第 5 章 クレーム交渉談話における客側の説得方略に関する日中対照研究
5.7 考察
5.7.1 クレーム交渉場面における客側の説得方略の使用傾向
Weiss & Stripp(1985)では社会心理学の視点から交渉の枠組みを提出し、個人の交渉スタ イルを経験や事実に基づく「論理型説得」、相手の感情に訴求する「感情型説得」、権威的 に相手を説得する「権威型説得」の 3 タイプに分類している。具体的な定義については、
以下のようにまとめられる。
「論理型説得」:経験や事実などで相手を納得させながら説得すること
「感情型説得」:相手の感謝や同情などの感情を喚起することによって説得すること
「権威的説得」:権威的、圧力的に説得すること
Weiss & Stripp(1985)の理論に基づいて、クレーム交渉場面における客側の説得方略を以 下の表5-4のように再分類した。
表5-4 クレーム交渉場面における客側の説得方略の分類 カテゴリー 方略 定義(意図)
「論理型説得」 事情陳述 状況を詳しく説明することにより、相手に理解して もらいたい
質問 状況などを相手に確認したい
「感情型説得」 妥協 相手の抵抗感を減らしたい
哀願 懇願して相手に自分の状況を理解してもらいたい 褒め 褒め言葉によって相手の感激を喚起したい
「権威型説得」 主張 自分の主張とその正当性を相手に分からせたい 警告 相手を脅かしたい
非難 相手の否を責めたい
第三者援助 第三者に支援してもらいたい
「説明」は状況を詳しく説明することにより、相手に理解してもらう方略であるため、「論 理型説得」に分類する。「質問」というのは自分で把握できない状況や事情を相手に確認す る方略であるため、「論理型説得」に分類される。
また、「妥協」、「哀願」、「褒め」という三種類の方略はいずれも相手の感激や共感などの 気持ちを喚起するための方略であるため、「感情型説得」に分類される。
そして、「主張」、「非難」、「警告」という三つの方略は客側が自分の権威を用いて相手に 説得しようとする方略であるため、「権威型説得」に分類される。また、「第三者援助」と いうのは第三者の権威を道具にすることによって、相手に圧力をかけて説得する方略であ るため、同じように「権威型説得」に分類される。
そして、日本と中国のクレーム交渉談話において、この三つのタイプの説得方略の使用 頻度がどのように異なるかについて考察した。結果を以下の表5-5及び図5-2に示す。
表5-5 各説得方略の使用頻度
国 説得方略 合計
論理型説得 感情型説得 権威型説得 日本 71
(78.0%)
0
(0.0%)
20
(22.0%)
91
(100%)
中国 114
(55.0%)
16
(9.1%)
68
(35.9%)
198
(100%)
図5-2 各パターンの説得方略の使用頻度
この三種類のタイプの方略の使用頻度について、日本のクレーム交渉談話では、「論理型 説得」の使用が圧倒的に多いことが分かる。
「感情型説得」と「権威型説得」については、中国語談話に多く観察できた。
以上の結果から、日本人の客側が「論理的説得」という方略を使用することを好むのに 対して、中国人客側が交渉の状況に合わせて説得方略を頻繁に調整する傾向が見られた。
こういった違いは日本人と中国人の交渉の文化を反映しているのではないかと思われる。
日本では、「交渉が喧嘩になったら終わりだ」という考え方が一般的であるため、できる限 り「極端な手段」を避け、「論理的」に交渉を進めていくのが日本人の特徴である。林(2006) は、日本人は「紛争回避型」であるとしている。全般的な人間関係において「紛争回避型」
の傾向にある日本では、「第三者援助」や「警告」などの相手のフェイスを侵害する度合い の高い方略を使用することは好ましくないと考えられる。
それに対して、中国人の客側は「警告」、「非難」などの「権威的説得」方略を使うこと により、上の立場に立ちながら、相手に不安や恐怖を感じさせたり、「哀願」を使うことに
78
0
22 55
9.1
35.9
0 10 20 30 40 50 60 70 80 90
論理的説得 感情的説得 権威的説得
日本人 中国人
より、相手の同情心を引いたり、「褒め」を使うことで、相手の「面子10」を立てて、相手 に好感を与えたりする。また、「第三者」を利用することにより交渉の弱者の立場を逆転さ せたりすることで自分の目的を達成させようとする。客側が自分の目標を遂行させるため に、様々な説得方略を使用し、相手に向かって積極的に働きかけている。そのときに、相 手のフェイスを脅かすような行為をとることで、喧嘩になってしまい、談話が決裂すると いうのは、ある程度予想されているともみられる。しかし、中国人にとっては、喧嘩をす ることにより問題が解決し、その後、改めて関係が修復されれば良いという考えが一般的 である。中国には「不打不成交」(喧嘩をしないと、良い友達にはなれない)ということわ ざがあるが、この言葉はある程度中国人の人付き合いの考え方を反映していると言えるで あろう。
中国人にとって、交渉とは「闘い」であり、自分にとって有利な結果を導き出すため の言語的操作である。いわゆる、「結果を勝ち取るための交渉」をしてくるのが中国人 の特徴である。
5.7.2 「非難」の使用実態に見られた日中差
5.6.1で述べたように、日本人と中国人の客側の説得方略について、「非難」がほぼ同じ程
度の頻度で観察できた。しかし、実際の「非難」の発話を分析してみると、両国の客側が 取っている表現形式には、大きな違いが見られた。
以下、「非難」の具体例を挙げて、説明する。
日本人のクレーム交渉談話において、客側は「疑問表現」11で非難をしていることが分か った。
【JP2】
57C そのお金、今もらえるんですか?
