2 地球電磁気学・地球惑星圏科学の現状と科学課題
2.4 宇宙プラズマ・地球惑星大気における物理素過程の理解
2.4.2 弱電離プラズマ・中性大気の物理
(1)弱電離プラズマ 現状
これまでの節では電離プラズマにおける素過程について述べてきたが、中性気体分子の 電離・結合過程を含む弱電離プラズマのダイナミクスも、地球電磁気・地球惑星圏におけ る重要な素過程である。例えば、地球電離圏は弱電離プラズマで満たされた空間であり、
また今後の惑星探査等で重要な役割を果たすであろう電気推進機関(プラズマエンジン)
においても弱電離プラズマの理解は欠かせない。
地球電離圏は、1924年のアップルトンによる発見以降今日まで様々な研究が行われてき た。地球電離圏内には様々な空間スケールの電子密度構造を有する。たとえば、数 100 km 程度の中規模構造として、中・低緯度域のプラズマバブルや中規模伝搬性電離圏擾乱
(MSTID: Medium-scale Traveling Ionospheric Disturbance)、高緯度域の極冠プラズマパッチ などがある。プラズマバブルは、赤道域で電離圏下部の低密度プラズマが局所的に高高度 まで持ち上がる現象である。電子密度の微小擾乱中を横切って流れる重力ドリフト起源の
43
電流を連続にするため分極電場が生じ、その結果起こる Rayleigh-Taylor 不安定性によっ て形成されると考えられている。一方、電離圏 F 領域を伝搬する電子密度の波状構造で ある MSTID は、日本上空など主として中緯度域で頻繁に観測される。夜間の MSTID の 空間構造は、電子密度の微小擾乱中に中性風が駆動する電流によって分極電場が生じ、そ の分極電場が電離圏を鉛直方向に変位させることで作られていると考えられている。
Perkins 不安定性と呼ばれるこのプロセスは、定性的には MSTID の性質説明できるものの、
線形理論の範疇では不安定性の成長率が小さすぎ、観測事実を定量的には説明できていな い。プラズマバブルや MSTID などの中規模構造の内部には、さらに小さい空間スケール の密度擾乱(イレギュラリティ)が存在することがレーダー・衛星・ロケットなどの観測 で明らかになっている。同様の構造は、極冠プラズマパッチの近傍においても観測されて おり、電離圏 F 領域に存在する中規模電子密度構造の内部・近傍には、微小スケールの 密度擾乱が緯度にかかわらず必然的に存在することを意味している。プラズマパッチ近傍 のイレギュラリティも、電子密度の微小擾乱中を流れる水平電流の連続性を保つ分極電場 が擾乱を増幅することによって生成されていると考えられている。このプロセスは、
Gradient-drift 不安定性として知られているが、根源的なメカニズムはプラズマバブルや
MSTID の生成のプロセスと共通である。つまり、電離圏内の電子密度勾配中を流れる電
流が電子密度擾乱を横切ることで生じる分極電場がプラズマの構造化を担っており、広い 意味において弱電離プラズマ中に生じる交換型不安定性であると言うことができる。この ように異なる緯度の電離圏で観測される異なった構造が、共通の普遍的なプラズマ不安定 性によって形成されていることは特筆に値する。
一方で、実験室においても弱電離プラズマを用いた研究は古くから行われてきた。近年、
化学的エネルギーかわりに電気的エネルギーによって宇宙空間中で推力を得る推進機関
(電気推進機関)がはやぶさ衛星などにおいて実用化されたが、これらの電気推進機関に 関連した弱電離プラズマ素過程の議論も進められている。電気推進(プラズマ推進)機関 におけるプラズマは、スケーリング(無次元化)によって宇宙プラズマ(例えば太陽風を 典型的な例として)と同等視することはできない。それは、以下の理由による。
1. 推進プラズマは基本的に不完全電離であり(最高電離度50%程度)、プラズマの運 動だけではなく中性ガスの挙動、さらに中性ガス電離によるプラズマ生成について考 慮する必要がある。
2. 粒子間衝突が無視できない。特に電子中性粒子の非弾性衝突は、プラズマ生成を考慮 する上で本質的に重要である。電子・イオン衝突も無視できない。
3. 推進機関設計のためには、プラズマの様々な物理スケール(ラーマ半径等)に加えて 機器のサイズ(口径等)を考慮する必要がある。
44
3は工学応用へ向けた条件であると言えるが、1、2の素過程は、電離圏プラズマなどの 自然界の弱電離プラズマダイナミクスにもつながる素過程であると言える。
今後の課題
先に述べたように、電離圏の異なる緯度において観測される異なった構造が、共通の普 遍的なプラズマ不安定性によって形成されていることがこれまでの研究により明らかとな ってきた。但し、MSTID 生成の鍵を握ると考えられている Perkins 不安定性、ポーラー パッチ近傍のイレギュラリティの生成に寄与していると考えられている Gradient-drift 不 安定性の双方において、線形理論によって得られる成長率は小さすぎ、観測を定量的に説 明することができない。これは、構造の成長が非線形段階において起こっていること、他 の不安定性とカップルすることで成長が促進されていることを示唆するものである。例え ば、極冠プラズマパッチに伴うイレギュラリティに関しては、Gradient-drift 不安定性と
