1.3. タンザニアにおける貧困の要因
1.3.4. 国レベルの貧困の要因
国レベルでの貧困要因については、構造的に貧困を生み出している慢性的貧困、一時的 なショックとして貧困を引き起こすリスク、その他貧困に影響を与えている外部要因の 観点から整理した。概論すると以下のとおりである。詳細は
(1)
〜(3)
で述べる。国全体で見ると、慢性的貧困の要因としては、農村部については農業セクターの構造 的問題が挙げられ、都市部においては経済自由化に伴う人口移動に起因する雇用問題 が挙げられる。貧困のリスクとしては、農村部においては洪水や旱魃など自然災害の 影響が深刻である。また、国全体では、
HIV/AIDS
感染が貧困に深刻な影響を与える 問題として注視されている。貧困の外部要因としては、近隣国からの難民問題の長期 化に起因する影響が挙げられる。(1)
慢性的貧困の決定要因慢性的貧困要因とは、構造的に貧困を生み出している原因であり、貧困層を長期的に固 定化し、短期的に貧困状態を改善することを難しくしている要因である。農村と都市で は、慢性的貧困要因は異なるため、これを区別して整理する。
(a)
農村部タンザニアの農村においては、主に農業セクターの構造の問題が農村貧困の主な要因と して挙げられる。
すでに、見てきたように、農村では
7
割以上が農業に従事しており、収入の6
割を農業 収入に依存している。しかし、タンザニアの農民の多くは小規模な自作農であり、国全 体の平均所有面積は6
エーカーである。これら小規模自作農の多くは教育や知識が不十 分であることから、生産基盤が脆弱である。また、灌漑による耕作面積は12.5
万ヘク タールで、灌漑による農業を行っている農民は全体のおよそ8
%に過ぎず、利用可能な 水源の問題もあり、地域的な偏りも見られる。灌漑農業を行っている小規模自作農が最 も多い州はIringa
、Mbeya
、Kilimanjaro
であり、これらの州では肥料を投入している農 家の割合も高く、収量は増加傾向にあり、生産性も高い。しかし、タンザニアのほとんどの小規模自作農の生産性は、大規模な商業ベースの農場 に比べて低く、また、
1970
年代の自作農の生産性に比しても低下している。小規模自 作農は天水に依存した伝統的な農法を行っているが、生産量が不安定である。そこで、リスクを回避するために限られた面積の農地において多品種の作付けを行っており、生 産性からみた土地利用が非効率になっている。
表
1-31
は農村世帯による土地所有示している。Shinyanga
のように農村世帯の所有する平均土地面積が平均で
15
エーカーを超える州もあるが、これは収量を上げるために耕 作地を拡大しているものである。したがって、天水に依存した農業形態であるため、収 量も一定せず生産性も低い。例えば、農業・食糧・組合省(Ministry of Agriculture, Food and Cooperatives)の統計によれば
32、2002/03年のメイズ生産では、Shinyangaのメイズ 耕作面積は31
万ヘクタール超であり、最大の収穫高を上げているMbeya
の33
万ヘク タールと大きな差はない。しかし、土地生産性を見ると、Mbeya
は1
ヘクタール当たり1,813
キログラムに対し、Shinyanga
は400
キログラムに過ぎない。Mbeya
においても土地生産性は年毎に変動は見られるが、土地が肥沃で、肥料投入も行われ、高度に集約化 された土地利用が進んでいるため、最低でも
1
ヘクタール当たり1,200
キログラムであ る。しかし、Shinyanga
では1
ヘクタール当たり1,000
キログラムを超えることは稀で ある。土地生産性の低さと不安定性は農業収入に影響し、貧困率でみるとMbeya23
%に対し
Shinyanga43
%と格差をもたらしているものと考えられる。また、表
1-32
は、主な農業形態とそれが行われている地域およびその特徴を示したものである。これを見ると、肥沃な土壌を持ち、高度に集約化された土地利用を行ってい る地域で、バナナやコーヒー、園芸といった換金作物が栽培されており、こうした地域 での貧困率は低い。他方、それ以外の作物形態では、貧困率が高い州とそうでない州が 混在しているが、貧困率が高い州の傾向としては、食糧となるメイズやモロコシの生産 を行っている場合が多く、しかもその生産性は低い。
32
Ministry of Agriculture, Food, and Cooperatives
ウェブサイト http://www.agriculture.go.tz(2006年7
月現在)表 1-31 農村世帯による土地所有
州 農村世帯全体の 平均土地所有面積
(エーカー)
農業や牧畜のための土地を 所有している農村世帯の
割合(%)
農村世帯が所有する 平均土地面積
(エーカー)
Arusha 3.4 85 4.0
Dar es Salam n.a. n.a. n.a.
