第3章及び第4章で詳しく述べたFr中性化器からの原子線に対して,原子線横方向速 度減速器を適用した場合を想定して,レーザー光からの輻射圧によって原子線をコリメー トするシミュレーションを行った.その結果,400 mmの長方形ミラーを用いれば,ゼー マン減速器で冷却可能な400 m/s以下の原子のみを考えても,中性化器から出る全原子 のうち,約32%の原子をゼーマン減速器を透過させる事が可能であることが分かった.
また,シミュレーションにより,レーザー光初期入射角度と長方形ミラーの傾き及び離 調によるゼーマン減速器透過率の変化を詳細に調べ,その実現に必要な条件を決定するこ とが出来た.
その結果を踏まえて,原子線横方向速度減速器に必要な長方形ミラーや長方形ミラー傾 斜機構の製作を進めている.
今後,Rb原子線による原子線横方向速度減速器試作機を用いて原子線コリメーション の原理実証,シミュレーションの妥当性の検討を行い,オンライン実験に向けた,北野精 機と設計を進めているFr原子線のための原子線横方向速度減速器の製作を進めていく予 定である.
第 6 章
まとめと今後の展望
本研究では,Fr原子のレーザー冷却及び光トラップを用いた電子EDMの探索を目標 として,統計誤差低減のために一度に測定する原子数を増強することを目指し,イオンの 形で生成・輸送されるFrを高効率でMOTへと導入する際に鍵となる,大強度冷却Fr原 子線生成のための装置の設計・開発を行った.
FrイオンをMOTで捕獲可能な中性原子線へと高効率で変換する「中性化器」では,従 来用いられてきたセル中での中性化方式での低いMOTトラップ効率を改善するため,表 面イオン化と表面中性化を組み合わせたFr中性化器を新たに設計・開発した.
この中性化器の開発・性能評価用に新たに開発したRbイオン源を用いて,中性化器に Rbイオンビームを入射・中性化するテスト実験を行い,ホットフィラメント及びCEM による測定で中性化器出力の中性化標的温度や印加電圧依存性,ビームプロファイルなど を測定した.この測定から中性化器からイオンビームに由来する出力が存在し,その出 力は中性化標的印加負電圧・温度が上昇するに従って増加する事が分かった.さらに,イ オンビーム遮断後の出力減衰曲線についての考察から,中性化器のイオンビーム/原子線 変換効率を3.5∼4.0%であると推定することができた.本研究では,中性化器のイオン ビーム/中性原子線変換効率の目標値はEDMの上限値更新に必要である約10%を目標 に開発を行ったが,その半分程度の効率を得るに留まった.しかし,これはオーブン穴直 径の縮小,オーブン形状最適化や中性化器動作温度の向上で改善出来る見込みがあり,今 後の改良の指針を得ている.
また,中性化器直後にMOTチェンバーを接続し,Rbイオン源からのRbイオンビー ムを中性化器を用いて中性Rb原子へと変換し,トラップすることに成功した.これはFr 原子のMOTへ向けた大きな前進であり,今後行うFrイオンビームの中性化・MOTト ラップ実験に向けて足がかりを得ることができた.しかし,Rb-MOTを使用した中性化 器の特性評価についてはいくらかの知見は得たものの不明瞭な点も残り,イオンビーム/ 中性原子線変換効率など重要な量の評価のために,オフライン・オンライン実験双方でよ り詳細な検証を行なっていく必要がある.
中性化器で高効率にイオンビームから変換したFr原子線をゼーマン減速器に入射する 際に,その原子線の持つ角度広がりによる原子数の損失を防ぐ「原子線横方向速度減速
器」では,中性化器出力を模した原子線に対して光の輻射圧について運動方程式を解く コンピューターシミュレーションを行い,400 mmの長方形ミラーを用いれば,中性化 器から出力された1000◦Cの熱原子線のうち,現実的なゼーマン減速器で減速可能な400 m/s以下の速度を持つものだけを考えても,全原子中の32%がコリメーション可能で MOT領域まで到達できることを示した.本研究での中性化器出力のMOT到達目標値は 約10%程度としていたが,これは充分達成できる見込みである事が分かった.また,効 率的なコリメーションを行うためのレーザー光初期入射角度,長方形ミラー傾斜角度の条 件も考察し,装置製作に向けた準備を整えることが出来た.今後は,製作を進めている Rb原子線を用いた原子線横方向速度減速器試作機による原理実証実験を行い,その結果 を踏まえてFr原子線コリメーション用の装置を製作する予定である.
これら本研究で開発・検討した2つの装置と,ゼーマン減速器を組み合わせ,表面イ オン化器からのFrイオンビームの数%の原子への変換,輸送及び減速を達成し,電子 EDMの最高精度測定に必要な106個のFr原子をMOTで捕獲・蓄積することを目指す.
