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原子線横方向速度減速器の設計

5.2.3 長方形鏡を用いた横方向速度減速

次に,前節のドップラー冷却を利用した原子線のコリメーションについて考える.原子 をコリメーションするには,原子が広がる方向すなわち原子線の進行方向(縦方向)に対 して垂直な平面に対して二次元ドップラー冷却をかければ良い(横方向速度減速).しか し,以下の理由から単純に二次元方向からレーザー光を照射するのでは高速な縦方向速度 を持つ原子のコリメーションは難しい.

まず,原子は横方向速度が充分冷却されるまでレーザー光の中に留まっている必要があ るが,原子の縦方向速度が速すぎると原子の横方向速度が冷却されきる前に原子がレー ザー光から出てしまう.冷却領域を広げると非常に強い強度のレーザーが必要となり用意 することが難しい.

また,前節の図5.5から分かるようにある離調のレーザー光から原子が効率良く力を受 けることができる速度領域は限られている.本実験で考えている100 mrad程度の角度 広がりかつ数百 m/sの縦方向速度を持つ原子では横方向速度は数十 m/sとなり,単一 の離調を持つレーザー光で効率良く冷却できる速度の幅を超えている.

以上のように,高速な原子線をシンプルなドップラー冷却を用いてコリメートしようと した場合,異なる離調を持つ複数のレーザー光を大面積で照射する必要が生じ,現実的な 選択肢では無くなってしまう.

そこで,その困難をレーザー光を長い鏡で反射させ何度も使用することで解決しようと するのが長方形ミラーを用いた原子線の横方向速度減速である.その模式図を図5.6に示 す.この方法では,僅かな角度αをもってほとんど平行になるように設置された2枚の 鏡の間に角度β0でレーザー光を入射し,何度も反射を繰り返させることで長方形ミラー 全体に渡ってドップラー冷却領域を形成するものである.また,わずかに傾いた鏡で反射 されるレーザー光は始めに入射されたレーザー光より小さい角度をもって反射される.即 ち,n回傾いた鏡で反射した場合のレーザー光の角度βn

βn0−nα (5.6)

となる.原子が感じる横方向のドップラーシフトはk·v =kvcosβnであるから,反射が 進むにつれて原子が感じるレーザー光の周波数が変化することになり,原子が常に効率良 くレーザー光から力を受けるような条件が実現される.

5.6 長方形ミラーを使用した横方向速度減速の模式図

5.3.1 横方向速度減速器の設計・検討

まず,理想的な状況での横方向速度減速を考える[63].横方向速度を減速するレーザー 光が常に原子線の速度ベクトルと直交して照射されているとする(5.7).このとき,原 子はレーザー光からの力を受け,ある半径rを持った円運動を行うと考えられる.円運動 の遠心力とレーザー光からの力の釣り合いの式より,

f F = mv2

r(v) (5.7)

ここでf は遷移強度,F は原子が共鳴するレーザー光から受ける力,r(v)は速度vで運 動する原子が描く円運動の半径,mは一原子の質量である.また,上の式からある鏡の長

さLmirrorで冷却可能な原子の最大の広がり角度θmax

sinθmax = f F

mv2Lmirror (5.8)

と求めることができる.

本実験の場合,このθmax を中性化器から出る原子線の角度広がりである約108 mrad と設定し,中性化器から出る全ての原子について冷却が行えるようにする.

ある長さの鏡で冷却可能な速度の原子がどの程度ゼーマン減速器を透過するか考える.

ゼーマン減速器では磁場を発生させるが,この均一性が高いことがより効率的な減速に 必要である.そのため,この観点からはチューブ径はなるべく細い方が望ましい.また,

MOTで捕捉可能な原子線の太さも限界があり,最大でも直径40 mm以下である.さ らに,ゼーマン減速器内部での減速過程では,充分コリメートされて入射された原子線 であっても本実験で使用するものではおよそ9 mmほど直径が広がると計算されてい る[32].以上の理由から,ゼーマン減速器の条件として,ICF70のチューブ(直径(40 mm))−ゼーマン減速器内部での原子線の広がり(10 mm)を考え,原子線は30 mm 下にコリメートされたものが最終的にMOT領域に到達するとして検討を行った.横方

5.7 理想的な横方向速度減速の模式図

向速度減速器によってコリメートされた原子でもゼーマン減速器のチューブよりも広がっ てしまっているものはゼーマン減速器を透過できない.簡単のため,原子は均一な広がり を持って中性化器から出力されるとする.ある長さの鏡で減速できる速度域の原子がゼー マン減速器のチューブを透過する割合は以下のように求められる.

(1) 中性化器から最大の角度θmax を持って原子が放出されるとして,式(5.8)よりあ

る長さLmirror(50 mm刻みとした)の鏡で完全にコリメート可能な捕捉限界速度

vlim(Lmirror)を求める.

(2) vlim(Lmirror)−vlim(Lmirror −50 mm) を考える速度域 ∆vlim(Lmirror) とする.

vlim(Lmirror)の速度を持ち中性化器からθmaxの角度を持って出力される原子が冷

却領域に到達するまでどれほど横方向に移動するか(∆Ldrift)求める.

(3) vlim(Lmirror)の速度を持ち中性化器からθmaxの角度を持って出力され冷却領域に 到達した原子が円運動を行いコリメートされるまでどの程度冷却領域で横方向に移 動するか(∆Larc)求める.

(4) ゼーマン減速器のチューブとして使用したいと考えている ICF70のチューブと

vlim(Lmirror)の速度を持ち中性化器からθmaxの角度を持って出力される原子が描

く円の領域の比ηを求める.