Dodoma 6.0 96 6.2
Iringa 2.9 80 3.6
Kagera 4.0 74 5.5
Kigoma 3.7 95 3.9
Kilimanjaro 1.5 75 2.1
Lindi 2.7 96 2.8
Mara 8.0 96 8.4
Mbeya 3.7 82 4.5
Morogoro 4.3 95 4.5
Mtwara 3.2 87 3.7
Mwanza 6.8 90 7.6
Pwani 2.9 90 3.2
Rukwa 8.6 96 9.0
Ruvuma 6.2 96 6.5
Shinyanga 14.1 90 15.6
Singida 4.5 96 4.7
Tabora 6.8 96 7.1
Tanga 3.9 93 4.1
Tanzania main land 5.3 89 6.0
(出所) National Bureau of Statistics Tanzania (2002) “Household Budget Survey 2000/01 Final Report”, p.178, Table C26より 作成
表 1-32 主な作物形態と地域
主な作物形態 特徴 生産地域
バナナ、コーヒー、
園芸
樹木作物
高度に集約化された土地利用
肥沃な火山性土壌
土地の不足
Kagera、Kilimanjaro、 Arusha、
Kigoma、 Mbeya
メイズ、野菜 土地の不足はない
焼畑農業
間作(メイズと野菜、豆類とピーナッツ、
アラビアコーヒーの生産
Rukwa、Ruvuma、Arusha, Kagera、
Shinyanga, Iringa、Mbeya、Kigoma, Tabora、Tanga、Morogoro、 Kahama、
Biharamulo カシューナッツ、
ココナッツ、キャッ サバ
降水量が少ない
土地の肥沃が少ない
キャッサバ、ココナッツおよびカシューナッツの生産
土地の不足はない
焼畑農業
沿岸部:Lindi東部、Mtwara
米、サトウキビ 米およびサトウキビ 沖積河川流域 モロコシ、フトイ、
キビ
モロコシ、キビ、メイズ、および綿花、(採油できる)
脂肪種子および米
強い人口圧力
肥沃度の低下
Sukumaland; Shinyanga および Mwanza農村部
茶、メイズ、除虫菊 茶、メイズ、ジャガイモ、豆類、小麦、除虫菊、アカシ ア、ひまわり
Njombe県 および Mufindi 県
(Iringa)
綿花およびメイズ 綿花、サツマイモ、メイズ、モロコシおよびピーナッツ Mwanza、Shinyanga、Kagera、 Mara、 Singida、Taboraおよび Kigoma、
主な作物形態 特徴 生産地域
集約的耕作
家畜
Morogoro、Coast、 Mbeya、Tanga、
Kilimanjaro および Arusha 園芸 野菜(キャベツ、トマト、ピーマン、カリフラワー、レ
タス、タンザニア固有の野菜)および果物(なし、りん ご、プラム、パッションフルーツおよびアボカド)
メイズ、コーヒー、ジャガイモ、茶および豆類
Lushoto 県(Tanga ) Morogoro 農 村部、 Iringa 農村部
米(湿地、灌漑農地) 河川流域、沖積平地、
Kilombero、Wami 流域、Kilosa, Kilimanjaro低地、Ulanga、Kyela、
Usangu およびRufiji 畜産・農業畜産
家畜と単純な作物システムの組み合わせ
モロコシやキビの焼畑農業 平方キロメートル当たり30人の人口密度
限定的な資源と量が少なく不安定な降雨量
半乾燥地域(Dodoma、Singida、Mara および Arushaの一部、Chunya 県, Mbeya 、Igunga 県(Tabora)
(出所) United Republic of Tanzania, National Website, www.tanzania.go.tz/agriculturef.html (2006年6月現在)より調査団作成
(注) フトイは、カヤツリグサ科の植物で茎を編んでマットなどを作る
タンザニアにおける農業近代化が遅れている背景には、歴史的な経緯が影響しているも のと見られる。
1970
年代に「ウジャマー社会主義」に基づき、集村化と農業共同化を 進めたが、旱魃という外生的要因と農民の生産意欲の減退という内生的要因により、タ ンザニア農業は低迷した。その後、農業政策の見直しが行われ、1980 年代の構造調整 政策においては、農業増産のための生産者へのインセンティブとして生産者価格政策と 流通機構改革が実施された。しかし、1990
年代になると、政府歳出の削減を迫られる 中で生産者価格引上げを継続することは困難となり、他方、補助金削減等により肥料な どの農業投入財の実質価格が上昇したため、農民の実質収入が減少することとなった。農薬や化学肥料のコストが上昇したため、近代的農法による生産では赤字となり、他方、
伝統的農法による生産の収益性が近代的農法の収益性を上回るといった状況も生じた。
表
1-33
を見ると、農業投入財の購入資金の7
