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医師と患者の相互作用

第4章  医療サービスにおける関係性管理

第1節 医師と患者の相互作用

なければならず、医師は患者に対して個人的な好き嫌いの感情を表出してはならない141。

感情中立的態度によって、医師患者関係が限定的な役割関係であることを示し、医師は患 者に依存させないよう防衛することができる。しかし、感情を転移させている患者には、

信頼を失わないように患者の感情転移を許容する場合がある。医師が患者の治りたいとい う動機づけを強めるために患者に感情的反応を示すのは、感情中立的態度を原則としなが ら感情性の価値を部分的に併存させる適応構造によるものである。

 森岡M2は、医療をコミュニケーション行為としてとらえる視点が、医師患者関係を解き ほぐす鍵となるとしている。治療を目的とした目的指向性をもって形成され、かつ、治療 終了後には解消されることがあらかじめ前提にされているという点で、きわめて人工的な 他者関係であり、コミュニケーションとしての治療が行われ、その結果、患者の自己治癒 能力が高まり、患者は快方へと向かうという。

 医師と患者の相互作用を促進するために、医師は患者とどのように関係構築をしていけ ぱよいだろうか。また、患者の感情をどのように取り扱えばよいだろうか。この問題は、

共感(Empathy)と共鳴(S抑pathy)という概念を整理するとわかりやすい。共感と共鳴は 共に対人関係の構成要素として重要な概念である。

 共感の研究ではしばしば誤って同様の用語とみなし、共鳴は共感に関係する反応と捉え られていたが、2つの概念は異なるものである143。共感は、共鳴に関わる感情的心的プロ セスと異なり、認知的 膚報が優位である特性を持つ1μ。

 Hojat145は、認知と感情の軸を用い、共感と共鳴を図表4−1のように表した。共感は、

感情よりも認知の方が強く、逆に共鳴は認知よりも感情が強くなっている。Hojatは、共 感と共鳴は完全に分離することはできず、認知と感情が中程度の場所に重なる部分が存在

し、その部分は同情(Compassion).にあたると説明している。

 共感と共鳴の違いは、医師患者関係において重要な意味をもつ。Decety et a1.1蝸は、

共感の最も重要な側面は、自己と他者の間を明確に分離した状態で自分のことのように他 人を認識することであると説明している。医師が患者に対し共感することによって、患者 は医師に対し信頼を高め、治療に対し動機づけられる。一方、共鳴は、患者の利己主義的

141 o驕i2002),P.85

1犯 X岡(1988),P.181 143B1a・k(2004),P.579−580 1坐Brocketa1.,(1993),P.245

45H・jateta1.(2010),P.11 1価D…ty・t・1.(2004),P−73−74

な側面を助長し、治療効果を減じると考えられている。

図表4−1認知と感情に関係する共感と同情の関係

同情 共感

認 知

//

共鳴

      感情

(出所)Hojat(2010)p,11より引用

Hojatは、医師は専門的な判断を妨げずに患者の理解を改善する範囲でのみ患者の気持 ちを感じ取るべきであると述べている。Hojatは患者の経験の種類と性質を理解するこ.

とは共感であり、患者の不安の大きさや量を感じ取ることは共鳴にあたるが、認知より感 情が強く働く共鳴は、医師にとって治療の妨げになることがあると主張している。医師が 感情的中立性を原則とし患者に共感することは診療上重要であるが、共鳴は治療に支障の ない範囲に限定するべきであるということを意味していると考えられる。感情的な部分を 医師に共鳴されることを望む患者もいるだろうが、医師は表層態度でその二一ズを受け止 めつつ、内面では共感の姿勢を貫くことができなければならない。

 次に、関係構築において不可欠な信頼という概念について理解を深めたい。サービス提 供者に対する信頼が、顧客満足を向上させることは多くの先行研究によって明らかにされ ているが、特に医療の品質評価においては、信頼が最も重要である147と言われている。山 本ら1㎎も効用(結果)の不確実性と情報の非対称性という特徴を有する医療において、信 頼は特に重要であると述べている。

