務者の自主的な弁済・納付の可能性においては事実上租税債権は最劣後に あると評価できるものである18),19)。 このような租税債権の特殊性は個別具 体的な租税債権と私債権との衡平を図る点において考慮されなければなら ないであろう。
本稿では私債権者の予測可能性の確保は, 租税債権の一般的優先の例外 又は特例として位置付けるものではなく, むしろ租税債権の一般的優先権 は私債権者の予測可能性が確保されることが前提となってその正当性を有 するとの視点か20)ら, 個々のケースにおける衡平を論ずるものである。 こ のような視点がアプリオリに正当性を有するとは必ずしも考えているわけ ではなく, 本稿が取り上げるいわゆるぐるぐる回りが生ずると観念できる ケースでの租税債権と私債権との優劣の具体的基準を探る中で本稿の視点 の是非が検証されるべきものと考えている。 とはいえ, わずかな事例に基 づくものであり, 私債権者の予測可能性を確保するという視点が本稿の取 り上げる個々のケースにおいて妥当性を有するとしてもそのことが普遍的 な正当性につながるか否かはさらに多くのケースに基づき検証される必要 があろう。
なお, 本稿では私債権者の予測可能性を確保する観点から, いわゆるぐ るぐる回りが観念できる場合において具体的な配当基準を考察するもので あるが, 国税債権と私債権との衡平の問題だけではなく, 国税徴収法の規 定に基づき国税債権が絡むことにより, 私債権者間の衡平が崩れる場合に ついても考察を加えたいと考えている。
被担保債権の債権者との関係では, 当該債権者が国税債権の存否・金額を 債権者となる前に知ることができるという予測可能性を確保することによ り私法秩序との調和を図っていることにその実体法としての基本的な性格 を見ることができる。 そして, その基本構造はこの私債権者の予測可能性 に基づき私債権者が債務者の国税債務の存否・金額につき具体的に知るこ とができる国税の 「法定納期限等」21)(付表1) 以前に担保権を設定し又は 担保権が成立したもので, 登記・登録又はこれら以外の何らかのその設定・
成立が証明されたものにつき国税債権の一般的優先権にかかわらず私債権 に優先権を与えることとしているものであるということができる。 この場 合, 民法その他の法律において担保権には優劣が付されており, 国税徴収 法はこのような私法上の担保権の優劣も考慮して私債権との優劣の調整を しているところである (付表2)。
国税債権は, 物権公示のような公示がされないからといって国税債権が 私債権者の前に突然に登場するのではなく, 物権公示ということではない が, 租税債権は納税証明書の発行制度により私債権者に予測可能性を与え ているのであり22), その意味で国税債権は公示されているのである23)。 し たがって, 現行国税徴収法においては公示されない国税債権が突如として 私債権者の前に現れて私債権者の取立て努力を無にさせるとの批判24)は一 般論としては必ずしも当を得たものでない。 なお, いうまでもなく国税債 権は法律により客観的に確定する債権であり, ある者を納税者とする課税 庁の選択をまって国税債権の成立・確定がなされるものではないことから, 私債権者の担保権の設定・成立が公示されているか否かは国税債権自身に とっては意味を持たない25),26),27)
。 国税徴収法15条以下において登記・登 録された担保権により担保される債権はその登記・登録の設定の日が国税 債権の法定納期限等以前であれば当該私債権は国税に優先するが, 前述の とおり国税債権は, 私債権が対抗要件を具備しようがしまいが成立する債 権であることからすれば, これは, 登記・登録によって私債権が国税債権
との関係において私法上の対抗要件を具備したから優先するのではなく, 登記・登録によって国税債権の法定納期限等以前に私債権が成立したこと が客観的に証明されたからであると解すべきであり, 登記・登録に過怠が あり結果として国税債権に劣後する結果となるのは, 私法上の対抗要件を 具備しないからではなく, その過怠につき責任を求める性格のものと解す べきであろう28)。 そのことは, 登記・登録の対象とならない質権, 先取特 権及び留置権に対する国税徴収法の態度からも窺えるのである29)。
本稿は前述のとおり租税債権と私債権との個別具体的な優劣の判定を行 う場合において, 租税債権の公益性といった抽象的な理念では衡平という 観点から租税債権と私債権間の優劣の個別具体的な基準を適切に導き出す ことができないとの前提に立つ。 そして, 租税債権と私債権間の優劣の個 別具体的な基準を解釈論として導くにあたっては, 国税徴収法8条にいう
「別段の定め」 を私債権者の予測可能性の確保という観点から可能な限り 類推適用しようとするものである。 すなわち, 租税債権は 「別段の定め」
がある場合を除き一般的優先権を有するが, 「別段の定め」 が直接適用で きる場合以外においてもこの一般的優先権が当然に働くとは考えず, 私債 権者の予測可能性の確保という観点から私債権者の予測可能性を確保する ことを目的としている 「別段の定め」 を類推適用することができる場合に はその類推適用を優先させようとするものである30)。 このことは, 一般的 優先権 (国税徴収法8条) と 「別段の定め」 (主として同法第2章) との 関係を原則と特例との関係として位置付けるのではなく, 双方とも現行国 税徴収法の基本構造をなすものと理解し, 私法秩序の尊重という現行国税 徴収法の基本理念を前提に同法の解釈を行うものである31)。
このような前提に立てば, 租税債権は物権の公示やその他私債権者のす る対抗要件の具備のような行為をすることができないものの, 税務署長の 発行する納税証明書によるいわば公示がなされることから, 選択性を有す る私債権が選択性を有しない優先する租税債権の存否・金額を認識しつつ
その選択を行うという現行方式に租税債権の公益性といった抽象的な理念 とは別に租税債権の一般的優先権の現実的な正当性を見出すことができる のである。 すなわち, 租税債権の公益性という抽象的な理念から離れたと ころ32)で, 選択性のない租税債権に一般的優先権を与え, これに抵触しな いように私債権者が選択できるようにするという現行の仕組みが正当化さ れるのである33)。 このように租税債権と私債権との個別具体的な優劣の判 定において租税債権の無選択性と私債権者の予測可能性の確保にその基礎 を置くことによりその具体的基準を導き出すことが現実的なものとなり, したがって, 債権者間の衡平を図ることが可能であると考えるのである。
租税債権は担保物権のように公示がされるわけではないが, 納税証明書発 行制度によりその存否・金額が公示されることになるから, これを担保権 の公示と同列に扱うことによって租税債権も私債権と同一の土俵に上げる ことが可能となる。