謝辞
本研究は大変多くの皆様のご指導・ご協力により遂行することができました.この場を 借りて,皆様に感謝の意を述べさせていただきます.
東北大学サイクロトロンRIセンター 測定器研究部の酒見泰寛教授には,本研究テーマ を提案いただき,また,研究を遂行する上で多くの有益なご助言・ご指導を賜りました.
進路で迷うこともありましたが,その際も多くのアドバイスやご助力をいただきました.
国内,海外での講演,会議,施設見学等,視野が広がる機会も多く与えていただきまし た.様々の面において私の希望に最大限配慮していただいた事に心から深く感謝申し上げ ます.
同センターの川村広和助教には,卒業研究時から常に研究をご指導いただきました.そ の中で,物理的な観点はもちろんもこと,研究者としての姿勢や考え方も学ばせていただ きました.論文執筆,実験に際しても大変多くのご助言・ご助力をいただき,誠に感謝申 し上げます.
同センターの原田健一助教には,レーザー技術を多く使用した本実験に際して,ほとん ど知識の無い私に基礎からご指導をいただきました.実験の多々の場面で,ご助言・ご助 力を賜り,また,論文執筆の際にも多くのコメントをいただきました.大変感謝致します.
同センターの伊藤正俊助教には,実験遂行のポイントや中性化器への輸送に向けたFr 生成実験のマシンタイムの際などに,数多くの適切なご助言を頂きました.また,RCNP
やCYRICでの原子核散乱実験に参加する機会を与えて下さり,大変視野が広がりまし
た.誠に感謝致します.
同センターの井上壮志博士には,実験に際して多くのご助力を賜りました.また,論 文執筆の際にも適切なアドバイスを多くいただき,参考になりました.大変感謝いたし ます.
同センターのHuliyar S. Nataraj 氏には、特に理論的な面でご助言をいただきました.
誠に感謝いたします.
D1の早水友洋氏には,研究室に配属されてから最も近い先輩として,博士を目指す先 輩として,多くの事を学ばせていただきました.本実験に際してもご助力をいただき,大 変感謝致します.
同期の加藤智洋君には,様々大変にご迷惑をおかけし大変にお世話になりました.他愛 も無い話も,研究の話も沢山していただき,遊んでもいただき,大変感謝しております.
M1の江連咲紀さんには,MOT光学系の設置,コイルの製作やベーキング作業,測定
などで本実験を支えていただきました.ありがとうございました.
B4の石川泰佑君,有川裕士君には,仲良くしていただき大変感謝しております.
阪大RCNPの吉田英智博士にはFrオンライン実験に際して,沢山のご助言・ご助力を いただきました.また,進路に関しても多くのアドバイスをいただきました.大変感謝い たします.
首都大学東京の古川武助教には,中性化器並びに原子線横方向速度減速器について多く のご助言をいただきました.大変感謝いたします.
東京大学鳥井研究室の青木貴稔助教には、光学実験について多くのご助言をいただきま した.中性化器のMOT実験や原子線横方向速度減速器の設計についてしていただいた お話は大変有益なものでした.誠に感謝致します.
東北大学サイクロトロンRIセンター 加速器研究部の篠塚勉准教授には,物理学の根本 的な考え方についてお話いただきました.大変感謝致します.
同センター加速器研究部の涌井崇志助教には,様々なご相談をさせていただいた際に親 身にお答えいただき,大変感謝致しております.
同センター加速器研究部の島田健司研究員には,研究から,趣味の話題まで広くお話を していただきました.大変感謝いたします.
同センター加速器研究部の高橋愛実さんには,他愛も無い話に付き合って下さり,ラー メン屋に連れて行っていただいたり,ピザを頼んだり,と楽しい時間を過ごさせていただ きました.ありがとうございました.
住重加速器サービスの大宮康明氏、高橋直人氏、鈴木淳也氏、高橋研氏には、実験を行 うための素晴らしい環境を提供して頂きました。電気系統や工具についても様々教えてい ただき,誠に感謝いたします.
株式会社三益の松田健一様には、Rbイオン源架台や,ミラー保持器具等,様々な実験 器具を作製していただきました.所望のものを発注する際の注意等,今後に生きるアドバ イスを多数いただき,大変感謝いたしております.
Rbイオン源を作製いただいた株式会社サンリック,株式会社北野精機,CBCオプテッ クス株式会社の皆様にもここで感謝を述べさせていただきます.
最後に,6年の間私の東北大での学生生活を送らせていただいき,励ましの言葉をかけ て支えて下さった家族に心から感謝致します.ありがとうございました.