4.3 MOT による中性化された Rb 原子のトラップ
4.3.3 実験の結果と考察
中性化器を用いて,Rbイオンビーム由来の中性化Rb原子実験のMOTに成功した.
今回撮影されたトラップされたRb原子の典型的な画像を図4.32に示した.
図4.32 中性化器からのRb原子MOTの典型的な画像データ.ピンク色の丸中が MOTした原子からの蛍光.MOTの最大径は直径およそ2 mm弱である.
レーザー光に共鳴し,MOTにトラップされている原子は脱励起する際に蛍光を発する ため,この蛍光はその場所にトラップされた原子集団が存在することを意味している.
このRbMOTの蛍光強度からトラップされている個数を見積もる.この実験で撮影さ
れたMOT個数測定用の典型的なRb原子MOTの画像データを図4.33に示す.
これらの撮影した画像から以下のようにしてトラップ個数が求まる[60].原子とカメラ が図4.34のように設置されているとする.このときCCDカメラが検出する光の強さは 以下のように表される.
P =N·!ω·γp· πr2
4πR2 (4.7)
ここで!は換算プランク定数,ωは原子の2準位間の固有周波数,γpは自然放出レート,
rはCCDカメラのレンズ半径,Rは原子からCCDカメラのレンズまでの距離である.
また,γpは
γp=γρee =γ·1 2
s 1 +s = γ
2
s0
1 +s0+ (2δ/γ)2 (4.8) である.ただしρee は原子が励起状態にある確率,γは遷移の自然幅,sは飽和パラメー タ,s0共鳴飽和パラメータ,δはレーザー光の離調である.飽和強度をIs,レーザー光強 度をI とすれば,
ρee= 1 2
s
1 +s, s= s0
1 + (2δ/γ)2, s0= I Is
(4.9)
図4.33 個数測定に用いた中性化器からのRb原子MOTの典型的な画像データ.ピ ンク色の丸中がMOTした原子からの蛍光,水色の丸中がリファレンス光である.そ れぞれ異なる値のNDフィルターを通した光を見ているため,実際の明るさは異なっ ている.
と書ける.よって,以上よりトラップ原子数N は N = P
!ω
1 + (I/Is) + (2δ/γ)2 (I/Is)(γ/2) ·4R2
r2 (4.10)
と見積もることができる.
原子からの蛍光強度Pは,リファレンス光強度Pref,原子とCCDカメラの間に挿入し たNDフィルターの減光率のリファレンス光とCCDカメラの間に挿入したNDフィル ターの減光率に対する比pND,画像から求めた原子からの蛍光輝度のリファレンス光の輝 度に対する比pbrとしたとき,
P = pbr
pND ·Pref (4.11)
となるから,図4.32のような画像からトラップされた原子の個数を見積もることが出 来る.
トラップ原子個数の中性化標的温度依存性
図4.35にトラップ原子数の中性化標的温度依存性のプロットを示す.
中性化標的印加電圧は−1 kVで測定を行った.温度の上昇によってトラップ原子数が 増加している.高温側でトラップ原子数が大きく揺れているが,これはレーザー光周波数 の実験中の安定性がやや悪いことや,目視でのトラップ原子数の最大化を行なっているた めばらつきが出てしまうことからくるものである.トラップ原子数は最大で中性化標的温 度が1000 ◦Cの時に106 個に達している.
図4.34 トラップ原子蛍光からのトラップ原子数の推定
図4.35 中性化器後のMOTでのトラップ原子数の中性化標的温度依存性を示す.縦 軸はトラップ原子数,横軸は中性化標的温度である.
トラップ個数の中性化標的電圧依存性
次に,図4.36にトラップ原子数の中性化標的電圧依存性のプロットを示す.中性化標 的温度は1000◦Cで測定を行った.
この測定では中性化標的印加電圧を変更した直後と一定時間(5分程度)が経過してか らの二度測定を行っている.中性化器電圧の上昇に従ってトラップ原子数が増加している とも見て取れるが,しかし,特に中性化標的電圧が高い領域において同じ電圧における2
図4.36 中性化器後のMOTでのトラップ原子数の中性化標的電圧依存性を示す.縦 軸はトラップ原子数,横軸は中性化標的電圧である.
度の測定の差が大きくなり,一定時間経過後のトラップ原子数の方が多くなる傾向にある ように思われる.この結果について,トラップ原子数を測定時間開始からの時間に対して プロットしたものが図4.37である.
図4.37からは測定開始から時間が経過するとともにトラップ原子数が増加しており,
特に高電圧領域では増加が著しいように見て取れる.
もし,これが真に時間の経過とともにトラップ個数が増加しているとすると,中性化器 から供給されトラップされなかった原子がMOTチェンバーに長時間留まり,それがたま たまMOTにトラップされていることが考えられる.
いずれにせよ,この結果のみからはトラップ原子数の増加が中性化標的電圧の上昇によ るものか,時間経過によるものか判断することは出来ない.そこで,より長時間の測定を 行い時間依存性が存在するかどうか見極めるため,さらに実験を行った.
