第 7 章 提案手法の比較と組み合わせ
7.1 提案手法の比較
第4章から第6章にかけて、プライベートアドレスを用いた大規模モバイルIPネットワ ークのアーキテクチャに関する3つの提案手法として、【1】階層的Mobile IPとNAT, DNS の連携による実現手法、【2】異なる運営主体間のローミングのための実現手法、および【3】
階層的Mobile IPとNAT, SIPの連携による実現手法のそれぞれについて、その実現アーキテ クチャや通信手順の詳細を示した。ここでは、これまでに示したネットワーク構成や通信 ノードの機能配置、通信手順について、提案手法を比較する観点から、それぞれの特徴と 差異を整理する。提案手法を比較する観点から重要と思われる項目と、各提案手法の差異・
特徴を表 7-1に示す。
(1) 移動端末の所属運営主体(所属ドメイン)
提案手法【1】および【3】では、基本的には各移動端末は単独の運営主体に加入・所属 していることを想定している。一方、提案手法【3】では、異なる運営主体間のローミング を目的としているため、移動端末が複数の運営主体に所属し、所属先に応じた複数のホー ムアドレス(プライベートアドレス)と論理名を持つことが可能である。
(2) 着信相手の論理名指定方法
提案手法【1】および【2】では、一般的な通信アプリケーションのサポートを目的とし て、移動端末の論理名としてNAI (Network Access Identifier)を割り当てる。一方、提案 手法【3】では、SIPベースのセッション制御・管理と連携させるために、SIP URI (Uniforma Resource Identifier)を論理名として指定する。
(3) 論理名からIPアドレスへのマッピング(移動端末への着信時)
上記(2)と関連して、提案手法【1】および【2】では、移動端末への着信を実現するため にDNSを利用しており、インターネット環境で利用される汎用的なアプリケーションに対 応することができる。一方、提案手法【3】ではSIP手順を利用することにより、ALL IP / NGNで想定されるVoIPをはじめとしたIPベースのリアルタイム・マルチメディア通信を 効率的にサポートすることができる。
(4) 一時アドレスの割り当てノード
各提案手法においては、グローバルアドレスを持つ端末・ホストとの通信や、異なるプ ライベートアドレス空間に所属する移動端末との通信を実現するために、通信中に一時的 なグローバルアドレス(グローバルIPネットワークを介さない場合は、状況によって一時的 なプライベートアドレス)を割り当てる。このための一時アドレスのプールを管理し、要求 に応じて割り当てる機能ノードとして、提案手法【1】ではHA、提案手法【2】ではGRA (Global Roaming Agent)、提案手法【3】ではGFAを選択した。提案手法【1】では、ある 特定のホームネットワークに所属する移動端末に対する着信を実現し、移動端末宛の外部 からのパケットをホームネットワークに向けてルーティングさせるために、HAで割り当て る方法を採用した。また、提案手法【2】では、独立に管理される複数のモバイル IP ネッ トワークを接続する場合、一般にネットワークの最上位階層レベルで接続する必要あり、
なおかつそれぞれのモバイルIPネットワーク内部のモビリティ管理の独立性も維持するこ とが求められることから、ローミングのサポートを目的とする特別な通信ノードGRAを導 入し、一時アドレスの割り当ても GRAで行う方法を採用した。さらに、提案手法【3】に おいては、SIPによるセッション制御用シグナリングを扱うノードと、階層的Mobile IPの モビリティ・エージェントの機能を各階層レベルで統合することにより、セッション確立 と一時アドレスの割り当て・変換、およびユーザパケット転送処理を最適化するというア プローチを採用した。すなわち、セッション確立のタイミングとあわせて、通信経路上で 最適な位置に存在するGFAに一時アドレスの割り当て機能を実現した。
(5) NAT(アドレス変換)の実行ノード
通信時に必要な一時アドレスの割り当てに関しては、上記(4)で示したように、提案手法
【1】、【2】、【3】に対応して、それぞれ HA、GRA、GFA でサポートすることとした。一 方、割り当てた一時アドレスと、移動端末固有のホームアドレスに相当するプライベート アドレスとの相互変換機能に関しては、各提案手法のネットワーク構成に応じて、通信経 路上で最適な位置で実行させるというアプローチを採用した。提案手法【1】においては、
基本的には外部とのユーザパケットの送受信を行うHAでアドレス変換もサポートするが、
通信相手ノード(CN)と外部ネットワークの GFA との間で直接パケット転送を可能とする ため、HAからGFAに一時アドレスを通知し、GFAにアドレス変換機能を実行させる方法 を採用した。一方、提案手法【2】では、上記(4)で述べたように、ローミング中の移動端末 の通信をGRAでサポートするため、アドレス変換機能もGRAで実現した。また、提案手 法【3】では、上記(4)で示したように、SIPサーバ機能とMobile IPのモビリティ・エージ ェント機能を統合することで、アドレス割り当てを含めたシグナリング処理とパケット転 送処理の最適化を図っており、経路上で最適な位置に存在するGFAにアドレス変換を実行 させている。
表 7-1 提案手法の比較
以上の点から、移動端末への着信の実現と、アドレス割り当て・変換処理およびパケッ ト転送処理の観点から、各提案手法の特徴をまとめると、次のように言える。提案手法【1】
では、HA でのアドレス割り当てを基本としつつ、GFA に対するアドレス変換処理の委譲 によってパケット転送経路・処理の効率化を図っている。提案手法【2】では、アドレス割 り当て・変換機能を持つGRAの導入によって、独立な運営主体の内部でのモビリティ管理 機能の変更を最小限としつつ、相互のローミングを実現し、さらに運営主体ごとに異なる プライベートアドレス/NAI を用いた通信を可能としている。また、提案手法【3】では、
SIPベースのアプリケーションに特化することで、汎用性はある程度犠牲になるものの、階
層的Mobile IPによるモビリティ管理機能とセッション確立、およびアドレス割り当て・変
換処理を統合し、シグナリングとユーザパケット転送の両面で効率的な方法を実現した。
項目
【1】階層的 Mobile IPとNAT, DNSの連 携による実現手法
【2】異なる運営主 体間のローミング のための実現手法
【3】階層的Mobile IPとNAT, SIPの連 携による実現手法
移動端末の所属運営主 体(所属ドメイン)
単独 複数 単独
着信相手の論理名指定 方法
NAI NAI SIP URI
論理名からIPアドレス へのマッピング方法
DNS DNS SIP
一時アドレスの割り当 てノード
HA GRA GFA
NAT(アドレス変換)の 実行ノード
HAまたはGFA (状況により最適化)
GRA GFA
(経路最適化) 特徴 ・DNSにより汎用的
なアプリケーション に対応
・HAからGFAへの NAT 処理委譲によ る効率化・経路最適 化
・各運営主体のモ ビリティ管理機能 の独立性を維持
・ローミング先で 別のプライベート アドレス / NAIを 使用可能
・SIPベースのアプ リ ケ ー シ ョ ン に 特 化
・セッション確立時 に ア ド レ ス 割 り 当 て・経路最適化