(5) ∆vlim(Lmirror) にある原子の1000 の熱的ボルツマン分布中の割合を求め,(4) で求めたICF70チューブ透過率ηと掛けあわせ,∆vlim(Lmirror)にあり中性化器 から出てゼーマン減速器チューブを透過した原子数の中性化器から出た全原子数に 対する割合*を求める.

計算過程を表5.2に,ある長さの鏡の捕獲限界速度以下の原子でゼーマン減速器を透過し た原子数の中性化器から出た全原子数に対する割合*sum をプロットしたものを図5.8 示す.

1000 C程度の中性化器から出る熱的ボルツマン分布のピークは400 m/s付近にある ため,ここまでの原子をコリメートしようとするとおよそ400 mmの鏡が必要であるこ

Lmirror [mm] vlim(Lmirror) [m/s] ∆Ldrift [mm] ∆Larc [mm] η [%] * [%] *sum [%]

50 146.5 10.8 2.7 100.00 6.51 6.51

100 207.2 10.8 5.4 96.78 9.46 15.98

150 253.8 10.8 8.1 69.83 7.16 23.14

200 293.1 10.8 10.8 52.75 5.19 28.32

250 327.7 10.8 13.5 41.25 3.72 32.04

300 358.9 10.8 16.2 33.14 2.67 34.71

350 387.7 10.8 18.9 27.20 1.93 36.64

400 414.4 10.8 21.6 22.73 1.40 38.04

450 439.6 10.8 24.3 19.28 1.02 39.06

500 463.4 10.8 27.0 16.55 0.75 39.81

550 486.0 10.8 29.7 14.37 0.55 40.36

600 507.6 10.8 32.4 12.59 0.41 40.77

5.2 横方向速度減速器の鏡の長さと原子線のゼーマン減速器透過率の概算

5.8 ゼーマン減速器透過効率

とがわかる.また,透過する原子の割合の増加具合やそれ以上の長さの鏡の製作が困難に なること等から今回は鏡の長さを400 mmとすることした.この条件においては,中性 化器から出た1000 Cのボルツマン分布を持つ全原子のうち約38%がゼーマン減速器を 通り抜けることが出来ると考えられ,ゼーマン減速器に400 m/sの原子を減速する能力 があればその全てを利用できると考えられる.

加えて,ゼーマン減速器に使用するチューブの直径が40 mm程度であることを考える と冷却に使用する鏡の幅はこれ以上大きくしてもゼーマン減速器の透過率は上昇しない事 がわかる.よって鏡の幅はその程度あれば充分である.今回は,鏡の端の領域では製作技 術的に反射率を上げることが難しいことから余裕を見て横幅44 mmの有効幅があれば良

いとした.

しかし,これは理想的な条件での二次元平面での概算であり現実には原子は三次元的な 運動を行い,その原子の速度ベクトルに対して常に垂直にレーザー光を照射することは出 来ないし,またレーザー光の強度も鏡の反射率が1ではないため反射を繰り返すために低 下していく.また,中性化器からの原子線は一様分布であるとしたが,実際はやや前方に 偏って放出される.このようなの条件を考えるために,横方向速度減速器のより詳細なシ ミュレーションを行った.

5.3.2 横方向速度減速のシミュレーション

シミュレーションの方法

横方向速度減速器のシミュレーションは式(5.2)の力を用いて4次のRunge-Kutta を用いて運動方程式を解くことにより行った.

まず,中性化器から出力されるものと同様な熱的原子線を発生させる.熱的分布を持つ 原子の一次元方向の速度は以下のような正規分布に従う.

f1D(vx) =

! m

2πkBT

"12 exp

!−mvx2 2kBT

"

(5.9) ここで,vxは原子の一次元方向の速度,mは一原子の質量,kBはボルツマン定数,T 温度である.モンテカルロ法によって三次元方向それぞれについて式(5.9)に従う,温度 1000 Cの速度分布を持つ原子を発生させた.これらの原子は中性化器のYターゲット である直径2 mmの円上にランダムに配置されている.その中で,中性化器の出口であ るYターゲットから23 mmの位置にある直径3 mmのスリットを通り抜けたもののみ を中性化器から放出される原子線としてシミュレーションに使用した.

これらの原子を中性化器出口から100 mm飛行させた後,そこから400 mmの冷却領 域においてレーザー光から受ける輻射圧を用いて運動方程式を解いた.

レーザー光から受ける力は以下のようにして求めた.まず,冷却領域に1/e横全幅44 mm1/e縦全幅6 mmの大きさのレーザー光を入射し鏡で反射させた際のレーザー光中 心の光路を求めた.レーザー光が傾いた鏡に反射する事によるレーザー光の角度の変化は

式(5.6)によって求めた.レーザー光強度の変化は鏡での反射による減衰のみを考え,鏡

は99 %の反射率を持つとして反射ごとに強度を決定した.Runge-Kutta法の1ステッ プごとに原子の位置と反射を繰り返しているそれぞれのレーザー光中心との距離を計算 し,ガウシアン状の強度分布を持つレーザー光の中心強度の1/e2倍以上の強度の位置に 原子が存在すればその反射しているレーザー光は輻射圧に寄与するとして計算を行った.

この方法では式(5.4)のドップラー限界を超えて原子が冷却されてしまうため,横方向 速度がドップラー冷却限界に達した原子はそれ以上力を受けないとした.これは物理過程 を反映していないが,ドップラー冷却限界温度まで冷えた原子の角度広がりは縦方向速度 10 m/sの原子であっても8×103 mradと大変小さいので原子のゼーマン減速器の透 過率を考える際にはあまり問題にならない.