?」と言って不満を表す。
そして、サービス関係者側は64Sの「まあ、そういう形になりますけど。」と自分の主張を 述べる。
その態度を見て、客側は65Cの「それってお客様に対して迷惑じゃないんですか?」と強 く非難することによって相手を説得しようとする。
④ 対応話段:サービス関係者が客の要求や主張などに対する態度や対応を示す発話のまと まり
「対応話段」において、サービス関係者側が発話権を握っていて、相手の要求や説得に対し て対応を行う。一方、客側は相づちなどの表現を使って、サービス関係者側に対して注目を 表す。
【JP4】
対応話段3
39S2 いや、あのう、######というよりも、午前中のご指定がありますので
40C ええ。
41S2でこちらがAM指定になったらもちろんお家に伺うんですが。
交渉話段3
42Cあ、じゃ、速達扱いで頼んでいるけどどっちもわからないということですか、速達 なのかどうなのか//がわかない。
対応話段4
43S2 //速達というのが次の日の配達の
44 S2そうなんです。
45S2ということですよね。