割近くを生産物販売に依存していることがわかるが、収穫量は不安定である上、販売価格の変動も激しく、必要な農業投入財の 調達を確実に行う資金源としては不十分である。また、タンザニアでは農業生産向け信 用制度が未整備であるうえ、農民に信用制度についての知識や情報がないため、肥料な どの投入を行うために外部資金を活用することを困難にしている。
表 1-33 農業投入財購入の資金源(2002/03年)
(単位:%)
農場で生産 銀行ローン 送金 農業以外の所得 生産物販売 その他
1.7 0.9 4.5 18.4 66.7 7.8
(出所) United Nations Development Programme (2005) “Poverty and Human Development Report 2005”, UNDP p.86, Figure 30より作成
表 1-34 農業投入物の入手先(2002/03年)
(単位:%)
近隣 家庭で 生産
大規模 農場
作物の バイヤー
開発
プロジェクト 流通市場 地場市場/
商店
地元農業従
事者グループ 協同組合 その他 15.6 34.7 0.8 3.1 1.0 0.8 33.6 2.0 7.8 0.7
(出所) United Nations Development Programme (2005) “Poverty and Human Development Report 2005”, UNDP p.85, Figure 29より作成
これまでに見てきたとおり、農村部においては、水や電気といった基礎インフラへのア クセス、教育水準、保健・衛生面で立ち遅れており、非経済的貧困状況も深刻である。
農村における非経済的貧困状況の要因としては、タンザニアの農村部の多くは人口密度 が希薄であるうえ、農村コミュニティは広範囲に点在していることから、基礎インフラ の整備や社会サービスの提供にかかる単位当たりのコストが割高となっていることが 上げられる。タンザニア政府は貧困削減戦略を策定し、取組みを行っているが、財源が 限られている中で、基礎インフラや社会サービスの普及を行うには困難が伴っている。
なお、非経済的貧困は経済的貧困の削減に影響を及ぼしているものと考えられる。相関 分析では、限定的ではあるものの、教育水準は貧困率と負の相関を示している。小規模 農業を営む世帯の世帯主の
31%が教育をうけておらず、63%が初等教育を受けたこと
があるにとどまっている。そのため、近代的農法や農村信用、農産品市場に関する情報 や知識を得て、活用する機会を得られず、農業生産性の向上の制約要因になっているこ とが指摘されている。(b)
都市部都市部における商業活動の拡大を促す貿易自由化は、農村から都市部への人口移動を引 き起こしている。しかし、都市インフラの整備が進んでおらず、都市機能の拡充が不十 分であることから、人口増加を吸収しきれない状況にある。特に、失業率の上昇は著し く、就業機会を得られない人々の多くは、インフォーマルセクターに従事している。ま た、住宅供給が追いつかず、スラム33を形成する、あるいは不法占拠居住者(
Squatter Settlement)となるなどの状況が発生しており、都市部の貧困としては、スラムやイン
フォーマルセクターの固定化が要因として推察される。都市部においては、農村部に比してインフォーマルな経済活動に従事している割合が高 い(表
1-35
)。2000/01
年度の総合労働力調査(ILFS
:Integrated Labour Force Survey
) によれば、ダルエスサラームも含む都市部全体で、インフォーマルな経済活動に従事し ている世帯の割合は6
割を超えている。都市部でインフォーマルセクター34に従事して いる人々の45
%が、その理由として「他の仕事が見つからないため」としており、多 くの世帯がインフォーマルな経済活動を通じた収入に依存している。インフォーマルセ クターでの収入はフォーマルセクターに比して低く、不安定である。かつ、貧困層にと ってはフォーマルな雇用機会へのアクセスは限られていることから、こうした雇用機会 の制約が都市部における慢性的な経済的貧困の要因の一つとなっていると見られる。また、すでに見たように経済活動に従事していない場合の貧困率は
45
%と高く、都市33
UN-HABITAT
の専門家グループは、「スラム居住者」の定義を、一軒の家屋に集団で生活しており、かつ以下の条件が一つ以上欠けている場合としている。
- よりよい飲料水へのアクセス - よりよい衛生設備へのアクセス - 人が多すぎず、十分な居住空間 - 住居の構造上の質と耐久性 - 所有権・居住権の保障
34
ILFS
におけるインフォーマルセクターの定義は以下の通り。- 家族経営の企業あるいは家族に所有されている法人化されていない企業 - インフォーマルな自己勘定を持ち、かつインフォーマルな雇用主の企業
- 医師、教師、弁護士など、専門的な職業であっても、インフォーマルな自己勘定や雇用主の条件に当 てはまる場合には、インフォーマルセクターに該当する。