 医療サービスにおける「信頼」とはどのように理解すればよいだろうか。山岸149によれ

147Wa1bridgeeta1.(1993),叫14

I蝸 R本地(2008),p.37 M9 R岸(1998),P.35−38

ば、信頼は、「能力に対する期待としての信頼」と「意図に対する期待としての信頼」に分 類されるという。「能力に対する期待として信頼」は、相手が役割を遂行する能力を持って いると期待することを指す。例えば、医療サービスでは、医師が専門技術や知識によって 治療を行う能力を持っていると期待することを前者の信頼にあたる。

 もう一方の「意図に対する期待としての信頼」は、質的に異なる2つに分類される。1 つは、相手が良心を持つ人間と判断できた場合、すなわち相手の行動傾向についての知識 に基づいた場合である。相手の人間性の評価によるものであり、相手が託された責任を果 たし、時には自分の利益より他者の利益を尊重する責務を果たすと期待することである。

患者らが、医師は人格者であることを期待するのはこの種の信頼にあたると考えられる。

 もう1つは、相手にとって搾取的に行動することが相手自身の利益を損なうことが分か っている場合である。その場合、少なくとも意図的には約束を破らないと確信できる。相 手の人格の高潔さや相手が自分自身にもっている感情ではなく、相手の自己利益に基づい ている。医師が医師免許に剥奪されるような行為はしないという信頼は、2つめの信頼に 当たる。しかし、医師と患者の信頼関係はこの信頼だけでは成立しないだろう。

 意図に対する期待には、相手の人間性や行動特性の評価にもとづく期待としての信頼と 相手にとっての損得勘定に基づく期待としての信頼の2つがあることがわかった。この2 つの側面を区別するために、山岸150は安心の概念を用いることを提案している。安心とは、

相手が自分を搾取する意図を持っていないという期待の中で相手の自己利益の評価に根差 した部分である。医療サービスにおいて議論される信頼とは、相手が自分を搾取しようと する意図を持っていないという期待の中で、すなわち、安心のある状態で、相手の人格や 相手が自分に対して持つ感情についての評価と考えられる。

 Ha11et a1.1刷は、患者の医師への信頼が患者の精神力や回復力に影響を与え、モチベ ーションを高めると述べている。また、対人的な信頼は、信頼される側のモチベーション が慈悲深さと思いやりと認識されたとき、客観的評価による期待を超えて感情的な質にな り、この感情的な信頼が特に医療において顕著にみられるという。医療サービスにおいて は、患者の感情的側面をどのように管理するかが非常に重要であると考えられる。

 提供者と患者の関係性は、サービスを提供する物理的環境や場面設定の影響も受ける。

Bitner152によればサービスが提隼される風景は従業員と顧客のそれぞれの活動の遂行

150 R岸(1998),P38−39

51H・11・t・1.(2001),P615−619 52Bit・・r(1992),P.57−58

能力と両者間の社会的相互作用に影響を与え、特に、行動に影響を与えイメージを膨らま せる物理的環境の力は、専門職のサービス業で顕著であるという。医療サービスの相互作 用は、サービス空間のデザインも重要な役割を果たしている。

 環境や場面設定による刺激の効果については、Goffman153の主張が理解を助けると思わ れる。Goffmanは、人の外面から得られる刺激は、伝達する情報の機能に応じて「見せか け・外見appearance」と「態度mamer」に分類できるとしている。「見せかけ」とは社会 的地位を伝える刺激になり、「態度」は将来に予期される役割を予告する。医師の場合は、

例えば、治療行為や白衣などから医師の「見せかけ」の情報を患者に伝える。医師の表情、

振る舞いなどは「態度」にあたる。患者は医師の「見せかけ」と「態度」から医師に対す る信頼を形成すると考えられる。Goffmanは、人は「見せかけ」と「態度」の間に整合性 を期待すると述べている。患者は医師に対して見せかけと態度に矛盾がないことを期待し、

関係を築くと考えられる。

このように、医師と患者は市場の取引関係とは異なり、共通の環境におかれた同じ主体 として存在しているようである。二者間には相互作用が生じ、患者は信頼という形で医師 に期待を抱き、動機づけられると同時に、医師も自分の介入によって患者の行動に変化が 見られるなど患者の反応をキャッチし動機づけられると考えられる。