に,その準位間のエネルギー差に相当するようなレーザー光を原子に照射すると,原子は レーザー光から光子を吸収して運動量!kを受け取る.その後,原子は自然放出によりラ ンダムな方向に光子を放出し光の進行方向と逆向きの反跳運動量!k%を受け取る.原子が レーザー光の中にいる間はこれが繰り返し起こる.このサイクルにある原子がレーザー光 から受け取る運動量!kは常に同じ方向であるが,自然放出による反跳運動量!k%はラン ダムであるから多数回の和をとるとその大きさはほぼゼロになる.つまり,原子がn回サ イクルを繰り返した時の運動量変化∆pは以下のように書ける.
∆p=
#n
!k+
#n
!k%
=n!k+ 0
(5.1)
よって,原子はレーザー光からの運動量を受け取り続けその方向に減速される(図5.2).
図5.2 原子がレーザー光から受ける輻射圧
原子がレーザー光から受ける輻射圧F は,運動量変化∆pと経過時間∆tを用いて
F =∆p/∆t (5.2)
と書ける.ここでそれぞれの項は
• 1サイクルにおける平均的な運動量変化: ∆p=!k
• 1サイクルの平均的な時間の逆数: ∆t1 =γ
• 原子が光を吸収する確率: (ω α0γ2
0−ωl)2+γ2
ただしγは遷移の自然幅,ω0は原子の共鳴角周波数,ωlはレーザーの角周波数,α0は共 鳴条件での吸収係数である.以上から,式(5.2)はそれらの積として以下のように表され る[67].
F =!kγ α0γ2
(ω0−ωl)2+γ2 (5.3)
上 式 に も あ る よ う に ,原 子 が 一 光 子 を 吸 収・放 出 し て 得 る 加 速 度 は 210Fr の 場 合
!kγ/2/m∼6×104 m/s2と重力の6万倍も大きく,速い速度の原子でもよく減速する ことが出来る.
5.2.2 ドップラー冷却
次に,レーザー光の中を運動している原子に対してはどのような力が働くかを考える.
ここで二準位系原子は図5.3のように一次元的に速度vで運動しているとし,原子の運動 方向と同じ向きと逆向き2本の同じ周波数を持つレーザーを入射した場合を考える.静止 した原子にとっては,左右から同じ周波数の光を感じて同じ分だけ輻射圧を感じるから,
それらからの力はキャンセルされる.しかし,運動する原子の場合はドップラー効果によ り左右のレーザー光について異なった周波数の光を感じることになる.原子が感じる対向 する方向からの光の周波数はωl+k·v,同じ方向に進む光の周波数はωl−k·vである.
このとき,入射するレーザー光の周波数を対向する光に対するドップラー効果による周波 数のずれを補正するようにδだけ離調しておくと,原子の運動に対向する方向の光は原子 によく共鳴し,原子の運動と同じ方向の光はあまり共鳴しなくなる(図5.4).すなわち,
原子の運動方向と逆向きになるような方向にレーザー光からの輻射圧が生じ,運動する原 子は減速・冷却される.この2つのレーザーからFr原子が感じるの力の和を速度の関数 としてプロットしたものを図5.5に示す.ここでは一次元的な場合を考えたが,レーザー 光を増やすことでこれを二次元・三次元まで拡張することが可能である.
図5.3 二準位原子のドップラー冷却
図5.4 レーザーから受ける輻射圧
ドップラー冷却においては原子はその速度に対向する方向に力を受ける一方,レーザー
光から吸収する光子数の確率的な揺らぎや自然放出で受けるランダムな反跳運動量のため にブラウン運動をする.これがドップラー冷却の冷却限界を決めており,このドップラー 冷却限界温度TDは原子の遷移固有の自然幅及びボルツマン定数kBを用いて次式のよう に表される.
TD= !γ 2kB
(5.4) 一次元での原子の運動エネルギーと熱エネルギーの関係 12mv2= 12kBT(ただしmは一原 子の質量)を使えば,ドップラー冷却限界速度は
vD=
8kBTD
m (5.5)
となる.
アルカリ原子の遷移の自然幅,ドップラー冷却限界温度及びドップラー冷却限界速度に ついて表(5.1)に示した.
原子 7Li 23Na 39K 87Rb 133Cs 210Fr
自然幅γ/2π [MHz] 5.92 10.01 6.09 5.89 5.18 7.6
ドップラー冷却限界温度TD[µK] 142 240 146 141 124 182 一次元でのドップラー冷却限界速度vD [cm/s] 41.0 29.5 17.7 11.6 8.82 8.5
表5.1 アルカリ原子のドップラー冷却限界
図5.5 ドップラー冷却の際に原子に働く力の原子の速度依存性
5.2.3 長方形鏡を用いた横方向速度減速
次に,前節のドップラー冷却を利用した原子線のコリメーションについて考える.原子 をコリメーションするには,原子が広がる方向すなわち原子線の進行方向(縦方向)に対 して垂直な平面に対して二次元ドップラー冷却をかければ良い(横方向速度減速).しか し,以下の理由から単純に二次元方向からレーザー光を照射するのでは高速な縦方向速度 を持つ原子のコリメーションは難しい.
まず,原子は横方向速度が充分冷却されるまでレーザー光の中に留まっている必要があ るが,原子の縦方向速度が速すぎると原子の横方向速度が冷却されきる前に原子がレー ザー光から出てしまう.冷却領域を広げると非常に強い強度のレーザーが必要となり用意 することが難しい.
また,前節の図5.5から分かるようにある離調のレーザー光から原子が効率良く力を受 けることができる速度領域は限られている.本実験で考えている100 mrad程度の角度 広がりかつ数百 m/sの縦方向速度を持つ原子では横方向速度は数十 m/sとなり,単一 の離調を持つレーザー光で効率良く冷却できる速度の幅を超えている.
以上のように,高速な原子線をシンプルなドップラー冷却を用いてコリメートしようと した場合,異なる離調を持つ複数のレーザー光を大面積で照射する必要が生じ,現実的な 選択肢では無くなってしまう.
そこで,その困難をレーザー光を長い鏡で反射させ何度も使用することで解決しようと するのが長方形ミラーを用いた原子線の横方向速度減速である.その模式図を図5.6に示 す.この方法では,僅かな角度αをもってほとんど平行になるように設置された2枚の 鏡の間に角度β0でレーザー光を入射し,何度も反射を繰り返させることで長方形ミラー 全体に渡ってドップラー冷却領域を形成するものである.また,わずかに傾いた鏡で反射 されるレーザー光は始めに入射されたレーザー光より小さい角度をもって反射される.即 ち,n回傾いた鏡で反射した場合のレーザー光の角度βnは
βn=β0−nα (5.6)
となる.原子が感じる横方向のドップラーシフトはk·v =kvcosβnであるから,反射が 進むにつれて原子が感じるレーザー光の周波数が変化することになり,原子が常に効率良 くレーザー光から力を受けるような条件が実現される.