ここからの実験は,トラップ個数の絶対数は測定せず,CCD ビデオカメラで捉え られているうちのトラップされた原子集団周辺にある光量が変化しないと思われる一 部分をバッググラウンドとして採用し,その領域の輝度とトラップされた原子集団か ら出る蛍光輝度の比を測定量とした (図 4.38).輝度の RGB 画像からの計算式は 輝 度 = Red×0.298912 + Green×0.586611 + Blue×0.114478を使用した.NDフィル ターは使用せず,原子集団からの蛍光はガウス分布であるとし,輝度が飽和した部分につ
図4.37 中性化器後のMOTでのトラップ原子数の中性化標的電圧依存性を測定した 際のトラップ個数を測定開始からの経過時間でプロットしたもの.
いてはそれに対して2次元ガウス関数+傾斜面でフィッティングを行い抽出したガウス 関数の積分値を輝度に採用した(図4.39).フィッテイングには飽和している部分に対し ては無限大の誤差,それ以外の部分には高さの平方根を誤差として与え,ガウス分布の裾 にフィットをかけ最大輝度は内挿されるようにした.
図4.40にシグナル/バックグラウンド比の中性化標的電圧依存性,図4.41にシグナル/ バックグラウンド比の測定開始からの経過時間に対するプロットを示す.
中性化器の温度は800◦Cで測定を行った.図4.40からは前の結果と同様に,電圧が上 昇するに従ってトラップ原子数が増加している.
同じデータを用いて,時系列順にプロットしたものが図4.41である.図中の同じプ ロット点の形状は同じ電圧設定であることを示す.はじめ中性化標的印加電圧が−3 kV の設定で1時間半に渡って測定を続けた時点では,あまり時間経過によって原子数が増加 する様子は見られない.しかし,ここから電圧を上昇させて行く場合にはトラップ原子数 は時間経過に伴って増加しているようにも見て取れる.
以上の測定結果からは,トラップ原子個数の増加が中性化標的電圧に依存しているか,
時間に依存しているかについては断定できない.ここでは,両者の可能性について考察を 行うこととする.
図4.38 CCDカメラで撮影した中性化器後のMOTでのトラップ原子周辺の画像を 輝度に直し,解析に使用した.バッググラウンドは黄色い枠で囲まれた部分で,この部 分とピンク色の丸で囲まれた原子からの蛍光との輝度比を求めた.
図4.39 解析のため,CCD画像から得られたMOT原子蛍光輝度に対して二次元ガ ウス関数でフィッティングを行った.水平軸は全てピクセル,高さは輝度である.左側 が元画像,右上がフィッティングで得られたガウス分布,右下がフィッティングで得ら れたガウス分布+傾斜面である.フィッティングが実際に得られた輝度分布をよく再 現している事がわかる.蛍光強度としては右上のガウス分布のみを積分したものを用 いる.
図4.40 中性化器から出力されたRb原子線のMOT蛍光輝度とBGの輝度の比を中 性化標的印加電圧に対してプロットした.
図4.41 中性化器から出力されたRb原子線のMOT蛍光輝度とBGの輝度の比を測 定開始からの経過時間に対してプロットした.同じプロット点形状は同じ電圧設定を 表す.
トラップ原子の個数が時間経過により増加しているとした場合
MOTチェンバー内ははじめRb原子は存在せず,中性化器を運転してはじめてRbが 送り込まれる.送り込まれた原子はいくらかの時間,チェンバー内を漂い,チェンバー壁 面との吸着・脱離を繰り返す.もし中性化器から送り込まれる原子のレートがチェンバー 壁面に吸着・固定されたり,真空ポンプチェンバーに移動するなどしてMOT不可能にな るレートよりも多ければチェンバー内を漂う原子は増加するはずなので,そこからMOT でトラップされる原子の数も増加すると考えられる.なお,今回の実験では電圧依存性測 定を開始する数時間前から原子の供給を行なっていた.
トラップ原子の個数が電圧に依存して増加しているとした場合
中性化標的に印加する電圧を増加させると中性化器で損失されるイオンが減少し,中性 化器からMOT領域に供給される原子数は増加するので,MOTでトラップされる原子数 も増加する.特に,今回の実験ではイオンを中性化器に閉じ込める電場を形成するリフレ クターをグラウンドにしてその効果をなくしていたため,イオンを閉じ込める効果を生じ るのは中性化標的のみであった.この条件では,このイオン閉じ込め能力はある程度で限 界を迎え,その場合はMOTへの供給原子数の飽和(トラップ原子数の飽和)が起こると 考えられるが,今回はこの現象は観測されなかった.
また,トラップ原子数に時間依存性があるとしても,それは中性化標的印加電圧増加に よるRb原子の供給量増加を反映している可能性もある.図4.41にあるように,中性化 標的印加電圧が低い時にはあまり時間依存性が見えないように思われるが,中性化標的印 加電圧を上昇させていくと時間依存性がより強く出ている.これは中性化標的への印加電 圧を上昇させたことにより原子をMOTチェンバーに供給するレートが増加し,原子が MOT不可能になるレートを上回りその均衡が取れるまでトラップ原子数が時間に依存し て増加するためとも考えられる.