58S ああ、大変申し訳ございません。
59Sそれは振り込みになりますけど。
10 この「面子」とは、日本でいうプライドとか自尊心を指す。王(2011)では「中国人は面子を極端に重ん じる民族である。中国人と絶対的な信頼関係を築き、相手が「この人の『面子』は潰せない」と思ってく れるようにするのが大切である。このような関係を築けると、相手側は、信じられないくらい協力的に なってくれる。」と述べている。
11ここで用いる「疑間表現」というのは、形態的に「~カ」が文末に位置し、上昇のイントネーションを 持っものを指す。
60C 振り込み?
61S はい。
62C私がわざわざまた銀行に行かなきゃいけないんですか?
63S そうですね。
64Sまあ、そういう形になりますけど。
65Cそれってお客様に対して迷惑じゃないんですか?
66S申し訳ございません。
67C ね。
68S はい。
69S すみません。
70Sまた、ちょっと聞いていいですか?
71Cはい。
72S はい。
73S少々お待ちください。
【JP7】
20S 大変大変申し訳ございません。
21S すぐにお取替えいたします。
22C 発送する前にちゃんと点検されたのでしょうか?
23S申し訳ございません。
24S ただ今回はどの段階で破損したのかまだ分かりませんが、輸送中の破損という 可能性もありますけれども。
25C うん。
26S お客様、すみませんが、ちょっと在庫をお調べいたしますので、少々お待ちい ただいてよろしいでしょうか?
27Cはい。
JP2 において、サービス関係者側は客側が出した要求に対して、58S の「ああ、大変申 し訳ございません。」、59Sの「それは振り込みになりますけど。」のように積極的に対応し ている。
しかし、それに対して、客側は 62Cの「私がわざわざまた銀行に行かなきゃいけないん ですか?」と 65Cの「それってお客様に対して迷惑じゃないんですか?」と言って、不満 の気持ちを表しながら相手を非難する。
また、日本語談話例JP7にも同じような展開のパターンが見られた。
JP7において、サービス関係者側のは「大変申し訳ございません。」と「すぐにお取替え いたします。」のように謝罪しながら、積極的に対応している。
しかし、それに対して、客側は22Cの「発送する前にちゃんと点検されたのでしょうか?」
と言って厳しく指摘する。
その指摘に対して、サービス関係者は「申し訳ございません」で再び謝罪する。
一方、中国人のクレーム交渉談話において、客側は平叙文かつ断定的な表現で非難をし ていることが分かった。
【CN7】
12S1 这个是当天做的。
13C这个鸡绝对有问题。我跟你讲。
14S1我是没闻出来。
:
30S1 我们家的熟食都是当天做的。
31C 我们先不管当天不当天。
32c就说味道变了没有吧。
33S2 我们闻不出来有味道。
:
42S2那里头有调料味儿啊。
43C 什么调料味?
44C我们现在说的是异味儿。
45C你要在这么说,等一下晚上电视台就要给你们宣传了,是不?
46C做出这样的举动你就不对的。
日本語訳文
12S1これは確かに当日に作ったものです。
13Cこのフライドチキンには絶対に問題があります。
14S2私は腐っていると思いません。
:
30S1当店では調理済みの食品はすべて当日に作られるんです。
31Cそんなの関係ないです。
32C臭いがあるかないかを言ってください。
33S2別に臭いに問題はないと思います。
:
42S2調味料の臭いじゃないですか?
43Cなにが調味料よ?
44Cこれは腐った臭いですよ。
45Cこんな言い方するなら、テレビ局に訴えることも考えています。
46Cこんなものを販売するそちらが悪いのです。
CN7 は店員が自分の責任を認めようとする態度を示さず、客側の意見に対してずっと反 論し続けている例である。客側は言いわけをし続けている店員に対して、46C の「こん なものを販売するのはそっちが悪いです。」と強く非を責める。
【CN5】
28S那这个没办法的。
29S如果按现金赔偿的话,我们只能给你返洗衣的费用。
30C返洗衣的费用,就是30块?
31S对的。
32C这也太过分了。
日本語訳文
28Sそれは仕方がないですね。
29S現金での賠償を希望される場合、クリーニング代金の全額返金まではさせて 頂きます。
30Cクリーニング代金の全額返金って、30元だけですか。
31Sそうです。
32Cひどいです。
CN5 において、何度か現金で賠償してくれるよう要求した客が店員から断られ続ける。
それで、客側は32Cの「ひどいです。」と非難する。
【JP2】の62C、65C 、【JP7】の22Cの「非難」の発話はいずれも「疑問」形式になっ ている。
牧原(2008:57)では、「不満表現」を疑問文にして問いかけることは人間関係を損な う危険性を緩和するための配慮表現であると述べられている。【JP2】の62C、65C 、【JP7】
の22Cの断定的な表現を避けることから、話し手が攻撃的になりすぎないように、非難しす ぎないように配慮している様子が伺えた。それは日本人の「一方的に攻めすぎると、議論 の余地がなくなり、逆に解決ができない」という心理が果たしているのではないかと考え られる。
また、疑問文という形式を取ることにより、聞き手の反応を促しているニュアンスも感 じられる。