• 検索結果がありません。

先行する議論とその課題

ドキュメント内 .o.c.o ren (ページ 57-66)

21世紀になっても, 私たちは地球規模の莫大なエネルギーの変動に対 して, 完璧に予測し, 適切に対処できるだけの科学技術を持ち合わせては いない。 東日本大震災でも, 各地方自治体ではあらかじめ災害対策が実施 されていたものの, 実際には大きな被害を招いた。 つまり, 被害予測と実 際の被害の発生状況とが完全に一致することはないのである。 その不一致 の部分は, 常に 「想定外」 である。 この 「想定外」 に対して, どのような 議論があるかをまず見よう。

リスク管理論

この人智の及ばない不確実なリスクへの対処における政策選択について は, 課題の重要性から先行研究も多い。 日本ではリスク管理論あるいは安 全学7)といった議論が, その例であろう。 リスク管理論や安全学では, 危

険予測を基礎データとしてリスクの防止を図るという防止原則 ( preven-tive principle) から, さらに進んだものである。 それらは, 予測不可能 性を前提として, 積極的にリスクの回避あるいは最小化を図るといった見 地からの研究である。

しかしながら, 工学的対策には, 常に一定の根拠に基づく基準を用意し なければならない。 そうなれば, 逆に基準を超えた 「想定外」 の事態を想 定して対処していくことが論理的に難しくなる8)。 そのため, 山村武彦の ように, 「許容限界」 すなわちコストと費用対効果の限界性といった概念 から, どの範囲までならば許容できるのかといった検討を試みている9)

さらに, 大震災の教訓として, 地方自治体におけるリスク管理から, 金 井利之の自治専行への提言, あるいは北川正恭の現場主義が提言されてい る10)。 これらは, 緊急時における政策決定の変更を強く提言しているもの である。 また, 東日本震災後には各地方自治体においても, 「想定外」 の 事態における対処に関して, 実務的な検討を重ねている。 それは, 阪神・

淡路大震災以降, 各地方自治体では防災計画において常に検討されてきた ものであるにもかかわらず, 東日本大震災が実際に発生すると, 平常時と 同様の政策決定が漫然と続けられたことへの反省からである。

しかしながら, こうした学問的かつ実務的な研究が蓄積されてきたにも かかわらず, 実際の緊急時においては 「想定外」 の事態への対処が実に困 難であることを, 私たちは今回の大震災で学んだ。 つまり, 現実に 「リス クのパラドクス」 を体験したのであった。 それだけ, 地方自治体にとって 緊急時における 「想定外」 の対処への政策選択とは, 実務的に困難であり 重要な課題なのである。

法律論

大震災直後に, 法律論から非常緊急事態の布告11)の必要性が強く論じ られた12)。 非常時には, 中央集権的に強力に復旧・復興を進めていくべき

だというのがその趣旨である。 また, 緊急時にもかかわらず, 平常時のコー ドがそのまま継続したことに対して, 現場で大きな不満があったことも背 景にあった13)。 それは, 緊急時における政策決定のコード変更を求める切 実な意見である。

確かに, 原発事故といった緊急時においては, ある程度の国民の経済活 動に関する集権的な制御が有効であることは否定しない。 被災地へ送るべ き物資の調達と運搬に苦労した経験からすれば, その布告の必要性はあっ ただろう。

しかしながら, 復旧・復興政策のすべてを統制的かつ集権的に実施する ことは, 被災者の細かなニーズに関する政策決定までも統制的かつ集権的 に実施することになりかねず, かえってスムーズな政策の実行に齟齬を来 しかねないことにも留意しなくてはならない。 なぜなら, 緊急時において は, 国家レベルが実施する政策については集権的に速やかに決定すること が望まれるものの, 地方自治体レベルの政策については, 現場により近接 した場所で決定と執行する方がより効果的だからである。 さらに, 非常事 態宣言によって, すべての政策を超法規的かつ中央集権的な決定に委ねて しまうと, 逆にストリート・レベルでの政策判断と決定ができなくなると いう致命的な 「リスクのパラドクス」 を孕んでいるからである。 ルーマン は, こうした非常事態宣言に関して, 以下のようなコメントをしている。