Kelvin-Helmholtz 不安定性との組み合わせによって大きな成長率が得られている可能性が
指摘されている。また、夜間 MSTID に関しては、Perkins 不安定性が起こっている F 領 域と、E 領域のスポラディック E 層の内部で生じている不安定性がカップリングして、
MSTID の速い成長を引き起こしている可能性が指摘されている。今後、不安定性の時間
発展を制御するパラメータ(密度の勾配スケール長、中性風、背景電場、粒子降下など)
を高い時空間分解能を持つ観測機器によって精密に測定し、得られたデータを考慮した数 値シミュレーションを行うことで、弱電離プラズマ中のプラズマ不安定性が電離圏プラズ マの構造化に与える影響を定量的に吟味していく必要がある。地上・衛星観測が充実して いる地球電離圏において、交換型不安定性によってプラズマに構造が生み出されていく過 程を研究することは、その他の観測が疎な領域(磁気圏、惑星電離圏、太陽・恒星などの 他天体)において生じている様々なプラズマ不安定性を理解する上で重要な意義を持つと 考えられる。例えば、太陽の採層にも電離圏と同じ弱電離プラズマが存在し、採層プラズ マ中、もしくは採層からコロナへ繋がる領域において、様々な物理現象(プロミネンスな ど)が観測されている。ここで述べた弱電離プラズマ中の交換型不安定性の普遍的意義を 明らかにするためには、太陽採層現象と電離圏現象の間のアナロジー研究を積極的に行う などの取り組みが必要である。
電気推進機関の弱電離プラズマ(推進プラズマ)研究における現在の主題は、おもにプ ラズマの生成・加速に関するものである。プラズマ生成には多くの方法があるが、基本は 中性ガス(少量の自由電子を含む)に電場をかけて電子を加速し、これと中性粒子との非 弾性衝突によりカスケード的に電離を促進するものである。ガス中に電場を導入する方法 としては、キャパシティヴ(コンデンサと同様に電場を浸透させる)、インダクティヴ(交 流によりガス内に渦電場を励起)、ヘリコン(ガス内にホイッスラー波を励起)などがあ
45
る。特にヘリコンプラズマ生成については、その物理過程の詳細に未解明な部分が多く、
「生成・消失を含む非一様プラズマ中の波動伝搬」という観点から、非常に興味深い研究 対象であり、SGEPSS研究者の活躍できる分野であると考えられる。プラズマ加速には大 別して3方法がある。ガス内部に導電することによりガスを加熱し推力を得る「電熱加速」、
静電場によりイオンを加速する「静電加速」、ローレンツ力による「電磁加速」である。
はやぶさで有名になったイオンスラスタは静電加速型である。グリッド損耗をさけるため、
プラズマとグリッドが接しない無電極電磁加速型の推進機関の研究が現在さかんである。
「プラズマに直接手をふれず、外部から電磁場によって加速する」と言い換えれば、宇宙 プラズマの研究者にもおなじみの研究対象ではないだろうか。これも、SGEPSSサイエン スの延長として実りのある結果が期待できる分野だろう。
(2)大気の微細構造 現状
20世紀後半の種々の計測技術の進歩により大気圏の構造や温度、風速場などの情報は飛 躍的に豊富になった。地上から熱圏下部の高度約100 kmまでの大気については、ロケット や気球などの直接観測および衛星やレーダーなどの間接計測で種々のスケールの大気構造 が明らかになり、大気波動がこの領域で運動量やエネルギーの輸送に果たす役割が明らか になってきた。これらの波動には、地球規模の大気潮汐波、プラネタリ波などから気候モ デルではグリッド内の構造となるような水平10 kmスケールくらいに至る大気重力波など が含まれる。ところで、高度100 kmの大気で物質やエネルギーの鉛直拡散で重要な働きを する乱流についてはその観測的な研究は大幅に遅れている。対流不安定、シア不安定など で生成される種々のスケールの乱流で満たされている大気中では、上方あるいは下方への 物質の拡散については、熱圏下部までは乱流による渦拡散が支配的であり、熱圏での熱運 動による分子拡散とは対照的であり、また大気波動がエネルギーや運動量の輸送には効果 的だが鉛直物質輸送には効かないこととも好対照である。
今後の課題
地上から熱圏下部の高度約100 kmまでの大気は先に述べたような種々のスケールの乱流 で満たされている。一様空間で統計的に議論するだけでも難しい乱流が、現実の大気の状 況に応じて変調されていることが、さらに問題を難しくしている。
取り組むべき課題を以下に述べる:
・乱流の観測手法の開発
・乱流の時空間構造の解明
・乱流圏界面領域の観測とモデル研究
・化学モデル等による乱流拡散の推定値と実観測データのギャップの解明
・不均一な乱流現象のモデルへの取り込み。