第 1 章 南アフリカの貧困概況
1.3. 南アフリカにおける貧困の要因
1.3.3. 国レベルで見る貧困の要因
表
1-32
の通り、南ア共和国において、7
つの基礎サービスへのアクセスが欠如してい る人口の割合は1996
年0.63
から2001
年0.65
と2
ポイント増加している。SDI
が高い、すなわち基礎サービスへのアクセスが欠如した人口の割合が高い州は、2001
年時点で、Limpopo
(0.91
)、Eastern Cape
(0.83
)、Mpumalanga
(0.80
)、North West
(
0.79
)、Free State
(0.74
)である。全体に占める割合で見ると、Eastern Cape
、Limpopo
が高く、アクセスが欠如している人口が多いことを示している。また、KwaZulu-Natal
は、SDI
は0.68
であるものの、基礎サービスへのアクセスが欠如している人口全体に占 める割合はおよそ20
%と最も高く、基礎サービスへのアクセスを持たない人口が最も 大きい州であるといえる。1996
年と2001
年のSDI
との比較では、Northern Cape
以外の 州では、横ばい、あるいは悪化している。なお、人種別では、アフリカ系の基礎サービスへのアクセスが欠如している人口の割合 が高く、
SDI
は0.74
であり、全体に占める割合を見ても、87.8
%と圧倒的に高い比率で ある。形式的なものであった。ホームランドに指定された地域では、インフラの整備もされず、
また、農業にも適しておらず、最も開発が遅れていたが、利益を生み出す鉱山は南アフ リカ政府により保有・管理されていた。すなわち、ホームランドは、白人地域に廉価な 労働力を提供する地域とみなされ、ホームランドにおいてはアフリカ系住民の経済活動 も制限され、農業以外の産業発展も見られなかった。したがって、アフリカ系住民は白 人地域における賃金労働に依存せざるを得ない状況にあり、このためアフリカ系男性労 働者は白人地域への出稼ぎ労働に従事した。こうした出稼ぎ労働はまた、ホームランド における労働力の減少につながり、ホームランドの生産活動をますます停滞させること になったのである。
1991
年にアパルトヘイトの撤廃が宣言され、1994 年の民主的選挙によって選ばれたマ ンデラ政権およびそれを引き継いだムベキ政権の下で改革が進められているが、アパル トヘイトの負の遺産の解消には至っていない。人種による居住制限は撤廃されたものの、アフリカ系住民の多くは、様々な面で制約の多い旧ホームランドに生活しており、その 多くが貧困に苦しんでいる。表
1-33
に旧ホームランドとその現状を示す。また、図1-2
および図1-5
を比較すると、旧ホームランドが含まれる郡(District)で、貧困者比率が40
%を超えて高い傾向が見られる。表 1-33 旧ホームランドと現状
旧ホームランド 概要と現在の状況
独立国となったホームランド
Transkei(1976年) 現在のEastern Capeに含まれる。Eastern Capeは最大規模の旧ホームランドを抱え、
アフリカ系住民の占める割合は88%。Eastern Capeの貧困者比率は70%を超え、最 も高い。アパルトヘイト下では、アフリカ系住民の多くが鉱山労働者として動員さ れたが、現在では失業率は54%と最も高い。農業生産の潜在力はあるものの、開発 は進んでいない。
Bophutahatswana(1977年) 共和国の北部に点在する7つの飛び領土から構成されていた。かつてのケープ(現、
Northern Cape、Western Cape、Eastern Cape)、トランスヴァール(現Limpopoおよび Mpumalanga)、オレンジ自由州(現Free State)にまたがっていた。大部分は現在の North Westに含まれ、飛び地の一部がLimpopo、Free Stateに含まれる。貧困者比率 は、North West59%、Limpopo63%、Free State64%とこれらの州人口の6割前後が貧 困層である。
Venda(1979年) 現在のLimpopoに含まれる。Limpopoは、旧ホームランドが州面積の3割を占め、
アフリカ系住民の占める割合は97%であるが、州人口の9割が旧ホームランドに居 住していると言われる。リンポポには、アスベスト(石綿)や石炭の鉱山があり、
多くのアフリカ系労働者が動員されていたが、失業率は46%と高い。
Ciskei(1981年) 現Eastern Capeの中央に位置する。
自治領となったホームランド
KwaZulu(1972年) KwaZulu Natal に含まれる。住民の85%がアフリカ系住民であり、貧困者比率は 53%。同州はHIV/AIDSの感染が最も深刻である。
Lebowa(1972年) 現Limpopoの中央部に位置する。
Gazankul(1973年) 現Limpopoの北東部に位置する。
QwaQwa(1974年) レソトの北部に位置し、Free Stateに含まれる。同州には金鉱山が多くあり、旧ホー ムランドのアフリカ系住民は鉱山労働者として動員された。
Kangwane(1977年) 現Mpumalangaに含まれる。スワジランドと国境を接している。Mpumalangaの貧困 者比率は 60%。アフリカ系住民の割合は92%。同州の低地はマラリア汚染地域で あり、HIV/AIDS感染も深刻である。