(危機対応技術における) こうしたメカニズムはそれが関係しうる 主題に関して高度に選択的である, という事実である。 というのも, やっかいなすべての問題を組織化し, 危機化して処理することなど, およそ不可能だからである14)

つまり, ルーマンの指摘は, 緊急時において何でも中央集権的に決定を 行うことが, 速やかな対策を取捨選択してすべての政策を確実に実施する

ことに繋がるわけではないということである。

緊急時において, 非常事態宣言に従って超法規的措置を行うべきだとい う議論は, 非常事態では法的枠組みを一切超えて, 治安や住民の安全の確 保を優先すべきというのがその趣旨である。 一見するところ, 緊急時にお ける対処としては, 法規制をすべてクリアして政治的判断と決定が可能と なることから妥当な主張であるように思える。 しかし, 法律的な観点から は, 超法規的措置を安易に求めるよりも, 緊急時における対応について, 法的枠組みを検討しておくことの方が重要である。

実際, 法的には非常事態での予測不可能なリスクへの対処についても, 規範やルールを定式化している15)。 地方自治体はその緊急時における法の 定めにしたがって, 政策の執行を行う義務が既に規定されている。 さらに, 法がすべての緊急事態における政策の執行を根拠づけられるものではない。

そのため, 法が想定していない不測の事態や緊急の場合には, その例外が 応急措置あるいは緊急避難のように用意されている。 しかし, 問題の焦点 は, 「想定外」 の事態についての法的枠組みが事前に用意されていても, 実際には必要な政策が実行されないことにある。 なぜなら, 一気に押し寄 せる政策課題に対して, ストリート・レベルでの判断と決定に, 躊躇して しまうからである。

政策決定過程論

各地方自治体は実務的に緊急時においてはトップ・ダウン型政策決定へ の変更を検討している。 また, 首長も緊急時における意思決定者としての リーダーシップを口にすることが多い。 それらが, 緊急時の政策決定とし て当然のようにも語られる。

しかし, トップ・ダウン型に政策決定の変更がなされたとしても, 平常 時の規則コードが緊急時に作用していては, 有効には機能しない。 なぜな ら, 第一に, 大震災発生直後に一気に押し寄せる個別の無数の政策判断を,

トップがすべて処理することは不可能だからである。 トップが判断できな ければ, ストリート・レベルにおいて判断と決定ができないまま案件が積 み残されること, すなわち 「緊急時のサボタージュ」 が発生しないとは限 らない。 トップ・ダウン型に政策決定を変更しても, 平常時のコードを変 更しない限り, 有効性は期待できない。 第二に, 緊急時には, 地方自治体 のトップとボトムとの間に, 致命的なリスク・コミュニケーションの断絶 が発生することである。 トップ・ダウン型の体制を整えようとしても, 現 実にはコミュニケーション・ギャップが発生する場合を想定しておかなく てはならない。 第三に, トップ・ダウン型政策決定がマニュアル化された 場合, かえって, 戦略性を持ったストリート・レベルでの職員の判断と決 定と, 必然的に衝突を起こすことである16)。 つまり, マニュアル化には常 に限界性があることを認識しておかなくてはならないのである。

このように, 緊急時においてストリート・レベルでの判断と決定を優先 せず, トップ・ダウン型にてすべての政策決定を行うことになれば, 逆に

「リスクのパラドクス」 を克服ができなくなる恐れがあるのである。

地方自治論

各地方自治体が懸命な復旧・復興活動を進めている時, 新聞紙上の論説 などで, 復旧・復興のために地方自治体の合併を促進すべきとか, 道州制 を早く導入すべきだという議論が出された。 巨大な財政出動をともなう復 旧・復興事業だけに, 地方自治体の規模を拡大し, そして集権的に復旧・

復興事業を進めていく方が良いという議論である。 この議論は一見したと ころ, 妥当なように思えるが, 前述のように, 緊急時において中央集権的 に速やかにハイ・レベルの政策を決定し執行していくことは不可欠な面が あるとしても, そこに大きな落とし穴がある。 つまり 「リスクのパラドク ス」 の顕現である。

仮に, すでに大震災に備えて道州制が実現され, 東北州の首都が仙台に

ドキュメント内 .o.c.o ren (ページ 57-66)