KwaNdebele(1981年) 現Mpumalangaに含まれる。
(出所) 各種資料より調査団作成
(注) カッコ内は、設立された時期。
図 1-5 旧ホームランド
(出所) University of Texas Web-site, Perry-Castañeda Library Map Collection,
(http://www.lib.utexas.edu/maps/africa/south_african_homelands.gif) 2006年4月現在
南ア共和国の貧困問題は、このようなアパルトヘイト下での体制に起因した、雇用機会、
土地などの資産所有、所得配分、基礎インフラへのアクセスなど様々な側面における不 平等に根ざしている。長く続いたアパルトヘイトによる人種間格差、社会階層間の格差 や、地域間格差が、さらなる格差を招き、悪化している不平等の状況が、貧困を深刻化 させている。特に、その要因として、慢性的な失業者の存在が挙げられる。「労働市場 レビュー
2004
年(Labour Market Review 2004
)」によれば、3
年以上失業状態にある失業 者は170
万人を超えている。そのうちの多くは一度も就労機会を得ることができず、長 期間にわたる失業者となっており27、こうした長期間固定された失業者が貧困層として 滞留していると見られる。したがって、南ア共和国における長期間固定化された失業状 態は、慢性的貧困要因となっているものと考えるのが妥当である28。また、こうした慢 性的貧困層の状況は厳しくなっており、飢餓状態にある世帯が、非都市部では20
%を 超えるという問題を引き起こしている。27
牧野久美子「南アフリカの貧困・失業と社会保障制度改革」
(アジア経済研究所『アフリカレポートNo.39』
)28失業は一般的には、一時的貧困の要因とみなされ、また、貧困層に転落する、あるいは、貧困層がさら に極貧層に転落するリスク要因となるものと考えられている。
(b)
都市部南ア共和国の都市貧困の要因も、アパルトヘイトによる構造的問題に見ることができる。
南ア共和国の都市の構造的問題の特徴として、先進国型の都市部と途上国型の都市周辺 部という二重構造が挙げられる。前者は、都市計画によって開発が進められ、高度に集 積された都心部および郊外住宅地により構成される。後者は、その外縁に配置されたタ ウンシップと、そこから派生した基礎インフラも未整備で、劣悪な住居環境の不法居住 区である。この二重構は、都市部と都市周辺部の住環境の格差の問題だけでなく、都市 部における雇用問題にも影響を及ぼしている。
タウンシップは、ホームタウンから都市部に出稼ぎ労働にやってくるアフリカ系住民の ために設置されたものである。これらのタウンシップは、都心部からかなり離れた位置 にあり、しかも安価な公共交通システムが整備されていない。そのため、タウンシップ の居住者は、時間とコストをかけて遠距離通勤を行わなければならず、負担になってい る。また、失業者にとっては、費用をかけて都心部へ職探しに出なければならず、雇用 機会へのアクセスを制限する要因となっている。タウンシップや不法居住区内で、露店 や車の修理などのインフォーマルな自営業に従事する者もいるが、こうした地域での所 得獲得機会は極めて限られている。
また、アパルトヘイトの崩壊に伴い、民主化以前から始まっていた都市の空洞化は、住 宅やオフィスビルなどの不動産も含めた都市インフラの劣化を招き、企業の流出による 経済活動の停滞を招いている。低所得者層や不法移民の都市部への流入は治安の悪化に もつながり、都心部への投資を阻害する要因となり、都心部のさらなる荒廃を招くとい う悪循環をも引き起こしている。
さらに、タウンシップにおける住宅不足と居住形態は、不法居住区の発生、拡大を促す とともに、スラム人口の増加につながっている。アパルトヘイト下では、あくまで「一 時的労働者」として扱われ、かつ、市民権も認められなかったため、単身で出稼ぎにや ってくるアフリカ系労働者は、複数の居住者で部屋を共有するホステルと呼ばれる「労 働下宿」に寄宿するのが一般的であった。そうしたことを背景に、民主化後も続いた住 宅不足に対応するため、一つの部屋に複数世帯が居住したり、戸建住宅でも不法な建増 しにより賃貸が行われたりするなど、既存の都市空間におけるスラム化が起こっている。
表
1-34
はUNDP
のMDGs
レポートによるデータであるが、スラム、すなわち都市の貧困地域の状況を示したものである。1996年に比して、2001 年のスラムに居住する人口 の割合は減少しているものの、スラム人口はおよそ
39
万人増加している。水供給や衛 生設備へのアクセスのある都市人口はほぼ横ばいであり、スラムの生活環境の改善はそ れほど進んでいないものと推察される。都市部においても、都市周辺部における低所得者層が購入可能な住宅の供給不足とタウ ンシップにおける交通インフラの未整備による雇用機会へのアクセスが阻害されてい るという問題から、失業が慢性化しており、それが慢性的貧困の大きな要因となってい る。南アフリカ政府は、住宅供給拡大を政策に掲げ、住宅建設助成金制度により低所得 者層の住宅取得を進めてきている29が、これらの住宅の多くは既存のタウンシップのさ らに外側に建設されることもある。したがって、住宅供給の改善が図られているものの、
失業対策にとってはマイナスの影響を与えており、都市貧困層をかえって固定化する要 因の一つとなっているものと考えられる。
29